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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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32-回復

 海面を切り裂くように、磯女は泳ぐ。

 その速度は高速艇なみ。その彼女の背中にしがみつくようにして、和人は空気と海水の抵抗に必死に抗っていた。

 彼らが目指すのは、怪獣自衛隊城ヶ崎基地。その基地内の海岸線に描かれた、巨大な魔法陣である。


「なあっ!! 磯女っ!! さっきの話……間違いないのかっ!?」

「はぁいっ!! 間違いないと思いますぅっ!! 少なくとも、鳳王様はそう仰ってましたぁっ!!」


 それは、先程のまで彼らがいた洞窟で聞いた話。

 そして、それを牛鬼と磯女に話したのは、超巨大怪獣との戦線から離脱し、回復を待っていたはずの鳳王だという。


「今、竜王が目覚めないのは、彼女の魔力が限界ぎりぎりまで消費されているからだ。それこそ、これ以上消費しては、肉体を維持できないほどに、ね。そのため、彼女は更なる魔力の消費を抑えるため、こうして眠りに入っているんだ。つまり、逆を言えば魔力さえ回復すれば、彼女は目覚めるというわけさ」


 ミツキの容態を看た鳳王は、牛鬼と磯女にそう語ったそうだ。

 そして、鳳王はそんなミツキを救う手立ても牛鬼たちに伝えていた。


「本当に俺が魔力を回復させれば、ミツキは目覚めるんだなっ!?」

「はいぃっ!! 私たち妖怪……幻獣と、契約者は魔術的に繋がった存在ですからぁっ!!」


 耳元で唸りを上げる風に負けないよう、至近距離でありながらも大声で会話をする和人と磯女。

 契約者である和人が魔力を回復させれば、彼と魔術的な繋がりを持つミツキもある程度の魔力が回復すると鳳王は言ったそうだ。

 そのため和人は磯女と共に、こうして城ヶ崎基地を目指している。

 磯女に比べて泳ぐ速度が格段に遅い牛鬼は、例の洞窟の中で眠り続けるミツキを守っている……はずだ。

 彼女が眠っているのをいい事に、変な悪戯をしなければいいが──と和人は一抹の不安を感じていたが、それでも自分が磯女と共に城ヶ崎基地に向かう事が彼女を目覚めさせる一番の近道には違いない。

 そのため、和人は半信半疑ながらも牛鬼にミツキを任せ、こうして海面を高速で移動中なのである。

 磯女の速度ならば、彼らが隠れていた洞窟から城ヶ崎基地までそれ程の時間は要しない。現に、和人の目は海岸線で巨大なランチャーを抱える真紅の騎士の姿をしっかりと捉えていた。


