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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
40/74

04-二局


「……一号怪獣ベルゼラー……」


 怪獣自衛隊城ヶ崎基地の指揮室において、権藤ごんどう重夫しげお怪将かいしょうはモニターに映し出される怪獣を見ながら、忌々しそうに口元を歪めた。

 権藤は1999年にベルゼラーが初めて人類の前に姿を現した時、直接鉾を交えた人間の一人だった。

 12.7mmクラスの重機関銃の一斉砲火をものともせず、周囲の建築物を手当たり次第に粉砕した破壊の権化。

 当時はまだ怪獣自衛隊はなく、陸自に所属していた権藤は、戦車大隊を指揮して──当時の階級は一等陸佐──ベルセラーと対峙したが、勇戦及ばず官民合わせて多くの犠牲者を出してしまった。権藤自身もその時に重傷を負っている。

 その時の苦い記憶が甦ったのか、知らず彼の両手が強く握り締めらる。

 そしてもう一つのモニターを見やれば、そこには巨大な黒い狼のような怪獣と、その黒狼と遜色ない大きさの銀の竜の姿があった。

 モニターの画面が時折荒れたりするが、それは映像を移動中の偵察用のOH-6Dヘリから送っているからだろう。

 そのモニターの中では、移動する銀竜を追いかけて黒狼も移動を始めていた。どうやらこの二体は海へと移動しているようだ。


──和人かずとくんは周囲に被害が及ばないよう、海へと移動するつもりか。


 権藤は胸の中でそう呟く。同時に、彼らしい判断だ、とも。

 丁度その時もう一つのモニターの中で、一号怪獣の前に真紅の鋼鉄の騎士が空から舞い降りた。

 真紅の騎士はふわりと不自然に着地すると、手にした剣と楯を一号怪獣に向けて構える。

 権藤が無言で見詰める二つのモニターの向こうで。

 それぞれの闘いが始まろうとしていた。




 真上から振り下ろされた一撃を受け止めた、『騎士ナイト』の楯とそれを支える左腕が豪快な音をたてながら軋む。

 その予想以上に重い一撃を、明人あきとは『ナイト』の操縦席コクピットの中で歯を食いしばって耐える。

 『騎士』の全長は約20メートル。対してベルゼラーは約40メートル。

 倍はある上背からの一撃は、容易に『騎士』を数十メートル後退させた。


「いや、後退だけで済んだとは……どうやらシルヴィアさんはかなり頑張ったようだな」


 モニター上に愛機の状態コンディションを映しだし、それを素早く確認した明人は操縦席の中で一人呟く。

 40メートルを越す巨体からの一撃を受け止め、異常が全く見受けられない『騎士』の頑丈さに、明人は心の中でシルヴィアの努力に感謝しつつ眼前の巨体へ闘志を更に燃やす。

 その明人の耳に、アンジェリーナとベアトリスの声が響いた。


『白峰二尉、後方に陸自の間接砲撃部隊の展開を完了。いつでも砲撃できます!』

『『騎士』の機体に異常ありません。オールグリーンです!』


 状況オペレーターのアンジェリーナと、機体モニターのベアトリスの声を聞きながら、明人は『騎士』を滑るように走らせる。

 人間と遜色ない動きを見せる『騎士』に、シルヴィアが軽く驚嘆する。


「本当にたいしたものね、明人くんは……あそこまで魔力を操れるのは、魔術師の中でもそうはいないわね」


 『騎士』をあれほど滑らかに動かせるのは、それだけしっかりとしたイメージを展開できているからだ。

 そして、そのイメージを明確に展開する事こそが、シルヴィアたちの操る魔術の基本なのである。

 シルヴィアがモニター越しに見詰める中、『騎士』はベルゼラーに素早く近付くと、その太い後脚に右手の剣を叩きつけた。

