05-乱入
「魔力反応増大! 白峰二尉、注意してくださいっ!!」
アンジェリーナの声から伝わる緊張感に、緩みかけていた明人の集中力が再び鋭くなる。
そして、モニター越しに明人が見詰める先で、肉片に変わった一号怪獣に変化が起きていた。
肉片となって辺りに四散した一号怪獣。その肉片の一つひとつがびくりびくりと脈動している。
やがて脈動していた肉片がもぞもぞと動き出し、全ての肉片が寄り集まるように一か所に集中する。
明人を始めとした自衛官たちが見詰める中、一号怪獣だった肉片は次々に寄り集まり徐々にその体積を増していく。
その光景はなんともグロテスクで、ぐちゃりぐちゃりと音を立てながら寄り合わさっていく肉片を見た自衛官の中には、思わずその場で嘔吐する者が続出するほどだった。
明人はこみ上げてくる吐き気を必死に押し戻しながら、その光景を呆然と見詰めていた。
骨が。内蔵が。筋肉が。
フィルムを逆回しにしたかのように。一号怪獣を再び組み上げるように。
一度は肉片に砕け散った一号怪獣が、徐々にその巨体を取り戻していく。
ぺきりぺきりと骨が組み合わさる。粉々に砕けた部分は再生したのか、一切の隙間無く組み上がる怪獣の骨格。
そしてその骨格に纏わり付くように、内蔵だったものや筋肉だったものがうぞうぞとその骨格の上を這い回る。
骨格の胸の辺りで、一塊の肉塊がどくりと鳴動した時、ようやく明人は我に返って動き出した。
『騎士』の右前腕に内蔵されているガトリングガンをポップアップさせて、現在進行中で再生している一号怪獣へと弾丸をぶち込む。
魔道処理され威力を倍増された無数の弾丸が、再生中の一号怪獣を再び引き裂いていく。
皮膚や脂肪といった鎧まで再生されていない一号怪獣の筋肉や骨、内蔵は、鉛弾の嵐を受けて易々と再度こま切れと化した。
だが。
だが、肉片は再び蠢き、寄り集まっていく。
再度骨格が組まれ、それに筋肉や内蔵が纏わり付いていく。
「くそっ!! どうすればいいんだっ!?」
どんな攻撃を加えても意味を持たないこの状況に、『騎士』の操縦席の中で明人が苛立たしげに叫ぶ。
そんな明人を鎮めるように、シルヴィアの冷静な声が響く。
「落ち着きなさい、白峰二尉! 相手は怪獣よ! 怪獣ならば必ず核があるはず! その核を狙いなさい!」
怪獣の核。そう言われて、明人は一瞬で落ち着きを取り戻す。
シルヴィアの言う怪獣の核が何を意味するのか判らぬ明人ではない。
魔石。もしくは、シルヴィアたち魔術師たちの間では賢者の石とも呼ばれるもの。
その魔石こそが、怪獣や幻獣たちの核である事を、明人はミツキやベリルから聞き及んでいる。
「魔石……どこだ? どこにある?」
再生途中の一号怪獣に、再度ガトリングガンの掃射を浴びせながら、明人は必死に魔石を探す。
一方、『騎士』のやや後方、魔像機輸送用ヘリの中で、シルヴィアはアンジェリーナに周辺の魔力探知を命じていた。
「怪獣の魔石探索ではなく、周辺の探知……ですか?」
「ええ、そうよ。いくら怪獣や幻獣に強力な再生能力があったとしても、一号怪獣のあの再生は不自然よ。となれば、あの再生を可能にしている要因がどこか別にあるのではなくて? 一号怪獣の魔石の探知は私が引き受けるから」
シルヴィアの言葉に納得したアンジェリーナは、命じられた周辺の魔力探知に取りかかる。
「緑川怪士長。どこかに未知の敵が潜んでいる可能性もあるわ。気を抜かないで」
「了解であります!」
緑川はその太い腕で、改めてヘリの操縦桿を握り締める。