「あと少しだっ!! がんばってくれっ!!」

「はぁいっ!! じゃあぁ、もっと飛ばしますからねぇっ!! しっかり掴まっていてくだぁいっ!!」


 相変わらず、この緊急時にもどこか間延びした磯女の声。だが、その声に和人はぎょっとなる。


「──って、これで最高速度じゃないのうわあああああああああああああああっ!!」


 和人が言葉を終えるより早く、磯女の泳ぐ速度がぐんと更に上昇した。

 突然のことに振り落とされそうになった和人は、必死に磯女の身体にしがみつく。

 だが。

 だが、彼は忘れていた。

 磯女の──彼女の上半身が、人間の女性と何ら変わりはしないという事を。そして、その上半身が裸だという事を。

 振り落とされまいと、必死に磯女の身体にしがみつく和人。その際、彼の掌がすっげえ柔らかい二つの何かを握り締めた。握り締めてしまった。


「きゃんっ!! 和人さぁぁぁぁんっ!? そ、そこは触ったらだめですよぉっ!?」

「う、うわっ!! ごめんっ!! で、でも────」


 今、自分が何を握り締めているのか理解した和人。だが、それを放してしまうと、確実に速度に負けて振り落とされる。

 そうなれば、城ヶ崎基地に到着するのはそれだけ遅くなるのは明白で。


「ごめんっ!! わざとじゃないんだっ!! だ、だけど、放してしまうと────っ!!」

「判ったぁ、判りましたからぁっ!! もう少しだけ手を緩めて……やぁぁぁんっ!!」


 結局、彼は城ヶ崎基地に到着するまで、そのすっげえ柔らかい何かを不本意ながらもしっかりと堪能してしまった。




 じわじわと自分の身体から抜けていく魔力。

 レイフォードは、それを確かに感じていた。

 だが、抜け出す魔力は今の彼には微々たるもの。放っておいても、彼が内包している魔力に比べればどうということはない量だ。

 しかし。

 突然、身体からがくんと力が抜けるような感触が、レイフォードを襲った。

 その原因は考えるまでもない。奪われる魔力の量が格段に増えたのだ。

 だが、それでも彼は魔力が奪われるのを阻止しようとは考えなかった。

 遠く海岸線に立つ、巨大な真紅の騎士。その足元で青から赤へと目まぐるしく輝やきの色を変えていく、大きな魔法陣が見える。

 その魔法陣を見ただけで、彼は状況を理解した。

 今、彼がその身に宿している魔力──竜王の契約者から奪った魔力は膨大だ。このまま彼からその魔力を奪い続ければ、彼の魔力を奪い尽くす前にあの魔法陣は蓄えた魔力に耐えきれずに暴走するだろう。

 そして魔法陣が暴走すれば、人間たちが自衛隊と呼ぶ防衛組織の拠点は、その暴走に巻き込まれて完膚なきまでに破壊されるだろう。

 だからレイフォードは、敢えて魔力を奪われるままでいる。

 奪いたければ奪えばいい。それが、自分たちの首を締める事になるのだから。

 それよりも、彼の周囲を羽虫のように飛び回る白い鷲獅子(グリフォン)の方が余程目障りだ。

 まずは、この白い鷲獅子を叩き潰す。そして、それからあの真紅の騎士と、人間たちの防衛拠点を破壊する。

 そう判断した彼は、獣王の口から震動を放ち、一号怪獣の上半身から無数の触手を伸ばして、小煩い羽虫を撃退する事に専念する。

 だから、彼は見落としてしまった。

 彼の足元の海面を、物凄い速度で泳ぎ去る小さな生き物がいたことを。

 彼はある種の慢心ゆえに、見落としてしまったのだ。




 怪獣自衛隊城ヶ崎基地の敷地に到着した和人と磯女。

 だが、そこへ到着した途端、磯女は海岸線でくたんと倒れ臥してしまった。

 顔と言わず上半身全体を朱に染めて上気させ、艶めかしい表情と甘く荒い吐息を洩らしながら。

 図らずしてその原因となってしまった和人は、とてもではないがそんな状態の磯女を直視できず、彼女に一言謝ると真紅の騎士の元へと駆け出した。

 判る。

 本来、無尽蔵ともいうべき魔力を内包しながらも、魔術師ではない和人には魔力を感知するような能力はない。

 そんな和人にも、真紅の騎士の足元で渦巻く巨大な力──膨大で暴力的なまでの魔力の存在を感じ取ることができた。


「兄ちゃんっ!!」


 駆け寄ることで近づく真紅の騎士──彼の兄が駆る『魔像機(ゴーレム)』に向かって、和人は力の限り叫ぶ。

 そしてその叫びは、彼の兄へと確かに届いたようだ。


「か、和人っ!? ぶ、無事だったんだなっ!?」


 『騎士(ナイト)』の足元へと走り寄る和人の姿を確認した明人の嬉しそうな声が、『魔像機』の外部スピーカー越しに聞こえて来る。


「おまえだけかっ!? ミツキはどうしたっ!?」

「そのミツキを回復させるために、この魔法陣の中の魔力を俺が取り込む────」


 明人の声に応え、再び声を上げた時。和人はふととある事実に気づいた。


──どうやって、この魔力を取り込めばいいんだ?


