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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
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02-転校


 夏休みが終わった。

 夏休みの宿題は前半に終わらせるタイプの和人かずと毅士たけし。その二人が夏休み終了間際に宿題に追われる筈もなく、彼らは無事に高校二年の二学期を迎えた。

 確かに夏休みは、あの磯女いそおんな牛鬼ぎゅうきの騒ぎ以後は何ら問題もなく平穏に過ぎ去った。

 だが、夏休みが明けた二学期初日。そこに小さな問題が待っていた。


「本日より、このクラスの一員となった黒川(くろかわ)茉莉(まつり)です。よろしくお願いします」

「同じく、このクラスに転入する事になったミツキ・S・カーナーだ。隣の小娘同様よしなに頼む」


 この学校の制服姿で教壇の横に立つ二人の少女たち。

 その少女をたちを見て、和人は苦笑を隠しきれないでいた。




 茉莉とミツキがなぜ和人たちの高校に転入する事になったのか。

 それは夏休みが半分ほど過ぎたとある日の事。


「茉莉の転入?」


 その日、務めから帰った兄・明人あきとの第一声を聞いた和人は、思わずそう聞き返した。


「ああ、そうだ。やはり茉莉くんぐらいの年頃の少女が昼間っから家にいるのは何かと不自然だからな」


 兄の言葉に素直に納得する和人。だが、当の茉莉の方がそれに当惑した。


「あ、あの、明人さん……ボク、学校に行きたいのはやまやまだけど……その……学費が……」


 段々と小さくなる茉莉の声。

 両親を失い、引き取られた親戚の家を家出同然で飛び出した茉莉に学費を払えるだけの収入はない。

 最近は和人と一緒にバイトもしている茉莉だが、その殆どを白峰家に生活費として自主的に払い込んでいるので、彼女が自由に使える金額はほんの僅かだった。

 ちなみに払い込まれた生活費は、一切手をつけずにこっそりと明人が茉莉名義で貯金していたりするが、茉莉がその事を知るのはもっと後であった。

 そして、項垂れる茉莉を慰めるように声をかけたのはシルヴィアだった。


「その点なら心配ご無用よ。茉莉ちゃんの学費なら私が出すから」

「え? シルヴィアさんが?」

「ええ、そうよ。もちろん、ただで出すわけじゃないから安心してね」


 シルヴィア曰く、これは怪獣退治に極秘に協力してくれる茉莉に対する報酬との事だった。

 理由もなく学費を出すとなると遠慮する茉莉も、正当な報酬という形ならこれを受け取るのにやぶさかではなく、はれて和人たちと同じ学校に転入する事になった。

 とはいえ、正式な転入である以上試験は存在する。

 そして残りの夏休みを、和人と茉莉、そして毅士は転入試験合格に向けて一生懸命に勉強に励む事になる。

 だが、ここで一つ問題が生じた。


「我も主と同じ学校に行く! 前から学校には行ってみたかったのだ!」


 と、ミツキが言い出したのだ。

 このミツキの主張に、確かに茉莉だけを特別扱いして学校に行かせるのは不公平だ、と言い出した明人により、ミツキもまた学校に行く事になった。

 どうやら明人の中では、ミツキの存在は幻獣云々(うんぬん)よりも家族の一員として認められているようだ、と和人は兄の器の大きさを思い知らされたりもした。

 こうしてミツキもまた、はれて転入試験を受ける事になった。

 その際、彼女の身元は怪獣自衛隊の城ヶ崎基地指令の権藤の協力もあり、シルヴィアの妹という事になった。

 ちなみに、ミツキが名乗った「ミツキ・S・カーナー」の「カーナー」はシルヴィアの姓だが、「S」はちゃっかりと「白峰」の略だったりする。

 後にこの事に気づいたシルヴィアもまた「シルヴィア・S・カーナー」と名乗るようになるのだが、それはまた別の話。

 こうして後日、二人はめでたく転入試験に合格し、和人たちの学校の一員となる。

 この試験に茉莉がぎりぎりだったのに対し、ミツキは余裕で合格していた。

 人間などよりも遥かに知能の高い幻獣ドラゴンの彼女には、高校の転入試験など児戯に等しいもののようだった。




 そして転入生のお約束。

 二人は早速、新たなクラスメイトたちに取り囲まれていた。

 特に銀髪で朱金の瞳という珍しい外見のミツキは、茉莉よりもクラスメイトたちの興味を引いたようだった。


「ミツキさんってどこの国の人?」

「我が故郷はイングランド北部、カーライル近辺の田舎町でな。日本ではあまり知られておらぬ辺境と言ってもいい所よ」

「何て言うか……ミツキさんって独特な喋り方だよね?」

「うむ。これは我に日本語を教えた人物がこのような喋り方をしておってな。我も必然的にこうなってしまったのだが、日本に来て我もびっくりしたわ。このような喋り方をしている者はいないのだからな。ゆえに、おかしな事を言うかもしれぬが大目に見てくれるとありがたい」


