04-巨鳥
基地内はより一層緊張を増した。
「目標出現! 目標出現! 戦車隊は発砲準備! 戦闘ヘリ隊は緊急発信! 医療班、整備班は緊急事態に備えて待機! 繰り返す! 目標出現──」
基地に流れる放送が何度も危急を伝える。その放送を聞きながら白峰明人三等怪尉は、専用の魔力伝達スーツに着替えていた。
「急いで白峰くん! そのスーツに着替えたら『騎士』のコクピットに向かって! コクピットの中で最後の調整を行うわ! それが終われば行くわよ! 覚悟はいいわねっ!?」
更衣室の外からがなりたてている上司の声を聞きながら、明人は着替えを終えて更衣室から飛び出した。
更衣室の前でシルヴィアと別れ、明人は格納庫の紅い騎士の元へと走る。
ものの数分で格納庫に辿り着いた明人は、その勢いを殺すことなくキャットウォークを駆け上がる。そのキャットウォークは静かに立ち尽くす巨人の胸の辺りへと伸びていて、その巨人の胸には人一人が通れるくらいの孔が開いていた。この奥こそ、『騎士』のコクピットなのである。
そのコクピットに飛び込んだ明人はちょっと驚いた。彼はロボットのコクピットなのだから、SFや漫画によくあるようなスティックやペダル、そして数多くのスイッチ類が狭いコクピット内に整然と並んでいるとばかり思っていたのだ。
だが彼の目の前には球状にぽっかりと開いた空間と、その空間の中央にある身体を固定するためシート、そしてそのシートの前方──シートに座った時に丁度両手がくる位置──にある二枚のパネルがあるだけだった。
この時になってようやく明人は、戦車や戦闘機の操縦訓練は受けたが、ロボットの操縦方法など何のレクチャーも受けていないことを思い出した。
「ど、どうやって動かすんだ? こんなシロモノ……」
呆然と立ち尽くす明人の耳に、どこからともなくシルヴィアの声が届く。
「何してるの白峰くんっ!! 早くシートに身体を固定して! 固定し終えたら手前にあるパネルに両手を乗せるのよ!」
「か、カーナー博士っ!? 何処から喋っているんですかっ!?」
「『魔像機』と司令室は魔道パスで繋がっているわ。そのパスを通して会話が可能なの。それより急いで!」
「りょ、了解!」
明人は言われた通り身体をシートに固定する。彼が身体を固定し終わると、球状の壁面から何本ものコードが伸びて来て、魔力伝達スーツの各所に設置されたコネクタと接続された。
「『魔像機』と白峰三尉とのリンク完了!」
「賢者の石、魔力精製開始!」
司令室では、シルヴィアの傍らに控える二人のオペレーターが明人と『騎士』の状況を次々と報告していた。このオペレーターたちはシルヴィアの弟子とも言うべき存在で、れっきとした魔術師である。
「白峰くん! これから最終調整に入るわ! いい? しっかりイメージして! あなたの内側にある魔力を外へ引き出すの。そうね、井戸の水をポンプで汲み上げるようなイメージよ!」
魔術とはいわば、イメージを具現化させる技術である。つまり想像の産物にしか過ぎないものを、現実に出現させるのだ。
この際、イメージを固定させるために必要とされるエネルギーが魔力である。
魔力を引き出すと言われても今ひとつ要領を得ない明人であるが、何とか言われた通りにイメージする。やがて明人の意識は、自分でも気付かないうちに己の内側へと入り込んでいった。
自分の中へと入り込んだ明人は、不意にあるものに触れた。それはまるで巨大な岩のように硬く、重く、どっしりと彼の内側に存在していた。
その岩に触れた途端明人は瞬時に悟った。この岩こそ、自分自身の魔力であると。
先程シルヴィアは、ポンプで井戸水を汲み上げるイメージだと言ったが、明人はこの岩をポンプで汲み上げる訳にはいかないような気がした。だから彼は、その岩を削り取るようなイメージを心の中に描いてみる。
「白峰三尉より魔力の放出を確認!」
「白峰三尉の魔力量、徐々に増大しています!」
「な、何よ、この数値……」