 剣自体の重量と『騎士』の膂力、それに加えて剣に施された魔術による衝撃の増加。

 それらが合わさり、『騎士』のその一撃は易々とベルゼラーの皮膚と脂肪を切り裂いた。

 傷口からどす黒い体液を吹き出しながら、苦痛に悶えるベルゼラー。

 明人はそのまま二度、三度と剣をベルゼラーの脚に叩きつる。

 怪獣がどんなに巨体を誇ろうが、その巨躯を支えているのが脚なのは間違いない。

 その脚にダメージを加え続ければ、いつかその巨体を支えられなくなる。

 明人の狙いはそこにあった。

 二、三度攻撃を加えたら素早く離脱。

 そして怪獣の爪や尻尾といった重撃をかいくぐり、吐き出す火炎を躱しながら再度近づいて脚に攻撃。

 これを明人は何度も繰り返し、怪獣の太く短いが頑丈な脚に無数の傷を刻み込む。

 やがて脚の傷を無視できなくなった怪獣は、その巨体を支える事ができなくなり轟音と共に倒れ伏す。


「よし、アンジェリーナ二曹、陸自の間接砲撃部隊に通達! 指定した座標に間接砲撃30秒!」

「了解! 座標伝達! 砲撃30秒、開始します!」


 明人は素早くベルゼラーから離脱する。

 そして『騎士』が間接砲撃のキルゾーンから出た時、空を裂いて無数のロケット弾や迫撃榴弾が倒れ伏した怪獣に殺到した。

 辺り一帯の避難は既に完了している。そして周囲にあった建築物などは、明人たちがここに到着するまでにベルゼラーが軒並破壊してしまっていた。

 この状況に至り、明人は間接砲撃の使用を躊躇なく選択した。

 偵察ヘリからの周辺状況の情報を得た明人は、間接砲撃をするのに支障はないと判断し、移動中に陸自に協力を要請しておいたのだ。

 そして今、明人の思惑通り怪獣は間接砲撃の重爆に晒されている。爆炎の向こうから時折響く怪獣の咆哮は、命の灯火が消える間際の断末魔か。

 そして30秒という時間が過ぎ去り、砲撃の爆炎が消え去った時。

 そこにはかつて一号怪獣と呼ばれたものの肉片が無残な姿で横たわっていた。




(お、おい、あいつ、海の上を走っているぞっ!?)


 空を行く銀竜が振り返れば、銀竜を追走している黒獣は平然と海水上を疾走していた。

 最初のコンタクト地点より海上へ移動を開始して数分。海まで黒獣を誘い込んだのはいいが、海に達してからまでは考えていなかった和人。

 だが彼のその心配は杞憂に終わったようだった。

 黒獣は足元に魔力による力場を発生させながら、海の上を走っているのだと和人はミツキに聞かされた。


(あやつもまた幻獣王の一体。それぐらいの芸当できて当然であろうが)

(ん? ちょっと待て。あれは海水の上を走っているわけじゃなく、海水の上面に魔力で足場を作り出しているんだよな?)

(然り)

(って事はだ──)


 和人が言い終わるより早く、黒獣はその進路を変更させた。

 進路の先は上空を舞う銀竜。

 黒獣は上方へと疾駆する進路を変え、何もない筈の空中を駆け登って来る。


(──や、やっぱり! あいつ、空中も走る事ができるのか!)


 海水面に足場を作り出せるのなら、空中にだって足場は作れるのでは?

 和人がそう予想した通り、黒獣は空中に足場を作り出し、その上を疾走して銀竜へと迫る。

 銀と黒の距離はみるみる縮まり、黒獣はあぎとを大きく開け、その中の牙を銀竜の身体に突き立てんと肉薄する。

 そして空中で閉じられる黒い顎。

 だが、その間に捕らわれる筈であった銀の身体は、するりと更に上空へと退避していた。


(ふん。いくら獣王が相手とて、空で遅れは取らんわ)


 ミツキの言葉が和人の耳に頼もしげに響く。


(さて、主よ。そろそろこちらも反撃といこうではないか)

(おう!)


