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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
53/74

17-正体

 襲いくる幾多の触手を切り払い、掻い潜り、身を捩って躱し。

 一号怪獣ベルゼラーに肉薄した真紅の騎士の足元に、瞬時に魔法陣が浮かび上がる。

 浮かんだ魔法陣は瞬時に消滅したが、その魔方陣に刻まれた術式は確実に『騎士(ナイト)』にその効果を及ぼした。

 魔法陣が騎士に与えた術式は重量制御(ウェイトコントロール)。目標の重量を任意に調節する術式だ。

 その術式で自重を限りなく軽くした『騎士』は、常識では考えられない程高く跳躍して、右手の剣を目の前に迫った怪獣の左肩へと振り下ろす。

 一号怪獣ベルゼラーの左肩から右の腰の少し上までを、まっすぐに斬り裂く『騎士』の剣。

 怪獣の身体表面に刻まれた大きく深い裂傷は、その傷口から風化するようにぼろぼろと崩れていき、海から吹き寄せる風に乗って消えていく。


「一号怪獣、傷口の再生確認されません!」


 モニターを見詰めたまま、アンジェリーナが弾けるような声でその状況を告げる。

 途端、怪獣自衛隊城ヶ崎基地の司令室に、安堵と歓喜の声が沸き上がる。


「今のは一体何が起こったのですかな、カーナー博士?」

「今の『騎士』の攻撃は、言わば魔力撃とでもいうべきものですわ、司令」

「魔力撃?」


 権藤の言葉に、シルヴィアは微笑みながら頷いた。

 今、『騎士』が一号怪獣を斬り裂いた一撃は、明かに『騎士』が所持する剣の刀身よりも大きな裂傷をベルゼラーに与えていた。

 巨大な『騎士』が携える剣は、その巨体に見合うサイズである。しかし、その巨剣も『騎士』より更に巨大な一号怪獣から見れば小さなものに過ぎない。

 だが、今『騎士』が一号怪獣に与えた一撃は、剣のサイズよりも遥かに大きな裂傷を怪獣の巨体に刻み込んでいた。

 これは『騎士』の剣の刀身が一号怪獣の身体に到達する瞬間、剣が宿していた浄化系の術式を一気に解放、その魔力を刀身より放ちながらより大きな一撃をかの怪獣に与えたのだ。


「そのような技術を白峰二尉はいつの間に……? 博士が彼に教えたので?」

「いえ、私は何も教えてなどいません」

「では、どうやって彼は?」

「これはあくまでも私の推測でしかありませんが……」


 おそらく、今の一撃は明人の類まれなる魔術師としての才能とセンス、そして彼の意志を汲み取った『騎士』との意識が重なり合った結果だろう、とシルヴィアは推測する。

 幻獣として覚醒した『騎士』は、主である明人の意志をある程度把握できる。その「怪獣を倒す」という明人の思いと、主のその思いを達成させたいという『騎士』の思いが重なり合った結果、先ほどの一撃は魔力撃となって一号怪獣の身体を斬り裂いたのだ。

