19-走査
「緊急通報!『ナイトの剣がウィッチの心臓を貫いた』! 繰り返す!『ナイトの剣がウィッチの心臓を貫いた』!」
突如、スピーカーから聞こえてきた謎の放送。
隠語を用いた何かの符帳だという事は判るものの、それが何を意味しているのか見当もつかず、茉莉とミツキは思わず顔を見合わせた。
だが次の瞬間、怪獣自衛隊城ヶ崎基地のあらゆる所から歓声が上がり、その声は茉莉とミツキの耳にまで届いてきたのだ。
「……何かあったのかな?」
「我らがここに戻った時、兄者が怪獣と戦っておったからな。もしや、兄者に何かあったのやも知れぬな」
「ええっ!? 明人さんにっ!? で、でも、ちらっと見ただけだったけど、『騎士』の方が優勢っぽかったけど……」
先程の放送では確かに「ナイト」という言葉があった。それがそのまま『魔像機』の『騎士』を意味しているのであれば、先程の放送は『騎士』が怪獣に勝利を収めたという意味なのかもしれない。
だとすれば、基地の各地から歓声が上がるのも理解できる。
だが、ここは他ならぬ怪獣自衛隊の基地の中である。『騎士』が勝利した事をわざわざ隠語を用いて放送する必要はないだろう。
茉莉が先程の放送の内容に頭を悩ませていると、部屋の入り口の扉の下にある僅かな隙間から、ざざざざざっと大量の砂が入り込んで来た。
大量の砂は部屋の中に入るとむくりと盛り上がり、やがて一人の三十代ほどの男性の形を取る。
そして、気配に気づいたミツキが振り返ったその先で、その男性はぺこりと慇懃に頭を下げた。
「竜王様。お約束の報酬、確かにいただきました」
「そうか……ん? 何かあったのか砂男? 随分と嬉しそうな顔をしておるの」
「おお、やはりお判りになりますか? 実はわたくしめ、図らずもとある男女の愛の橋渡しを致した事となりまして。いやはや、いつの時代も愛する男女が結ばれる瞬間とはいいものですなぁ」
何かをやり遂げた漢の顔で、にこりと微笑む砂男。
その様子は紳士的な容姿と相まって中々様になっていたのだが、いかんせん、彼の中身をよく知っている茉莉には、その笑顔が逆に不気味なものに見えている。
「な……何があったの……?」
「はい、お嬢様。実は、先程とある幻獣……周囲の者たちから『騎士』と呼ばれていた真紅の幻獣の契約者殿が、若い女性の魔術師殿に愛の告白をなさいましてな。もちろん、魔術師殿は契約者殿の告白を受け入れて、晴れて二人は愛という名の楔で結ばれた次第でございます。そして、その切欠を作ったのが、不肖このわたくしめでして」
晴々とした表情で砂男は告げた。
そして茉莉とミツキは、今砂男が言った「契約者」と「魔術師」が誰を指すのか瞬時に悟る。
「え……明人さんとシルヴィアさんが……!」
「やれやれ、魔術師の女め。とうとう兄者を落としおったか」
茉莉は明かに嬉しそうに。そしてミツキは呆れ混じりのものの、それでもやはりどこか嬉しそうなのを隠し切れずに。
茉莉にとって、既に明人とシルヴィアは「家族」であった。その明人とシルヴィアが晴れて本当の夫婦になるのなら、これほど嬉しい事はない。
ミツキにとって、明人は契約者である和人の兄であり敬意の対象である。シルヴィアに関しては、正直に言うとそれ程関心のある相手ではないのだが、それでも白峰家で一緒に暮らしている内に、それなりに親近感を抱いた相手である。
そして何より、他ならぬ和人がシルヴィアを将来の義姉と認めているのだ。幻獣であるミツキが、契約者である和人の意向を無視できるわけがない。
「こうなったら、早く和人を起こして教えてあげなくちゃ。和人もシルヴィアさんがお義姉さんになると知ればきっと喜ぶよ」
「ああ、相違ない。砂男よ、任せたぞ」
「御意にございます」
ミツキが砂男へと一瞥すれば、砂男は右手を胸に当ててぺこりと首肯した。
「緊急通報!『ナイトの剣がウィッチの心臓を貫いた』! 繰り返す!『ナイトの剣がウィッチの心臓を貫いた』!」
その放送は、もちろん城ヶ崎基地の司令室の中にも流れた。
途端、司令室の中に沸き上がる歓声。
ブラウン姉妹を始めとした司令室のスタッフたちは、その放送された符帳が何を意味するのか知っていたのだ。
