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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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31-臨界


 ミツキにすっかりと気を取られている和人。その和人が背後で蠢く気配に気づいたのは、その気配の主がすぐ間近まで迫った時だった。

 背後に何かいる気配を感じとった和人が振り向けば、すぐ傍に真っ黒な何かがいた。


「な────っ!?」


 上げかけた悲鳴を押し殺し、それでも意識のないミツキを背後に庇うようにして身構える和人。

 もちろん、武器になるようなものは何もない。だが、例え徒手空拳であったとしても、和人はこの場から逃げ出したりはしないだろう。

 この場にミツキがいる限り。

 決死の覚悟を瞳に宿し、和人は迫る黒いモノを睨み付ける。

 そして、その強い意志を秘めた視線に怯えるように、黒いモノはもぞもぞと数歩後退した。


「い、嫌だなぁ、旦那ったら。そんな恐い顔で睨み付けないで下さいよ。ほ、ほら、俺ッスよ、俺」


 顔の前で鋭く尖った爪先をぐるぐると振り回す黒いモノ。

 和人はその聞き覚えのある声に、薄暗い中で必死に目を凝らしてその黒いモノを凝視した。

 ぎろりと黄色く輝く眼。

 ぐわっと広げられた口からは鋭い牙と炎のように真っ赤な舌が覗き。

 八本ある蜘蛛の脚の先には槍のように尖った爪。

 そして頭部にはぼんやりとした光を受けて鈍く光っている牛のような二本の角。

 和人には、その姿に確かに見覚えがあった。


「ぎゅ……牛鬼……? お、おまえ、あの時の牛鬼か?」

「そうッス。俺ッス。いやー、あの時は本当にお世話になりました」


 へこへこと何度も頭を下げる黒いモノ──牛鬼。

 そのどこか卑屈な態度はまぎれもなく、この前の夏に海で出会ったあの牛鬼に間違いなかった。




 和人が牛鬼を認識した時。

 和人の背後にあった潮だまり──暗くて和人は潮だまりがある事に気づかなかった──から、ざばりと何かが飛び出した。

 ぎょっとした和人が振り向くより早く、彼の背中にふにゃりと何かすっげえ柔らかいものが張り付いた。

 それも二つも。


「和人さぁぁぁぁんっ!! お目覚めになられたんですねぇぇぇぇっ!!」

「え、えええ? こ、この声……もしかして磯女か……?」

「はいぃぃぃ! 私ですぅぅぅぅぅっ!!」


 潮だまりから飛び出し、和人の背中に抱きついたのは、これまたあの夏に出会った磯女だった。

 牛鬼がいるのだから、彼女がいても不思議ではない。だが、今の和人はそんな事を冷静に考える余裕はない。

 先程から背中にぎゅむぎゅむと押しつけられる、二つの暖かくて凄く柔らかなもの。その正体に思い至ったからだ。

 顔を真っ赤にしつつも、何とか背後へと振り返れば、和人の目に磯女の大きくて柔らかそうな二つの胸の膨らみが飛び込んで来た。

 相変わらず、彼女は上半身裸のようだ。幻獣──彼らの場合は妖怪と呼ぶ方が相応しいかもしれない──とは本来、一部を覗いて衣服を身に着けたりはしないものだから、それも仕方ないだろう。


