表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
43/74

07-銀黒

 迂闊だった。

 あの白いグリフォンが現れた時、即撤退すべきだったのだ。

 だが、あのグリフォンの純白の均整の取れた美しい姿に思わず見蕩れてしまった。そのため、グリフォンからの攻撃を受けてしまい、慌てて障壁を張って何とか凌ぐ事には成功した。

 しかしあの攻撃を凌ぐため、真紅の騎士から奪った魔力の殆どと、残り僅かになっていた自身の魔力までもを費やしてしまった。

 おかげで再生途中だった一号怪獣へと魔力を供給する余裕をなくした。更には、あの真紅の騎士に張り付かせた闇泥を維持するための魔力までもを。

 加えて、グリフォンの攻撃を受けた際の負荷は、青年の身体から魔力だけではなく体力までも奪い去った。

 青年は自身の身体の脆弱さと、内包する魔力の少なさに歯噛みする。

 だが、まだ望みはある。

 再生が途中で途切れたとはいえ、一号怪獣と青年の間の繋がりまで切れたわけではない。

 青年の魔力と体力が戻り次第、一号怪獣は再び再生するだろう。

 この時になって、青年はもう一つの局面のことをようやく思い出した。

 青年は視覚をもう一つの局面──すなわち、漆黒の獣王へと繋ぎ代えた。




 がちん、と巨大な黒い顎が噛み合わされる。

 数瞬前までその顎が噛み合わされた空間に存在した海竜(サーペント)の長い首を巡らせ、和人は海中でもなおこちらに戦意を漲らせている獣王へと視線を向けた。


(やれ! ミツキ!)

(承知!)


 和人の指示に従い、ミツキは銀竜の身体の周囲に幾つもの光弾を発生させ、それを一気に解き放つ。

 直進し、右に曲がり、左から回り込み、稲妻のようにジグザグを描きながら、そして無法則に出鱈目な軌道で。

 光弾の一つひとつはそれぞれ違う軌道を描きながら獣王へと殺到する。

 そして無数の光弾が走り抜けた後を、銀の巨大が突進する。

 黒い巨獣は水中でも器用に身を捩り、迫る光弾の幾つかを躱すが、それでも勝手の違う水中では全てを躱す事は叶わずにその巨体のそこかしこで光弾が弾ける。

 着弾の衝撃と解放されたエネルギーが、獣の巨体を僅かに後退させる。

 その僅かな隙を見逃すミツキではない。

 彼我の距離をあっと言う間に殺すと、ミツキは巨獣の右前脚をその顎で捉えた。

 突進の勢いを失わぬまま、ミツキは巨獣を振り回し、遠心力を利用して上へと放り投げる。

 投げられた獣王は、水の抵抗で減速するもそのまま水面を突き破って再び空へとその巨体を浮き上がらせた。

 そして訪れるしばしの静寂。

 和人とミツキは、静まり返った海中から空を見上げる。


(……落ちてこないな……上で待ち構えているのか?)

(ああ。おそらくそうだろうて)


 しかし、とミツキは言葉にせずに考える。

 たった今対峙した獣王。その戦い方はあまりにも稚拙過ぎた。

 力任せの単調な攻撃。本来なら、獣王はそんな攻撃はしてこない。

 冷静で狡猾。じっくりと相手の隙を窺い、少しでも隙を見せれば電光のようにそこを突く。それが本来の獣王の戦い方の筈。

 だが、今日の獣王の攻めは単調の一言。力任せに正面からぶつかり、出鱈目に力をふるう。そんな戦い方は獣王が最も嫌う戦い方なのだ。


(やはり、獣王は何者かに操られているようじゃな)

(その支配を解除する事はできないのか?)

(どのような方法で操られているのかも不明ゆえ、正直なところ解除は見当もつかぬな)


 海中から上を見上げる和人。透き通った海水越しに、上空で四肢を開いてこちらを見下ろす黒い影が見える。


(こうしていても埓があかない。水面から飛び出すと同時に竜形態(ドラゴンフォーム)に変化して、奴の懐に飛び込む)

(承知したぞ、主よ)


 銀海竜は水中で一度身を捩り、勢いを付けて一気に水面から飛び出す。

 そして一瞬で竜形態へと姿を変えると、遡る流星のような勢いで上空の獣王へと突っ込んで行く。

 対して、獣王は飛び出した銀竜へと向けてその巨大な口を開ける。

 おん、という音と共に、どんどん大きくなる咆哮。


(粉砕咆哮っ!? ミツキっ!!)

