03-一号
怪獣出現の報を受け、それぞれの幻獣と一体化して出現場所へと向かう和人と茉莉。
高々度を高速で飛行する彼らに、急を知らせる連絡が入った──連絡方法は無線の類ではなく、シルヴィアの魔術──のは、間もなく目的地である怪獣出現現場も間もなくといった時だった。
(他にも怪獣が現れたってっ!?)
(ええ。それも不味い事に、今あなたたちが向かっているのとは真逆の方向なの)
(どうしたらいいの、シルヴィアさんっ!?)
茉莉がそう質問した後、ほんの僅かな時間シルヴィアは沈黙する。
だが、次の瞬間には、凛としたきっぱりとした声が和人と茉莉の中に響いた。
(悪いけど茉莉ちゃんはそこで反転して、もう一方の出現現場に向かって。茉莉ちゃんの速度なら、そこからでも反対の現場までそれ程の時間はかからないわ)
茉莉・ベリル組は、和人・ミツキ組に比べて攻撃力と耐久力に劣るが、速度という点では遥かに勝る。
現在は和人たちの速度に合わせて飛行しているが、彼女たちだけならもうとっくに最初の出現地点に現着していてもいい程なのだ。
シルヴィアのその指示に頷いた茉莉は、すぐさま旋回に入る。
(気をつけろよ、茉莉!)
(うん! 和人もね!)
高速で旋回して進行方向を変えた茉莉は、そのままどんどんと速度を上げてあっと言う間に和人の視界から消えた。
(シルヴィアさん。兄ちゃんはどうするんですか?)
(明人くんは茉莉ちゃんたちと合流する予定よ。現在は『騎士』と共に輸送ヘリでもう一つの出現地点に急行しているわ。悪いけど、そちらは和人くんたちに任せるわね)
(了解です)
連絡を遮断した和人は、そのまま一直線に最初の怪獣出現地点へと向かう。
初めてミツキと一体化した時に、不慣れなために上手く動かす事のできなかったドラゴン形態の身体も、いまでは違和感なく動かせるようになっていた。
(ミツキ。急いでこっちを片付けて、兄ちゃんたちの援護に回るぞ)
(心得た。なに、最強の幻獣王の一角たる我と、その契約者である主だ。怪獣の一体や二体、瞬く間に片付けてみせようぞ)
隣に立つ銀の少女の頼もしい言葉に、和人は一つ頷いて更に速度を上げた。
だが。
だが、和人はまだ知らなかったのだ。
これから彼らが向かう先。そこではかつてミツキと同じ存在であったモノが、彼らを待ち構えている事を。
(……獣王……)
倒壊した建築物。薙ぎ倒された樹木。辺りを赤く染める炎。
破壊の限りを尽くされた町並の中、それは和人とミツキを待っていた。
漆黒の巨大な身体。その身体を支える四肢は太く逞しく、その内側に膨大な破壊を秘めて。
大きく明けられた口。そこに並ぶ剣呑な牙は、獲物を喰らったからか赤く汚れていた。
大きく強く、その漆黒の身体は確かにミツキがよく知る彼女と同等の存在である、獣の王のもの。
だが、そのどろんと濁りきった瞳だけが、ミツキの知らぬモノであった。
(あいつを知っているのか?)
先程のミツキの呟きを耳にした、彼女の主たる契約者の少年がそう問う。
(ああ……あやつは獣王……我と同じ、幻獣王の一体だ)
(幻獣王だって? そんな奴がどうして町を……?)
(判らぬ……。本来のあやつは敵には容赦ないものの、決して争いや破壊を好むような奴ではない。日本……この国の侍とやらが気に入って、それに入れ込んだりするような愉快な面も持ち合わせている奴なのだが……)
ちなみに、ミツキに妙な日本語を教えたのは実は獣王だったりする。
後にこの話を聞いた和人は、転校の時に言っていたのはあながち出任せじゃなかったんだな、と妙な所で感心するのだった。
(ひょっとして、何かに操られていたりするのか?)
(判らぬ。その可能性もないではないが……む!? 来るぞ、主よ!!)
大地に四肢を踏ん張るように広げた獣王。そのだらりと舌が垂れ下がった口から大音量の咆哮が放たれる。
『粉砕咆哮』。それは獣王の最大にして最強の切り札。
だが、同じ幻獣王であるミツキがそれを知らぬ筈がない。
(いきなり最大最強の大業……明かにあやつらしくない攻めだ)
(それじゃあやっぱり操られている……?)
(その可能性が強そうだの)
二人がそんな会話をしているうちに、獣王の上げる咆哮はどんどん大きく、そしてかん高くなっていく。
やがて、獣王の咆哮がぴたりと止んだ。
いや、違う。
咆哮が止んだのではなく、人の可聴範囲を超えたのだ。
そして、咆哮が聞こえなくなると同時に世界が震え出す。
(ど、どうなっているんだ……?)
(これが獣王の『粉砕咆哮』だ。空気を媒介にあらゆる物質を揺さぶりその振動で砕く。はっきり言って、これを完全に防ぐ方法はない)
(ちょっと待て! じゃあ、どうすればいいんだよっ!?)
