05-激突
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上空を舞いながら、茉莉は眼下の海に倒れた怪獣を見下ろしていた。
彼女の意識は今、空をゆっくりと旋回する鳥型怪獣の中にあった。
(あれで終わり……な訳ないよねベリル?)
(勿論だ。あの程度で倒せるようなら苦労はない)
自身の意識に直接語りかけるようなベリルの声に、茉莉も頷く──尤も、彼女の肉体はベリルと融合しているので頷いたつもりだけだが。
そして一人と一体の考えが正しい事を証明するように、獣型が起き上がってその首を空を舞うベリルに合わせるように巡らせる。
そしてその口を開くと、ベリルに向かって火焔を吐きかける。
(炎が来るわっ!! 避けるわよベリルっ!!)
(承知)
茉莉の指示通りにベリルが動く。茉莉の指示とベリルの動きにはタイムラグはない。茉莉と融合しているベリルの身体は、茉莉の思い通りに動いてくれる。
(このまま急降下して、すれ違いざまに爪で切り裂いてやるわ!)
(だがあいつの表皮はかなり厚いぞ? 爪では有効打に成り得ん)
(やってみなくちゃ解らないでしょっ!!)
ベリルは茉莉の言葉通り急降下を開始する。次々と吐きかけられる火焔を躱しながら、茉莉とベリルは猛スピードで獣型に接近する。
獣型とやや距離のある地点に急降下すると、ベリルはその速度を殺す事なく海面すれすれに水平飛行に移り、そのまま獣型にぐんぐん迫る。
(これでもくらえっ!!)
ベリルは獣型とすれ違いざまにその鋭い鉤爪を揮う。だがその鋭い爪も、戦車砲の集中砲火にも耐えた獣型の表皮を僅かに削ったに過ぎなかった。
(かったいわねっ!! どういう身体してるのこのアルマジロモドキはっ!?)
(だから言っただろう)
(こんなに硬いなんて思わなかったのっ!!)
再び上昇しながら、茉莉は次の手を考える。
(こうなったら、雷弾しかないけど……)
(だがこんな場所で雷弾を使えば、周囲の海にどんな影響が出るか判らんぞ?)
(そうよねぇ……)
ベリルの最大の武器である雷弾。だが、身体の半分が海の中にある獣型に雷弾を使えば、海に電気が流れてどんな影響が出るか想像もつかない。
港に停泊中の怪獣自衛隊の艦艇にも何らかの被害が出るだろう。
茉莉が考えている間も、獣型怪獣は次々と炎を浴びせかけてくるが、上空を旋回するベリルには届かない。
(ねえベリル……あいつを持ち上げる事できる?)
(難しいな……何せあの巨体だ。我が力でそれが可能かどうか……)
ベリルは飛行速度と空中での機動性は優れているものの、反面パワーでは他の怪獣と比べると劣っていた。
(だが……何とかやってみよう)
(うん……お願いするわ)
茉莉も無理は承知だ。それでも敢えて、茉莉はベリルに過酷な行動を命じる。
(行くわよベリル! あいつを持ち上げて!)
ベリルは再び急降下から海面すれすれでの水平飛行に移る。
そのベリルに合わせてか、獣型は後ろ足で立ち上がると海面を滑るように飛ぶベリルに倒れ込むように前足の爪を揮う。
その爪を掻い潜り、ベリルは相手の腹の下に潜り込むようにそのまま突っ込む。
(いっっけえええええええええぇぇぇぇっ!!)
茉莉とベリルは有らん限りの力を翼に込める。そしてベリルの頭で獣型の腹を突き上げるようにして上昇する。
獣型は腹からベリルに掬い上げられる形で持ち上げられた。獣型を持ち上げたベリルは、翼を力一杯羽ばたかせてぐんぐんと上昇を続ける。
だが、獣型もやられっぱなしではいなかった。獣型の眼前に無防備に曝け出されたベリルの背部に、その鋭い爪が何度も振り下ろされた。
(ぐ……ううううっ!!)
背中に走る激痛を茉莉は歯を食いしばって堪える。ベリルと融合している茉莉は、ベリルの受けた怪我や痛みをも共有してしまうのだ。
(も……げんか……い……)
翼を支える筋肉が悲鳴を上げる。背中に受け続けている傷も無視できる程軽いものではない。
(ベリル……っ!! 今からこいつを放り投げるから……いいわねっ!?)
