22-接続
今、部屋の中に四人の人間がいた。
いや、より正確に言うならば、「三人の人間と一体の幻獣」が正しい。
そして、幻獣を含めた三人は女性で、残る一人が男性である。
これももっと正確に表現するならば、妙齢の女性が一人と少女と言える外見の女性が二人、最後の男性は少年と呼べる年齢であった。
ちなみに、もっと正確に言えば、少女の一人は実は千年以上の時を生きているが、今は関係ないので割愛する。
「準備はいい?」
妙齢の女性──シルヴィアが、二人の少女──茉莉とミツキに声をかける。
そして、彼女の言葉に頷いた二人は、その視線をこの部屋の中のただ一人の男性──和人へと向ける。
途端、茉莉が頬を赤く染めて恥ずかしそうに視線を背けた。
「茉莉ちゃん。判るけど、今は我慢して。これも和人くんを目覚めさせるためなんだから」
「は、はい……判ってますシルヴィアさん。で、でも……」
茉莉はそう言って再び視線を和人に向け──また逸らした。
そんな茉莉に、シルヴィアは困った顔で溜め息を一つ。
だが、茉莉の気持ちも判らぬでもないシルヴィア。
なぜなら、相変わらず眠ったままの和人も全裸なら、シルヴィアたち三人の女性もまた全裸なのだから。
出現した七体の怪獣を眺め、西洋人の青年──レイフォードは満足そうに口の端を歪めた。そして、その怪獣たちに人間を殺すように命令を与える。
彼が呼び出した七体の怪獣は、一号怪獣ベルゼラーと同じく『死に損ない』である。
一角獣と人間の混血。一角獣には傷や病気などを癒す力があり、彼も以前は父親と同様に傷を癒す力を有していた。
だが、二百年前に両親と一緒に一度は人間に殺され、二十年程前に再び自我を甦らせた時。
それまであった傷を癒す力はなくなり、彼は逆に屍を操る力を得た。
それは、彼が単に復活したのではなく、以前とはまるで異なった存在として甦ったからだ。
両親を殺した人間への憎悪。それが、彼の本質を変化させた。
自分の命を奪った人間への怨嗟。それが彼を捻じ曲げた。
以前とは真逆の力──『死に損ない』として彼は再び生を得たのだ。いや、『死に損ない』なので生を得たという表現は間違いかもしれない。
レイフォードが再び意識を取り戻し、人間に対して復讐を誓ってから、彼は世界中を巡って魔石を探し出した。
そして手に入れたのがあの七つの魔石だ。
入手した魔石に彼が新たに得た穢れた力と魔力を注ぎ、いつでも目覚めさせられるようにした。
その魔石を今、レイフォードは和人から奪った魔力を起爆剤にして覚醒させたのだ。
よって、あの七体は怪獣というより幻獣に近いと言えるかもしれない。
一号怪獣の魔石に関しては、人間は魔石と怪獣の関係を知らないため、人間に倒された一号怪獣の遺骸の破片の中から、魔石を探し出して人間に気づかれないように回収するのは容易な事であった。
そして、一号怪獣の魔石も彼の力に穢され、『死に損ない』として再び復活する事となったのだ。
暴れ出した七体の怪獣を見やり、レイフォードは何かが気になるのか、自分の掌をじっと見詰めた。
「……ふむ……いくら竜王の契約者の魔力が潤沢とはいえ、七体もの怪獣を目覚めさせたのは酷使し過ぎたか。そもそも、その前にベルゼラーの復活や回復にも随分と使用したからな」
現在、彼と和人の間には魔術的な回線が繋がっている。その回線を通じて和人の魔力を奪っているのだ。
そしてその回線を通じて、和人が内包する魔力が大幅に減った事がレイフォードに伝わった。
「あの怪獣どもがダメージを受け、それを回復する度に竜王の契約者から魔力を奪う事になるが……このままだと、契約者が内包する魔力が尽きてしまうな……」
例え魔力が尽きても、和人が命を落とすような事はない。だが、和人の魔力が尽きれば、その後は和人と契約を交わしている竜王の魔力を奪う事になる。
和人とミツキの間にも、契約という回線が築かれているからだ。
和人の魔力が尽き、次いでミツキの魔力まで吸い尽くせば。その時、ミツキは全ての力を失って魔石となり、再び復活するまでに長い時間が必要となるだろう。