「も、もしかして……俺たちをここに連れてきたのは……」

「へい。俺たちでさぁ」


 にやりと牛の顔が笑い──和人にはそう見えた──、蜘蛛の足の一本をぐいと突き出す牛鬼。

 きっとそれは、人間で言えば親指を突き出すのと同じ仕草なのだろう。




 海岸線で沖合いの上空へ向けて、ワイヤーランチャーを構え続ける『騎士(ナイト)』。

 その足元に展開した巨大な魔法陣は、今も尚、超高速で回転し続けていた。

 回転する魔法陣の色は、青を通り越して紫と化し、その紫も徐々に赤みを帯び始めている。


「シルヴィア師! 魔法陣に蓄えられていく魔力が、もう少しで臨界を突破します!」


 アンジェリーナのやや緊迫した声に、シルヴィアはじっとその魔法陣を見詰める。

 今、シルヴィアの立案した作戦の元、明人と『騎士』は敵から無限再生の源である魔力を奪っている。

 敵から奪ったその魔力は、『騎士』の足元に展開した魔法陣に蓄えられているのだが、当初に想定した魔力量よりも敵が内包した魔力がかなり多かったのだ。

 元より魔法陣は相当量の魔力を貯め込めるように構築したのだが、それでも相手の魔力を奪いきるには役不足だったらしい。

 このままでは、敵の魔力を奪い尽くすより早く、魔法陣がその内部に魔力を蓄え過ぎる事でオーバーフローを起こしてしまう。

 そうなれば、奪った魔力が逆流して敵に戻ってしまうだけではなく、逆に明人と『騎士』の魔力までが相手に流れ込む事になるだろう。


「……一体、どれだけの魔力を内包しているって言うの?」


 誰に告げるでもなく、小さく呟くシルヴィア。

 このまましばらく魔力の吸収を続け、魔法陣が限界寸前まで魔力を奪い続ける事は可能だ。しかし、それはそれで問題となる。

 奪った魔力は、しばらく魔方陣の中に蓄える事になる。万が一、限界ぎりぎりまで魔力を蓄えた魔法陣が、何らかの理由で破壊されでもすれば。

 蓄えられた魔力は暴走し、その暴走はこの城ヶ崎基地全てを巻き込んで崩壊させてしまうに違いない。

 それ程の量の魔力を、今あの魔法陣は蓄えているのだ。

 奪った魔力に魔術的な処置を施して、『騎士』が流用できるようにする事も可能だが、それには少々時間がかかる。

 安全を重視して、直ちに魔力の吸収を停止するか。

 それとも、敵を弱らせるだけ弱らせるために、限界ぎりぎりまで魔力を吸収し続けるか。


「……権藤司令。作戦の中止を具申致します」


 シルヴィアが下した判断は、この基地に勤める自衛官の身の安全を重視したものだった。

 そのシルヴィアの具申を、権藤もまた真剣な表情で受け止める。


「了解した、カーナー博士。博士がこの基地の人員の安全を考慮してくださった事、私は嬉しく思いますよ」


 シルヴィアへと微笑んだ権藤が、作戦の中止を命じようと椅子から立ち上がった時。

 それは突然現れた。


「待ちたまえ。このままあいつの──レイフォードの魔力を奪い続けるんだ」




 牛鬼の説明によれば、海に落ちてすぐに融合が解け、銀の竜は和人とミツキの二人に別れたそうだ。

 そして、意識のない二人を、牛鬼と磯女がこの海底に洞窟へと運び込んだという。


「……しかし、都合よくこんな洞窟があったもんだな?」

「いや、それがこの国の近海の海底には意外とあるもんなンスよ、洞窟って。そういう隠された洞窟に、俺ら妖怪は隠れ住んでいるわけでして」


 以前、和人は毅士から妖怪が隠れ住む「隠れ里」というものの事を聞いた事がある。

 それは毅士独自の推理──というか、推測でしかないが──なのだが、この牛鬼や磯女のような妖怪や幻獣たちが普段は人目に触れないのは、彼らが「隠れ里」で暮らしているからではないか、というものだ。

 幻獣や妖怪たちの中には、ミツキのように人間の姿になれるものもいるが、ベリルのように人間に化けることができないものもいる。

 そんな人間に化けられない妖怪や幻獣が、こっそりと隠れ住んでいるのが「隠れ里」なのだ。

 おそらくそれは、魔術的な結界に包まれた場所か、魔術で造られた疑似空間のようなものなのだろう。普段は妖怪や幻獣たちはそこで暮らし、何かの用事がある時だけそこから出てくる。

 それを偶々目撃した人間が、伝承や御伽噺として彼らの姿を後世に伝えたのではないか、というのが毅士の推論だ。

 海外では「妖精郷」などと呼ばれるものも、この「隠れ里」の一種だろう。

 もしかすると、和人たちが今いるこの洞窟も、そんな「隠れ里」の一つなのかもしれない。


「でも、おまえらって故郷である九州の方へ帰るって言っていただろ? どうしてまだこんな所にいるんだ?」

「いや、それがですね、旦那。これは本当に偶然って奴でしてね」


 あの夏の邂逅の日以後。彼らは一旦は故郷である九州へと戻ろうとした。

 しかし、特に急いで戻る理由もなく、待っている者もいない。どうせなら日本の近海をゆっくりと巡りながら帰ろうという事になったそうだ。

 そして、牛鬼と磯女は連れ立って、こっそりと近海の人間の町などを見物しながら旅をしていたという。

 その旅の途中、本当に偶然に牛鬼と磯女はミツキの気配を感じ取ったそうだ。しかも彼女は海の近くにいるらしい。

 それは和人がレイフォードに眠らされ、城ヶ崎基地に収容されていた時のことだろう。あの時は、ミツキも茉莉もずっと和人の傍にいたのだ。

 ミツキの気配を感じ取った二体は、あの時に世話になった礼を言おうとミツキの気配のある方へと向かう。

 だが、彼らがそこで見たのは、巨大な怪獣と幻獣がぶつかり合う激しい戦闘。


「……とてもじゃありやせんが、俺たちじゃあその中に飛び込むような勇気はなくて……少し離れた海の中から姐さんと旦那たちを応援していたんでさぁ」

「そうしていたらぁ、竜王様がどぼぉぉんって海に落っこちてきてぇ……慌てて、お二人をお助けしたんですぅ」

「……どうやら、姐さんは魔力が残り少なかった旦那を、身体を張って庇ったようです。それでも、旦那には相当の被害が……そこで姐さんは、最後の魔力をつぎ込んで旦那を癒したんでさぁ。ご自分も相当な被害を受けていたっていうのに……」