(咆哮の圧力上昇が早いっ!! 奴め、上空で予め咆哮の圧力を高めておったかっ!!)

(どうするっ!?)

(距離が近すぎて奴の粉砕咆哮の効果範囲から逃げ出す事は叶わぬっ!! ならば方法は一つ! こちらも同等の威力の攻撃をぶつけて相殺するのみっ!!)


 銀竜の眼前に出現する六つの光の円輪。一つは銀竜の頭部のすぐ前に。残る五つは少し離れて五角形を描くように配置されて。

 そしてどんどんと高まっていた獣王の咆哮が突然ぴたりと止んだ。咆哮の圧力が限界を超え、全てを破壊する破砕の振動が獣王の口から放たれる。

 同時に銀竜の口からも光の奔流が放たれ、前方の一つの光の円輪に吸い込まれ、次の瞬間には五つの円輪から同等の光の奔流が怒涛の如く溢れ出す。

 真っ正面からぶつかり合う破砕の咆哮と激光の奔流。

 二つは銀の竜と黒の獣の中間点で接触し、互いのエネルギーが反応し合って周囲へとその余波をぶちまける。

 当然その余波は銀竜と黒獣にも襲いかかり、二つの巨体を蹂躙した。

 だが、二つの巨獣には違いがあった。

 空中に見えない足場を作りその上に立っていた黒獣と、己の翼で自由に宙を舞う銀竜。

 当然、破壊エネルギーの余波を受けても、体勢を立て直すのは空を自在に舞う銀竜の方が早い。

 黒獣はといえば、空中で何度も身を捩るも、足場を上手く形成できないようで、真っ直ぐに眼下の海へと落ちて行くばかり。


(ミツキっ!! さっきのもう一発行けるかっ!?)

(応っ!! 当然だとも、主よ!!)


 再び出現する六つの光り輝く円輪。

 その円輪の一つに銀竜の口から放たれた光の激流が吸い込まれ、五つに分裂してそれぞれが黒い獣目がけて一斉に襲いかかる。

 自由落下中で身動きのままならない黒い獣は、五つの光の奔流に捉えられ、寄り合わされた光の中でその身体は徐々に魔力へと分解されて行く。

 やがて迸る光の中で黒い影が完全に消え去ると、光の奔流もまた消滅した。


(やった……のか?)

(手応えはあった。いくら獣王とて、我の光の奔流にまともに捕まれば無事では済むまい)


 上空に留まり、辺りの様子を窺う和人とミツキ。

 そんな彼らの元へ、シルヴィアからの連絡が届いた。


『そちらの現状はどう? モニター越しに見ていたけど、相手の怪獣はあれで倒れたのかしら?』

(相手が倒れたのかどうかはともかく、俺たちが相手したのは怪獣ではないようなんです)

『……どういう事?』


 和人はシルヴィアに、自分たちが対峙した相手が幻獣王の一体の獣王である事を説明する。

 その間、ミツキはずっと獣王の気配を探っていたが、それらしい反応を拾う事はできなかった。


(止めを刺せたかどうかは判らぬが、少なくとも周辺にあ奴の気配はない。ここは一旦帰還して、そこで詳しい説明をしたらどうだ、主よ?)

