11-奪取
午後の光溢れる、とある穏やかな休日。
日本の心臓、東京の片隅のとある喫茶店もまた、そんな緩やかな空気に包まれていた。
ただし、その店の一角を占める、数人の男女を除いて。
その男女の人数は全部で五人。
内、三人は高校生ほどの年齢で、少年が一人と少女が二人。
残る二人は二十歳前後の年齢で、両方とも男性だった。
その中の、二十歳前後の西洋人の青年が、高校生ぐらいの少年の一人へと視線を向けた。
「おまえが竜王の契約者だな。ふむ、随分と多量の魔力を内包しているな。確かにこれなら幻獣王たる竜王の契約者に相応しい、か」
相変わらず無表情のまま、青年──レイフォードは和人を見る。
「竜王と鳳王との交渉は決裂した。そしてこの交渉の決裂、その責任の一部はおまえにある」
「ど、どうして俺が────っ!?」
人類を滅ぼそうとするレイフォードと、人類を擁護する立場を取った竜王・ミツキと鳳王・沢村正護。
和人と契約を交わしたミツキが、和人の意志に反するような事を選択する筈がない。また、沢村もミツキの意に添う立場を示している。
だが、もしもここで和人という存在がいなければどうなるだろう。
ミツキは人類に敵対しないまでも、積極的に擁護はしないかもしれない。ミツキがそのような立場を選べば、沢村もまた同じ選択をするだろう。
つまり、二体の幻獣王が人類の擁護を選んだのは、和人という存在が大きいのだ。
「だからと言って、ここでおまえを殺すのは簡単だが、そんな事をすれば、竜王もまた消滅する。竜王が消滅すれば、鳳王は僕を絶対に許しはしないだろう……僕としては、竜王と鳳王には同盟を組まないまでも敵対はして欲しくはない。よって──」
レイフォードがすぅと和人を指差す。
「おまえにはしばらく眠っていてもらおう。だが、その潤沢な魔力を無駄にしておくのは実に惜しい。おまえが眠っている間、僕が利用させてもらう」
ミツキが危険を察知し、和人を庇うように動くより早く、レイフォードの指先から一塊の泥のようなものが発射され、その泥の塊は狙い違わず和人の胸にべちゃりと張り付いた。
「ぐ……っ、な、なんだ……こ……れ……っ!?」
泥のような者が胸に張り付いた途端、和人はそこから身体の中の何かが吸い上げられるような感覚を味わう。
「ふむ。さすがは竜王の契約者、といったところか。実に上質な魔力だ」
「な……んだ……と……?」
身体から何かが吸い上げられると同時に、意識もどんどと薄れていく。
「……く……っ!?」
がくん、と全身から力が抜ける感覚に襲われ、和人の身体は座っていた椅子から転がり落ちる。
「か、和人っ!?」
「主っ!?」
茉莉とミツキの声を最後に耳にして、和人の意識は暗黒に飲み込まれていった。
「……それで、和人の容体は……?」
沈みきった声で、明人はシルヴィアに弟の状況について尋ねた。
あの後、和人は救急車で最寄りの病院へと運ばれた。
一般的には喫茶店で急に倒れたようにしか見えず、慌てた喫茶店の店主が救急車を呼んだのだ。
だが、実際には病気でも怪我でもない和人の容体は、運び込まれた病院では当然解明されず、医師たちが首を傾げているところに茉莉から連絡を受けた明人が自衛隊の輸送へリで駆けつけ、適当な理由をつけて──持てる権力を最大限に行使したとも言う──そのまま和人の身体をヘリで城ヶ崎基地まで搬送した。
そしてシルヴィアやブラウン姉妹による解析を受けたのだ。
「──白峰二尉の弟さんの……和人くんの容体は、はっきり言ってしまうと……健康体そのものです」
「…………は?」
和人の容体を報告したアンジェリーナに、明人は思わず間抜けな顔を晒す。
「現在の和人くんは、意識こそないものの身体的には何ら異常は見受けられません。よって彼は医学上は健康体ということになります」
「じゃ、じゃあ、どうして和人の意識が戻らないんだ?」
「それは、彼が医学的ではなく魔術的な異常に陥っているからよ」
弟子に変わってシルヴィアが答えた。
「和人くんの身体に付着した……いえ、和人くんの身体と同化しつつあるあの泥のようなもの……あれは『騎士』の機体に付着したものと同等のものよ。つまり、和人くんはあの泥のようなものから魔力を吸われているわ。加えて、あれには眠りの術式も組み込んであるみたいね。和人くんが目覚めないのはそのためよ」
シルヴィアが言い終えた後、手元の資料を見ながらベアトリスが続ける。
「『騎士』の機体に付着したあの泥のようなものは、その後の解析の結果、浄化・解呪系の術式で洗浄・破壊する事が可能であると判りました」
「なら、その魔術とやらを使えば、泥がなくなって和人も目を覚ますのでは……?」
「それが……それが、そういうわけには行かないのです」
