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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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33-美月

 誰もいない海底の洞窟の中で。

 牛鬼(ぎゅうき)が、その牛面に好色な笑みを浮かべて、意識のないミツキを見下ろしていた。


「え、へへへへへ。い、今の姐さんは眠ったまま……何をしても起きないと鳳王様は言っていたよなぁ……ってこたぁ、少しぐらい触っても分かりゃしなってことだよな……?」


 そろそろと、蜘蛛の脚先が眠ったままのミツキに近づいていく。

 そして大きくも鋭い爪先が、横になっていても形の崩れることのない、ミツキの美しい弧を描く胸の双丘の頂上へいよいよ触れようかという時。

 どん、と目には見えない衝撃と共に、洞窟内に突然嵐が巻き起こった。

 膨大な量の魔力が間欠泉のように吹き出し、洞窟の中を所狭しと駆け巡る。

 その嵐──魔力の奔流による嵐の中心点はミツキだ。

 意識のないミツキの身体から吹き出した魔力が、狭い洞窟の中で吹き荒れている。その魔力の激流に押し流され、牛鬼の蜘蛛の身体が宙を舞う。


「あ……姐さんから魔力が……こりゃ、旦那が魔力を回復させたンすね……だけど────」


 魔力の嵐に翻弄された牛鬼は、洞窟の壁面に叩きつけられた。それなりの衝撃はあったが、それでも牛鬼はその鋭い爪先を岩壁に突き刺し、必死に身体を固定する。


「────鳳王様は、旦那が魔力を全回復させても、姐さんに流れる魔力はその半分もないって言っていたけど……こりゃ、一体どういうことだ?」


 魔力風に舞い上げられないように必死に岩壁にしがみつきながら、牛鬼はその視線を横たわったままのミツキに向ける。

 そして。

 そして、それまでじっと閉じられたままだった彼女の瞳が、目蓋の奥に隠されていた朱金の輝きと共に再び開かれた。




 身体中に傷を負いながらも、白い鷲獅子(グリフォン)は空を舞い続ける。

 獣王の震動。一号怪獣の触手。これらを全て回避するのは、機動性に優れた茉莉とベリルにも容易な事ではなく、その身体に無数の傷を刻まれていく。


(くぅ……が、がんばって、ベリル……っ!! もうすぐ……もうすぐ和人たちが戻って来るから……っ!!)

(だが……このままでは私はともかく茉莉の身体が……)


 やはり、幻獣に比べると人間の身体は脆い。いくら魔力で強化しているとはいえ、これだけのダメージを受ければ、茉莉自身にも大きな影響が現れる。


(ぼ、ボクなら大丈夫……っ!! 和人が……亭主の留守を守るのは……妻の役目だものね……)

(そうか。ならば、もう一踏ん張りせねばならんな)

(うん……っ!!)


 必死に歯を食いしばり、敵の攻撃を時に躱し、時に障壁を張り巡らせて防御する。

 その時。


(!! ────こ、これは──っ!!)


 足元の海の中。そして少し離れた怪獣自衛隊の城ヶ崎基地から。その双方から、膨大な魔力の奔流を茉莉とベリルは感じた。

 そして、同時に目の前で対峙しているレイフォードが変じた超巨大怪獣から放射されていた禍々しいほどの魔力が、目に見えて減少していくのを茉莉とベリルは感じ取る。


(和人……っ!!)