 そして、刀身から一気に解放された浄化術式は、一号怪獣の再生能力を無効化しつつ、その身体を破壊していく。

 これまで無限とも言えた一号怪獣の再生能力。しかし、先ほどの一撃はその再生能力が及ばない破壊を一号怪獣に刻み込んでいく。




 城ヶ崎の町に響き渡る怪獣の咆哮。

 それは威嚇でもなければ勝利の雄叫びでもない。

 今、怪獣が上げている咆哮は紛れもなく苦痛の咆哮だった。

 浄化の術式で刻まれた傷は徐々に拡大し、その傷口は塞がるどころかさらさらと砂のように崩れていく。

 和人という膨大な魔力の持ち主から奪った魔力で、無限とも言える再生を繰り返してきた一号怪獣ベルゼラー。

 だが、今その再生能力は浄化術式によって阻害されて無力化された。そして更に浄化術式は、一号怪獣の身体を徐々に破壊していく。

 再びベルゼラーが上げる苦悶の咆哮。

 ぼろぼろと崩れ行く身体を苦しげに身悶えさせ、どこか物悲しげな咆哮を怪獣は上げる。


「カーナー博士。解析班より解析結果が出たとの報告と、解析結果のデータが送られてきました」

「こっちの端末に解析データを転送して」

「了解」


 一号怪獣の咆哮を聞きつつ、シルヴィアは司令室のスタッフに指示を出し、解析班から回されて来た一号怪獣ベルゼラーについての解析結果に目を通す。

 解析班は多大な犠牲を払いながらも、それでもきちんと結果を残していたのだ。


「──────やっぱり」

「どうかしましたかな、カーナー博士?」

「これをご覧ください、司令」


 シルヴィアに示された端末のモニターを覗き込む権藤。


「これは………」


 息を飲み、シルヴィアへと振り返る権藤に、彼女はゆっくりと頷いた。


「この解析結果が示す通り、今の一号怪獣は正常な『生命体』とは言えません」

「確かに回収した一号怪獣の肉片を解析した結果、細胞から生命反応が見られなかったとありますな。これはどういう意味です?」

「つまり、今の一号怪獣は生きていないのに活動している……いわゆる「死に損ない(アンデット)」に限りなく近い存在だと推測します」


 動く屍体であるゾンビや、動く骸骨であるスケルトンなどに代表される死に損ない(アンデット)は、普通の生命反応によって活動するのではなく、呪詛的な術式によって活動する魔法生物である。

 今の一号怪獣は、そんなゾンビやスケルトンに限りなく近い呪詛術式によって活動している存在だと、シルヴィアは解析結果からそう推測したのだ。


「今、ベルゼラーを破壊しつつある浄化術式は、本来なら呪いを払う際などに使用される術式です。そしてその浄化術式が一号怪獣の再生を阻害し、逆にダメージさえ与えている。これは現在の一号怪獣が、何らかの呪詛術式によって動いているという証左でもあります」


 シルヴィアの解説を聞いた権藤は、腕を組んでむぅと唸ると、食い入るようにモニターの向こうで崩壊しつつある一号怪獣を見詰める。

 かつて、自身が対峙した一号怪獣ベルゼラー。再び現れたそのベルゼラーが、実は呪詛で動く人形のような存在だったとは。

 これまで数多くの怪獣を退治してきた歴戦の猛者である権藤も、このような事実は予想すらしていなかった。




「……やったのか……?」


 明人は『騎士』の操縦席(コクピット)の中、モニターに映るベルゼラーをじっと見詰めながら呟いた。

 ちらりと『騎士』が手にしている剣へと視線を移せば、先ほどまで赤黒いぼんやりとした輝きに覆われていたその刀身は、かつてのような銀色の鋼の輝きを取り戻している。

 明人にはそれが、剣に付与された魔力が既になくなっているという事だと理解できていた。


「明人様。相手は幻獣と近しい怪獣です。ならば、核である魔石がある限り、復活する可能性は大いにあります」


 『騎士』の指摘に、明人ははっとなって改めて目の前の一号怪獣へ注意を戻す。

 『騎士』が斬り付けた傷はどんどん広がり、一号怪獣の身体は砂が崩れるようにぼろぼろと消滅していく。

 だが、『騎士』が言う通り相手は幻獣の眷属ともいうべき怪獣である。核である魔石と魔力がある限り、再び復活しても不思議はない。

 これまで明人がシルヴィアやミツキたちから聞いた話を統合すれば、和人たちが遭遇したというレイフォードと名乗る外国人の青年が、一号怪獣を操っている張本人であるのは間違いない。そして、そのレイフォードは眠り続ける和人から魔力を奪い、その魔力で以て一号怪獣を再生活動させているはずである。

