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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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16-浄剣


 歌舞伎の「すっぽん」のように怪獣自衛隊城ヶ崎基地の敷地内の一部が開き、その下から昇降装置に乗った『騎士(ナイト)』が現れる。

 その手には赤黒く変色した剣を持ち、逆手にはいつもの楯を構えて、真紅の魔像機(ゴーレム)は復活した一号怪獣ベルゼラーと対峙する。

 『騎士』は操縦者(パイロット)にして契約者たる明人の指示に従い、手にした剣と楯を構えた。

 明人も操縦席のモニター越しに、目の前の一号怪獣をしっかりと見据える。


「行くぞ、『騎士』」

「Yes sir.」


 相棒の返事を聞くより早く、明人は『騎士』を走らせる。

 一号怪獣を真っ正面に見ながら、彼の耳は魔道パスを通じて聞こえてくるシルヴィアの声を確かに拾っていた。


「白峰二尉。先程も言ったけど、剣に施した付加術式は持続時間(レギュレーション)が短いわ。一気に勝負をつけなさい」

「了解!」




 『騎士』に搭乗している明人に指示を飛ばしたシルヴィアは、続けてベアトリスにも指示を出す。


「ベアトリス怪曹。付加術式展開開始」

「了解。付加術式展開開始します」


 ベアトリスが目の前の操作パネルに指を走らせ、先程彼女たち三人が施した付加術式を作動させる。同時に、『騎士』が手にしている赤黒く変色した剣がぼんやりと光に包まれる。


