20-総出
──契約者殿の身体ごと、異物を消し飛ばしてしまえば良いのです。
確かに彼、砂男はそう言った。
「ど……いう……意味……?」
茉莉は砂男をまじまじと見ながら、掠れた声で問う。
「どういうもこういうも、言葉通りでございますとも、お嬢様。彼──竜王様の契約者殿の身体ごと、彼と同化している異物を消し飛ばす。さすれば、いかな異物とて簡単に消滅させられるでしょう」
「じゃあ……じゃあ、和人はどうなるのっ!?」
悲鳴に近い茉莉の声。
「無論、一緒に消滅します」
砂男の言葉を聞き、茉莉はその場にへなへなと座り込む。
「──一旦は、な」
「………………………………え?」
砂男の言葉を引き継いだミツキを、茉莉は座り込んだまま見上げた。
「お主にも経験あろうが。お主とて幻獣の契約者なのだからな」
「な、何の事……?」
ぽかんとした表情で自分を見上げる茉莉を、ミツキは嘆息しながら見下ろす。
「お主が幻獣と融合する際、お主の身体は一体どうなっておる?」
「え? ボクがベリルと融合する時……えっと……」
茉莉は、自分の肩の上にいるベリルをじっと見る。
彼と融合する際、彼から発する碧色の光に包まれ、そして──
「ベリル融合すると……そ、その……は、裸になっちゃう……」
「な、なんとっ!!」
頬を朱に染め、俯いて恥ずかしそうにそう茉莉が告げると、砂男はくわっと目を見開いて驚愕を露にした。
「お、お嬢様っ!! ぜ、是非、わたくしの目の前で融合して見せてくだ──」
「変態は黙れ」
めこり、とミツキの拳が砂男の顔面に突き刺さる。
もんどり打って倒れる砂男を一切無視して、ミツキはぽかりと茉莉の頭を叩いた。
「愚か者が! そうではなかろう。ベリルと融合する際、お主の身体は一体どうなるのかと聞いておるのだ!」
「ぼ、ボクの身体……」
叩かれた頭頂部を押さえながら、茉莉はもう一度考える。
碧の光に包まれた時、自分の身体もまた光に溶けていくような感覚。その時の感覚を茉莉は思い出した。
「も、もしかして……」
「然様。幻獣と融合する際、幻獣と契約者の身体は一旦魔力へと分解され、新たな身体へと作り替えられる。即ち──」
「そ、そうか! 和人とミツキが融合すれば……っ!!」
和人の身体は一旦魔力へと分解される。そして、その後には異物だけが残るはずなのでそれを消滅させれば、和人の身体には傷を与える事なく異物だけを除去できる。
確かに、それは幻獣とその契約者ならではの方法だ。
「だが、問題もある。意識のない主とどうやって融合するか、だ」
「あ、そうか……でも、それに関してはシルヴィアさんに相談してみようよ」
「そうよな……そうしてみるか」
茉莉とミツキは互いに頷き合うと、いまだに眠り続ける和人を残して病室を後にした。
いや、残されたのは和人だけではなく、顔面を押さえて床でぴくぴくと痙攣している砂男もいたが。
どうやら、ミツキの一撃はそうとう痛かったらしい。
シルヴィアが司令室に戻ると、室内はやけに騒がしかった。
「城ヶ崎基地上空二百メートルに魔力波動確認!」
シルヴィアの入室とタイミングを合わせるかのように、基地周辺の状況をモニターしていたアンジェリーナが叫ぶ。
「この波動……以前、一号怪獣に送られて来た魔力波動と同じです!」
「なんですってっ!? 司令! 魔力検知用の機材を積んだヘリの発進を要請します!」
「了解した」
シルヴィアの要請を聞き入れた権藤は、すぐさま彼女から提供された魔力を検知する機材を積んだ偵察用ヘリのOH-6D-MS──MSは「マジックサーチャー」の略──の発進準備を命じた。
元々発進準備の整っていたOH-6D-MSは、すぐに城ヶ崎基地のヘリポートより離陸し、アンジェリーナが魔力を観測した地点を目指して飛翔する。
OH-6D-MSには魔力検知以外の通常の機材も当然積み込まれており、機体に搭載された観測カメラが上空に佇むように浮かぶ一人の青年を捉えた。
「あれは……」
金髪の白人男性。おそらくあれが、和人や茉莉たちが遭遇した幻獣と人間の混血であるレイフォードという青年だろう。
「とうとう……ラスボスのお出まし、ってわけね」
ごくり、と誰かが息を飲む音が、異様に大きく司令室に響いた。
レイフォードは足元に存在する怪獣自衛隊の基地を見下ろす。
「……そうか。ここにいるのか、竜王の契約者よ」
今、彼と和人は魔術的に繋がっている。そのため、レイフォードには和人の存在がはっきりと感じ取れていた。
そして、今のレイフォードの身体には、和人から流れ込む潤沢な魔力が溢れている。
その魔力の一部を使い、彼は鳳王と対峙していたビルの屋上からここへ転移してきたのだ。
従来、転移には多量の魔力を消費する。だが、和人から流れ込む魔力は尽きる気配を感じさせない。
「全く、呆れ返るほどの魔力だ。だが、この魔力を以てしても、浄化された一号怪獣をすぐに再生する事は不可能……か。人間の魔術師による浄化の術式……忌々しい限りだ」