 魔術師ではない和人に、魔力を操作するような技能はない。例えそれが、元は自分の魔力であったとしても。

 そしてそれはもちろん、『魔像機』の操縦者(パイロット)である明人にも、である。


「ど、どうしよう、兄ちゃん……?」

「そ、そんな事、兄ちゃんに聞かれても困るぞ……?」


 二人とも似たような顔つきで困惑する白峰兄弟。だが、そこへ救世主ともいうべき人物が現れる。


「和人くんっ!!」


 水冷四サイクルディーゼルエンジンの咆哮と共に、彼らへ向けて一台の車両が猛スピードで近づいてくる。自衛隊で使用されている「疾風(はやて)」という愛称の高機動車だ。

 そして、その車両の窓から上半身を乗り出すようにして、長い銀の髪を靡かせながら手を振っているのはシルヴィアだった。


「鳳王から話は聞いたわ。私がこの魔法陣の魔力を和人くんへと流し込むから安心して」

「お願いします!」


 車両が停車するのも待たず、ドアを開けて飛び降りたシルヴィア。そして彼女は、真剣な表情で和人へと告げる。


「だから和人くん、早く裸になって」


 一瞬、空気が凪いだ。

 遠く海上で行われている戦闘の音も、すぐ近くで響く『騎士』の起動音も。

 まるで空気が停止して音を伝える事を忘れたかのように、その場を静寂(しじま)が支配した。


「あ、あの……シルヴィアさん……いくらなんでも、ここで裸になるのは……ちょっと……」


 顔を赤くしながら、和人は周囲を見回す。そして、次に目の前にいるシルヴィアと、すぐ近くに存在する『魔像機』──の、中にいる兄──を見比べ、そして、自分の下半身へと視線を落とす。

 そんな和人の仕草で、シルヴィアは彼が誤解していると悟り、なぜか彼女までもが顔を赤く染めた。


「ち、ちちちちち、違うのっ!! 裸になるのは上半身だけでいいからっ!! っもうっ!! 兄弟揃って同じような誤解をするんだから……っ!!」


 わたわたと弁明するシルヴィア。対して和人はと言えば、上半身だけでいいと言われてほっと安堵した。と同時に、兄ちゃんも同じような誤解をしたのか? と内心で首を傾げる。

 まさか兄の方は、彼女の言い分を素直に聞き入れ、シルヴィアの前で全裸を晒したなどとは露知らず、和人は上半身に着ていた服を脱ぎ捨てた。

 自衛官である兄にはどうしても劣るものの、それでもしっかりと鍛えられた若い肉体が露になる。


「じゃ、じゃあ、背中をこっちに向けて。魔力の入り口となる魔法陣をそこに書き込むから」


 白峰家で居候しているシルヴィアは、これまで何度も和人や明人の身体を見たことがある。それなのに、あんな誤解の後だからかいまだに顔の朱が引かない。それでも彼女はその白い指先に魔力による光を灯らせ、そっと和人の背中に触れさせた。

 途端、びくりと小さく和人の身体が震える。同時に和人の背中に淡く輝く魔法陣が浮かび上がる。


「……いい? これから魔力をあなたの身体の中に流し込むわ」

「ええ、いつでもいいです」


 と和人が答えた途端、猛烈な勢いで何かが彼の身体の中へと流れ込む。


「ぐ────っ!?」


 そのあまりにも苛烈な勢いに、思わず身体を固くさせた和人の口から苦悶の声が漏れ響く。


「身体の力を抜いて。この魔力は元々あなたの中にあったものよ。それをあなたが拒んでどうするの?」

「く……くそ……っ!!」


 シルヴィアの助言に従い、徐々に身体の力を抜いていく和人。すると、最初こそ激しい抵抗感を感じていたそれが、段々と緩やかになるのを彼は感じた。

 それと同時に、身体の中にゆっくりと満たされていく暖かな何か。

 和人は感じる。身体の中に流れ込むと同時に、その一部がどこかに流れ出していることを。


(……そうか。俺を通して魔力がミツキに流れているんだ)


 それこそが、磯女の言っていた魔術的な繋がりを示しているのだろう。

 流れ込む量に比べれば実に微々たるものだが、確かに自分の中から流れ出していくものがある。

 同時に、彼は確かに感じた。ここにはいない彼女の意識の覚醒を。


「────────っ!!」


 声にならない声。だが、それに応える存在を、和人は確かに感じ取る。

 だから、今度こそ和人は声の限りに叫ぶ。自分と契約を交わした、偉大なる銀の竜の王の名を。


「ミツキいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」


 彼の雄叫びに応えるように、和人のすぐ傍で銀の光が弾けた。



 『怪獣咆哮』更新。


 何とか、今年最初の『怪獣咆哮』を更新できました。

 さて、この『怪獣咆哮』もいよいよクライマックス。最後の戦いへと突入していきます。


 では、次回もよろしくお願いします。


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