「さあ、後はあなたに任せるわよ、明人くん」


 シルヴィアはモニターに映る真紅の騎士の背中に、誰にも聞こえないような声でそう囁いた。




 一号怪獣の大きな口ががぱりと開くのを、明人は『騎士』の操縦席から見た。


「くっ!! 炎を吐く気かっ!?」


 明人はかつて自衛隊と交戦した時の資料を見ており、一号怪獣が炎を吐く事を事前に知っていた。

 そのため、明人は反炎の術式を組み込んである楯を、機体の前方へと翳す。

 だが、大きく開かれた一号怪獣の口から吐き出されたのは、明人の予想した炎ではなく、以前にも浴びせられた黒い泥のようなものだった。

 明人は楯に泥が当たったのを確認すると同時に、『騎士』に楯を手放させて機体を精一杯横へと捻る。

 間一髪、一号怪獣が吐き出した黒い泥は『騎士』の機体に触れることなく躱せたものの、明人は投げ捨てた形になった楯へと目をやり、すぐに渋い表情を浮かべた。


「警告。先程の黒い泥のようなものは、以前の魔力を吸収するものではなく、腐食性のある泥のようです」

「……それでああなったのか……」


 『騎士』の声を聞きながら、明人はもう一度投げ素立てた楯へと目を向ける。いや、楯だったものへと。

 先程『騎士』が手放した楯は、当然地面に落ちていたが、既に楯としての機能を失っていた。

 『騎士』が告げたようにあの泥には腐食性の何かが含まれていたらしく、地面に落ちた楯は原型を留めずにぐずぐずに溶け崩れていた。


「何度もあんな泥を吐かれたら躱しきれない。一気にやつの懐へ飛び込むぞ!」

「Yes sir.」


 だん、という轟音と共に、『騎士』が力強く踏み込む。アスファルトで舗装された地面が『騎士』の足の形に窪むと同時に、真紅の騎士は閃光となって一号怪獣へと踏む込む。

 対する一号怪獣も、弓から放たれた矢のように接近してくる真紅の騎士を迎え撃たんと、腹部から一本の触手を『騎士』へと向けて伸ばす。

 真っ直ぐ一号怪獣へと迫る真紅の騎士の首を狙って、突如腹部から弾けるように出現した肉の鞭がしなる。


「こいつは、あの時の触手と同じモノかっ!?」


 モニター越しにそれを確認した明人の脳裏に、先程解析施設の地下で遭遇した触手が浮かび上がった。

 M9機関拳銃のオート射撃を喰らってもなお、無限に再生した一号怪獣の細胞。その細胞から伸びた触手に捕らわれれば、いかに魔像機といえども無事では済むまい。

 そんな思いにかられつつも、明人は反射的に手にした剣で伸びてきた触手を斬り払った。

 振るわれた剣は見事に触手を断ち、斬り落とされた触手はしばらく切れたトカゲの尻尾のようにのたうつと、そのまま再生されることなく砂のように崩れていった。


「……こ、これは……?」


 その光景を見た明人は呆然と呟く。

 てっきり、触手をいくら斬ってもすぐに再生すると思っていたのだ。


「それが付加した術式の効果よ」


 聞こえて来た自信溢れるシルヴィアの声に、明人はようやく彼女たちが剣に施した術式に思い至った。


「剣に付加したのは浄化系の術式よ。見た目はちょっとアレだけど、その剣で斬れば浄化の術式が傷口に適用されるわ」


 それはつまり、一号怪獣の無限とも思われる再生能力を封じたことを意味していた。

 それに気づいた明人は、表情を輝かせて改めて一号怪獣と対峙した。




 遥か上空。

 地上から肉眼では見えないような上空を、白い巨大な鳥が舞っていた。

 いや、それは鳥ではない。

 上半身──いや、前半分と言った方が適切か?──は確かに猛禽のそれだが、残る半分は猫科の猛獣のものだからだ。

 その生物は遥か上空を恐るべき速度で地球の自転に沿って飛行している。

 その速度は音速を超える戦闘機さえ凌ぐ。そんな猛スピードで飛行する生物の背中に、二人分の人影があった。

 一人は銀の髪をした十代の少女。もう一人は執事のような格好をし、片目に単眼鏡(モノクル)をした三十代の男性だった。

 二人とも高速で飛ぶその白い巨鳥の背中で、襲いかかる突風をものともせず不動の姿勢で立っている。

 銀の少女は腕を組み、紳士はびしっと背筋を伸ばしたまま。

 ごうごうと唸る風の中、背後の紳士の声が前に立つ銀の少女の耳に届く。


「それは本当でございましょうな、竜王様。本当にあなた様を超えるおっぱいが存在するのですな?」

「応とも、我よりもあやつのおっぱいは大きいとも。無論、形も申し分ないぞ?」

「おお…………神のおっぱいを超えるおっぱいがあったとは」


 声の響きにこそ恍惚としたものが含まれるものの、その紳士の表情は決して崩れずに真面目そのもの。

 ただ、目だけがとろんと蕩けるようだったが。

 銀の少女はその紳士の様子に不快そうに一度だけ眉を寄せるが、後は黙ってじっと前方を見据える。

 この先に、彼女を待っている者がいる。その者は、彼女にとって掛け替えのない大切な存在なのである。


(主よ。すぐに主の傍に参りまする。後、暫しの間待たれよ)


 少女は心の中で一人の少年に語りかける。

 今は眠ったままの、その少年の笑顔を思い出しながら。




(いいのかなぁ……?)

(何がだ、茉莉?)

(うん……ミツキったら、勝手にあんな約束をしちゃったけど……)


 茉莉はベリルと同化して飛行しながら、先程ミツキがサンドマンと交わした約束を思い出していた。

 もちろん、ベリルもそのやり取りは茉莉の肩の上からずっと見ていたのだが。


(ミツキ殿とて、無理矢理な事はしないだろう。それに他に手段もなかったのも事実だ)

(そうだけど……)


 確かに、ベリルの言う通り他に手段はなかった。

 自分やミツキは、サンドマンに胸を触らせるつもりは一切ないし、他の条件ではサンドマンが納得しなかった。

 だからと言って、勝手にあのような約束をしていいものなのか。


(……やっぱり、和人にも許していないのに、今日いきなり会った人に胸を触らせるのは嫌だよ……)