(承知)
ベリルは上空で大きく身体を揺すると、獣型を放り出す。当然獣型は重力に引かれて落下を開始する。
(海に落ちるまでに決めるわ!)
茉莉の言葉が終わるより早く、ベリルの周囲の空気が帯電を始める。
ぱりぱりとアルミホイルを丸めるような音が響き、電気が徐々にベリルの前方の空間に集中する。
集まった電気は球状になっていく。その電気の球が一定の大きさになると、ベリルは落下している獣型目がけてその電気の球──雷弾を打ち放った。
正に雷鳴。轟音と共に獣型に飛翔する雷弾。だがその雷弾が獣型に命中する直前、獣型に変化が生じた。
ぱきりという音と共に獣型の背中が割れる。そしてその割れ目からばさりと広がるものがあった。
それは翼。まぎれもない翼だった。獣型は蝙蝠のような翼を広げると、すうと空を滑って飛来する雷弾を回避した。
いや、それは正確には翼というよりはムササビの飛膜に近いのだろう。獣型の翼には自身を支えるだけの力はなく、空を自由に飛ぶというよりは滑空するのが精々のようだ。
(う……うそ……あんなのあり?)
(まさかあのような翼を隠し持っていようとはな)
(感心してないで追うわよ!)
(いや……それは無理だ)
(どうし……うぐぅっ!!)
突如思い出されたように背中に激痛が走った。先程獣型に切り裂かれた背中の傷は、このまま飛行を続ける事が困難な程のダメージを与えていた。
茉莉が痛みを堪えているうちに、獣型の怪獣はゆうゆうと空を滑り、城ヶ崎市の沖合いの海に着水すると、そのまま海底深く沈んでいった。
「偵察ヘリより通信。獣型怪獣の反応、消滅したそうです」
オペレーターの声に、権藤はむうと一声唸る。
「逃げたようだな……アルマジロンは」
「あ……あるまじ……ろん……?」
権藤の零した言葉に、隣に立っていたシルヴィアの眉が不満げに寄せられる。
「あ、あの司令……その『あるまじろん』というのはもしや……」
「ああ。先程の獣型のことだよカーナー博士。あのごつごつとした外皮がアルマジロみたいだっただろう。以後、先程の獣型怪獣をアルマジロンと呼称する。気に入らんのならアルマジェーロにするが?」
「……アルマジロンで結構です……」
権藤重夫怪将。第一号怪獣出現以来、数々の怪獣と戦ってきた誰もが認める歴戦の勇者。
だがそんな歴戦の勇者のネーミングセンスは、ちょっぴり斜め上にずれているようだった。
怪獣の呼称の命名権は、現れた土地の管轄の怪獣自衛隊の最高責任者になるので、これには誰も文句を言えないのだ。
「ところでカーナー博士。先程あのバードンが西洋の伝説上の怪物とそっくりな事が気になると言っていたが、それはどういう意味かね?」
「グ・リ・フォ・ン、です、司令」
シルヴィアは、権藤の『バードン』という単語を否定するように、わざと強く誇張するようにゆっくりと言う。
「私が気になったのは、今まで現れた怪獣は現存する生物と似通った箇所はあるものの、見た事も聞いた事もない姿をしたものばかりでした。それなのにどうしてあのグリフォンだけは、想像上とはいえ既存の怪物の姿をしていたのでしょう?」
「では博士はあのグリフォンが、他の怪獣とは違う存在であると考えるのかね?」
「推論でさえない思いつきに過ぎませんが。ですが先程の行動を見て、あのグリフォンは明らかに他の怪獣と敵対していると私には思えるのです。司令はどう思いますか?」
「……少なくとも現時点ではあのグリフォンは、何らかの理由で他の怪獣と敵対していると考えていいだろう。だが、いくら現時点で他の怪獣と敵対していようが、いつ何時人間にその牙を向けるか判らん。軽率に噂のように味方と考えるのは危険だな」
「そうですね。あのグリフォンがどうして他の怪獣と敵対しているのかが判ればいいのですが……」
「今度現れたら、話しかけてみるかね?」
「あら、悪くありませんわね、その提案」
二人は顔を見合わせてくすくすと笑う。
「それよりどうだね? 『騎士』……いや、白峰三尉は?」
「ええ、彼の素質はずば抜けています。もう少し魔力を扱う修行を行えば、『魔像機』を自在に操れるようになるでしょう」
