12-攻防
一号怪獣ベルゼラー。
数日前の『騎士』との戦闘において、粉々に砕かれたかつての一号怪獣の残骸は、現在怪獣自衛隊城ヶ崎基地内の解析施設に回収され、そこで先日の戦闘で廻間見せた再生能力の解析を受けていた。
「────ん?」
解析された情報が映し出されるモニターを見詰めていた解析施設の職員。彼はモニター上に現れた微妙な変化に気づいた。
「どうかしたのか?」
そんな同僚の様子に気づいた他の職員もまた、彼が覗き込んでいたモニターへと眼をやる。
軽い調子で見たモニター。だが、そこには思わぬ事実が表示されていた。
「こ……これは……っ!?」
「し、至急権藤司令に連絡をっ!! 一号怪獣が……その残骸が再び────っ!!」
そこでその職員の意識は断ち切られた。
いや、彼だけではなく、運悪く本日その施設に詰めていた殆どの職員の意識も、また。
それでも何とか職員の一人が、緊急連絡用のスイッチに触れる事に成功していた。
彼は同僚が次々と残骸に飲み込まれていくのを眼にしながら、そのスイッチを力一杯押し込んだのだった。
緊急警報が鳴り響く城ヶ崎基地の指令室に、基地の責任者である権藤重夫怪将は悠然とした足取りで入って来た。
その落ち着いた冷静な態度は、突然の警報に軽い混乱に陥りかけてい職員たちに落ち着きを取り戻させる。
「何事だ? 現況を報告せよ」
権藤の低い声に、職員たちがそれぞれ素早く応える。
「基地の施設に回収されて解析中だった一号怪獣の残骸が突如活動活性化し、居合わせた不幸な研究員を吸収しつつ施設内で活動を再開した模様です!」
「現在、一号怪獣の残骸は統合・融合して牛ほどの大きさまでに成長し、尚も巨大化しつつあります!」
「今のところ施設の隔壁を降ろす事で隔離に成功していますが、このまま巨大化して隔壁が破壊された場合、被害は基地全体に広がる怖れもあります!」
それらの報告を聞き、権藤は眉を顰めてむぅと唸る。
「絶対に一号怪獣の残骸を基地の外に出してはならん!」
万が一にも基地の外に動き出した一号怪獣の残骸が出てしまえば、城ヶ崎の町や住民に深刻な被害が出るのは明白である。
それ故、権藤はなんとしても一号怪獣の残骸を基地内で処理する命令を飛ばす。
そして、別室にて和人の事を相談していた明人とシルヴィア、そしてブラウン姉妹が指令室に飛び込んで来たのはこの時であった。
「申し訳ありません、権藤司令! 遅くなりました!」
一行を代表して明人が謝罪する。その間にも他の三人はそれぞれ所定の持ち場に就く。
「現況をお聞かせ願えますか、司令?」
自分の横に立ったシルヴィアの言葉に、権藤は一号怪獣の残骸が活動を再開した事を説明する。
「……和人くんから奪った魔力を、早速利用してきたってわけね」
権藤から説明を受けたシルヴィアは、突然一号怪獣の残骸が活動を再開した理由を推測する。
「アンジェリーナ怪曹! 周辺の魔力波動の探索! おそらく敵はこの付近にいるわ」
「了解!」
指示を受けたアンジェリーナが素早く探索術式を展開させ、基地を中心とした周辺の魔力波動の流れを検索する。
「司令。万が一、一号怪獣の残骸が外に出た際に備えて、『騎士』の出撃準備をお願いします」
「心得た。ベアトリス怪曹、至急格納庫に連絡して、『騎士』の出撃準備を急がせろ」
「了解!」
助言者としての役割を果たしつつ、シルヴィアは今度は明人へと向き直った。
「白峰怪尉は私と一緒に来て」
「は、了解しました! で、どこへ行くのですか?」
階級も立場も上官であるシルヴィアに敬礼しつつ、明人はそう尋ねた。
「一号怪獣の残骸を解析していた研究施設へ。覚悟しておきなさい。きっと、ちょっとした地獄になっているはずだから」
医務室の中に響き渡る警報。
