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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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21-七体

 一つ目の魔石から生まれたのは、禍々しいほどに濃緑の体色をした百足(ムカデ)だった。

 ただし、全長は七メートルほどもある巨大な百足だ。

 巨大、と言っても怪獣のスケールからすれば、それは小型に分類される大きさである。

 だが、七メートルもある巨大な百足がかさかさとたくさんの足を蠢かせる様は、見る者にどうしようもない嫌悪感を抱かせる。

 そして、その牙からは酸のような毒液が滴り落ち、怪獣自衛隊城ヶ崎基地のアスファルトで舗装された通路のあちこちに窪みを生じさせている。

 きしきしきしきしきしきしきし。牙を盛んに軋ませて、毒液を撒き散らす大百足。

 それは獲物を探すかのように、その大きな複眼を左右へと振った。




 二つ目の魔石が変化したのは、大熊猫──つまりパンダであった。ただし、後ろ肢でしっかりと直立歩行するパンダである。

 しかも、その体毛はまるでヤマアラシのように太く鋭い。

 全身に生えた剣のような白黒の体毛を逆立てる、全長十メートルほどの直立歩行するパンダ。

 その姿には、パンダ本来のユーモラスさなど欠片もなく、その目にはぎらぎらとした敵意と殺意が満ち満ちている。

 そして、体毛同様に鋭く伸びた爪が、手近にあった建築物をすっぱりと切り裂く。

 その建築物は、切断面に沿ってずるりと滑り落ち、横倒しに倒れ伏す。その切断面は、まるで磨かれたように滑らかだった。

 おおおん、とパンダが咆哮する。

 それはまるで、戦いを前にした雄叫びのようだった。




 三つ目の魔石が化けたのは巨大な虎である。

 虎と言ってもその全長は十五メートル程にも及び、しかもその虎には頭が三つあった。

 三つの頭がそれぞれ勝手に動き、辺りの様子を窺っている。

 どこかぎこちない動きを繰り返す三つの首に比べて、その胴体は実に滑らかに動いている。

 猫科の猛獣だと嫌でも理解させられるしなやかな動き。

 突然、立ち止まった三つ首の虎の、それぞれ三つの口から何かが迸る。

 虎の口から飛び出したのは、灼熱の炎、超低温の吹雪、そして高電圧の雷だ。

 虎が吐き出した三つの破壊の力は、近くにあった城ヶ崎基地の施設をあっさりと破壊する。

 舞い散るコンクリート塊。降り注ぐ砂塵。

 そんな中で、三つ首の虎が大地に四肢を踏ん張り咆哮を上げた。

 次に自分に破壊されるのはどいつだ、と周囲に問いかけるかのように。




 四つ目の魔石が姿を変えたのは、大蛸であった。

 その大きさは十五メートルほどと巨大ではあるものの、姿形は普通の蛸と変わりない。