「そしてぇ……魔力を使い果たした竜王様はぁ、こうして眠ったままにぃ……」


 ミツキが目覚めない理由を知った和人は、隣に横たわったままの彼女の額にそっと触れる。


「……馬鹿野郎。無理しやがって……」


 薄暗い中、改めてミツキを見れば、彼女の身体にこそ怪我はないものの、その身に纏っている黒いチャイナ服のようなものはかなり痛んでいる。

 本来なら魔力で編み上げたというこの黒いチャイナ風の服が、このようにぼろぼろになるような事はない。

 つまり、それだけ今の彼女には魔力がない事を意味しているのだ。


「……なあ、磯女。今、ミツキは魔力を使い果たしたから眠ったままだって言ったよな?」

「はいぃ。私はそう聞きましたぁ」


 聞いた? 誰に?──和人がそう疑問に思うより早く、牛鬼がその答えを口にする。


「実はッスね、姐さんや旦那を助けた俺たちを、この洞窟に案内してくれたのは鳳王様なンスよ」




 沢村(さわむら)正護(しょうご)

 突然城ヶ崎基地の司令室に現れたその人物を、そこに居合わせたスタッフの一人がそう呼んだ。

 そして、その名前に真っ先に反応したのは権藤だった。


「沢村正護……確か、『サワショウ』の通称で親しまれている売り出し中の芸能人だったな?」


 どうやら、権藤は芸能界にも詳しいらしい。

 どうして権藤がそんな事に詳しいのか疑問だが、それよりもシルヴィアにはその名前に聞き覚えがあった。


「あなたの事はミツキちゃんから聞いているわ。あなた……鳳王ね?」

「如何にも」


 シルヴィアの言葉を肯定した沢村、いや、鳳王。

 彼は右手を自分の左胸に当てて、慇懃な礼をシルヴィアへと向けた。

 幻獣──それも幻獣王である彼ならば、例え警備の厳重な自衛隊の基地の司令室であろうと、侵入するのは難しくもないのだろう。

 そして、頭を上げた鳳王は実に上機嫌に微笑んでいた。


「しかし、嬉しいねぇ。竜王が僕の噂をしてくれているのか……そ、それで? か、彼女は僕の事を何て言っていた?」

「えっと……確か『やたらとうるさくてしつこい、ストーカーみたいな奴』……だったかしら?」


 本当はミツキはもっと酷い事を言っていたのだが、そこは大人の判断で若干のオブラートを被せてあげるシルヴィア。

 だが、それでもその言葉のナイフは十分鋭すぎたようだ。

 先程まで上機嫌に微笑んでいた鳳王だったが、今では司令室の隅っこで膝を抱えて「……酷いよ、竜王……」とか呟きながらさめざめと泣いていた。


「そ、それで、鳳王であるあなたが、作戦の続行を言い出したのはどういう理由からかしら?」


 どんよりと落ち込んだ鳳王を励ますように、慌ててシルヴィアが声をかける。


「あ、ああ、うん。もちろん、このままあのレイフォードの魔力を奪い尽くしてしまった方が話が早いから、さ」


 何とか気力を振り絞って立ち直った鳳王は、涙を拭いながらシルヴィアへと振り返った。


「でも、あなたも幻獣王ならば気づいているでしょう? あの魔法陣は……敵の魔力を奪っている魔法陣の容量は限界よ」


 ちらりとシルヴィアは、『騎士』の様子を映し出しているモニターへと視線を飛ばす。

 そこには、真紅の巨大な騎士の足元で回転する魔法陣が、真っ赤に輝いている光景が映し出されていた。

 それはまさしく、シルヴィアの言葉通りに臨界寸前を意味している。


「なに、それなら心配には及ばない」


 だが、鳳王はさらりととんでもない事を口にした。


「あの魔力ならば、本来の持ち主に戻してしまえばいいのさ」




 『怪獣咆哮』更新。


 何とか、年内の更新が間に合った!

 これで正真正銘、年内の更新は全て終わりました。次回は年明けからの更新となります。


 本年中は『怪獣咆哮』に目を通していただいて、本当にありがとうございました。

 来年も引き続きよろしくお願いします。


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