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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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23-夢界


「どこだ、ここは……」


 荒廃した街並みを、彼は一人で歩いていた。

 倒壊したビル。破壊された民家。へし折れた街路樹や街灯。

 周囲を見回し、その寒々しい光景に彼はぶるりと一度身体を震わせた。

 その時、彼は自分が何も身に纏っていない事に気づく。


「う、うわっ!! 俺、裸じゃねえかっ!?」


 彼は焦って足元に落ちていた木板を拾い上げ、それで下半身を隠くす。

 そして、周りに誰もいない事に今度は逆に安堵した。


「うーん……ここがどこか以前に、何か着るものを探さないと……」


 彼は改めて周囲を見回す。

 そして。

 そして、彼はそこに見る。

 延々と広がる瓦礫ばかりのこの世界で、じっと自分を見詰める存在がある事を。

 その存在は崩れ落ちたビルの上に佇み、じっと自分を見ろしていた。


「ゆ、一角獣(ユニコーン)……」


 ビルの上、闇よりも尚黒い一角獣が、そこにいた。




 黒い一角獣は、何をするでもなくじっと彼を見下ろしているだけ。

 だが、その一角獣の目を見た時、彼は自分の身体の中から何かが抜け出すような感覚に襲われた。

 彼は思わずがくりとその場で膝を着く。


「な……何だ、今の感覚は……」


 思わず左手で自分の額を押さえようとして、彼は違和感に捕らわれた。


「な、んだ……ん?」


 額から左手を離した彼は、自分の左手を注視する。そこで、彼は先程感じた違和感の正体に気づく。


「ど、どうして……?」


 彼がまじまじと見詰める彼の左手。そこには、あるべきはずの小指がなかったのだ。


「指が消えた……? でも、痛くもないし、血も出ていない……どうなってんだ?」


 消えた小指の断面は、まるで磨かれた石のようにするりとしていた。

 決して刃物などで切り落としたのでもなければ、牙などで噛み千切ったわけでもない。

 訳がわからず、彼はもう一度一角獣へと目を向けた。

 そして、再び交差する彼と一角獣の視線。

 するとまたもや何かが抜ける感覚があり、今度は彼の右手の人差し指が消え失せた。

 今回も小指の時と同様、痛みも出血もない。

 理由は判らないが、このままあの黒い一角獣と対峙し続けるのはまずい。

 そう判断した彼は、一角獣に背を向けて荒廃した町の中を駆け出した。




 地面には大小様々な瓦礫や石ころが転がっている。

 そこを裸足で走るのはちょっとした恐怖を感じたが、実際に走ってみれば瓦礫や石を踏みつけても痛みはまるで感じない。

 その事にほんの少し安堵しつつ、彼は走る両足に更に力を込めた。


──そういや、夏休みに皆で海に行った時も、磯女の洞窟の中を裸足で走ったっけな。


 走りながら彼は、以前にも似たような事があった事を思い出した。

 あの時も、彼は今のように裸で暗い洞窟の中を走ったのだ。

 だが、あの時と今では違う点もある。

 あの時、彼は彼の良く知る少女の手を引きながら、得体の知れない──後に正体は判明したが──ものから逃げるために、ごつごつとした岩の穴の中を駆け抜けた。

 その少女の姿は今はない。そして唐突に、その時少女もまた今の彼と同じく裸だった事を思い出し、彼は思わず顔を赤く染める。


「こ、こんな時に何を考えているんだ俺はっ!?」


 彼は思わず声を出した。

 そして、ぶんぶんと頭を振って脳裏に浮かび上がった彼女の裸体を頭の中から振り飛ばす。


「くそっ!! 走り辛くなっちまったじゃねえかっ!!」


 なぜ急に走り辛くなったのかは、ここでは敢えて触れない。主に彼の名誉とか世間体のために。

 どれだけ走っても全く苦しくならないのをいいことに、彼はどこまでも全力で走る。

 しかし、どれだけ走っても荒廃した街並みは一向に変化を見せない。


「────磯女の洞窟の時は、すぐに変化があったんだけどな」


 彼は再び以前の事を思い出す。

 あの時はたくさんのウーパールーパーみたいな怪物に追い詰められ、壁際で少女を背中越しに怪物から庇った。

 そして、恐怖心から彼にしがみついてきた彼女の体温を生々と思い出した。思い出してしまった。

 暖かく。柔らかで。そして甘酸っぱいような独特の彼女の体臭が彼の鼻腔を刺激して。


「ああ、もうっ!! 一体どうしたってんだよ、俺はっ!! あ、ち、畜生っ!! また──っ!!」


 若く健康な男ならば仕方がないと言える生理的な現象を見せる自分の身体を、彼はこの時ほど忌々しく思った事はなかった。




 もうどれだけこの薄暗い世界を歩いただろう。

 一時間? 二時間? それとも一日?