「だが……それでも構わんか」
ミツキが彼に協力し、人間と敵対する事はもうないだろう。ならば、竜王はレイフォードにとって敵となる。その敵の力を奪う事は、彼には利益しかもたらさない。
「さあ、人間どもよ。怪獣を攻撃するがいい。それこそが、人間にとって最大の守護者である竜王の力を奪う事になるのだからな」
なぜ、茉莉たちが揃いも揃って全裸なのかと言えば、これから彼女たちが行おうとしている『精神接続』が儀式を要する大魔術だからだ。
現在、和人が運び込まれていた病室の床には、巨大な魔法陣が描かれている。その中央に和人は寝かされていた。
全裸で。
また、和人から少し離れたところにも魔方陣が一つ。これは術式をコントロールするためのもので、その魔法陣の上には、当然のようにシルヴィアが立っている。
全裸で。
そして、魔法陣の上で眠る和人の傍ら、彼に寄りそうように座るのは茉莉とミツキの二人。
もちろん、全裸で。
魔術を行使する際、魔力は身体の表面から放たれる。そのため、それを遮る衣服は大量の魔力を必要とする儀式魔術には邪魔なのだ。
魔術を行使するシルヴィアが全裸なのは理解できる。では、なぜ和人たちまでもが全裸なのかと言えば、三人の魔力波動をシンクロさせ、茉莉とミツキの意識を和人の意識下へ送り込むために彼らの魔力を術者のシルヴィアが把握しやすくするためだ。
「────と、以上のようなやり方で、私が『精神接続』で二人の意識を眠っている和人くんの意識と繋げるわ。準備はいいわね?」
シルヴィアの言葉に、茉莉とミツキは頷いて改めて和人へと向き直り……彼の裸体が目に入ってしまい、頬を染めて視線を逸らす茉莉。
対してミツキはと言えば。
「ほほう、これが主のモノか。こうしてじっくりと見るのは始めてだが、普段状態でこれならば臨戦状態なら……うむぅ、す、凄いのぅ……っ!」
一体、何が凄いのか。そしてミツキは一体何を想像したと言うのか。
彼女が想像したであろう事に思い至った茉莉は思わず頬を染めて視線を逸らすが、頭の中にミツキが想像したものと同じものを思わず思い浮かべてしまい。
茉莉は唐突に鼻を自らの両手で押さえた。
「は、鼻血出そう……」
頬どころか身体中を真っ赤に染めて呟く茉莉に、シルヴィアが魔法陣の中で呆れたように肩を竦めた。
本来なら、眠る和人の意識と接触するのは、彼と融合するミツキだけで十分である。
しかし、シルヴィアは茉莉もまた、ミツキと共に和人の精神の奥底へと送り込もうとしている。
その理由は、ミツキが和人の夢に引っ張られないようにするための保険だ。
もちろん、茉莉も彼の夢に引き摺られる可能性はある。だが、一人よりも二人の方が、引き摺られる可能性は低くなる。
「精神同士を繋げるとどうしても互いに影響を受け合うわ。本来なら様々なもので守られている心同士を繋ぐのだから、当然と言えば当然なのだけど……そして、精神世界の中では、意識した精神よりも無意識の精神の方が強い」
「意識した精神よりも無意識の精神の方が強い……どうしてですか? 無意識よりもちゃんとした意識の方がはっきりしている分、強そうに思えるけど?」
「人間の自我なんて本来小さなものに過ぎないの。人間が感じている『自分』というものは、精神という大海の上に漂う小さな板切れに乗っているような、とても不安定なものでしかない。その証拠に、人間の自我はちょっとした事でも容易に崩壊しかねない。でも無意識は……」
「無意識は精神という名の大海そのもの。それはもはや、一つの広大な世界とも呼べる……故に、意識した精神よりも無意識の精神の方が強い。そうじゃろう?」
自分の言葉を引き継いだミツキに、シルヴィアはにっこりと笑いながら頷いた。
「眠っている和人くんは今、無意識そのもの。そこにあなたたちという意識を繋げれば、繋がった途端に彼の無意識に飲み込まれてしまうかもしれない……そうならないためには、『自分』というものをしっかりと意識して。いいわね?」
自分の言葉に二人が頷いたのを認めたシルヴィアは、精神を集中させて術式を起動する。