本来ならそれを咎める立場である筈の権藤まで、にやりと口角を持ち上げて小声で「でかしたぞ、白峰」と呟いたほどだった。
そして歓声が上がったのは司令室だけではなく、基地の各所でも歓声は上がっている。
そして最も大きな歓声が沸き上がったのは、他ならぬ明人とシルヴィアがいる『魔像機』の格納庫だろう。
格納庫では明人がシルヴィアに告白し、シルヴィアが明人の胸に飛び込んだ瞬間に一度歓声が上がり、そしてスピーカーから先程の放送が流れた時に再び歓声が沸いた。
どうやら明人の告白を聞いていた整備員の一人が、放送室に飛び込んで件の放送を流したようだ。しかもご丁寧に前もって符帳まで設定してあり、それを基地中に広めてあったらしい。
「な、何だ……今の放送は……?」
突然わけの判らない放送が流れ、それを聞いた明人は何事かと周囲を見回す。
しかし、周囲には明人とシルヴィアを祝福する職員たちでごった返していた。
どうやら先程の放送を聞いて、格納庫の整備員以外の者たちまで格納庫に駆けつけたようだった。
「一応まだ警戒体制が解かれていないのに……本当、困った人たちね」
「は……そ、そうだった! おい、おまえたち! 至急持ち場に戻れ! 現在はまだ作戦実行中だぞ!」
その作戦実行中に、愛の告白などぶちかました張本人が言っても何の説得力もない。
それでも自衛官としての自覚からか、集まった者たちは口々に明人とシルヴィアを祝福──中には明かな冷やかしの言葉も含まれていた──し、それぞれの持ち場へと帰って行く。
明人もやや赤面しつつも、シルヴィアに頷いて『騎士』の操縦席へと戻る。
シルヴィアもそんな明人をずっと見詰め続け、『騎士』の操縦席のハッチが閉じるのを確認してから、自分の持ち場である司令室へと戻って行った。
尚、その際に彼女が「してやったり」とした笑みを浮かべ、小さくガッツポーズをしているのを複数の整備員が目撃していたが、幸いにもそれが明人の耳に入る事はなかった。
ベッドの上で、和人はいまだに眠り続けていた。
砂男はそんな和人の傍らに立ち、右手の掌を和人の額の辺りに翳して静かに意識を集中させていく。
彼は眠りを司る幻獣である。砂男はまず、和人が陥っている「眠り」の分析から始めた。
──眠度:100.0 意識度:0.0 外部因子より強制的に眠りを強要。覚醒条件:外部因子の排除
和人の眠りに関する情報が、砂男の脳裏に浮かび上がる。
そしてそれは、前もってミツキから聞かされたいた通りの「眠り」であった。
──体細胞活性度:極限まで低下。現在、限りなく死体に近い状態。
どうやら眠りに合わせて、身体中の細胞の活動まで抑えられており、このまま眠り続ける限り、和人は食事も排泄もなく、更には老化する事もなく延々と眠り続け、魔力を生成、供給するだけの「装置」として永遠に生き続けるだろう。
加えて、今の和人の身体は「かろうじて生きている死体」と呼ぶような状態であり、死に損ないの一歩手間といった状況であった。
「この方……竜王様の契約者殿を目覚めさせるには、やはり契約者殿の身体と同化した異物を排除するしかありませんな」
和人の眠りを解析し、判明した事を茉莉とミツキに告げた砂男は、最後にそう付け加えた。
「で、でも、シルヴィアさんは外科手術ではとても切除できないって……」
和人が胸に受けたレイフォードの「泥」は、徐々に彼の身体と一体化して、今では心臓や他の内臓の一部までもが一体化している。
そんな状態で「泥」の切除を行えば、当然和人が生きていられる筈がない。
「お嬢様の仰る通り、人間の医科技術で切除は不可能でしょうな。ですが……」
「人間には不可能でも、我ら幻獣ならば可能……か?」
「然様にございます」
「え? ど、どういう意味……?」
茉莉は不安そうな顔でミツキと砂男を交互に見比べる。
「確かに、人間のように刃物などで契約者殿の身体から、この異物を切除するのは不可能でありましょう。それ程、異物は契約者殿の身体と一体化しております。ですが、契約者殿の身体から異物を取り除けないのならば──」
砂男は一切の表情を動かす事なく、さらりととんでもない事を言ってのけた。
「──契約者殿の身体ごと、異物を消し飛ばしてしまえば良いのです」