 どれだけ歩いても、この世界はこれ以上明るくなる事もなければ暗くもならなかった。

 時間の感覚などすぐになくなった。しかし、それでもこの荒れ果てた世界を歩き続けるしかない。

 それが判っているから、二人は無言でこの世界を歩く。

 最初はそれでも取り止めもない会話ぐらいあったのだ。しかし、延々と歩き続けている内に、そんな会話も自然と消えて行った。

 そんな中だった。ミツキが何かに気づいたように不意に足を止めたのは。

 急に足を止めたミツキを、前を歩いていた茉莉が振り返る。


「どうしたの? 急に立ち止まったりして」

「今──────主の声が聞こえたような……」

「え? 本当っ!?」

「静かにせい、愚か者!」


 顔を輝かせる茉莉にぴしゃりと言い置き、ミツキは己の耳に意識を傾ける。

 幻獣であるミツキの聴覚は、人間よりも遥かに鋭い。


「ああ、もうっ!! 一体どうしたってんだよ、俺はっ!! あ、ち、畜生っ!! また──っ!!」


 その彼女の彼女の聴覚が、最も待ち望んだその声を捉えた。

 先程の茉莉同様に破顔すると、ミツキはそのまま駆け出す。


「ちょ、ちょっと待ってよミツキっ!!」


 そしてミツキに遅れること数拍。茉莉もまた、ミツキの背中を追って走り出す。

 そのまま二人はしばらく走り、崩れ落ちた巨大なビルのコンクリート塊を迂回した所で、探し求めていた存在を目にする事ができた。

 しかし。

 その姿を見た途端、彼女たちはぴたりとその動きを止めた。

 まるで呼吸までも忘れたかのように微動だにしない二人。

 だが、その大きく見開かれた合計四つの瞳は、真っ直ぐにそれを見詰めていた。


「あ、あれ? 茉莉? ミツキ? お、おまえたちがどうして……って、てか、おまえらどこ見てやがるっ!?」


 彼女たちが探し求めていた者は、慌てて両手で前を隠しながら手近な瓦礫の陰へと飛び込んだ。

 彼が物陰に引っ込んだ後も、以前二人はそのまま身動きもせず。

 しばらく経った後、ようやくぽつりと呟いたのはミツキだった。


「………………………………………………やっぱり、主のモノは凄かったのぅ」




 どれくらいそうしていただろうか。

 呆然と立ち尽くす茉莉とミツキ。そして、物陰に駆け込んだ和人。

 和人は物陰から出るに出られないらしく、顔だけをひょっこりと覗かせて二人を見る。

 だが、その彼の顔が厳しく顰められた。


「逃げろっ!! 茉莉っ!! ミツキっ!!」


 叫びながら、和人が物陰から飛び出す。

 その和人の視線は、茉莉とミツキを通過して、彼女たちの背後へと向けられている。

 それに気づいた二人が後ろへ振り向けば、彼女たちのすぐ背後に漆黒の一角獣がいた。


「な、なにっ!? この我に気配も感じさせぬとな──っ!?」

「きゃああああああああああっ!!」


 叫ぶ二人。その二人をかばうように、和人は一角獣と二人の間に身体を割り込ませた。

 途端、再び和人の身体から何かが奪われる感触。


「ぐ、ううぅ……っ」


 今回の喪失感はそれまでよりも遥かに大きく。


「あ、主っ!?」

「和人ぉっ!?」


 驚きの声を上げる二人の目の前で、和人の右腕が丸ごと消失した。

 だが、和人は消えた自分の腕を顧みる事もなく、背後の茉莉とミツキへと固い声をかける。


「逃げろ、二人ともっ!! こいつはヤバいっ!!」


 だが、ここが和人の精神世界である事を知っている二人は、逃げることなく逆に和人を庇うように前へと進み出た。


「逃げる必要などない。いや、正確に言えば逃げても無駄だ。こやつはこの世界のどこにでも現れるだろうからな」

「うん、ボクもそう思う。こいつは、和人の身体にくっついたあの泥みたいな奴だよね?」

「ああ。間違いあるまい。そして、主の身体の一部が消えたのは、こやつに魔力を奪われた事実が視覚的に現れたに過ぎん」


 毅然として黒い一角獣を睨み付ける茉莉とミツキ。

 そんな二人に、どういう事なのか和人は問う。

 そして問われた二人は、あのレイフォードと名乗った青年と邂逅してからの事を、簡潔に和人へと伝える。

 その間、件の黒い一角獣は、じっと三人を見詰めたまま身動きしなかった。


「ここが俺の夢の中……?」

「そうだよ、和人。シルヴィアさんの魔術で、ボクたちを和人の夢の中に送ってもらったんだ」

「早う目を覚まさぬか、主よ! 現実の世界では、主の兄者たちが七体もの怪獣と戦っておるのだぞ!」


 二人はこの精神世界へと来る前に、シルヴィアから怪獣自衛隊が極めて厳しい状況に追い込まれている事を聞いていた。

 そして、それを打開するためには、和人を何としても覚醒させなければならない。


「で、でも、どうすれば目覚める事ができるんだ?」


 和人は自分が眠らされている事は理解した。そして、自分の魔力が吸い取られ、その魔力が敵の糧となっている事も。

 だが、目を覚ませと言われてもどうすればいいのか判らない。

 そんな和人に、ミツキが振り返って妖艶な笑みを浮かべた。


「何、簡単な事よ。我に全てを委ねよ。さすれば我と主は一つになり、後の事は外の魔術師の女が何とかしてくれよう」

「え? それは一体────むぐっ!!」

「あ! ああああああああっ!! ず、ずるいよミツキっ!!」


 ミツキは妖艶な笑みを浮かべたまま、その細くてしなやかな腕をするりと和人の首へと回し、そのまま彼を抱き寄せて少しばかり強引に彼の唇を奪うのだった。



 『怪獣咆哮』何とか更新できましたー!


 ふはー、本当に今回は難産だった。一旦は四分の三程書いたものを、全面的に書き直してしまった(笑)。

 しかし、これで主人公覚醒の目処は立った! 後は怪獣どもを蹴散らすのみ!


 もしかすると、来週はちょっと更新できないかも。

 『魔獣使い』と『辺境令嬢』を来週中に完結させる予定なので、こっちまで手が回らないかもしれません。

 でも、できる限り早目に更新できるよう努力します。


 では、次回もよろしくお願いします。


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