「それでは引き続き、博士には白峰三尉の指導をお願いする」
「はい。了解しました」
敬礼をしながらそう答えたシルヴィアは司令室を後にする。彼女の足は、再び騎士が眠りについた格納庫に向かっていた。
獣型──後にアルマジロンと怪獣自衛隊が呼称を発表──が消えた海を和人は呆然と眺めていた。
「何だったんだ、あの鳥型。あいつが毅士が言っていた、人間の味方をする怪獣って奴なのか?」
そう考えた時、和人はある事を思い出した。
「し、しまったっ!! 毅士に怪獣の写真を撮るように言われてたっけ。やべえ、二匹の怪獣の戦いに夢中になって写真撮るの忘れちまった!」
写真という「研究資料」を得損ねた毅士が、静かに、そして深く怒る姿を想像して和人は思わず震え上がった。
「やべえぞ……あいつ滅多に怒らないけど、こと怪獣が絡むと人が変わるからなぁ」
そう言って辺りをきょろきょろと見回す和人。写真の変わりに何か、毅士の「研究資料」になるような物がないかと思ったのだ。
そんな和人の視界の隅を、何かが横切った。
「何だ? 今の……」
改めて和人が振り向けば、それは小さな光だった。碧に輝く小さな光が、こちらに向けて飛んで来るようなのだ。
「何だあれ? UFOか?」
和人が注視していると、その碧の光は間違いなくこちらに飛んで来る。碧光は徐々に近付いてくると、ふらふらと空を漂いながら岬の先端部分に降りたようだった。
「……何だろあれ……ひょっとすると、何か毅士が喜ぶようなものが手に入るかも知れないな……行ってみるか」
和人がそう思って駆け出そうとした時だった。彼の目の前にふわりと舞い降りたものがあった。
「────見つけた────」
和人の眼前に舞い降り、そう呟いたのは一人の美しい少女だった。
年齢は和人と同じか、少し年下といったところだろうか。
腰よりも長く伸ばされた月の光を集めたかのような銀の髪が、海から吹く風にゆらゆらと揺れている。
そして驚く和人を見詰める朱金の瞳は、喜びに打ち震えるかのように潤んでいた。その細い身体をチャイナ服のようなデザインの黒い服で覆い、その黒い服から覗く手足は服と対象するかのように白かった。
「ようやく見つけた──我が半身よ。我が主よ」
震える声が再び零れた。その震えは間違いなく喜悦によるものだ。
「あ、う、え、ええっ?」
混乱する和人の前で、その少女は片膝を着いて頭を垂れた。
「今日この時より、我が身、我が命、我が魂、如何なる時も主と共にあるであろう。主の命あらば我は如何なる敵をも打ち砕こう。主が求めるならば我は全てを捧げよう。さあ我に名を与えよ。さすれば契約は交わされん」
謳うように言葉を続ける少女に、和人は戸惑いながら話しかけた。
「あ、あのさ、人違いじゃないかな? 俺はそんな大層な奴じゃないし」
「いや、人違いなどでは決してない。我は汝と出会うため、千余年という時を待ったのだ」
間違いない。電波だ。目の前の少女は何処かから電波を受信している。
飛び切りの美少女だというのに何と勿体ない……和人はそう考えて、深く関わるのは止めた方が良さそうだと判断した。
「あ、お、俺、急ぐから。それじゃ!」
それだけ言って、和人は駆け出した。先程碧光が降りた岬の先端を目指して。
「あ、待つがよい主よ! ええい、こら、待てと申すに!」
電波少女は走る和人の後を追いかける。しかも少女の走る速度は、普段から早朝に走り込みをしている和人よりも速かった。
「どうしてついて来るんだよっ!? ついて来るなよっ!!」
振り向きつつそう叫ぶと、少女は不意にぴたりと走るのを止めた。
(ど、どうやら諦めたみたいだな。何だったんだあいつ? まあ、いいや。それよりも……)
立ち止まった電波少女を後にして、和人はそのまま先程碧の光が降りた地点を目指した走り続けた。
本日の更新。
今週は毎日更新する予定ですが、週末の土日は諸用のため更新できないと思います。
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