06-求婚
「も──だ……め──」
もう少しで岬に着地する直前、碧の光は弾けた。
そして光の中から、全裸の茉莉と小さな姿に戻ったベリルが現れる。
一人と一体の背中には、酷い傷が刻まれており、放り出されるように着地した茉莉は、そのまま突っ伏すように倒れ込んだまま力尽きて気を失った。
倒れた茉莉の背中からは、赤い鮮血が溢れ出して周囲に広がっていく。
「いかんな。このままでは……」
同じように傷付きながらも、ベリルの方にはまだ余裕がありそうだった。
ベリルは何とか茉莉の身体を移動させようと努力するが、今のベリルのサイズでは人間を動かす事は不可能のようだ。
「拙いな。このまま放置しては茉莉は……む?」
その時ベリルの知覚は、この場所に近付いてくる存在がある事に気付いた。
「どうやら人間がやって来るようだな。ならばその人間に任せるてみるか……傷自体は、私が茉莉の内側から癒せば回復も早まろう」
ベリル小さな姿がすうと消え去る。そしてベリルが姿を消してしばらくすると、一人の少年が岬に姿を現した。
「え、え、えええええええぇぇぇぇぇっ!?」
思わず和人は叫び声を上げた。岬に到着してみれば、そこには何故か素っ裸の少女が血塗れで倒れていたのだ。
「ど、どうしたら……こういう場合はどうすればいいんだっけ?」
おろおろと狼狽える和人。
「ちくしょう。こんな時に毅士がいれば何か良い案を考えてくれるのに。どうしてこういう時に限っていないんだ、毅士の奴──」
この場にいない友人の愚痴を零した時、突如電子音が辺りに響き渡った。
「な、何だ──って、俺の携帯か……! こ、この呼出し音は毅士っ!?」
丁度今考えていた友人からの電話に、和人は慌てて携帯を引っ張り出す。
「た、毅士っ!? 丁度良かったっ!! 怪獣と怪獣が戦って、碧の光が飛んで来たと思ったら電波な女の子が現れて、岬に辿り着いたら裸の女の子が倒れて血塗れなんだよっ!!」
『昼間っから何夢見ているのだ、おまえは?』
相変わらず冷静な毅士の声を聞いて、和人はようやく落ち着きを取り戻した。
「い、いやだから、夢じゃないんだよ! 俺の目の前で裸の女の子が瀕死なんだ! どうしたらいい?」
『取り敢えず、状況を説明しろ』
毅士の言われて、和人はこれまでの事を説明した。
「きゅ、救急車とか呼んだ方がいいかな?」
『いや、それは拙い。おまえは今、立ち入り禁止区域に指定されている場所にいるんだろう? しかもそこの管理は怪獣自衛隊だ。下手をすると単なる不法侵入罪だけではなく、スパイ容疑まで掛けられかねん。まあ、明人さんがいるからその辺は大丈夫だと思うが、だが逆に明人さんに要らぬ迷惑がかかることになる』
「そ、そりゃあ拙いな。兄ちゃんに余計な迷惑はかけたくない。じゃあ、救急車だけ呼んで俺は逃げるってのはどうだ?」
『いや、そんな事をしたら、その少女が保たないかもしれん。実際に傷を見た訳ではないから断言はできんが、おまえの説明を聞く限りではかなり酷い怪我なのだろう? 早急に手当てをしないと命にかかわるやも──』
「じゃあどうしたらいいんだよ、毅士ぃっ!?」
『すぐに迎えに行く。その後二人でその少女を安全な場所まで運ぼう。だから僕が到着するまでに応急手当をしておけ。そうだな、取り敢えず止血だけでもしておくんだ』
「おう、判った! 急いで来てくれよ!」
和人は電話を切ると、少女の傷を調べ始めた。幸い少女は俯せに倒れているので、傷の様子は容易に見る事ができた。
「何か包帯の代わりになるもの……」
和人はスポーツバッグが一つ、すぐ近くに置いてある事に気付いた。おそらくこの少女のものであろうそのスポーツバッグの口は開いていて、無造作に服や下着のようなものが突っ込まれているのが見て取れた。
「……まさかこのバッグを漁る訳にもいかんよなぁ……」
和人は持っていたハンカチで傷の周りを拭うと、制服の下に着ていたTシャツを脱いで、少女の身体に巻き付けるように結びつけた。
手当てのために抱きかかえた際、眼に飛び込んでしまった少女のやや控えめな胸の膨らみや、股間の翳りにどぎまぎしたりもしたが、何とか和人が手当てを終えた丁度その時だった。
「──う……うぅ……ん……」
「え?」
少女が呻き声を上げて覚醒する。そしてその声に思わず振り向いた和人と、少女はばっちり目が合ってしまった。
「──────」
「──────」
思わず見詰め合う二人。
裸の少女を抱きかかえる上半身裸の少年──状況だけ見ればそう見える。あくまでも状況だけ見れば、だが。
「……き、気がついたか?」
「────な」
「は?」
「何してんのよこの変態ぃぃぃぃぃぃっ!!」
少女の右ストレートが和人の顎を見事に打ち抜いた。
毅士がその場に着くと、そこは修羅場だった。
「これは一体どういった状況なのだ?」
和人の話を聞いた毅士が急いでこの場に駆けつけると、何故か和人と見知らぬ少女が言い争っていた。
