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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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30-回転


 海へと墜落した銀の竜。

 その姿を見て、明人は『騎士(ナイト)』が抱えていたワイヤーランチャーを思わず放り出そうとしたが、自分の役目を思い出してかろうじて踏みとどまる。


(く……っ!! シルヴィ……じゃない、カーナー博士っ!! 和人は大丈夫なんですかっ!?)


 魔道パスを通じてシルヴィアに尋ねるも、そのシルヴィは明人に返答を返すこともなく沈黙していた。


(……か、カーナー博士……何か言ってくださいよっ!? ま、まさか……)

(………海に堕ちた竜王……和人くんとミツキちゃんの魔力反応が────消えたわ)


 一瞬、明人はシルヴィアの言葉の意味が理解できず、『騎士』の操縦席(コクピット)の中で間抜けな顔を晒してしまう。


(え……えっと……今のカーナー博士の言葉は……和人がMIAになったという意味に聞こえたのですが……)


 誰に見られているというわけでもないが、間抜け面をさらしたまま、明人は生気の抜けた声で尋ね返す。

 そして、それに返って来たシルヴィアの答えは、今の明人には極めて冷酷なものだった。


(ええ、その通りよ。現在、和人くんとミツキちゃんは、いわゆるMIA……Missing in action、行方不明よ……)


 MIA──Missing in action。それは作戦中に消息を断った者を表す言葉。

 シルヴィアのその言葉を聞いた明人は、世界が暗闇に包まれたような感覚に陥った。




(か、和人おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!)


 上空を高速で旋回しながら、茉莉は喉が張り裂けんばかりの大声で絶叫する。

 しかし、海に堕ちた銀の竜はその叫びに応じることもなく、そのまま海へと落下して海中にその姿を消してしまった。


(……今の和人殿の魔力は限界だ……そして、その和人殿の不足していた魔力をカバーしていたミツキ殿も同様……おそらく、獣王(じゅうおう)の震動に対し、有効な障壁を張る余裕はなかっただろう……)

(そ、そんな──っ!! そ、それじゃあ和人は…………っ!?)


