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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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18-宣言

 一角獣(ユニコーン)

 馬に似た姿と、その額から生えた特徴的な螺旋状の一本の角。

 洋の東西を問わず(ドラゴン)鷲獅子(グリフォン)と並んで想像上の生物としては、極めて有名な存在だろう。

 一説によるとその気性は非常に獰猛であり、処女の懐に抱かれて初めて大人しくなるという。

 その角には蛇などの毒で汚された水を清める力があるという。また、そこからあらゆる怪我や病気をも癒す霊薬の原料となるとされた。

 かつては実際に「ユニコーンの角」なる物が薬として売られた事例があるらしいが、その正体は北の海に棲息するイッカクという海棲哺乳類の角──正確には歯──であった。

 処女を好むという伝説から、ユニコーンは純潔、貞潔の象徴とされた。しかし一方で、悪魔などの象徴ともされ、七つの大罪の一つである「憤怒」の象徴にもなっている。

 その一角獣こそが、レイフォードと名乗った西洋人の青年の正体である、と沢村(さわむら)正護(しょうご)こと鳳王(ほうおう)は言う。

 いや、正確には一角獣と人間の混血である、と。


「さすがは鳳王。よくぞ調べ上げたものだ。確かに僕は君の言う通り、一角獣と人間の混血だ」


 手の中の深緑の石を弄びながら、レイフォードはそのアイスブルーの瞳で鳳王を見る。

 そして、逆に鳳王はレイフォードから、その視線を手の中の深緑の石へと向けた。


「それは一号怪獣……人間たちがベルゼラーと呼ぶ怪獣の魔石だね? なるほど、君が手にしている限り、一号怪獣は何度でも甦るというわけか」


 今鳳王が告げたように、そして『騎士(ナイト)』が見抜いたように、ベルゼラーの身体にその核たる魔石は存在しない。一号怪獣の魔石は、レイフォードの手の中にあった。

 怪獣や幻獣は核たる魔石を元にその肉体を形成する、という常識の盲点を突いた方法で、彼はベルゼラーを操っていたのだ。


「それを知ってどうする? 僕からベルゼラーの魔石を奪い、これを砕くか? そうすれば、ベルゼラーはしばらく甦る事はないだろう」

「確かに魔石を砕けば、一号怪獣はしばらく甦らないだろう……それが、普通の魔石ならば、だ」


 鳳王の台詞に、無表情なレイフォードの表情にぴくりとした反応が浮かぶ。もちろん、それに気づかぬ鳳王ではなく。


「その魔石は普通ではない。おそらく……いや、確実に君の影響を受けている。生者でもなければ死者でもない、『死に損ない(アンデット)』である君のね」




 幻獣と怪獣は極めて近しい存在ではあるが、決定的な違いがある。

 それは、幻獣が魔力を以てその身体を形成するのに対し、怪獣は既存生物を取り込む事によって、その身体を得る。

 つまり、幻獣ならば魔力がある限り肉体を再生できるのだが、怪獣はそうはいかないのだ。

 だが、レイフォードは和人より奪った魔力を用いて、一号怪獣に無限の再生力を与えていた。それは怪獣には不可能な事であり、今の一号怪獣がただの怪獣ではない事を示している。

 シルヴィアは、一号怪獣の細胞の分析結果から一号怪獣が死に損ない(アンデット)であると結論づけた。

 しかし、鳳王は一号怪獣だけではなく、それを操っているレイフォードまでもが死に損ない(アンデット)であると断定したのだ。


「どうかな? 僕の推測は外れているかい?」

「いや、君の推測は正しい。確かに今の僕は幻獣でもなければ幻獣と人間の混血でもない──」


 レイフォードは一度目を閉じ、改めて目を開いて鳳王と対峙する。


「──それどころか、生きてもいなければ死んでもいない……君の言う通り、僕は死に損ない(アンデット)だ」


 そう言いながら鳳王へと向けられた彼の瞳は、それまでのアイスブルーではない禍々しい漆黒へ──眼球全体が漆黒の目へと変貌を遂げていた。




 『騎士』の機体を格納庫のハンガーに預け、明人は一旦『騎士』の操縦席(コクピット)から外へ出る。

 現在も警戒体制は継続中ではあるが、目標である一号怪獣ベルゼラーが浄化の術式を受けて今なお崩壊中であり、権藤とシルヴィアは今の内に『騎士』の簡単なメンテナンスと補給を行う事にしたのだ。