(判ったよ、ミツキ。じゃあ、シルヴィアさん。一旦戻りますから、そっちの情況も後で教えてください)

『了解。念のため、和人くんたちが戦った一帯に哨戒のヘリを飛ばすように権藤指令に進言しておくわ。ともかくご苦労様。気をつけて帰って来てね』

(はい、判りました。じゃあ、帰ろうか、ミツキ)

(心得た)


 銀竜は周囲を二、三度旋回すると、和人の家のある方角へと飛び去って行く。

 その遠ざかる銀竜の姿を見詰めるかのように、海底に沈んだ握り拳ほどの大きさの黒い石が微弱に発光し、その輝きを明滅させていたが、その輝きは徐々に弱くなりやがて沈黙した。




 怪獣自衛隊城ヶ崎基地。

 その一室で、和人とミツキを始めとしたメンバーが揃い、それぞれの情報の交換を行っていた。

 和人や茉莉といった部外者が極秘に基地に立ち入っている事は、権藤指令を始めとした当事者たちだけの機密事項である。

 ちなみに和人たちが基地に入る際は、シルヴィアの幻覚の魔法で別人に成り済ましてから立ち入っている。


「……なるほど。相手は怪獣ではなく幻獣であった、と?」

「そうだよ、毅士。俺たちが戦った相手は、ミツキもよく知る獣王という幻獣だったそうだ」


 和人の言葉に促され、毅士が視線をミツキに向ければ彼女は無言で頷いた。


「で、兄ちゃんが戦ったのは、まぎれもなく一号怪獣だったんだな?」

「ああ。あれは一号怪獣に間違いないそうだ。アンジェリーナ怪曹が確認している」


 腕を組み、重々しく事実のみを告げる明人。

 今度は和人がシルヴィアとその横のアンジェリーナに目を向ければ、彼女たちは先程のミツキと同じように黙って頷いた。


「しかし、目下のところ最大の謎は、茉莉くんたちが目撃したという西洋人の青年と──」


 権藤の視線が強化ガラスの向こうで静かに佇む真紅の騎士へと向けられる。

 和人も話には聞いたが、俄には信じられない。目の前の巨大な騎士が自発的に声を発したなどとは。


「そろそろ、皆が納得する説明をしてくれないか、『騎士(ナイト)』?」


 明人が自分の相棒ともいうべき騎士に声をかけると、突然騎士の両眼にあたる外部センサーに光が灯った。


「Yes Sir. それでは説明させていただきます」


 突如響いた声に、和人と茉莉は飛び上がらんばかりに驚き、毅士は興味深そうにじっと騎士を見詰める。

 そしてミツキとベリルの幻獣組は、どこか納得したような表情で真紅の騎士を見ながら零した。


「そうか。やはり覚醒したか」

「そのようだな、ミツキ殿」

「え? お、おい、ミツキ? おまえ、『騎士』が喋ったことについて何か知っているのか?」


 驚いて振り向く和人に、ミツキは簡単な事だと前置いて説明する。


「『騎士』は……この魔像機(ゴーレム)とやらの核に使われているのは魔石。我ら幻獣の核と同じものだ」

「────なるほど、そういう事か」


 納得したとばかりに頷く毅士やシルヴィアたち頭脳派の面々。

 対して、どちらかといえば肉体派の和人や茉莉、そして明人や緑川といった面々は全く理解できずに首を傾げる。


「なあ、毅士。俺たちにも判るように説明してくれ」

「『騎士』の核に使われている賢者の石と、ミツキくんたち幻獣の核の魔石は名前こそ違えど同じ物。これは知っているな?」


 毅士の言葉に、和人たちは一斉に頷く。


「つまり、『騎士』に使用されている賢者の石……魔石が自我を持ったのだ。これは別におかしな事ではあるまい。魔石が自我に目覚めたものこそ、ミツキくんたち幻獣なのだから」

「え? ま、まさか、毅士の話を纏めると……」


 和人を始めとしたこの部屋にいた全員の視線が、強化ガラスの向こうの『騎士』へと注がれる。


「そう。『騎士』は幻獣として覚醒したんだ」



 『怪獣咆哮』ようやくの更新。


 最近、『魔獣使い』がランキング入りした影響で、当『怪獣咆哮』へのアクセスが増えて嬉しい限りです。

 ここにおいでくださった方々に、この場を借りてお礼申し上げます。


 さて、和人たちと謎の青年の初戦はまずは和人たちに軍配が上がりました。

 しかし、このまま終わるわけではありません。これから更に話は展開していく……といいなぁ。


 では、次回もよろしくお願い致します。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