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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
60/74

24-覚醒

 怪獣自衛隊は、各方面で厳しい戦いを余儀なくされていた。

 怪獣自衛隊城ヶ崎基地に現れた、七体の怪獣。

 それらは、すぐに手当たり次第に基地の施設を破壊し始めた。

 その怪獣に対し、怪獣自衛隊も迎撃に移る。

 とはいえ、相手の怪獣が無限に再生を行う事は、シルヴィアと権藤から各自衛官たちに通達されており。

 自衛官たちは、それでも必死に抵抗を見せた。

 10式戦車が120mm滑腔砲を一斉に放ち、87式自走高射機関砲が上空を舞う標的へと35mm高射機関砲を雨のように見舞う。

 空からはAH-1S対戦車ヘリコプターが、地上の標的へと70ミリロケット弾を次々に打ち込んで行く。

 そして、対怪獣用に開発された『魔像機(ゴーレム)』も同様に。

 手にした剣を怪獣の巨体に叩きつけ、怪獣の攻撃を楯で受け止める。

 だが、怪獣自衛隊が必死の思いで与えた打撃も、怪獣たちは見る間に回復させて行く。

 その光景を見た自衛官たちの胸に、暗雲が立ち込める。

 どんなに打撃を与えても、それを瞬く間に無効化されるのだ。彼らの心が折れかけたとしても、誰もそれを攻める事はできないだろう。

 しかし。

 そんな心の折れかけた自衛官たちの耳に、怪獣自衛隊城ヶ崎基地の最高司令官である権藤(ごんどう)重夫(しげお)怪将(かいしょう)の声が響く。


「諦めるな! 現在、カーナー博士が怪獣の再生を阻止すべく策を施している。もうしばらく耐え抜くのだ!」


 一号怪獣ベルゼラーが初めて人類の前にその姿を現わした時から今日まで、怪獣と戦い抜いて来た歴戦の勇士の声に、折れかけていた自衛官たちの心に再び炎が点火される。

 権藤は怪獣が再生する仕組みを当然知っている。だが、それをここで明かすことはできない。

 和人や茉莉、そして幻獣たちの事を知るのは、権藤とシルヴィア、そして明人の部下たちだけだからだ。

 そして、そのシルヴィアが眠り続ける和人の目を覚まさせるため、一人の少女と一体の幻獣と共に、大規模な魔術儀式を執り行っている。それさえ成功すれば、怪獣の無限再生を封じる事になるのだ。


「頼みましたぞ、カーナー博士」


 無線のスイッチをオフにした権藤は、口元で組み合わせた手の陰で誰にも聞かれないようにそっと呟いた。




 シルヴィアは、『精神接続(マインドコネクト)』を制御しながら、魔法陣の上に全裸で横たわる三人をじっと見詰めていた。

 茉莉とミツキの意識は、現在和人の精神世界へと入り込んでいる。

 だが、二人は和人の自我と上手く接触することができたであろうか。

 精神の世界は言わば迷路のようなものだ。その迷路を潜り抜け、目標である和人の自我に接触するのは簡単な事ではない。

 そして、二人が和人の自我と接触できれば、それは何らかの変化として現れるはずなのだ。

 その変化を見落とさないよう、シルヴィアは『精神接続』を必死に制御しながら、静かに横たわる和人たちから注意を逸らさない。

 そんな時であった。

 彼らの下に展開されている魔法陣に、仄かな光が灯りだしたのは。


「……これって、もしかして……」


 シルヴィアが見詰める中、和人とミツキの身体が発光し、その煽りが『精神接続』用の魔法陣までも発光させている。

 やがて和人とミツキの身体が光の粒子となってゆっくりと消え去った時、シルヴィアは茉莉とミツキが目的を達成した事を悟ったのだった。




 今、和人や茉莉たちがいる部屋の前で。

 二体の幻獣が対峙し、静かな戦いを繰り広げていた。


「グリフォン殿……確かベリル殿とか申したかね? どうあっても、このわたくしを通す心算はない、と?」

「無論だ。何があっても貴殿を通すなと、私は主である茉莉から厳命されている」


 部屋へと至る扉を守るように、その小さな身体を宙に浮かせたベリルは、目の前の執事のような出で立ちの男性を注視する。


「しかし……ベリル殿。貴殿も性別は男性格であろう? ならば、この部屋の中に存在する理想郷を一目見てみたいとは思いはしないかね?」

「残念だが、砂男(サンドマン)殿。我は自我を得てまだ百年と少し。確かに性別こそ男性格だが、そのような欲求はまだないのだ。それに、貴殿を決して部屋に入れるなと、主である茉莉から命じられている」


 砂男は、僅かな隙間があればそこから何処へでも入り込む事ができる。

 そのため、シルヴィアが魔術儀式を執り行っている間、茉莉は砂男が部屋に入って覗かないようベリルに砂男を見張るように命じておいたのだ。


「そうか……それは残念としか言いようがない。なんせ、今のこの部屋の中では、至高たる竜王様を始め、あのシルヴィアという女魔術師と貴殿の主である茉莉という少女が、一糸纏わぬ素っ裸でおるのだぞ? ぷるぷるでぷりんぷりんでむちむちな理想郷が目の前に存在しているというのに……誠に残念無念っ!! 貴殿はそれでも男かっ!? 実に……実に情けないっ!!」