 『騎士』の動力源自体は明人の魔力と騎士の機体内にある魔石から生成される魔力──『騎士』が幻獣として覚醒した事で、更に生成する魔力量が増した──でほぼ無尽蔵であるものの、その機体の殆どは幻獣としては異例の機械であり、精密機器の集合体でもある。

 僅かな戦闘でもその精密な機体にどんな影響が出るか判らず、メンテナンスは常に行わなければならない。

 しかも今回の戦闘では、『騎士』は通常装備の一つである楯を失っている。予備の楯と持ち変えるだけではあるものの、その為には一旦格納庫に戻る必要があったのだ。もちろん、念には念を入れて剣の方も新しい物と交換する予定である。

 明人は『騎士』の足元で、水分補給のためのドリンクを片手に主任整備士からメンテナンスの状況報告を聞く。

 それによると重大な故障は見受けられず、簡単な消耗品の交換ですぐにでも再出撃できるとの事であった。


「お疲れさま、白峰二尉」


 聞き慣れた声に振り向けば、そこには白衣姿のシルヴィアがいた。どうやら明人を労うためにわざわざ格納庫まで足を運んだようである。


「状況はどうなっていますか、カーナー博士?」

「現在、ベルゼラーはいまだに崩壊を続けているわ。再生の様子は見られないわね」


 状況が続行中である以上、二人は互いに階級や肩書きで呼び合う。その辺りの意識はさすがに本職(プロ)であり、公私混同は微塵も見受けられなかった。

 それでもこうして明人を心配して顔を見に来たシルヴィアと、そんな彼女に微笑みを向ける明人の二人に、周囲で慌ただしく動き回っている整備士たちから暖かい──いや、生暖かい視線が向けられる。

 最早この二人は周囲からバカップル認定を受けており、それは状況が続行中の今でも変わらない。

 ある意味、自衛隊としては信じられないし許されもしない光景だが、この二人に関してだけは超法規的存在であった。


「いつでも再出撃、行けます」

「了解。でも、無理はしないでね?」


 打ち合わせ──他者からどう見えようが、あくまでも二人の間の認識は打ち合わせ──を終え、互いに頷き合う。

 そして、明人が再び『騎士』に搭乗するために相棒へと振り向いた時。

 背後から急にシルヴィアの悲鳴が上がり、慌ててもう一度彼女の方へと振り返った。




「きゃああああああああああああっ!!」


 シルヴィアの悲鳴が格納庫の中に響き渡った。

 一体彼女に何が起きたのかと、慌てて振り向いた明人の視線の先で。

 ぴしりとした三つ揃えに単眼鏡(モノクル)、そして灰色の髪を綺麗にオールバックに撫で付けた三十代ほどの執事のような格好の男性が、シルヴィアの背後から彼女のその圧倒的質量を誇る胸の双丘を、無遠慮にむにむにと揉みしだいていた。

 その手は巧みに服の下に、いや、下着の下にまで侵入し、柔らかなその感触を直に味わっているようである。


「おお。これぞ正しく神の乳……いや、神さえ超える超神的乳! 竜王様のお言葉は本当であった……っ!!」


 衣服の下で、男の両の掌が自由奔放に形を変えさせるシルヴィアの胸を思わず凝視してしまう明人。そしてようやく事の成り行きを悟った彼は、慌てて謎の男とシルヴィアの元へと駆け寄った。


「な、何者だ貴様っ!? どうやってここに入ったっ!?」

「我が名は砂男(サンドマン)。ここへは竜王様の招きに応じてまかり越しましてございます。また、私めの身体は砂。どのような場所であろうとも、僅かな隙間があれば立ち入りは自由にございます」


 口では慇懃なことを言いながらも、砂男と名乗った人物はそれでもシルヴィアの胸から手を離さない。

 むにゅりむにむにと見知らぬ男の手によって自由にされているシルヴィアの胸。そして、シルヴィア本人もまた、明人の目の前で見知らぬ人物に胸を自由にされて、羞恥と僅かな官能に声も出せずにその美しい顔を朱に染めていた。