 だが。

 本来なら八本であるはずの蛸の足だが、この怪獣に至っては倍の十六本もあった。

 しかも、頭部といわず腹部といわず、そのぶよぶよとした柔らかい身体のあちこちから足と同様な吸盤のついた触手を、生やしたり引っ込めたりしている。

 大蛸はその長い足をしゅるしゅると伸ばすと、基地の施設内にあった通信塔の一本へと巻き付き、容易くへし折って見せた。

 そして、へし折った塔をまるで棍棒のように振り回し、手当たり次第に周囲を破壊してゆく。

 蛸は無言のままその四角い瞳孔のある目をじっと一点へと向ける。

 まるで、そこに自分に敵対する存在がいるかの如く。




 五つ目の魔石が生み出したのは、全長二十メートルにも及ぶ巨大な蜥蜴だ。

 しかし、その蜥蜴の全身は透き通った鉱物で構成されている。まるで、水晶を掘った巨大な蜥蜴の置物。それが動いているような印象である。

 水晶の蜥蜴はぎちぎちと全身を振るわせると、周囲に身体を構成する水晶を撒き散らした。

 それは、さながら水晶の散弾の如く。大蜥蜴は遠慮なく周囲を破壊する。

 周囲に舞い上がる炎が、大蜥蜴の透明な身体を紅く照らす。

 しゅおおおおん、と見た目からは予想外なほど甲高い鳴き声を上げる大蜥蜴。

 大蜥蜴はもう一度周囲に散弾を撒き散らすと、爆炎の中でその巨体を鎮座させる。

 その姿は、まるで自分に相対する存在が来るのを待ち構えているかのようだった。




 六つ目の魔石から生じたのは、全長が二五メートルにも及ぶ大猿だった。

 ただし、その全身は体毛ではなく泥のような粘りのあるもので覆われていた。

 大猿が身震いする度、身体を構成する泥がぽろぽろと零れ落ち、大地に落ちた泥は、まるで意志があるかのようにするすると地面を移動し、大猿本体へと戻っていく。そしてまた、大地へと零れ落ちるだ。

 これらの行為が何を意味するのか。

 それは全く不明である。そもそも、怪獣とは常識の埒外の存在だと言ってもいい。

 その怪獣を、人類の一方的な基準で判断することは難しいだろう。

 泥の大猿が天を仰いで咆哮する。

 もしかしたらそれは、人類に対する挑戦だったのかもしれない。




 七つ目の魔石が転じたのは、全長三十メートルを超える巨大な蜻蛉(トンボ)だった。

 見た目はオニヤンマに近い。ただし、なぜか頭部だけは人間の頭蓋骨に酷似しており、眼窩には蜻蛉よろしく丸く突き出した複眼が収まっている。

 巨大蜻蛉は高速で飛び回り、刃物のように薄く鋭い翅で建築物を切り刻む。

 そして、その強靭な顎で哀れな犠牲者を捕らえ、喰らっていく。

 今もまた、逃げ遅れたらしい自衛隊の隊員が、高速で飛来した蜻蛉の足に捕らえられ、そのまま空中で齧り付かれている。

 ぶぶぶぶぶぶと翅を振るわせ、巨大蜻蛉は空中にホバリングする。

 そして、その突き出した複眼をぎょろりと蠢動させるのだ。

 次の獲物はどこだ?