その緑川を横目に見ながら、シルヴィアは目を閉じて魔術の構築に入る。
彼女の求めるものは魔力の流れ。己の目の構造を作り替え、普段は見えぬ魔力の流れを観測できるように。
再びシルヴィアが目を開いた時、彼女のその碧眼は紅く染まっていた。
紅く染まった目を通し、周囲に流れる魔力がシルヴィアの脳裏に描き出される。
まず彼女の注意を引いたのは、鮮烈な輝きを発する明人の魔力。次いで、その魔力と混じるように溢れ出す、『騎士』の動力源に使われている魔石の魔力。
この二つは現在、混じるように溶け込み一際強烈な輝きとなっている。
その輝くような魔力とは対極に位置する、黒く濁ったどろりとした闇のような魔力がある。
それはもちろん、現在再生中の一号怪獣から発せられる魔力だ。
通常の魔力とは明かに異常な、それでいて力の強い魔力。
そしてシルヴィアは、その闇の中で一層澱んだ部分を見つけ出した。
「白峰二尉! 魔石を見つけたわ! 視覚を共有するからそこを狙いなさい!」
「白峰二尉! 魔石は一号怪獣の背骨の中心よ! 視覚映像を共有するからそこを狙いなさい!」
シルヴィアのその声が聞こえた次の瞬間、明人の視界が変化した。
目の前の一号怪獣。その一号怪獣から湧き出すような闇のようなものが見えたのだ。
(なるほど。これが視覚の共有か)
シルヴィアは、自分が見ている視覚映像を明人の目と魔術的に繋げたのだ。
そして、突然そんな事をされても全く同様しない程、明人は常識の埒外の現象に慣れてしまっている自分自身に思わず苦笑を浮かべる。
明人は一切迷うことなく、目の前の闇の中で一際濃い闇──位置的には背骨のほぼ中心──を目指して『騎士』を走らせる。
脳裏に思い描くのは、自分自身が一号怪獣へと鋭く踏み込み、握り締めた剣を一直線に闇の中心点へと繰り出す姿。
そして『騎士』は、その幻想通りに踏み込み、手にした剣で闇の中心点を見事に貫いた。
「………………な……に?」
だが、明人が感じたのは核を貫いた手応えではなかった。
彼が感じたのは、まるで何もない空間に剣の切っ先を差し込んだような空虚な感触。
そして、アンジェリーナのせっぱ詰まったような声が響く。
「上空より大きな魔力波動あり! 目標は一号怪獣だと思われます!」
同時に『騎士』が剣を差し込んだ箇所より、質量を持った闇のようなものが勢いよく噴出し、『騎士』を弾き飛ばした。
闇は弾き飛ばされ、地面に倒れ込んだ騎士に纏わり付いて離れようとしない。
「『騎士』の機体に外部より魔力による圧力を確認! あの闇みたいなものは、騎士の内部に入り込もうとしているようです!」
機体モニターのベアトリスが叫ぶ。
「侵入を許したのっ!?」
「いえ、現在は装甲表面に張られた魔力防壁が侵入を防いでいますが、その防壁の魔力自体が闇に吸い取られています。突破されるのは時間の問題かと」
おそらく、あの闇は『騎士』の内部に入り込み、内側から『騎士』の魔力を喰らい尽くすつもりなのだろう。
そして闇が喰らった魔力は、一号怪獣の再生のために用いられるに違いない。
だからシルヴィアは、『騎士』の表面に取り付いた闇を取り除く方法を必死に考える。
それと同時に、一号怪獣の異常なまでの再生は、やはり外部からの魔力提供を受けていた事を確信した。
『騎士』を覆っている闇は一号怪獣のものではない。確証のない推測でしかないが、それがシルヴィアの考えだ。
あの闇こそが、直前に上空に反応のあった魔力波動の正体だろう。
だとすれば。