 そんなシルヴィアの反応に、明人の胸の内に怒りが沸き上がる。

 明人は怒りに任せて砂男と名乗った人物に近寄ると、力任せにシルヴィアを奪い取り自分自身の腕で抱き締めた。


「勝手にこの女性(ひと)の胸に触るなっ!! これは……これは俺のだっ!!」




 相変わらず静かにベッドで眠る和人。

 その彼の姿を見下ろし、茉莉とミツキの瞳が沈痛げに細められた。


「やっぱり……眠ったままなんだね、和人……」


 ぽつりと零れ出た茉莉の声。その声に含まれたいたたまれなさに、彼女と同じように和人を見下ろしていたミツキの表情が更に曇る。


「そういえば……砂男はどうしたのかな?」


 ドイツから帰還し、ミツキの目くらましの術を使用して怪獣自衛隊城ヶ崎基地の内部へと入り込んだ茉莉とミツキ、そして砂男。

 だが、基地の中に入ってすぐに、砂男の姿が見えなくなった。

 茉莉はその事に慌てるも、ミツキが全く慌てていないことから、まずは和人の様子を見に行く事を優先した。

 そして、彼の容体が相変わらずなのを確認すると、改めて砂男がどこへ行ったのかが気になり始めた。


「なに、あやつが行く所なら一つだけよ。おそらく、あやつは報酬を先取りに行ったのだろうて」

「じゃあ……シルヴィアさんのところへ? でも、シルヴィアさんが今どこにいるのか判っているの?」


 怪獣自衛隊城ヶ崎基地の敷地は広い。

 基地の敷地内で各種の演習も行われるのだから広くて当たり前なのだが、その中から人一人を探すのは正直言って難しい。

 それに。


「……本当に良かったのかな? 勝手にシルヴィアさんの胸を好きなように触ってもいいって約束しちゃったけど……」

「仕方あるまい。あの場ではそれしか手札がなかったのだ。あの魔術師の女には、後でしっかり謝るとしよう」

「うん……そうだね」


 心の中でシルヴィアに手を合わせる茉莉。だが、この事を後にシルヴィアから叱られるどころか、逆に感謝されるとは今の茉莉は知る由もないのであった。




 しん、と静まり返る格納庫。

 その中心にいるのは、魔像機(ゴーレム)搭乗用のパイロットスーツを身に纏った青年将校と、現在この基地に二佐待遇で招かれているイギリス人の女性。そして、執事のような格好をした三十代ほどの西洋人の男性だった。

 その三人を見詰める周囲の者たちの目には、明かな好奇心とにやにやとしたからかいの光が宿り。

 イギリス人の女性の顔には戸惑いと驚き、そして嬉しさが入り交じった複雑な表情が浮かび、執事のような男性は不思議そうな顔を青年将校とイギリス人の女性へと向けている。

 そしてその青年将校はと言えば、今自分が口走った言葉の意味を理解した途端、真っ赤になっておろおろと周囲を見回していた。


「ち、ちが……っ! い、いや、いや、違うわけじゃないが、そ、その……」


 あたふたと周囲を見回していた青年将校──明人の視線が、自分の傍らでじっと自分を見詰めているイギリス人の女性──シルヴィアの視線とぶつかった。

 今、シルヴィアが明人を見詰める視線には、熱い歓喜の想いが込められていた。


「あ、明人くん……い、今、何て……何て言ったの……? ううん、何て言ってくれたの……?」


 身体の奥から溢れ出る想いに、シルヴィアの瞳が潤む。

 その潤んだ瞳を真っ正面から見た時、明人は改めて自分自身の想いを悟った。

 そして、シルヴィアの真っ正面に背筋を伸ばして立つ。


「シルヴィアさん。自分はあなたの身体に他の男が触れているのを見て、怒りが沸いてきました。その怒りを押さえ込む事ができませんでした。この感情がどこから来るのか……そんな事も判らないほど、自分は子供ではありません。シルヴィアさん……いえ、シルヴィア・カーナー。自分はあなたを一人の女性として愛しています!」


 明人が自分自身でも最近気づいたその感情(おもい)をシルヴィアに告げ、彼の感情を告げられたシルヴィアはその男性の胸に飛び込み。

 そして、彼ら二人のやり取りを固唾を飲んで見守っていた者たちは。

 今が非常事態の真っただ中である事も思わず忘れ、大きな歓声を格納庫の中に響かせたのだった。



 『怪獣咆哮』更新しました。


 今回は物語完結に先駆けて、一つの決着をつけました。

 今までずっと引っ張ってきた二人の関係──だれかさんの一方的な想いだったとも言う──も、ようやくこれで落ち着いたわけです。

 少し前にそれらしい伏線は張っておいたので、この結末は予想できていたと思います。


 さて、そろそろ主人公にも目を覚ましてもらわないと、です。


 では、次回もよろしくお願いします。







 当面目標であった「お気に入り登録200件」は、前回の更新の後にめでたく達成いたしました。

 引き続き、次の当面目標は「総合評価点1000点越え」にしたいと思います。


 ・・・完結するまでに達成するといいなぁ。


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