シルヴィアたちの解析によれば、あの泥のようなものは既に和人の皮膚と癒着し、同化しつつあるという。
無理に泥を除去しようとすれば、和人の身体に少なくないダメージを与えてしまうそうなのだ。
『騎士』の場合、幻獣としての意識が宿ったとはいえ、その身体はあくまでも魔像機であり、無機物である各種の金属から成り立っている。
どうやら泥は有機物とは同化できても無機物と同化はできないようで、『騎士』に付着した泥は浄化系の魔術で除去する事ができたのだ。
「で、では、和人はこのまま目を覚まさないという事ですかっ!?」
「あの泥が和人くんの身体に残っている限り、彼が目を覚ます事はないでしょうね……」
明人から視線を逸らし、シルヴィアは言い辛そうにしながらも、現実をはっきりと告げた。
そんな師匠を庇うように、ベアトリスが更に説明を続けた。
「魔力を奪われてはいますが、その奪取量はそれほど多くはありません。和人くんの普段の魔力回復量で充分補える量です。元々和人くんは異常なまでの魔力量を内包しているので、彼から魔力が枯渇するような心配はありません」
「実に嫌らしい仕様ね。和人くんが生きている限り、彼の魔力の一部は永遠に奪われつづけるってわけか」
シルヴィアが言い終わると同時に、室内──城ヶ崎基地内のとある一室──は沈黙に包まれる。
しばらく誰も口を開かなかったが、ずっと俯いたままだったミツキが弱々しい声を出した。
「……申し訳ない、明人殿……この我がついていながら……主を……和人様をこのような目に合わせてしもうた……」
「……ミツキのせいってものでもないだろ? いくら不意打ちに近い形だったとはいえ、相手の攻撃を回避できなかったのは和人が未熟だったからだし……とはいえ、高校生にすぎない和人を責めるわけにもいかないがな」
もしも攻撃の標的が明人であったならば。自衛官として日々厳しい訓練を重ねている彼なら、何とかレイフォードの泥を躱せたかもしれない。シルヴィアならば、咄嗟に魔術の障壁を張り巡らせる事ができたかもしれない。幻獣王たるミツキであれば、長年の経験と感から攻撃を躱しつつ反撃さえできたかもしれない。
だが、和人は自主的に鍛えているとはいえ、ただの高校生にすぎないのだ。至近距離から不意打ち紛いの攻撃をされれば、それを回避するのは難しい。
「今は過ぎたことを悔いるより、どうやって和人を目覚めさせるかを考えよう」
明人のその言葉にシルヴィアとブラウン姉妹は力強く、ミツキは弱々しく肯いた。
怪獣自衛隊城ヶ崎基地の医務室。
茉莉はそこで静かに眠っている和人をずっと見守っていた。
和人が倒れてからの事は、あまりよく覚えていない。
彼女が覚えているのは、いつもは凛としたミツキが子供のように狼狽えていた事と、いつの間にかレイフォードと名乗った西洋人の青年の姿が消えていた事。そして、レイフォード同様に姿をくらました沢村に気づいていた事。
沢村に関しては、芸能人という立場上あのような騒ぎの場に居合わせるのは不味いだろう。最後にミツキに何か耳打ちしていたのを視界の隅で捉えていた。きっと同じ幻獣王であるミツキに、何か言い残してからこっそりと立ち去ったのだろう。
そしてミツキと共に救急車に同乗し、和人に付き添って病院へ行った事。
病院の医師に言われて、保護者である明人に連絡した事──とはいえ、どう状況を説明したのかも覚えていないが。
そして気づけば怪自の輸送ヘリに乗り、この城ヶ崎基地に来ていた。
「……和人……」
目の前で眠り続ける少年。
シルヴィアたちから、とりあえず命の危険はないと聞いている。だが、彼がいつ目覚めるのかは定かではないとも。
「……早く目、覚ましてね……? ボクも明人さんもシルヴィアさんも……毅士くんも……ミツキも……和人が目を覚ますのを待っているから……ね?」
茉莉は零れそうになる涙を必死に堪えながら、いつもより白く感じられる和人の額にそっと唇を落とした。
丁度その時だった。
医務室の中に、いや城ヶ崎基地全体に非常警報が響き渡ったのは。
『怪獣咆哮』更新しました。
眠り姫と化した和人。眠り続ける間中、彼はずっと魔力を吸い取られ続ける事に。いやー、何かヒロインみたいだね、和人!
さて、当面目標である「お気に入り登録150、文章評価とストーリー評価それぞれ100超」ですが、現時点でお気に入り登録だけは達成致しました。評価点の方は両方とも後20弱といったところ。
お気に入り登録や評価点を投入していただいた方々に、お礼申し上げます。本当にありがとうございました。
気づけば当『怪獣咆哮』も47話目。50の大台まであと3話です。では、今後もよろしくお願いします。