 茉莉は顔を輝かせながら、城ヶ崎基地の方へと目を向ける。それと時期を合わせるように、足元にあった魔力の源が突如消え失せ、次の瞬間には城ヶ崎基地に現れる。

 そこから吹き上がる銀の魔力光。それが何を意味するのか、茉莉とベリルは当然分かっていた。




 つい先程まで、我が身を駆け巡っていた暴力的なまでの魔力。その魔力が、一気に消え失せた。

 それまでの無限の再生を行えたのも、竜王の契約者から奪った膨大な魔力があってこそ。その奪った魔力の殆どを、一気に奪い返されてしまった。


──まさか……まさか、これ程とは……


 不死者(アンデット)となり、憎しみ以外の感情を殆ど失ったレイフォード。その彼が、僅かとはいえ狼狽を露にする。

 この時になって、ようやく彼は身体に刺さった魔力を奪う小さな棘を慌てて抉り取ったが、既に遅い。

 奪われた魔力は、いや、奪い返された魔力は、本来の持ち主の元へと戻ってしまった。

 今のレイフォードに残された魔力は、彼自身の僅かな魔力と、獣王、一号怪獣、そして七つの魔石がそれぞれ蓄えた魔力のみ。

 それだけでもかなりの量の魔力と言えるが、魔力を奪われる前と比べると心許ないのは事実である。


──おのれ。竜王の契約者め……やはりあの時に息の根を止めておくべきだったか。


 そう考えるが、これもまた既に遅い。

 竜王の契約者はレイフォードが施した眠りの呪いから目覚め、失った魔力も取り戻してしまった。

 そしてそれは、竜王が持てる全ての力を振るい得るということでもある。

 今、最強の怪獣であるレイフォードの前に、最大の敵が立ちふさがろうとしていた。




 臨界寸前だった魔法陣が蓄えていた膨大な魔力。

 その魔力が、どんどんと和人の身体に吸い込まれるように消えていく。和人はこれだけの量の魔力を吸い尽くし、それでも尚、僅かな余裕さえあった。


「……出鱈目もいいところでしょ……」


 その光景を目の当たりにして、シルヴィアが誰に言うでもなく呟く。

 彼女とて、世界最高峰の魔術師の一人である。その彼女が内包する魔力は、平均的な魔術師のそれよりも遥かに多い。しかし、目の前の少年と比べてしまうと、まるで大海と小さな池ほどの差がある。

 元より、和人の魔力の容量が並外れていることは承知していた。それでも、それをこうもはっきりと見せつけられては、最早驚きを通り越して呆れる以外にない。


「……この際、本気で彼を弟子にしてみようかしら?」


 もしも、和人に本格的な魔術を教え込めば、長い魔術師の歴史の中でも、群を抜いた存在となるやもしれない。

 もちろん、魔力量が多ければ優秀な魔術師になるとは限らないが、優秀な魔術師の殆どが平均よりも多い魔力容量を持っているのは確かなのである。

 和人は兄の明人同様、内包魔力だけではなく魔術に対しても軒並みならぬ才能を秘めている。その彼をシルヴィア自身が育てれば、最高の魔術師を生み出すのもあながち夢物語ではないだろう。


「……確かにそれも面白そうだけど……今は、目の前の敵を倒す事が先決ね」


 シルヴィアは、視線を目の前の少年の背中から、沖の上空に浮かぶ巨大で異形な怪獣へと移す。

 ここから怪獣までの距離は約二千メートル。それだけの距離があるにも拘わらず、怪獣の身体がはっきりと肉眼で見えるのだ。その異様なまでの巨大さが知れるというものだ。

 だが、そんな強敵を前にして、シルヴィアには差し迫った緊張感はもうなかった。

 目の前の少年がいれば。

 彼と契約を交わした白銀の竜の王がいれば。

 どんな強敵であろうとも、なんとかしてくれるという思いがシルヴィアの心に沸き上がる。


「年端もいかない少年に、こんな事を期待するのは大人としてどうかと思うけど……」


 そう呟きながら、シルヴィアはにっこりと微笑む。

 まるで、既に勝利を確信したかのように。




 もの凄い勢いで、何かが自分の身体の中へと流れ込む。

 だが、それは激流のように自分の中に流れ込んでいるのに、暴力的なイメージは全くない。それどころか、どこか親しみさえ感じさせる。


(────これが……これが俺の魔力なのか……)


 本来、この魔力は彼の中にあったものであり、それが元に戻っているだけなのだ。彼が親しみを感じるのも当然といえば当然だろう。

 それと同時に、自分の中から流れ出るものがある事も、和人は気づいていた。


(……これが俺と魔術的に繋がっているという、ミツキへと流れている魔力なんだな)