ごとり、と思いモノが落ちる音と共に、レイフォードの頭が胴体から切り離され、ビルの屋上のコンクリートの上に転がる。
彼の首をあっさりと斬り落としたのは、もちろん鳳王、沢村正護である。
鳳王は鋭い鉤爪を生やした右腕を一薙ぎさせて、あっさりとレイフォードの首を斬り飛ばしたのだ。
しかし、首を失ってもレイフォードの身体は倒れもせず、それどころか首の切断面から血を吹き出す事さえない。
「くくく。無駄だよ、鳳王。君も言った通り、僕は死に損ないだ。首を斬り飛ばされたくらいで死にはしない」
レイフォードの胴体は危なげない足取りで転がった首の元まで歩くと、平然と喋り続ける自身の頭を広い上げてひょいと元の場所へと戻した。
そして何度か座り具合を確かめると、切断された首は元通りにくっつき、レイフォードはそれを誇示するようにくきくきと数回首を左右に傾げて見せる。
「ご覧の通り、僕は不死身……おっと、もう死んでいるのだから『不死身』ではないか」
レイフォードは虹彩だけではなく眼球全体が禍々しい漆黒に染まった目を、憮然とした表情を浮かべる鳳王へと向けた。
「ならば、身体全てを直接消し炭にしてやるさっ!!」
鳳王がレイフォードに向けて力を解き放つ。
鳳王たる彼が司るものは熱。ミツキが光を操るように、彼は熱そのものを操る。
彼の熱は光や炎といったものを伴わない。純粋に対象に直接熱を送り込んで、もしくは対象の熱を操作して燃やし尽くす事を得意としていた。
ぼん、という破裂音と共にレイフォードの右腕が消し炭になって弾け飛ぶ。次いで、同じような音を立てて左腕、右足、左足、腹部、胸部、下腹部、そして頭部が見えない炎に焼かれてあっという間に燃え尽きていく。
レイフォードは、いや、レイフォードだったモノは細かな燃えカスとなってビルの屋上に散乱した。
だが、その光景を前にしても、彼を燃やし尽くした張本人の鳳王の表情は晴れない。
「無駄だよ。今の僕には竜王の契約者から流れてくる魔力がある。彼の魔力は質も高ければ量も豊富だ。そう簡単に消滅などしない。それとも? 竜王の契約者の魔力が尽きるまで僕を燃やすかい? そうすれば確かに僕を滅する事もできるだろう。しかし、そんな事をすれば竜王の契約者にどんな影響が出るか判ったものじゃないがね」
魔力で空気を操り、レイフォードの「声」が鳳王の耳に届く。
そして、ずずずと散らばった燃えカスが寄り集まり、うねうねと融合しながらも燃えカスは再びレイフォードの身体を形作する。
いや、身体だけではなく彼が身につけている服までも再生されていた。どうやら彼の服もミツキの黒いチャイナドレス風の服と同じく、魔力で造り出したもののようだ。
「どうする、鳳王? まだ続けるかね? 確かに僕では君には絶対に勝てないだろう。だが君もまた、僕を滅ぼす事はできないぞ」
ぎっと音がするぐらい、鳳王は厳しい目をレイフォードへと向ける。
だがすぐにその表情を緩めると、ふっと笑いを零しながら肩を竦めた。
「止めたよ。いくらやっても無駄のようだからね。確かに僕なら竜王の契約者の魔力が尽きるまで君を焼き尽くす事もできる。しかし、そんな事をすれば竜王に愛想を尽かされてしまうじゃないか」
鳳王が人間に好意的なのは竜王であるミツキが人間に好意的だからだ。彼個人の趣向を優先するのならば、彼は人間に対して中立的な立場を取るだろう。
彼にとって、人間よりも竜王の方が遥かに重要な存在なのである。
「だが、これだけは覚えておけ」
再び鳳王は表情を引き締めて、ひたとレイフォードを見据える。
「たった今、僕は君を敵と認めた。竜王の契約者という『人質』がなくなり次第、僕は君を燃やし尽くす。幻獣王二体を敵に回したんだ。それ相応の覚悟をしておくんだな」
燃え盛る闘志を胸の内に宿した鳳王は、そう言い残してビルの屋上を後にした。
『怪獣咆哮』こうしーんっ!!
さてさて、『魔獣使い』、『辺境令嬢』に同じくして、『怪獣咆哮』もそろそろクライマックスに突入しそうです。
和人が目覚め次第、人類陣営とレイフォードの全面対決が始まるでしょう。
最後は何としても大いに盛り上げねばっ!!
では、次回もよろしくお願いします。