 旋回する速度を落とすことなく、茉莉は眼下の海へとその視線を向ける。

 そこに銀の竜が浮上してくるような様子はなく、海はまるで上空の戦いなど関係ないとでも言うように穏やかに凪いでいた。




 明人へと冷酷ともいえる返答を行いつつ、シルヴィアは傍らのベアトリスへと視線を向ける。


「魔力吸引術式の回転具合はどう?」

「はい。間もなく準備回転(アイドリング)を終えて通常回転(ノーマルドライブ)へと移行し、最終的には全力回転(フルドライブ)へと発展する予定です」


 シルヴィアは弟子の言葉にゆっくりと頷きつつ、その視線をモニターへと移動させる。

 そこに映るのは、海岸線で巨大なワイヤーランチャーを構えている真紅の巨大な騎士の姿。

 その騎士の足元には、騎士の巨体に負けない程の大きさの魔法陣が展開しており、それはゆっくりと右回りに回転していた。

 そのゆっくりとした回転具合を視認しつつ、頃合いを見定めたシルヴィアは、モニターから目を離すことなく再びベアトリスへと告げる。


魔力吸引術式(エナジードレイン)、通常回転へ移行!」

「了解! 魔力吸引術式、通常回転へと移行します!」


 シルヴィアの言葉にベアトリスが応えると、モニターに映し出された魔法陣が見るからにその回転速度を上げていった。




 シルヴィアの冷静──冷酷でも冷徹でもなく、あくまでも冷静──な言葉を聞き、明人は彼女を怒鳴り付けたい衝動にかられるも、自分の立場を思い出してその衝動を噛み殺す。

 そう。シルヴィアの態度は決して間違っていない。

 明人たちは自衛官である。自衛官である以上、例え肉親が目の前で傷つき倒れようとも、行うべき義務を行わなければならない。

 そんな彼の口元を、一条の赤い筋が流れ落ちる。

 明人は自分でも気づかないうちに唇を噛み切り、そこから出血したのだ。

 合わせて、『騎士』の操縦パネルに置いた両手もぶるぶると震えている。


「明人様。和人様ならきっと大丈夫です」


 操縦席に響くその声に、明人ははっと自分を取り戻す。


「『騎士』……」

「和人様は明人様の弟君です。ちょっとやそっとのことで、どうにかなるような(やわ)な方ではありません。それは明人様が一番ご存じかと愚考します」


 『騎士』の言葉を聞き、明人の心は徐々に平静を取り戻していった。

 そうだ。自分の弟がそう簡単にやられる筈がない。何と言っても、あいつの傍には幻獣たちの頂点に君臨する銀の竜王がいるのだ。

 明人はそう自分で自分に言い聞かせると、現在遂行中の作戦の進捗状況に目を移す。

 丁度その時。


魔力吸引術式(エナジードレイン)、通常回転へ移行!)


 魔道パスを通じてシルヴィアの声が響いた。

 がくん、と僅かな衝撃が『騎士』の機体を襲う。それと同時に、『騎士』の足元に展開していた魔法陣が、その回転速度をどんどんと上げていく。

 それが何を意味するのか、明人は事前にシルヴィアから説明されている。

 そして、自分が今課せられている任務を遂行することこそ、和人を援護することに他ならないと明人は判断した。

 もちろん、本音を言えば今すぐにでも海に飛び込みたい。海に飛び込み、海中に消えた弟とその契約者の安否を確かめたい。

 しかし、彼は自衛官だ。作戦中である今、作戦を放棄するわけにはいかないのだ。

 弟を信じて。自分は自衛官だと必死に言い聞かせて。

 明人は任務を遂行すべく、二キロ先の上空に浮かぶ超巨大な怪獣へとその意識を向けた。




 これで二体。

 海へと没した竜王を冷めた目で追いつつ、レイフォードは最後に乗った白い鷲獅子(グリフォン)に攻撃の的を絞る。

 しかし、空中における鷲獅子の機動性は極めて高く、どのような攻撃を仕掛けても尽く躱されてしまう。

 ベルゼラーの胸から飛び出す無数の触手も。

 獣王の口から迸る震動も。

 白の鷲獅子を捉えることはできない。


──どうやら、空ではあちらの方に地の利があるようだ。


 そう判断したレイフォードは、どうやってあの鷲獅子を空から剥がし落とすか考え始める。

 この時、彼は気づいていなかった。

 もしかすると、彼の思考能力は不死者(アンデット)となったことで、彼自身も気づかないうちに低下しているのかもしれない。

 意識を鷲獅子への対応へと向けすぎた彼は、左肩に刺さった銛とそれに繋がるワイヤーの先で、巨大な魔法陣がその回転速度を上げていることにまるで気づかないでいた。




 シルヴィアが──いや、怪獣自衛隊城ヶ崎基地の職員全員が固唾を飲んで見守る中、真紅の騎士の足元に展開された魔法陣は、その回転する速度を徐々に上げていく。


「魔力吸引術式、通常回転に到達!」

「了解。更に回転を上げなさい」

「はい!」


 シルヴィアの指示の元、ベアトリスは展開している術式をコントロールし、魔法陣の回転速度を更に上昇させる。

 そして、回転数の上昇に合わせて、敵からワイヤーを通じて吸収する魔力の量も格段に増えていく。

 それを示すように、騎士の足元に展開し回転している魔法陣が、その色を徐々に変化させ始めた。

 最初は殆ど色のない白だった魔法陣。だが、今ではうっすらとその色を青へと。

 その変化を目の当たりにして、基地の職員たちから小さな歓声が上がる。

 そして魔法陣はその青をより鮮明にしながら、更に更に回転を速めていく。


「魔力吸引術式、回転数が通常回転域を超えました!」


 ベアトリスの報告に応じて、シルヴィアは高らかに宣言する。


「魔力吸引術式、全力回転(フルドライブ)っ!!」


 彼女のその宣言に応え、魔法陣は描かれた幾何学模様が視認できないほど、その回転数を高めた。




──薄暗いな。


 意識をぼんやりとさせながら、和人はそんなことを考えていた。


──どこだ、ここ?