茉莉はベッドで眠っている和人の身体を庇うように彼にしがみついた。
一体何が起きているのか? 茉莉は不安にかられたが、それでも和人の傍を離れようとはしない。
今、和人が寝かされているのは、城ヶ崎基地の医務室の中にある隔離された部屋だった。
この部屋は本来、伝染性の高い急病患者のための部屋で、窓はなく医務室自体とは一枚の扉で隔てられている。
なぜこんな部屋に和人が入れられたのかと言えば、本来ならここに和人はいてはならないからだ。
自衛隊の基地内医務室に、高校生がいるのは明かにおかしいだろう。また、当然ミツキや茉莉といった、本来なら部外者とされる者たちが基地内にいる事もおかしい。
だが、和人の容体が普通の病気や怪我ではなく、魔術的なものである以上、普通の病院に入院させても無駄であるのも明白であり。
明人とシルヴィアそして権藤は、極秘裏に彼の身体を基地内の医務室へと運び込んだのだ。
だから、彼らが他の基地内の人間に目撃されないよう、このような隔離された部屋にいるのであった。
ちなみに、部屋にはシルヴィアによる認識障害の結界が施されており、例え誰かが部屋の中を覗いても、和人や茉莉が「いない」と認識するようになっている。
そんな医務室の一角の部屋の中で、茉莉は扉の向こうが俄に騒々しくなってきた事に気づいた。
「何があったのかな……?」
シルヴィアより、扉は極力開けるなと言われているので──何度も扉を開けると、認識障害の結界の効力が消失するおそれがある──、茉莉は扉に耳をくっつけて外の様子を探ってみる。
外から聞こえる音はかなり騒然としており、何人もの人間が医務室を出入りしているらしい。
「さっきの警報と絶対関係あるよね……?」
「うむ。間違いあるまい。どうやら基地内で何か起きたようだな」
茉莉の言葉に、彼女の肩にいるベリルが応える。
更に詳しい情報を得ようと茉莉が耳をそばだてた時、彼女が耳をくっつけていた扉が不意に開けられた。
「きゃ────っ!!」
小さな悲鳴を上げ、そのまま前につんのめる茉莉。
そんな彼女の身体を、誰かが受け止めてそのまま彼女共々部屋の中へと押し入って来る。
「だ、誰──? って、え? ミツキっ!?」
今、茉莉の前には揺れる長い銀の髪とその神秘的な朱金の瞳。そんな特徴的な外見を有しているのは、彼女の知り合いの中ではミツキ唯一人。
そして彼女をミツキだと判断した瞬間、とある事実が茉莉の脳裏に浮かび上がる。
「ちょ、ちょっとミツキっ!? い、今、この部屋の外の医務室には人が一杯いたでしょっ!? それなのに、この部屋に出入りしちゃ駄目じゃないっ!! シルヴィアさんも言っていたよねっ!?」
茉莉は先程ミツキが彼かに目撃されたのでは、と慌てて再び扉に耳を押し当てて部屋の外の様子を探る。
そんな彼女に、ミツキは至極冷静に言葉を投げかけた。
「心配無用だ、小娘。我も認識障害の術ぐらい使える。魔力も持たぬ一般人に、今の我を認識する事など適わぬわ」
ミツキの言葉を聞き、茉莉はほっと胸をなで下ろす。
「あー、もう。本当にびっくりしたんだから。万が一ボクたちが見つかっちゃたら、明人さんたちに迷惑がかかるんだからね? ミツキも気をつけてよ?」
「それよりも小娘。おまえに──いや、おまえとベリルに頼みがある。済まぬが我をとある所まで送って欲しいのだ」
と頭まで下げたミツキを、茉莉は思わずきょとんとした顔でミツキを見返す。
これまで、ミツキが茉莉に頼みがあるなどと頼ってきた事は一度もない。しかも頭まで下げて、だ。
更にこのような状態の和人を置いて、一体どこに行こうというのか。
「あ、ある所って遠いの? それに和人はどうするつもり?」
「確かにやや遠い。我が一人で行くと、どうしても時間がかかる。その点、お主とベリルなら我よりも疾く飛ぶ事ができよう? それに……」