 いや、和人に触らせた後、知り合いにならいくらでも触らせてもいいのか、というわけではもちろんない。


(うん。やっぱり、和人以外は嫌だよ。和人が望むのなら、いくらでも許しちゃうんだけどな……)


 二人きりで見つめ合う自分と和人。彼は優しく自分を抱き寄せ、そしてそっと服の上から自分の胸にその手を重ねる。


『俺は確かに巨乳派だけど……茉莉のおっぱいは茉莉のおっぱいというだけで大好きだぜ?』


 優しい笑顔と共に、耳元でそう囁く彼。

 そして彼の手が、自分が着ている衣服を一枚ずつ優しく脱がしていき……


(ああ、もうっ!! 本当にそうなったらどうしようっ!? で、でも、和人にならそうして欲しかったり……きゃ)

(……………………)


 同化した自分には思考が筒抜けなのをすっかり忘れて、夢見る──淫夢かもしれない──少女と化した茉莉を、生暖かく見守るしかないベリル。

 彼はちょっとだけ思った。


──自分の契約者は本当にこのままで大丈夫なのか。


 と。




 一号怪獣の身体から飛び出した無数の触手。

 その触手たちを片っ端から剣で斬り捨てながら、真紅の巨大な騎士はじりじりと前進する。

 その光景を見ながら、シルヴィアは感嘆の溜め息を零す。


「……凄いわね」


 今、彼女が見詰める真紅の騎士は、まるで人間のように滑らかに動いていた。

 元々、魔像機は人間が操縦するものではあるが、操縦する以上どうしたって僅かながらもタイムラグが生じる。

 操縦者が様々な状況情報を自身にインプットし、その結果を判断して「操縦」とう形でアウトプットする以上、僅かとはいえラグはどうしても生じるものなのだ。

 だが、それが真紅の騎士には見受けられない。

 その理由は明らかだ。

 『騎士』が幻獣として覚醒し、明人がその契約者となった。それ以外に理由はない。

 以前、シルヴィアは和人や茉莉から聞いた事がある。

 彼らが幻獣と同化する際、その身体は自分の身体を動かす感覚と同じなのだと。

 ならば、今の明人は自分の身体を動かすのと同じ感覚で『騎士』を操縦しているのだろう。

 だから、発生するはずのタイムラグがないのだ。

 そしてもう一つ。

 幻獣として覚醒した『騎士』は、以前よりその性能を遥かに上昇させていた。

 これは単なる魔道機械ではない、いわば「機械生命体」とでもいうべき存在になった事で、各種のパラメータが跳ね上がった結果だった。


「いけるわ……! 今の『騎士』なら、今の『騎士』と明人くんなら、一号怪獣と互角に戦える……」


 思わず拳を握り締めるシルヴィア。その彼女の瞳は、とうとう全ての触手を斬り飛ばし、一号怪獣に肉薄する『騎士』の姿を捉えていた。

 そして『騎士』は、シルヴィアが見詰める中、いや、怪獣自衛隊城ヶ崎基地の司令室の全員が見詰める中、その手の剣で一号怪獣を袈裟懸けに深々と斬り裂いたのだった。



 『怪獣咆哮』更新しました。


 この『怪獣咆哮』もとうとう連載一年が過ぎました。

 一部が終了した時点で、お気に入り登録は「13」でした。そのお気に入り登録もこの一年で170を超え、評価点もそれぞれ100を超えております。

 また、当時更新しても20人も来なかった読者の方も、今では更新時には300人ほどの方が来てくださいます。

 この一年で本当に遠くまで来たものです。

 『怪獣咆哮』も今の一連のエピソードで完結の予定です。いつ頃完結となるのかは不明ですが、最後までがんばりますので、よろしくお願いします。


 さあ、とりあえずは当面目標の「お気に入り200超」だ!



※冒頭に出てきた「歌舞伎のすっぽん」とは、花道に設置されている昇降装置のことです。

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