(何、慌てる必要はない。要はあの振動に巻き込まれなければいいだけよ)
そして銀竜は翼を翻す。迫り来る破壊の振動を避けるために。
空へと舞い上がり、獣王の『粉砕咆哮』をあっさりと回避する銀竜。
(なるほど。どんなに強力な攻撃でも、当たらなければ意味はない、か)
(然り。そういう事だ、主よ)
(だけど……)
和人は視線を先程『粉砕咆哮』が通過した場所へと移す。
かつて町並みが広がっていた場所。だが、そこは今巨大な何かに抉り取られたかのような無残な姿を晒していた。
それは言うまでもなく、獣王の『粉砕咆哮』によって刻まれた傷跡だ。
(これ以上町を破壊したくない。あいつをなんとか海上へおびき出そう)
(心得た)
銀竜は獣王の頭上で数回旋回すると、そのままその場を離れて海へと向かう。
そして獣王も、一見すると逃げるような銀竜を追ってその場を離れる。
(よし、このままあいつを海まで引っ張るぞ)
ミツキは頷くと、飛行速度を巧みに調節する。
必要以上に獣王から離れる事なく。かといって、完全に追いつかれる事もなく。
獣王との一定の距離を保ちながら、銀竜は飛ぶ。海へと向かって。
程なくして上空を飛ぶ和人の目に、太陽の光を反射して輝く水平線が見えて来た。
「そ……そんな……」
魔像機『騎士』のコクピットの中で、明人はシルヴィアの息を飲む気配を敏感に感じ取っていた。
だが、息を飲んでいたのはシルヴィアだけではない。
『騎士』を輸送しているヘリを操縦している緑川も、そのヘリ──『騎士』を切り離した後は前線司令部として機能する──に乗り込んでいるシルヴィアの弟子であるブラウン姉妹もまた、シルヴィア同様はっきりとした驚きを浮かべてその光景を見詰めていた。
もちろん、明人とてそれは例外ではなかった。
「し……白峰隊長……あ、あれって……」
ヘリを操縦しつつ、緑川が目の前の光景が信じられなくて明人に問う。
いや、緑川は信じられなかったのではない。信じたくなかったのだ。
それ程、目の前の光景は彼らに恐怖と驚愕を覚えさせていた。
「……一号怪獣……ベルゼラー……」
ヘリの操縦席の中、シルヴィアの呟きが重々しく響く。
「……間違いありません! 過去の資料と細部まで一致します。あれは間違いなく一号怪獣です!」
今、目の前にいる怪獣の特徴と、過去の資料によるベルゼラーの特徴が完全に一致した事を告げるアンジェリーナ。
「だけどアンジー、一号怪獣は1999年に確かにこの国の自衛隊によって倒されている筈でしょっ!? それなのにどうして──っ!?」
「それは私にもわかりませんよ、ベッキー。ですが、あれが一号怪獣である事は動かしようのない事実です」
双子の会話を聞きながら、シルヴィアも必死に考える。
怪獣に同一個体は存在しない。
そもそも、怪獣の存在自体が言ってみればイレギュラーのようなものだからだ。
力を蓄えた魔石が幻獣のように自我に目覚めることなく、たまたま近くに存在した他の生物と融合した。それが怪獣である。
そして怪獣は、例え同じ種類の生物を取り込んだとしても融合の仕方次第で全く違った姿となる。
これに対して、ミツキやベリルのような幻獣は、時に種族を形成する事があるという。
魔石が生まれる要因となる周囲の魔力。その魔力の質が似ていた場合、良く似た姿の幻獣が生まれるのだ。
ミツキのようなドラゴンや、ベリルのようなグリフォン、その他にもユニコーンや日本の鬼など、世界でも広く知られている幻獣は一体だけではなく複数の個体が存在し、時には同種族同士で子供まで成す事がある。
だが、それは幻獣に限っての話であり、怪獣には当てはまらない。
ならば、今目の前にいるのはやはり一号怪獣という事になる。
そう結論付けたシルヴィアは、明人を始めとした部隊のメンバーにそれを伝える。
「理由は判らないし、判断する方法もない。だけど、目の前に存在する以上、一号怪獣は実在している。それだけよ。明人くん!」
「了解! 白峰明人二等怪尉、『騎士』行きます! 緑川怪士長、『騎士』を分離せよ!」
「了解! 『騎士』、分離します!」
緑川の操作の元、輸送ヘリの下部に固定されていた『騎士』の機体が切り離され、重力に引かれて落下する。
現在のヘリの位置は上空200メートル。そこから落下すれば、いかな魔像機といえども無事に着地できる筈がない。
だが。
「ベアトリス! 術式『自由落下』展開!」
「了解! 術式『自由落下』、展開します!」
シルヴィアの指示の元、ベアトリスが『騎士』の機体に組み込まれた魔術術式の一つ、『自由落下』を展開させる。
『自由落下』は文字通り、落下速度を自在にコントロールする魔術である。
それまで重力に引かれてぐんぐん落下速度を増していた『騎士』が、目に見えてその速度が遅くなる。
そして着地の瞬間には、まるで綿毛のようにふわりと実に軽やかに着地を決めた。
「さあ、新しい『騎士』の初の実戦だ。だが、敵は一号怪獣。油断はできないな」
『騎士』のコクピットの中、一人静かに闘志を燃やす明人は、『騎士』に剣と楯を構えさせると、静かに一号怪獣の挙動に注目する。
そしてこの後、史上初の怪獣であるベルゼラーと、史上初の対怪獣兵器である魔像機との運命じみた闘いの幕が開かれるのだった。
『怪獣咆哮』更新できました。
こちらも今年初の更新となります。
仕事や他の連載など、色々あって更新が遅くなりがちですが、今後も見捨てずにお付き合い願えたらと思っております。
次回もよろしくお願いします。