 ぼんやりとした輝きが周囲を照らす中、和人はのそのそと自分の身体を起こしていく。

 途端、身体中に走る激痛に、彼は再び背中からどさりと倒れ込む。

 その際、倒れた地面が相当固く──おそらく岩の上だろう──、和人は先程とは別種の痛みにその意識をはっきりと覚醒させた。

 身体の内側からの激痛と、背中から感じる痛み。そして全身を襲う倦怠感と寒さ。

 次々と襲いくる様々な情報に、和人の精神は激しく混乱する。

 その際、無意識に動かした腕が何かに当たり、彼は思わずびくりとその身体を硬直させた。

 恐怖が混乱を上書きし、逆に落ち着いた和人はゆっくりと首を巡らして先程腕が当たったものが何かを確認する。

 まず、目に飛び込んで来たのは銀と白。

 長く伸ばされた美しい髪が、海水に濡れて白い身体に纏わり付いていた。

 次に認識できたのは黒。

 それは最近ではあまり見かけることのなくなった、初めて出会った時に彼女が纏っていたチャイナ服に似た服装だ。ただし、その服はあちこちが破れて彼女の白い肌を曝け出していたが。

 そういえば、あの服は魔力で造り出したとか何とか言っていたっけな。

 そんな事を思い出して──和人は、今手が当たっているものが何なのかに思い至って再び上半身を起こした。


「ミツキっ!?」


 今度も身体中を激痛が走り抜けるが、それさえ忘れて和人はミツキに近づいてその様子を確かめる。

 彼女は和人と並ぶように岩の上に寝かされていた。その身体に目立った外傷はないものの、名前を呼ぼうが、頬を軽く叩こうが、その身体を激しく揺さぶろうが彼女は一向に目を覚まさない。


「……どうしちまったんだよ……ミツキ……」


 その身体が暖かいことから、最悪の事態は免れていることは分かるものの、なぜ彼女が目を覚まさないのかは和人には分からない。


「もしかして、俺と同じようにあのレイフォードとかいう奴に眠らされたなんてことはないだろうな……」


 もしもそうだとすれば、どうすれば彼女を目覚めさせられるのか。

 自分の時は茉莉やミツキ、そしてシルヴィアが尽力してくれたようだが、今の和人に彼女たちを頼る術はない。

 その事に思い至り、ようやく彼は今自分がどこにいるにか疑問に感じた。

 改めて周囲を見回せば、周囲はぐるりと岩に囲まれている。どこかの洞窟の中だろうか、ぼんやりとした光が和人とミツキのいる空間を照らしている。


「……何となく、いつかの磯女がいた洞窟を思い出すな……」


 数ヶ月前に遭遇した、日本に古来から棲息する幻獣を思い出した和人。

 あの時も気づけば、彼はこうして洞窟の中にいた。


「違う点といえば、あの時は気がついた時には裸だったことと、一緒にいたのがミツキではなく茉莉だったことか……」


 濡れて身体に張り付く衣服を見下ろしながら、誰に聞かせるでもなく呟く。

 先程から感じていた寒さは、濡れた衣服が体温を奪っているからだろう。そして、ふとある事を思いつく。

 その事を思いついた和人の顔は、暗がりの中でもはっきりと分かるほど赤く染まる。


「……も、ももも、もしかして、ミツキの服……脱がしてやった方がいい……のか……?」


 幻獣である彼女が、自分と同じように寒さを感じるのかは今一つ分からないが、彼女を濡れたまま放置しておくのも気が引けるのは事実であり。

 どうしたものかと顔を紅潮させたまま、和人が思い悩んでいた時。

 彼の背後で何かがもそりと蠢いたのだが、ミツキに気を取られていた彼はそれに全く気づくことはなかった。



 『怪獣咆哮』更新。


 いや、ようやく更新できました。年内完結を目指していた当作ですが、どうやらそれは無理っぽい(笑)。

 こうなれば、春が来るまでには完結できるようにがんばる所存です。



 では、次回もよろしくお願いします。


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