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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
66/74

29-吸引

 施術を終えたワイヤーランチャーを前にして、明人は隣に立っているシルヴィアへと顔を向けた。


「結局、何の為にこんな馬鹿でかいワイヤーランチャーなんか造ったのですか?」


 現在、ベアトリスとアンジェリーナは『騎士(ナイト)』でワイヤーランチャーを使用するための魔術的な最終調整を行っており、明人の傍にいるのはシルヴィアだけだ。

 そしてそのシルヴィアは、どこか得意そうな表情で明人へと振り向いた。


「このワイヤーランチャーはね、怪獣の動きを束縛するために以前より造ってもらっていたものなの。それに今回の作戦に合わせた施術を施したってわけ」

「怪獣の動きを束縛するため……ですか?」

「そうよ」


 シルヴィアいわく、市街地で暴れる怪獣を一時的に拘束したり、もっと安全で開けた場所へと引っ張り出したりするために以前より考えていたとの事だ。


「……ですが、それなら和人や茉莉くんに頼めばいいのでは? 二人が揃えば相手が大型でも余裕で強制移動させることができますし」

「…………………………………………………………あ」


 それまで得意そうだったシルヴィアの顔が凍りつく。

 どうやら、そこまで深く考えずにこのランチャーを考案したらしい。久しぶりに彼女のうっかりを垣間見て、明人は深々と溜め息を吐く。


「い、いいじゃないっ!! もしかしたら、和人くんたちがいない時だってあるかもしれないしっ!! そ、それに自衛官としては、民間人をあてにするのはよくないわっ!?」

「はあ、その通りですが……まあ、今回こうして役立つのだからいいとしましょうか」


 呆れたように言う明人を、シルヴィアがむーっと不満そうに上目使いで睨み付ける。


「それより、こいつにはどんな魔術を施したのですか?」

「……そうね。それを説明しないと、作戦を実行できないものね」


 何やら自分の中で折り目をつけたらしいシルヴィアは、巨大なワイヤーランチャーに施した魔術の内容と、これから行う作戦の目標を明人に伝えた。

 そして、それを聞いた明人は改めて『騎士』に搭乗すると、ワイヤーランチャーを抱えて格納庫を出て、そのまま基地施設内の海岸線まで移動する。


(本来、ワイヤーランチャーはガス圧で先端のアンカーを射出するものですが、この『魔像機(ゴーレム)』版のランチャーは巨大で、アンカーもかなりの重量となります。そこで射出方式を従来のガス圧から魔力による方式に変換してあります。あわせて空気抵抗軽減の術式も組み込みましたので、有効射程距離は予想以上に伸びました)


 ランチャーを操作して射出準備を整える明人に、ベアトリスの操作レクチャーが魔道パスを通じて伝えられる。


(現在、『騎士』から目標までの距離は約二〇〇〇メートル)

(二〇〇〇……? アンカーの飛距離はともかく、そんなに遠くまでワイヤーが届くのか?)

(はい、大丈夫です二尉。ぎりぎりですが、今回用意したワイヤーで到達可能です)


 ベアトリスの説明を聞き、明人は『騎士』にランチャーを脇に抱えるようにして構えさせる。

 そして、和人と茉莉に魔道パスを通すと彼らに作戦内容の説明とそれに対する協力を要請した。

 二人は疑うこともなく明人の要請を受け入れ、敵の動きを止めるために行動を開始する。

 明人が見詰める中、二体の巨大な幻獣とそれよりも更に巨大な怪獣が空中で激しくぶつかり合う。

 ランチャーを構え、明人はモニターに映し出された照準をじっと見据える。

 やがて白い鷲獅子(グリフォン)が無数の雷弾を打ち込み、敵を空に縫い止めた。


──好機!


 明人はランチャーのトリガーを思いっ切り引く。

 ずん、という反動と共に打ち出されたアンカーは、するするとワイヤーを曳きながら空気を切り裂いて飛翔する。

 やがて目標へ到達したアンカーは、見事に敵の身体に突き刺さった。


(命中確認! カーナー博士、今ですっ!!)

(了解っ!!)


 明人は魔道パスでシルヴィアに伝える。そしてそれに応えたシルヴィアが、ランチャーに施した術式を起動させた。


「魔力吸引術式、起動!」




 どぷり、と音を立てて、銛のようなものが自分の身体に突き刺さったのを、レイフォードは他人事のように感じていた。

 今、彼の周囲には銀の竜と白い鷲獅子がまるで羽虫のように飛び交い、ちくちくと蚊が刺すような攻撃を断続的に続けている。

 それらの攻撃は本来なら強力無比なものなのだが、無限の再生力を持つ彼にはさしたる脅威ではない。

 そしてそれは、たった今身体に突き刺さった銛のようなものも同じである。

 何の変哲もない単なる鋼製の(アンカー)。避けるなり障壁で弾くなりできなくはなかったが、それよりも銀の竜と白い鷲獅子の方が脅威であると判断したレイフォードは、単なる鋼の銛が身体に突き刺さったところで影響は皆無と判断して、敢えてそれを身体に受けた。

 しかし。

 それは己の無限の再生力を過信したあまりの、彼の油断に外ならなかった。

 確かにその銛自体の攻撃力は、中型以下の怪獣ならそれなりのダメージを与えうるものであったが、彼には大した被害ではない。それこそ、人間が小さな羽虫に刺されるようなものだ。

 だが、羽虫の中には強烈な毒を持ったものだって存在する。

 そして、その銛が含んでいた「毒」は──いや、銛に付属していた鋼線を寄り合わせたワイヤーに含まれていた「毒」は、じわりとレイフォードの身体の中に浸透していく。

 彼がその「毒」に気づいた時、「毒」はその効力をすでに発揮させていた。

 じわりじわりと「毒」が彼の身体の中を侵していく。いや、正確には、彼の身体からあるものが銛とワイヤーを通して少しずつ吸い出されていっているのだ。


──魔力が奪われている……?