 となれば、張本人のレイフォードと和人の魔力がある限り、一号怪獣が再び復活する可能性は極めて高いと明人には感じられた。

 だが逆に考えれば、怪獣の魔石を確保し、レイフォードから送られてくる魔力を遮断さえできれば、一号怪獣は二度と復活しないとも言えるのだ。


「カーナー博士! 怪獣の核……魔石のありかは判りませんかっ!?」


 明人は魔道パスを通じてシルヴィアに尋ねる。

 前回一号怪獣と対峙した際、彼はシルヴィアと魔力的な視覚を共有し、魔力の高い箇所を直視した経験がある。

 あの視覚共有をもう一度行えば、崩れ行く一号怪獣から魔石を見つけ出すことも容易いだろう。明人はそう考えたのだ。

 だが、そこに割り込んだ者がいた。

 『騎士』である。


「明人様。ここは私にお任せください」

「おまえに……?」

「Yes Sir. 幻獣として覚醒した私には、魔力を感知する事が可能です」


 次の瞬間、機体の外を映し出していた全周囲モニターが暗転し、次いでそれまでとは違った風景が浮かび上がる。

 それはまるで写真のネガフィルムのような視界で、その中で目前の崩れかけている一号怪獣がぼんやりとした輝きに包まれているのが確認できた。


「これは……?」

「現在、モニターを魔力視認モードに変更しました。私が感知する魔力を、明人様にも見える形に表現したものです」


 『騎士』の説明を聞いた明人は、改めて一号怪獣へと視線を移す。

 怪獣の身体を包んでいる淡い輝きこそが視認される魔力だろう。そしてその輝きは、一号怪獣の身体から零れるように剥離しては消えていく。

 だが。


「────Sir. 目標から魔石の反応はありません」

「なんだとっ!?」

「目標である一号怪獣の体内に、魔石と思われる反応はありません。あの一号怪獣は魔石を持っていないと判断します」




 怪獣自衛隊城ヶ崎基地から遥かに遠く離れた場所で。

 一人の外国人の青年が、高層ビルの屋上に一人静かに佇んでいた。

 プラチナブロンドの髪が柔らかそうに風に揺れ、アイスブルーの瞳は眼下に広ろがる街並みを静かに見下ろしている。

 整った容貌に均整の取れた長身。まるで海外の俳優かモデルのような青年だった。

 そして、その青年の右手には拳大の深緑に輝く美しい石が握られており、その石は陽光とは違った輝きを点滅させている。

 と、その時。それまで静かに眼下に向けられていた青年の視線が、不意に背後へと向けられた。

 移動した青年の視線の先。そこにはその青年に勝るとも劣らない、明るい茶色に黒い瞳の日本人らしき容貌の青年がいた。


鳳王(ほうおう)か。よくここが判ったな?」

「僕は気配を消したり感知したりといった事が得意でね? 一度会った君の気配を探る事など決して難しくはないさ」

「なるほど。さすがは幻獣王の一体といったところか。それで? この僕に何の用だ? 君との交渉は決裂したはずだが?」


 相変わらず感情らしきものを見せずに西洋人の青年──レイフォードは鳳凰、沢村(さわむら)正護(しょうご)へと向き直る。


「竜王に頼まれて君の生い立ちを探っていた」


 ぴくり、とレイフォードの眉が僅かに揺れる。だが彼は何も口にはせず、黙って視線だけで沢村に話の続きを促した。


「君は二百年前に北欧に生まれたと言ったね? だから、僕もわざわざ北欧まで足を……じゃなかった、翼を運んだのさ」


 沢村は戯けた仕草で、肩の高さでぱたぱたと両の掌を振って見せる。

 実際、彼はベリルをも上回る速度で北欧へと飛び、現地に住まう幻獣たちを尋ねて回ったのだ。

 そして、レイフォードに聞かされた彼の生い立ちを元に、その正体の特定を試みた。


「現地に棲むとあるムーミントロールが、君の言った通りの村の事を覚えていたよ。そして、そこで契約者を見つけて住み着いた、一体の幻獣の事も」


 レイフォードの表情には変化がない。それでも、沢村はじっと彼に視線を注ぎながら続けた。


「その村に住み着いたのは、一体の一角獣(ユニコーン)だったそうだ。そして、その一角獣は、契約者の女性との間に一児を設けた……その一児こそが君だ。君は一角獣とその契約者の人間との間に生まれた、一角獣と人間の混血だね?」



 『怪獣咆哮』ようやくの更新っ!!


 随分と間が開いてしまいましたが、ようやく更新できました。更新を待っていてくれる極僅かな皆様、本当にお待たせ致しました。

 これというのも、半分ほどは二週間前に書けていたのですが、その後がどうにも上手く文章にできず、完成していた前半部分を何度も書き直していたためです。


 次回はできる限り来週には更新をと考えています。いや、今更ですが三本同時進行はキツいっす(笑)。


 さて、当面目標である「お気に入り登録200件突破」まであと3。とはいえ、この3がなかなか難しい……。しかし、お気に入り登録が200件にも到達するなんて、連載を始めた時には思いもしませんでしたねぇ。いや、我ながらちょっと凄いかも?


 では、次回もよろしくお願いします。


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