シルヴィアたちと明人、そして『騎士』による浄化の魔力撃は、今や完全に一号怪獣の身体を崩壊させていた。
その身体は塵となり、海から吹き付ける風に乗って散らばってしまった。こうなっては、魔力がある限り無限の再生が可能な死に損ないと化した一号怪獣でも、短時間で再生するのは不可能である。
「……人間よ。僕の手駒が一号怪獣と獣王だけだと思うな」
レイフォードがそう呟くと、宙にいる彼を取り巻くように幾つもの宝石のようなものが出現した。
大きさは親指の爪ほどから握り拳ほどまで。色彩も多岐に渡るその宝石たちは、きらきらと光を振りまきながら足元の城ヶ崎基地へと落下していく。
「竜王の契約者の魔力は実に素晴らしい。これなら、こちらも総力戦を挑めるというものだ」
レイフォードは虹彩以外も黒く染まった眼を、禍々しく歪めながら足元を見下ろした。
宙に浮かんだ青年が何かを振りまいたのは、観測用のカメラを通して権藤やシルヴィアたちも見ていた。
「魔力増大! あ、あれは魔石……あの全てが魔石のようですっ!!」
「なんですってっ!? アンジェリーナ怪曹! 魔石の正確な数は判るっ!?」
「は、はいっ!! ……落下した魔石は合計で七つですっ!!」
七つ。その数を聞いてシルヴィアは愕然とする。
宙の青年が魔石を散まいた理由は容易に想像がつく。即ち、敵の戦力強化だ。
魔石は怪獣や幻獣の核。ならば、青年が魔石を散まいた理由は唯一つ。
「怪獣が……怪獣が同時に七体も現れるというの……?」
怪獣は小型の個体でも一体で容易に町一つを破壊する。
その怪獣が七体も出現するとあっては、シルヴィアが呆然とするのも無理はない。
いや、彼女だけではない。
アンジェリーナが。ベアトリスが。そして司令室に詰めているスタッフの全員が。
一人として例外もなく、顔面を蒼白にして無言のままじっとモニターを見詰めていた。
「狼狽えるな!」
いや、例外はいた。一人だけいた。
それはこれまで前線で幾体もの怪獣と直接戦い、その強さと恐さを誰よりも良く知る人物であった。
それはこの極限の状況下においても、闘志を消すことなく真っ直ぐにモニターに向ける者であった。
それはこの司令室の中央で、身じろぎ一つせず悠然と椅子に腰を下ろしている者であった。
「……権藤司令……」
シルヴィアの瞳が彼に向けられる。
「白峰二尉に再出撃の命令を出せ! 戦車隊は緊急展開! ヘリも戦闘用をありったけ吐き出させろ! 近隣の空自と陸自の基地に応援の要請も忘れるな!」
これまで幾多の怪獣と直接鉾を交えて来た歴戦の戦士は、一切の動揺も見せずに矢継ぎ早に指示を飛ばす。
その低くよく響く声に押されるように、スタッフたちは次々に言われた事をこなしていく。
「カーナー博士。茉莉くんとミツキくんの所在は判りますかな?」
「茉莉ちゃんとミツキちゃんですか? 彼女たちなら和人くんが寝ている部屋にいるかと」
「では、彼女らにも協力要請を。今は恥や外聞を気にしている時ではありませんからな。怪獣を城ヶ崎の町へ行かせるのだけは断固阻止せねば」
この怪獣自衛隊城ヶ崎基地は、城ヶ崎市の町と隣接している。もしも基地の敷地から怪獣が外へと出れば、町に相当の被害が及ぶ事になるだろう。
それだけは何としても防がねばならない。市民の安全を預かる怪獣自衛隊として、それだけは許してはいけないのだ。
ベリルと融合できる茉莉はともかく、例え契約者が不在の状態でも幻獣王の一体であるミツキは戦力になる。
例え和人と融合した時ほどの力はなくとも、それでも戦車やヘリに比べれば何倍もの戦力なのは間違いない。
「了解しました。私が直接和人くんの部屋へ行ってみます」
「お願いしますぞ」
丁度その時だった。
他ならぬ茉莉とミツキが司令室へと飛び込んで来たのは。
ちなみに、ここまで来る道中はミツキの目眩ましを用いてあり、誰にも見咎められていない。
「シルヴィアさんっ!! 和人の目を覚まさせる事ができるかも知れないのっ!! お願いっ!! 協力してくださいっ!!」
「え……えええええっ!? それは本当なのっ!?」
「確実に主の目を覚まさせるかどうかは正直不明だ。だが、目を覚ませる目処だけはついたの」
シルヴィアは思わず権藤へと振り返る。対して、権藤は彼女に無言で頷いた。
「判った。詳しい話は私のオフィスで聞くわ」
今、和人が目覚めれば。それは怪自にとって大きな意味を持つ。
世界で最強の生命体とも言うべき幻獣王が、その力を遺憾なく発揮できるようになるのだから。
『怪獣咆哮』更新。
まだ和人は目覚めません。いつになったら起きるんだあいつはっ!?
このままだと「ヒーローの殻を被ったヒロイン」とか呼ばれそう(笑)。某ラノベには「ヒロインの殻を被ったヒーロー」もいる事だし(←「聖○の○鍛冶」参照)。
では、次回もよろしくお願いします。