 それに気づいたレイフォードは、即座にワイヤーを断ち切ろうとベルゼラーの身体から無数の触手を伸ばす。

 しかし、それらの触手は尽くワイヤーに到達する前に銀の竜と白い鷲獅子によって迎撃された。

 ならばと、レイフォードは獣王(じゅうおう)の力である震動で、ワイヤーを粉砕せんと試みる。

 だがそれもまた、彼とワイヤーの間に割り込んだ二体の幻獣に阻止される。

 どうやら二体の幻獣は、自分を攻撃するよりもこのワイヤーを守ることを重視しているようだ。

 そう判断したレイフォードは、ワイヤーを断ち切るのをあっさりと諦め、それ以外の方法でこの楔を取り除く事を選択する。

 現在、ワイヤーの先端の銛が刺さっているのは、ベルゼラーの身体の左肩の部分だ。

 彼はベルゼラーの右手の鋭い爪を、自らの左肩へと突き立てようとした。刺さった周囲の肉ごと銛を抉り取ろうというのがレイフォードの狙いである。

 だが、爪の先端が銛が刺さっている周囲の肉を穿とうとした時、銛の周囲に突然障壁が発生し、その爪の侵入を拒む。


──色々と小細工を施しているな。


 人間に対する憎悪で不死者(アンデット)と化し、不死者化の根源である憎悪以外の感情をほぼ失ったレイフォードは、その事実を淡々と受け入れる。

 どうやら敵も馬鹿ではないらしく、銛が突き刺さった後で彼がそれを取り除こうとする事を予測していたのだろう。銛を守るように展開した障壁が何よりの証左だ。

 同時に、敵の狙いもよく分かった。

 彼が無限の再生を可能にしているのは、和人から奪った魔力と、怪獣たちの核である七つの魔石に残存している魔力があるからだ。

 当然、その魔力を奪われれば彼の再生力はそれだけ衰える。

 ならば、とレイフォードは考える。

 銛を抜き去るのが難しいのならば、敵に魔力が奪われる前に目の前の二体の幻獣を倒し、そして沿岸部にある人間の防衛組織の基地を破壊する。

 そう判断を下したレイフォードは、撹乱するように自分の周囲を飛び交う二体の幻獣を、先に叩き潰そうと改めて狙いを定めた。




(分かっているな、茉莉!)

(うん! ボクたちの役目は、あいつからあのワイヤーを守るんだよね?)

(その通りだ。ミツキ!)


 茉莉の返答に頷いた和人は、次にミツキへと声をかける。


(多少の被害は覚悟の上だ。ここは絶対にワイヤーを死守するぞ!)

(御意)


 主である少年に低頭したミツキは、苦しい戦いの最中でありながらも嬉しそうな笑みを浮かべた。

 和人が──契約者であり主であるこの少年が、自分を頼ってくれるのが素直に嬉しい。

 ならば、その期待に応えることこそ、幻獣の、いや、幻獣王としての矜持である。

 ミツキは、主である少年の命に身命を賭けて従う事を決意する。

 そしてその決意を証明して見せろと言わんばかりに、今までよりも更に多くの触手が襲いかかって来た。

 魔力の無駄使いはできない。だからミツキは、どうしても避けきれない攻撃以外は迎撃の光弾も障壁も使わず、牙や爪、そして翼や尾で迫る触手を破壊していく。

 だが、触手の圧力はどんどんと増していき、次第に和人とミツキ、そして茉莉とベリルは手数が足りなくなってくる。

 防御を掻い潜り、徐々に身体へと到達する触手の数が増える。

 銀の竜も白い鷲獅子も、身体中の至る所を触手に抉られ、切り裂かれながら、それでもワイヤーを死守すべく自らの身体を最後の楯とする。

 城ヶ崎基地からの支援攻撃はない。それは和人たちを見捨てているのではなく、誤射によってワイヤーを断ち切る恐れから、敢えて支援攻撃を行っていないのだ。


(か……和人……ぼ、ボク、も、もう……)

(茉莉! 諦めるな!)


 和人は必死に茉莉を激励するが、限界が近い事は彼もまた感じていた。

 大技を使えば、迫る触手の群れを一気に吹き飛ばす事は可能だろう。しかし、大技を使ってしまえば後が続かなくなる。


──どうする? ここで大技に賭けてみるか?


 内心で判断に悩んでいた和人。その隙を狙うかのように、不意に強烈な衝撃が襲った。

 まるで身体中を揺さぶられるような強烈な震動。それが何なのか、和人はすぐに理解する。


(がぁ……っ!! じゅ、獣王の震動……っ!!)

(あ、主よ……っ!!)


 触手を必死に避ける銀の竜を、不可視の震動が直接襲ったのだ。しかも、先程の震動よりも大きくて強力な震動が。

 触手に全神経を注いでいた和人とミツキに、その震動に対する備えをする余裕などなく。

 震動の直撃を喰らった銀の竜は、身を捩りながら苦しげな咆哮を残して眼下の海へと没していった。


 『怪獣咆哮』更新。


 区切りの関係で少々短めですが、今回はここまで。

 今週は少し早目に『怪獣咆哮』が更新できたので、今週中にもう一本、『あるない』も更新しようかと画策しております。


 来週、ひょっとすると『魔獣使い』と『辺境令嬢』のどちらかの外伝にも手を出すかも。うん、「かも」なので、あまり期待せずにお待ちください(笑)。



 では、次回もよろしくお願いします。


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