 くわっと目を見開き、背後に稲妻を背負う勢いで侯爵を垂れる砂男。

 だが、その姿勢こそ立派であったが、口にしている事が余りにも残念過ぎた。

 そんな砂男に内心で溜め息を吐きつつ、この変態をどうしてくれようかと考えていたベリルは、背後から発せられた強烈な魔力に思わず振り返った。

 そして、砂男もまたその魔力を感知して、部屋の中で何が起こったのかも悟っていた。


「む……無念……我が野望と夢、ここに破れたり……っ!!」


 がくりと膝を着き、悔し涙まで流す砂男。

 目の前の変態に生暖かい視線を注ぎつつ、ベリルは扉の向こうに小さく声をかけた。


「……ようやく目が覚めたようだ」




 暴れていた七体の怪獣たちが、突然その動きを一斉に止めた。

 そして、怪獣たちはその眼を一定の方向へと向けたのだ。

 まるで何かを畏れるように。

 怪獣たちは身動ぎもせず、じっと一定方向を見詰める。

 そして、怪獣と戦っていた自衛官たちは見る。

 怪獣自衛隊の施設の一つから、天を貫くようにそびえ立つ銀色に輝く光の柱を。

 その光の余波を受けただけで、怪獣たちの巨体の一部がぼろぼろと崩壊するほどその光は力に満ち満ちていた。

 その光の柱から明人は、アンジェリーナは、ベアトリスは、膨大なまでの魔力を感じ取る。

 魔力を感じる事はできないものの、権藤もまた、何が起こったのかを悟ってにやりと口角を歪めた。


「どうやら、反撃の狼煙が上がったようだな」


 事情を知らない自衛官たちもまた、その光の柱を見上げていた。

 やがて光の柱が消え去った時、彼らはそこに見る。

 怪獣自衛隊城ヶ崎基地の上空に、神々しいまでに光り輝く銀色の巨大な竜が顕現しているのを。




 シルヴィアは、消え去った和人の身体があった場所に残された、泥のようなものを浄化の術式で吹き飛ばすと、意識を失ったままの茉莉に駆け寄って身体を揺り動かした。


「茉莉ちゃん! 目を覚まして、茉莉ちゃん!」


 和人とミツキの融合が成功したのを疑う余地はない。

 しかし、茉莉の意識が無事に彼女の身体へと戻って来たという保証はないのだ。

 もしかすると、茉莉の意識を宿したまま、和人はミツキと融合したのかもしれない。

 その場合、茉莉の意識が無事に済むかどうか、それはシルヴィアにも判らないのだ。

 そんな心配を抱えつつ、シルヴィアは茉莉を揺り動かす。

 だが、その心配も杞憂に終わる。閉じられたままだった茉莉の目蓋が、ゆっくりと開かれていくのをシルヴィアは確かに見た。


「茉莉ちゃん! 大丈夫? 私の事、判る?」

「シルヴィア……さん?」


 ゆっくりと焦点が結ばれていく茉莉の瞳。それを見たシルヴィアは、心配はないと安堵の息を吐いた。


「そ、そうだっ!! 和人はっ!? ねえ、シルヴィアさん、和人はどうなったのっ!?」


 慌てて身体を起こした茉莉は、想いを寄せる少年の安否をシルヴィアに問う。


「大丈夫よ。和人くんなら……ほら」


 シルヴィアが指差すのは天井。

 天井にはいつの間にか大穴が開いており、そこから青い空とそこに浮かぶ銀の竜の姿が見えた。


「良かった……良かったよぉ、和人ぉ……」


 涙を浮かべながら空を見上げる茉莉。シルヴィアはそんな茉莉に発破をかけるように、ちょっと強めの力でその華奢な肩を叩いた。


「さあ、茉莉ちゃんも! ミツキに負けていられないわよ! 茉莉ちゃんにも期待しているからね!」


 シルヴィアが言わんとしている事を悟り、茉莉はにっこりと笑うと大きく頷いた。


「うん! 任せて、シルヴィアさん! ボクも和人と一緒に戦うから!」


 そして茉莉はその名を呼ぶ。自身と契約を交わした、白い羽毛に包まれた小さな幻獣の名を。


「ベリル! 行くよっ!!」

「心得た」


 返ってくるのは、短くも自信に満ちた声。

 扉を開けて部屋に飛び込んで来たベリルは、茉莉共々碧の光に包まれて先程和人たちが開けた穴から上空へと飛び立って行った。


「任せたわよ、和人くん、茉莉ちゃん、ミツキ、ベリル」


 そして、シルヴィアもまた自分に課せられた責務を果たすため、司令室に戻る決意をする。

 しかし、今の姿──当然、全裸──で司令室に入るわけにはいかない。というか、部屋の外に出るのだってまずい。

 そう思い、執務室の奥のドレッサーから着替えを取り出そうとした時。

 彼女は見た。見てしまった。

 先程ベリルが飛び込んできた時に開け放たれた扉。

 その扉の向こうで、一人の紳士が実にイイ笑顔で自分を凝視している事を。

 思わずシルヴィアとその紳士の視線が絡み合う。

 紳士はにっこりと微笑むと、右手の親指をぐいっとおっ立てた。


「きゃああああああああああああああああっ」


 思わず悲鳴を上げるシルヴィア。

 しかし、彼女のその悲鳴は、戦場の喧騒にかき消されて誰にも聞かれる事はなかった。


 『怪獣咆哮』更新!


 『魔獣使い』と『辺境令嬢』が完結したので、今後はこの『怪獣咆哮』に力を入れていきます。

 こっちもクライマックスへ突入して行きますからね。がんがんエンジンを回さねば。


 では、次回もよろしくお願いします。


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