「……一号怪獣に魔力を供給している存在は空にいる……」
シルヴィアは輸送ヘリの小さな窓から、青く澄んだ空へと視線を向けた。
「……思ったより純度の高い魔力だ」
一号怪獣と紅い騎士が激突する遥か上空。
そこにその青年はいた。
プラチナ・ブロンドの髪にアイス・ブルーの瞳。そして輝くような美貌。
だが、その美貌に感情らしきものが浮かぶことはなく。
ただ、淡々と足元で起こっている状況を見詰めるのみ。
彼が静かに見詰める中、人間たちがベルゼラーと呼ぶ怪獣は何度も倒された。
だが、ベルゼラーは何度倒されようが何度でも再生する。
そうなるように青年が手を加えたのだから。
ベルゼラーが倒される度、青年は僅かな魔力をベルゼラーに送る。
それは魔力を感じる事のできる者にも、殆ど気づかせないほどの微量の魔力。
だが、ベルゼラーの核である魔石に埋め込んだアレは、その微量の魔力にも反応して活動を始め、ベルゼラーを何度でも再生するのだ。
そして、ベルゼラーの再生の鍵が魔石にある事に気づいたのだろう。
紅い騎士は、その手の剣を真っ直ぐに魔石に突き立てようとした。
しかし、それは青年にとって好機だった。
青年は自身とベルゼラーの核を瞬時に繋ぐと、そこに彼の魔力を送り込んだ。
その魔力は、あまり多くはない彼の持つ魔力の八割近くに及ぶほどのもの。
そして彼の魔力は闇のように黒い泥となり、ベルゼラーの核から吹き出して紅い騎士に取り付いた。
やがて、紅い騎士は全身の魔力を奪い取られる事になるだろう。
闇泥が喰らった魔力は青年へと送られる。
紅い騎士の魔力は、かなり純度の高いもので、騎士に魔力を全て奪えば、先程闇泥を使用して減少した青年の魔力を補ってなお余るだろう。
今は体表に張った障壁のせいで、騎士自体の魔力を得る事はできないが、障壁自体の魔力を闇泥は貪欲に貪っている。障壁が役に立たなくなるのに長い時間は必要ない。
そして魔力さえ奪ってしまえば、青年や配下のベルゼラーのようなモノは存在する事自体できなくなる。
魔力の枯渇は、青年のようなモノにとって数少ない死に至る道なのだ。
だが、青年は知らない。
あの騎士が青年のようなモノとは違う存在だということを。
だから青年は、騎士を死に至らしめるために魔力を奪う事を選択した。
更に、奪った魔力は青年のものになるので、一石二鳥でもある。
やがて闇泥が障壁の魔力を喰らい尽くし、いよいよ騎士の内部へと侵入しようとする。
その時。
不意に青年の前に巨大な影が足元から舞い上がって来た。
(見つけたっ!!)
青年の前に現れたもの。
それは純白の羽毛に覆われた巨大な鷲の上半身と、同じく白い毛皮に包まれた獅子の下半身を持つ優美でありながらも獰猛さを併せ持つ存在だった。
「グリフォン……」
そう。その姿は青年が呟いた通り、西洋の伝承などに登場するグリフォンであった。
(ボクが来たからには、これ以上、明人さんには手出しさせないからねっ!!)
(勇ましいのはいいが、油断だけはするなよ、茉莉)
(判っているって、ベリル)
それは間違いなく、茉莉とベリルが一体化した巨大な白いグリフォンだった。
『怪獣咆哮』ようやくの更新。
ぜーはー。な、何とかここまで書けたぜ。
相変わらず書きにくいことおびただしいですな、『怪獣咆哮』は。
だいたいのプロットはあるのですが、細部まで決めずに書いているせいで書きづらいのは重々承知しております。
それでも敢えてそのまま書き続ける自分はチャレンジャーという名の愚か者です。
では、次回もよろしくお願いします。