ミツキの視線が、茉莉からその奥で眠っている和人へと向けられる。
「……これは主の眠りを覚ますためだ。いや、目を覚まさせる事は無理やもしれぬが、なんらかの助言は得られよう」
「ほ、本当っ!? 和人の目を覚まさせる事ができるのっ!?」
「可能性はある。我の旧知に眠りを司る幻獣がいる。其奴に聞けば、主の目を覚まさせる切欠が得られるやもしれん」
ミツキの言葉に、茉莉は即座に飛びついた。
和人の目を覚まさせる方法があるのなら、彼女としてもそれを見逃す手はない。
「そ、それで、どこまで行くの? あまり遠いようなら、明人さんかシルヴィアさんに言っておかないと」
「場所は欧州。現在では人間たちがドイツと呼んでおる国までだ」
明人は腰のホルスターよりM9機関拳銃を抜いて安全装置を外すと、隣に並んで立っているシルヴィアを見る。
シルヴィアも明人の視線に気づき、微笑みながら頷く。
「よし、隔壁を上げろ。そして俺たちが中に入ったら、再び連絡するまで絶対に隔壁は上げるな!」
「はっ! 了解であります、怪尉殿!」
明人の言葉に、隔壁の昇降装置の前にいる自衛隊員が応える。
明人たちの目の前には降ろされた隔壁。その隔壁がじりじりと上に上がり、床との隙間が徐々に広がっていく。
そして床との隙間が1メートル程に達した時、明人とシルヴィアは身を屈ませて素早くその隙間に潜り込んだ。
明人は床で一回転し、身体を起こすとそのまま前方へと手にしたM9を突き出す。そして危険がない事を確認した後、背後のシルヴィアへと振り返った。
「……とりあえず、大丈夫のようです。先へと進みますか?」
「ええ。十分注意をしながらね」
「了解」
二人は今、迷彩服3型と88式鉄帽子を装備しており、明人は迷彩服3型の上に戦闘防弾チョッキも装備している。
更に、明人は手にしたM9機関拳銃の他に、予備兵装としてSIG SAUER P220も装備しているが、シルヴィアは武器らしきものは一切身に帯びていない。
今、二人がいるのは一号怪獣の残骸が再活動を始めた研究施設内である。
彼らの目的は威力偵察であった。可能であれば再活動した残骸を沈黙させ、不可能と判断したなら沈黙のための何らかの手がかりを得る。それが二人の目的である。
人気のない通路を慎重に進む二人。
やがて前方、左へと折れた通路の奥より、軟体質のものを床に打ちつけるような音が響いて来た。
「…………」
互いに顔を見合わせ、頷き合う明人とシルヴィア。
左折する通路の角で一旦立ち止まり、壁に背を預けて奥の様子に耳を澄ます。
どうやら音はするものの、その音が近づいて来る様子はない。
明人とシルヴィアは呼吸を合わせると、同じタイミングで通路の奥へと飛び込んで行った。
『怪獣咆哮』更新しました。
前回交渉が決裂した事によりいよいよ敵も活動を再開し始めました。
今回といえば、本文中に自衛隊員の装備に関して描写しておりますが、ひょっとするとこれらは最新のものではないかもしれません。調べられる限り一番新しそうな装備を選択しましたが、詳しい人たちからすれば、時代遅れと言われるかもしれません。
その時は、最新の装備などをぜひお教ください。最新装備が判明したら、その都度修正いたします。
※当面目標達成まであと少し。お気に入り登録の方は達成し、評価点も目標達成まであと10ポイントを切りました。
更に、総合PVも100,000を超え、総合ユニークも15,000を超えました。
連載開始から後一ヶ月程で一年となります。当初は一日のユニークが10にも満たなかった当作も、最近では80人ほどの方に毎日訪れてもらえるようになりました。
これまでの約一年、お読みいただいた全ての皆様に感謝いたします。
では、次回もよろしくお願いします。