明人が放出する魔力が表示されているモニターを見て、シルヴィアは驚きを隠せないまま震える声でぼそりと呟いた。
「こ、この数値……とても今日初めて魔力を扱う人間に出せる数値じゃありません!」
「し、白峰三尉って一体……」
シルヴィア同様、二人のオペレーターたちも驚愕に目を見開いていた。
「白峰くんの才能が飛び抜けているのか、白峰くんが内包する魔力が予想以上に大きいのか……どちらにしても、これは嬉しい誤算だわ」
歓喜に顔を綻ばせながら、シルヴィアは傍らに立っていた壮年の男性に振り向く。
「権藤司令! この数値なら──行けます!」
彼女の言葉に、この怪獣自衛隊城ヶ崎基地司令官、権藤重夫怪将はゆっくりと頷いて口を開く。
権藤は、低く、腹に響くような渋い声で騎士の目覚めを告げる。
そしてその言葉に従って真紅の騎士が今、目覚める。
「現れたわね!」
服を脱ぎ終えて全裸になった茉莉は、海から現れた怪獣に厳しい視線を向けると、そのままの姿で岬の先端へと走り出した。
「行くわよベリルっ!!」
茉莉は走る自分と並行するように飛んでいる、鳥のような奇妙な生き物にそう叫ぶと、そのまま岬から海へと身を踊らせた。
海へと真っ直ぐに落下する茉莉の白い裸身。だがその身体は海に届く前に、碧の光に包まれた。
碧の光球は、重力に逆らうようにふわりと浮び上がると、そのままぐんぐんと速度を上げて飛翔する。今正に海岸線に上陸を果たそうとしている、四つ足の怪獣へと。
海岸線に展開した戦車隊は、姿を現した怪獣に向かって攻撃を開始した。
だが今回現れた怪獣は、特別外皮が分厚いタイプらしく、戦車砲の集中砲火もさほど効果がないようだった。
「な……何だよ、あのアルマジロモドキ……戦車砲が通用しないのか……?」
岬の先端に向かう途中、和人は思わず立ち止まってその光景を見詰めていた。
和人の視線の先、次々と浴びせられる戦車砲を煩わしく感じたのか、怪獣は一度咆哮を上げるとその大きく開いた口を戦車隊へと向けた。その口の中、僅かな光がちらりと輝いたのが、遠く離れた和人からも確かに見えた。
「ま……拙いっ!! 炎を吐く気だっ!!」
勿論その行動は戦車隊も気が付いた。戦車隊は慌てて散開して逃げようとするが、機動性に劣る戦車では回避は間に合わなかった。
ごうという音と共に、真紅の炎が怪獣の口から吐き出された。
炎は真っ直ぐに伸び、逃げ惑う戦車の一台をその灼熱の腕を伸ばして捕える。熱い抱擁を与えられた戦車はあっという間に真っ赤になり、どろりと飴のように溶けたかと思うと、轟音と共に爆発した。
怪獣は大きく息を吸い込むと、再び炎の洗礼を与えるべく逃げ惑う獲物に狙いを定めた。
羽虫の羽音のような音とともに、その騎士は目を覚ました。それまで暗く閉じたようだったその瞳に光が宿る。
それと同時に、それまでただ球状の空間でしかなかった明人の周囲に、格納庫の光景が映し出された。
「成る程……全方位モニターってやつか。原理は解らないけど、視界は良さそうだ」
その騎士の中で和人は、自分の周囲を見渡しながら呟く。
「いい? 白峰くん。今から『騎士』の動かし方を説明するわ。『騎士』とあなたの魔力の波動パターンのシンクロは既に完了。後は実際に動かすだけよ」
「了解! で、どうやればいいんですか?」
「さっきも言ったでしょう? 魔力はイメージよ。自分の動きを『騎士』が追従するイメージを描きなさい!」
明人は言われた通りにイメージする。自分が足を動かして歩くと、その動きを『騎士』がトレスするようなイメージ。すると『騎士』は実際に足を上げて一歩前へ踏み出した。
「……全く、信じられないわね。こんなにもあっさりとイメージを展開できるなんて……」
ゆっくりと歩き出した『騎士』を見て、シルヴィアは驚嘆の溜め息を吐く。
シルヴィアは実際に『騎士』を起動させても、数歩歩く事ができれば良いだろうと考えていた。明人には出撃するよう匂わせたが、実戦など以ての外だと思っていたのだ。