 そう悟った和人は、流れ出る魔力に意識を集中させる。

 かつて、シルヴィアは言った。魔術とはイメージで現実を塗り替える技術である、と。

 ならば、自分から流れ出る魔力のイメージを明確にすれば、それだけミツキが回復するのも早くなるのではないか。

 和人は自身に流れ込む魔力に耐えながらも、流れ出る魔力のイメージを明確にしていく。

 彼がイメージしたのは河。

 ちろちろと上流を流れる小さな流れも、中流、下流となるにつれて徐々に徐々に大きく広くなり、やがて大河となって海へと注ぎ込む。

 そんな河のイメージを、和人は自分から流れる魔力に被せていく。

 やがて、最初はそれこそ小川でしかなかったミツキへと流れ出る魔力の支流が、イメージが明確になるにつれて徐々に大きく、太くなっていく。

 それこそ、和人がイメージした河のように。

 そして、流れ出る魔力の先に、和人は確かに感じた。

 自分と契約を交わした、銀の竜の王の意識を。

 最初は眠っていた竜の王の意識。その意識が、和人の送り込む魔力に反応して段々と覚醒していく。

 遂に。

 遂に、竜の王の意識と和人の意識が絡まり合う。

 和人は、遠い海の底の洞窟で、ミツキが目を覚ましたのを確かに感じた。そして、目を覚ました彼女が、にっこりと微笑むのも、また。

 だから、彼は呼ぶ。

 契約を交わした、幻獣の王の名を。彼が与えた、銀の少女の名を。


「ミツキいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 彼がその名を呼ぶと同時に、自分のすぐ近くで(くだん)の銀の少女の気配が湧き上がる。そして、銀の少女の気配は、そのまま銀色の光となって割れ爆ぜた。


「────竜王ミツキ。我が主の召喚(よびごえ)に応じ、ここに参上せり」


 銀の光の中から聞こえてくるのは、間違いなく彼女の声。

 同時に、銀の光が消え失せてミツキの姿が露になる。

 彼女の身を覆う黒いチャイナ風の服は、すっかり元通りになっている。それは即ち、彼女の魔力が回復したという証に他ならない。


「我が主、和人様。今、我と主の魔力はかつてない程に漲っておる。こうなれば、我らに敗北の二文字はあり得ぬぞ」

「ああ。行こう、ミツキ。一人でがんばってくれている茉莉を助けるんだ。そして、あいつとも──レイフォードとも決着をつけよう」


 そう言って差し出した和人の手を、ミツキはにっこりと笑いながら取る。

 途端、二人の姿は銀の光に包まれる。銀の光はどんどんと大きくなり、やがて一つの形を造り出していく。


「……これは……っ!?」

「か……和人とミツキ……なのか……?」


 彼らのすぐ傍で、明人とシルヴィアが息を飲む。

 今、明人たちの──いや、この戦いを注目している全ての人々の前に、雄々しくも神々しい一体の幻獣が現れた。



 『怪獣咆哮』ようやく更新。


 本当なら先週の末には更新する予定だったのですが、先週末は急に仕事が忙しくなってしまい、結局週を跨いでしまいました。


 さて、本編も和人とミツキが完全復活。そして、新たな姿へと変化します。いよいよ最終決戦ってところです。



 話は変わりまして、当面目標として掲げていた「総合評価1,000点突破」、達成しました。

 この目標を掲げたのが去年の9月頃でしたから、四ヶ月かけてようやく到達したことになります。いやー、本当に長かったなぁ。

 一時は完結するまでに達成は無理じゃなかろうか、とも思いましたが、こうして無事に達成することができました。

 これもひとえに、今まで各種支援をくださった方々、併せてここまでずっと読んでくださった方々のおかげです。本当にありがとうございました。


 本来ならここで新たな当面目標を掲げるところですが、完結も間近ということで敢えて次の目標は掲げません。

 完結するまで、行けるところまで行く所存です。


 では、あと僅かだとは思いますが、これからも引き続きよろしくお願いします。


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