この見知らぬ少女こそ、先程和人が言っていた「裸で倒れていた少女」だろう。そこまでは毅士にも容易に想像がついたが、なぜその少女と和人は言い争っているのだろう。しかもその言い争いの内容が──
「だ・か・らっ!! キミは大人しくボクと結婚すればいいのっ!!」
「どうして今日会ったばかりのおまえと結婚しなくちゃならないんだっ!?」
──というものだったから、余計に毅士には状況が読めなかった。
時間は少し巻き戻る。
「何してんのよこの変態ぃぃぃぃぃぃっ!!」
「ぐっはあぁっ!! い、いきなり何しやがるっ!?」
打ち抜かれた顎を押さえながら、和人は突如この暴挙に及んだ少女を睨み付ける。
その少女はというと、和人から素早く距離を取り、その際しっかり確保したスポーツバッグを両手で胸に抱きしめるた状態で、こっちを険のある目で見詰めていた。
「人が気を失っていたのをいい事に、一体全体何しようとしていたのよっ!?」
「俺は血塗れで倒れていたおまえを助けようと……そういやおまえ、怪我大丈夫か?」
このような状況でも、思わず相手の事を気にする和人。彼のこんなところが友人である毅士あたりに、「お人好し」と称されていたりするのだが。
「へ? 怪我? あっ! い、痛たたたっ!?」
どうやらこの少女、自分の怪我の事を忘れていたらしい。
「だ、大丈夫か、おい?」
「だ、大丈夫よ、これくらい……くぅっ!!」
痛みのせいか、ぐらりと態勢を崩す少女。その様子を見て、思わず和人は少女に駆け寄って支えようと手を伸ばした。
──ふにょ。
「あ、あれ?」
「──────っ!!」
少女の肩を支えようとした和人の手はどういう訳か、少女の身体と抱き抱えられたスポーツバッグとの間にするりと滑り込んでしまった。
結果、和人の掌は少女の決して豊満とは言えない胸の柔肉に、掬い上げるように触れしまった。ふにょっと。
「こ……こ、この変態ぃぃぃぃぃぃっ!! 何処触ってるかあああぁぁぁぁぁぁっ!!」
少女は抱き抱えていたバッグを和人に投げつけた。
「ご、ごめんっ!! で、でも今のは事故──うごっ!?」
投げつけられたバッグは、和人の顔面に命中した。その際、がつんと何か硬い物がぶつかる音が響いた。
「ちょ、ちょっと待てえええぇぇっ!! 一体何が入ってやがるそのバッグっ!?」
「飯盒」
「どうしてそんな物が入ってるかなぁっ!?」
「何言ってるの? 飯盒は野宿の時に必要じゃない」
「………………」
なに当然な事聞くのかな? という顔をしてさらっと答える少女。
そんな少女の態度に、和人は怒るのも馬鹿らしくなってきた。そうしてちょっと頭の冷えた和人は、ようやく今の少女の状態に気付いた。
「あー、その、何だ。色々と突っ込みたい事は山程あるが──えーと……」
和人は少女から視線を逸らして、言いにくそうに言葉を続ける。
「何よ? 言いたい事があるならはっきり言いなさいよ!」
「じゃあ端的に言うけど……。見えてる」
「────へ?」
和人に言われて、少女は今の自分の姿に改めて気付いた。
少女の身体には、背中の傷の出血を抑えるために和人のシャツが巻き付けてあるだけ。それは正面から見ると、少女の腹の部分でシャツの袖同士が結びつけてあるだけだから、肝腎な所は全然隠されていない。しかも、唯一少女の身体をカバーしていたスポーツバッグを、少女は先程自ら投げ飛ばしてしまった。
つまり色々とまる見えだったりするのだ。具体的にはおっぱいとか。
そして今の自分の姿に気付いた少女は、腕で身体を隠しながら、ぺたんとその場に座り込んで泣き出してしまった。
「ううぅぅぅ……今まで誰にも見せた事なかったのに……どんなにお腹がすいてひもじくても、その一線だけは許さなかったのに……しかも胸まで触られたし……」
「あ、あの、どうした? 傷が痛むのか?」
突如座り込み、嗚咽を洩らし始めた少女に驚いておろおろする和人。
そんな和人をよそに少女はしばらく泣いた後、涙に潤んだ眼で和人をきっと睨み付けた。
「決めたわ……!」
「き、決めたって……何をさ?」
この時、何やら嫌な予感が和人の全身を駆け巡った。言うなれば、雄の本能が感じ取った危機感。少し前に彼の兄が感じた危機感と同様のものを、和人はこの時感じていた。
「キミ──ボクと結婚して!」
「何いいぃぃぃぃっ!?」
「だってあなたはボクの全てを見たんだから、男として責任を取るのが当然でしょっ!?」
「は、裸を見たから結婚しろだなんて、何時の時代の人間だよおまえっ!?」
似たような事を自分の兄も言われていたなどと、この時和人は思いもよらない。
「ぐだぐだ言わないっ!! 男ならきちんと責任とってよね!」
「だから、どう考えたって俺に責任なんてないだろうがぁっ!!」
こうして二人の言い争いは、毅士が到着するまでしばらく続けられたのだった。
本日分の投稿。
副題をつけるなら、「白峰兄弟の女難」でしょうか(笑)。