イメージを展開すると言うは容易いが、それを行うとなるとそうはいかない。人間の脳は目で見た「現実」を重要視するようにできているので、その「現実」を「想像」で書き換えることは極めて難しいのである。
その「現実」を「想像」で書き換える事こそが魔術なのである。
だが、明人はそれをあっさりとしてのけた。
ぎこちなく、よたよたと歩いている『騎士』を見詰めながら、シルヴィアは明人の秘めた才能に驚きを通り越して呆れていた。
もし明人が本格的に魔術の修行を行うなら、おそらく自分をも凌駕する魔術師となるだろう。それだけの才能と資質を、シルヴィアは明人に感じ取っていた。
「シルヴィア師!」
そんなシルヴィアの耳に、オペレーターの切羽詰まった声が響いた。
「か、怪獣がもう一体現れました!」
炎の第二射が放たれようとした時、碧の光球が横から猛烈な勢いで飛来して怪獣に突っ込んだ。
怪獣と衝突する瞬間、碧の光は一際大きく輝き弾けた。そしてその弾けた光の中から姿を現したものがあった。
全体的なイメージは鳥だ。だが鳥を連想させるのは半身のみ。のこる半身は獣のようだった。
前半分は白い羽毛に包まれた猛禽。前足も猛禽のそれであり鋭い爪が見て取れ、肩の辺りからは鷲か鷹のような純白の翼が広がっていた。
そして後ろ半分は獅子。力強い後ろ脚は薄茶色い獣毛に覆われていて、先端に房のように毛の生えた尻尾が風に靡くように揺れていた。だが中でも最も特徴的なのは、エメラルドグリーンの双眸だった。
「な……何だよ、あれ……怪獣がもう一匹現れたのか……?」
呆然と眺める和人。彼が見詰める中、二体の巨獣は激突した。海から現れた獣型の怪獣は40メートル級の大型、そして突然出現した鳥型も同じぐらいの大きさだった。
その二体が激突し、獣型はふっとばされて海に倒れ込み巨大な水柱を築き上げる。
一方の鳥型の方は上空へ舞い上がり、大きく弧を描きながら旋回する。
そしてこの光景を見ているのは和人だけではなかった。怪獣自衛隊城ヶ崎基地の面々もまた、二体の怪獣が激突している光景を呆気に取られながら見守っていた。
「白峰三尉っ!! 『騎士』の出撃は見合わせるっ!! 指示有るまでそのまま待機せよっ!!」
よたよたと『騎士』を歩かせていた明人に、城ヶ峰基地司令官の権藤が響くような声で待機命令を出す。
「ど、どうしてですか司令っ!?」
「状況が変わったのだ。新たにもう一体の怪獣が出現し、先に現れた怪獣と交戦状態に入ったのだ」
「何ですってっ!?」
「とにかく、これは命令である。指示あるまで待機だ」
「くっ……了解しました」
明人に指示を出した権藤は、続いて他の部隊にも指示を飛ばす。
「展開中の戦車隊に後方へ下がるように伝えろ! あの鳥型が何のつもりで獣型に襲いかかったのか知らんが、取り敢えず出方を見る。ヘリ隊の離陸も見合わせろ! 代わりに観測用のヘリを飛ばせ! 周囲の状況に充分に注意をしてだ! くれぐれも鳥型の起こす突風に巻き込まれるな!」
権藤の指示により、緊急発進を急いでいたAH-1Sに代わって偵察用のOH-6Dが離陸の準備に入る。
その他にも細々とした指示を出すと、権藤は隣に控えるように立っているシルヴィアに意見を求めた。
「カーナー博士はどう思われますかな? あの鳥型について」
「もしかして例の件ですか? 数ヶ月前より数例報告されている、怪獣と戦う怪獣が現れたという」
このシルヴィアの問いかけに、権藤は黙って頷いた。
「本当かどうかは断言できませんが……今の鳥型の行動は、怪獣の火焔から戦車を守ったように私には見えました」
「うむ……やはり博士にもそう見えたか……」
「勿論、偶然の可能性も捨て切れませんが……それより司令、私にはもう一つ気になることがあります」
「ほう。それは一体何かね?」
シルヴィアのこの言葉に、権藤は興味深そうに彼女の顔を覗き込む。
「あの新しく現れた鳥型……あれが西洋の伝説に登場するグリフォンそのままの姿だということです」