 和人がミツキに応えた瞬間、銀竜の身体が光に包まれる。

 そしてその光を内側から破って現れたのは、身体を銀の鱗で包んだ巨人だった。

 銀の巨人は空中で身体を器用に丸めると、その丸めた身体を弾けるように伸ばして一気に飛び出す。

 さながら弓から放たれた矢のように、巨人は姿勢を整えて足先から黒獣へ飛び込んでいく。

 爆発的な瞬発力に落下速度を加えた銀の巨人は、まるで燃え盛る流星のように黒獣へと激突する。

 見事に黒獣の頭部を捉えた巨人の足先。これに対し、さすがの黒獣も流星の如きこの蹴りを受け止める事は叶わず、巨人共々豪快な水柱を築き上げながら海中へと没して行った。




 二箇所で繰り広げられる人外の闘いを、その青年は遠く離れた場所から同時に見ていた。

 自分の手足にも等しい二体の巨獣の眼を通し、青年は赤い騎士と銀の巨人を見詰めていた。

 その青年の目の前で、黒獣と一緒に海中に落ちた銀の巨人が、再び光に包まれていた。


「ほう……? 更に姿を変えるというのか……?」


 聞く者のいない虚空に青年の声が虚しく響く。

 そして青年が見詰める中、光の膜を破りながら銀の海竜(サーペント)が姿を見せた。


「これは海中に適した形態というわけか……面白い」


 陸海空とそれぞれに適応した形態に姿を変える銀の幻獣王。

 その能力は青年の興味を大いにかき立てた。


「獣王の知識にこのような能力はなかった。つまり、竜王は最近になってこの能力を得たという事になる……」


 青年は眼を閉じてしばし思案にふける。だが、すぐにその眼を開けて再び銀の竜を注視する。


「竜王の身体の中から別の魔力の波動が感じられる……なるほど、そういう事か」


 青年は理解する。

 竜王が急激に力を増したその理由を。


「竜王は契約者を得たのだな」


 契約者。それは幻獣が自我に覚醒した瞬間から求めて止まないもの。

 永遠の生を持つ幻獣に、安らかなる最後の休息を与えてくれるもの。

 そして、その幻獣の力をより高め、驚異的なまでに飛躍させるもの。


「しかし、例え竜王が契約者を得ていたとしても、彼女が僕のものになるという未来は変わらない……だが……」


 表情の変化に乏しい青年の顔に、ほんの僅かに陰りが揺れる。


「あれは一体何だ?」


 青年の脳裏に浮かぶのは赤い騎士の姿。

 彼の手足であるベルゼラーの半分程の大きさしかないのに、そのベルゼラーに痛撃を浴びせる赤い騎士。


「僕はあんな存在を知らない」


 そう。青年は赤い騎士を知らない。

 それが人間たちによって生み出された、怪獣と闘うための兵器である事を。

 青年は未知の赤い騎士に視線を注ぐ。

 熾烈極まる迫撃に晒され、肉片となってこぼれ落ちたベルゼラーの眼球の一部を通して。


「……あの赤い騎士からは魔力を感じる……という事は、あれも幻獣の一種か……? それに、あの騎士からも複数の魔力の波動がある……ならば、あの騎士も契約者を得ているとでもいうのか?」


 考えれば考えるほどに不可解な存在。それが赤い騎士だった。


「ふん……考えても判らないものはどうしようもない……ならば……」


 青年の顔から陰りが消え去る。


「破壊してしまえばいい。徹底的に、完膚なきまでに。そうすれば、もはや不可解でも憂いでもない。ただの骸に過ぎなくなる」


 そして青年は意志を伝える。彼の手足である巨獣に。

 その意志に巨獣が応えるのを、青年は確かに感じた。

 どくり、と遠くはなれた場所で何かが鼓動するのを青年は感じ取る。

 その鼓動はどくりどくりと徐々に強くなり、やがて肉片となって横たわっているベルゼラーの巨躯の隅々にまで青年の意志を伝えていく。


──目の前の赤い騎士を破壊せよという意志を。



 『怪獣咆哮』ようやく更新できました。


 すっかり遅くなって申し訳ありません。この『怪獣咆哮』に限らず、現在全般的に更新が滞っております。

 気長にお付き合いいただけると嬉しいです。


 では、次回もよろしくお願いします。

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