彼女の足元の魔法陣が輝き、次いで和人が寝かされている魔法陣もまた、輝き始める。
その二つの輝きが部屋中に満ちた時、茉莉とミツキの意識は膨大な海水に押し流される木の葉のように、和人の心の中へと流されて行った。
暗い世界。
どんよりと鉛色の雲の元、崩壊したり倒壊したビル群が延々と続く世界。
茉莉とミツキの二人は、気づいた時にそんな世界にいた。
「どこ、ここ……?」
「……おそらく……いや、間違いなく、ここは主の心の中の筈だが……」
茉莉とミツキは、荒廃した世界に立ち尽くし、ゆっくりと周囲を見回した。
ここにあるのは、崩壊した街並みが延々と続くのみ。他には人間どころか生物らしき気配はない。
「ここが……こんなところが和人の心の中……?」
お人好しで、いつも明るく笑っている和人の心の中が、こんなにも寒々として暗い世界だなんて。
茉莉はそれが信じられなかった。
思わず両手で自分の身体を抱き締めた時、茉莉は未だに自分たちが全裸な事に気づいた。
「ちょ……ぼ、ボクたち、まだ裸のまま……っ!?」
「慌てるな、小娘。ここは精神世界だ。強く望めばある程度は望みが適うはずだ」
それまで茉莉同様全裸だったミツキの身体に、黒いチャイナドレスのようないつもの彼女の服が現れた。
両手で胸をかき抱き、その場に踞った茉莉は、服を造り出したミツキを呆然と見上げた。
「ど、どうやってやるの、それ?」
「どう……と言われてもな。最近は主が買ってくれた服なども着ているが、以前はこのように魔力で造り出した服ばかりを纏っていたからの。正直、説明の仕様がないな」
「そ、そんなっ!! それじゃあ、ボクだけいつまでも裸でいなくちゃいけないのっ!?」
「気にするな、小娘。ここは主の心の中だ。もしもお主の裸を見る者がいるとすれば、それは主以外にあり得ん。主に見られるのであれば、お主も本望であろう?」
ミツキは踵を返すと、黒いスカートの裾を翻してさっさとその場から歩き出す。
そんな彼女の背中を、茉莉は胸だけを両手で隠した状態で追いかける。
「どこ行くの?」
「ここで突っ立っていても始まらんわ。魔術師の女も言っておったであろうが。この世界のどこかに主の心の核とも呼べるものがある筈だ、と。まずはそれを探せと」
「う、うん、それはそうだけど……」
茉莉はミツキの背中を追いかけながら、きょろきょろと周囲を見回す。
だが、あるものと言えば、倒壊したビルや折れた電柱、潰れた車など、寒々しい光景しか見当たらない。
それでも、崩壊しかけたとある家屋の窓の端に、ちらりと何かが翻ったのを茉莉の目は確かに捉えた。
「あっ!」
思わず声を上げ、そちらへと駆け出す茉莉。
ミツキが突然走り出した茉莉に気づいて振り返れば、ふりふりと揺れる小振りなお尻が家屋の窓から中へと消えるところだった。
「待て、小娘っ!! 無闇に建物の中に入るでないわ! 精神世界とはいえ、建物が崩れたらどうなるか判らぬのだぞっ!?」
慌てて茉莉の後を追うミツキ。だが、ミツキがその建物に到着した時、先程の窓から再び茉莉が外へと出てきた。
「えへへー。いいもの見つけちゃった」
そう言ってミツキの前に立つ茉莉の身体には、カーテンと思しき物体がしっかりと巻き付けられていた。
『怪獣咆哮』ようやく更新できました。
いよいよ主人公を起こすべく、物語も動き出しました。
今回、精神や意識、無意識などに関して記述しておりますが、全てでっちあげです。医学的・学術的な考証などはまるでありません。よって、鵜呑みにしないでください(笑)。
さて、次回は二人が和人の心の奥底へと踏み込む予定。主人公の目覚めはもうすぐそこだ! ………………たぶん。
※先日終了した「ファンタジー小説大賞」ですが、当『怪獣咆哮』は最後に確認した時は195位でした。
正直、200位を切れるとは思っていなかったので、自分的には上々な結果でした。
各種応援をいただいた皆様、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。