 それは無言でそう語っていた。




 出現した七体の怪獣をモニター越しに見詰めていた権藤は、その低い声を司令室の中で震わせた。


「以後、目標を出現した順に『ムカデロン』『パンダラシ』『サントラー』『タコキング』『クリスタード』『ドロンキー』『スカルドン』と呼称する」


 権藤はそれまで、じっと食い入るようにモニターを見詰めていた。

 さすがの権藤も、七体もの怪獣にはさすがに打つ手がないのかもしれない。

 司令室のスタッフたちは、皆そう思って権藤に注目していたのだ。

 だが、その権藤はにやりと会心の笑みを浮かべると、現れた怪獣を次々と命名していった。

 どうやら、先程からじっとモニターを見詰めていたのは、怪獣の呼称を考えていたようだ。

 しばらくして、その事に思い至ったブラウン姉妹を始めとした司令室のスタッフたちは、思い出したようにそれぞれの仕事を再開する。


「りょ、了解。以後、目標を『ムカデロン』『パンダラシ』『サントラー』『タコキング』『クリスタード』『ドロンキー』『スカルドン』と呼称します」


 アンジェリーナが復唱し、端末を操作して怪獣の名称を打ち込む。

 これで以後、怪獣の呼称を変更する事は不可能となった。

 それを見届けた権藤は、実に満足そうに肯いて改めてモニターへと視線を向ける。

 迫り来る七体もの怪獣たち。

 対して、人類には……怪獣自衛隊には、それに抗う術は限られていた。




 自分のオフィスで茉莉とミツキから話を聞いたシルヴィアは、腕を組んで考え込んだ。


「ミツキと融合すれば、異物である例の泥のようなものは自然と外れる……か。確かに盲点というか、人間には思いもつかない解決方ね」

「でも、ミツキと融合するためには、和人の意志がないと……」

「……和人くんが眠っている今、彼とミツキの融合はあり得ない……か」


 腕を組んで考え込むシルヴィアを、茉莉は落ち着かなげに、ミツキはいつものように泰然とした態度で見守る。

 どれくらいそうして考え込んでいただろう。ふとシルヴィアが顔を上げて、じっと茉莉とミツキを見詰めた。


「……方法がないでもないわ」

「ほ、本当ですかっ!?」

「ええ。意識のない人間の精神と他者の精神を繋げる『精神接続(マインドコネクト)』という呪文があるわ。これを使えば、眠っている和人くんの意識と接触できるの」

「え……? そ、そんな呪文があるのなら、眠っている和人を起こせるんじゃ……?」


 茉莉のこの質問に、シルヴィアは黙って首を横に振った。

 この呪文は意識のない他者の精神と他の誰かの精神を繋げて、意識のない者の考えを読み取る呪文であり、覚醒を促すような効果はないのだとシルヴィアは語る。


「それに、この呪文には欠点があるの」

「ほう、欠点とな?」

「ええ。この呪文は、いわば目標の心を覗き見る呪文よ。そして、時に目標の心理の影響を受けて引き摺られる可能性もあるの」

「え……えっと……どういう意味ですか……?」


 よく判らないといった顔の茉莉に、シルヴィアは更に詳しい説明をする。

 この呪文は、否応なく目標の感情を読み取ってしまう。そして、時に目標の心理状態に引き摺られる可能性もあるのだ。


「例えば……そうね、和人くんと茉莉ちゃんの精神を呪文で繋ぐと仮定しましょうか。その時、和人くんが心の奥底で茉莉ちゃんをどう思っているか……もしかすると、彼はあなたを心のどこかでは嫌っているかもしれない……その現実を目の当たりにしてしまうのよ? あなたはそれに耐えられる?」


 日常生活ではそれなりに親しく振る舞ってはいても、心の奥でどう思っているのかは別なのだ。人間の心とは表層だけでは計り知れない複雑な構造をしているのだから。


「それに、もしも今、彼が悪夢を見ていたとしたら……彼が感じている恐怖を、あなたもまた感じるの。下手をすると、その恐怖に引き摺られて戻って来られなくなるかもしれないのよ。もちろん、楽しい夢を見ていても同じ。和人くんの楽しい夢に引き込まれて、あなたは幸せ過ぎてそこから動きたくなくなってしまうかもしれないわ」


 つまり、この呪文は危険を伴うという事だ、と茉莉とミツキは理解した。

 そして同時に、シルヴィアがこの呪文の存在を自分たちに知らせなかった理由も、また。

 茉莉とミツキがシルヴィアを見れば、彼女は黙って自分たちを見ている。

 その視線は、やるもやらないも自分たち次第、と告げていた。


「──やります」

「無論、我もやるとも」


 はっきりと言い切る二人。

 そんな二人に、シルヴィアは優しく微笑む。


「判ったわ。では、今すぐ準備を始めましょう」


 シルヴィアは茉莉とミツキを促すと、一緒にオフィスを後にした。

 彼女たちが目指すのはもちろん、眠り続ける和人の元である。



 『怪獣咆哮』更新しました。


 今回、何が難しかったかって、七体もの怪獣を考え出すのが途轍もなく難しかった(笑)。

 くそぅ、調子に乗って七体も怪獣を追加するんじゃなかったぜ。


 さて、当『怪獣咆哮』はアルファポリス様の「ファンタジー小説大賞」にエントリーしております。

 開催期間も残り一週間となり、現時点での順位は222位。今回の総応募数が814件らしいので、十分と健闘していると言っていいのではないでしょうか。

 残り一週間でどこまで行けるか不明ですが、できれば200位を切りたいところです。

 さあ、あと一踏ん張りがんばりましょう!


 では、次回もよろしくお願いします。


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