 ミツキの言葉に、彼女を取り囲むクラスメイトたちがどっと笑う。

 この辺りのシナリオを書いたのは毅士であった。

 確かに古風な独特の日本語を使うミツキ。毅士は今更これを改めるよりは、敢えてこのままにして間違えて日本語を覚えた外国人で通そうとしたのだ。

 外見的にも欧米人であるミツキ。多少おかしな日本語でも、日本語に不慣れな外国人となれば周囲はあまり気にしないだろう、という毅士の狙いは見事に的中した事になる。

 そして。

 茉莉もまた、転校生にありがちな質問攻めにあっていた。


「転校って事は、黒川さんってどこかこの辺に引っ越して来たの?」

「うん。ボク、今はわけあって和人の家……白峰家でやっかいになっているんだ」


 途端、茉莉を取り囲んでいた数名が和人へと視線を向ける。

 その視線に対し、和人は冷静を装いながら口を開く。


「実は俺と茉莉は従兄妹でさ。茉莉の家族は怪獣が現れた際に……」


 言葉を濁す和人だったが、それを聞いていたクラスメイトたちは彼が何を言いたいのかを理解した。


「で、しばらくは施設に保護されていた茉莉を、夏休みの間にウチの兄ちゃんが見つけて。で、ウチで引き取ったんだ」


 この筋書きもまた、毅士によるものだった。

 いくら隠しても、茉莉が白峰家に居候しているのは遠からずばれるだろう。ならば、機会を見て自分から言い出した方が被害が少ないというのが毅士の言い分だった。

 そして、今和人が言った言い訳もまた、実に現実味があるものだった。

 幸い和人たちのクラスにはいないが、学校全体でみれば何人かの生徒が怪獣出現の際に家族を失い、親戚の元に身を寄せている者がいるからだ。

 これもまた毅士の読み通り、茉莉に対して済まなさそうな視線を向ける者はいても、変な勘ぐりを込めた目を向ける者は皆無だった。


「と、ところでさ、黒川さんとミツキさんは知り合いなの? 一緒に同じクラスに転入して来たわけだけど?」


 しんみりとしてしまった空気を吹き飛ばそうと、クラスメイトの一人が新たな質問を茉莉にする。

 そしてその質問に答えたのは、やっぱり和人だった。


「それが、実はミツキも俺たちとは他人ってわけじゃないんだ」

「どういう事?」

「実はミツキのお姉さんが、ウチの兄ちゃんとその……婚約してね」


 これもやはり事前に打ち合わせていた事だった。

 学校には明人とシルヴィアが婚約者同士という事にし、シルヴィアの妹という設定になっているミツキもまた、姉と一緒に白峰家で暮らしていると説明してあるのだ。

 当然、シルヴィアとミツキの姉妹には、他に身寄りはない事になっている。

 もっとも、これは嘘ばかりではない。シルヴィアには他に身寄りがないのは事実だからだ。


「そんなわけで、ミツキも今じゃ俺たちの家族の一員なんだよ」

「茉莉くんは家族を失って間がないし、ミツキは勝手が違う異国の学校に通うのだ。少しでも見知った相手がいるクラスの方が心強かろうと、学校側が配慮してくれたのだろうな」


 和人だけでなく毅士の援護もあり、茉莉とミツキはこうして和人たちのクラスに溶け込む事ができたのだった。




 そして転校初日の授業は終わり。

 和人と毅士そして茉莉とミツキは四人揃って下校の途中。

 転校初日の茉莉とミツキが和人たちと一緒にいても、クラスの中では既に彼らの事情は知られているので誰も変には思わない。

 どうやら、毅士の読みは完全に当たったようだ。

 もっとも、多少のやっかみの視線が向けられるのは許容範囲だろう。


「どうだった? 二人とも。学校初日の感想は?」

「うん、まさか夏休み明けてその日から授業があるなんてね。ちょっとびっくりしちゃったけど」

「一応、我が校は進学校の仲間だからな。そのようにスケジュールが組んであるようだ」


 毅士の言葉通り、彼らが通う学校は進学校で、夏休みが明けた始業式の後には夏休み中の成果を問う実力テストを行い、午後からは早速授業が組まれていた。


「それに改めて人間の事を学ぶのも一興よな。以外と我が知らぬ事が多くて興味深いの」


 ミツキの言葉に頷きつつ、和人は多少の問題もあったものの概ね良好な初日だったと言えるようだ、と内心で胸をなで下ろす。

 だが、彼らのそんなほのぼのとした空気はそれまでだった。

 不意に和人と茉莉、彼らが持つ携帯から緊急を告げる呼び出し音が鳴り響く。

 この携帯は一見ごく普通の携帯電話だが、実は怪獣自衛隊から与えられた専用の無線機である。

 この無線機が呼び出し音を奏でる時、それは怪獣が現れた事を意味する。

 当然、その事を知っている和人と茉莉、そして毅士はその音を耳にした瞬間、身を強張らせてしまう。

 そして意を決して無線機に和人が出ると、その向こうからはシルヴィアの声。


「和人くん! 茉莉ちゃん! 怪獣が現れたわ! 場所は──」


 怪獣出現地点の詳細を聞いた和人と茉莉は、顔を見合わせて一度だけ頷き合って駆け出した。

 その二人に続くのは当然ミツキ。そして途中から茉莉の呼び出しに応えたベリルが加わる。

 毅士はといえば、身を翻らせて急いで学校へと戻る。学校に置いてあるバイクで、怪自の城ヶ崎基地へと向かうつもりなのだ。

 今頃、明人も『騎士(ナイト)』に乗って現地に向かっている事だろう。

 そして彼らは目にするのだ。そこで待つあまりにも意外な怪獣を。

 第一号怪獣ベルゼラー。そう呼ばれる存在が彼らを待っている事を、この時点で和人たちは全く知らないでいた。


 『怪獣咆哮』更新。


 何とか年内に最後の更新が間に合った(笑)。

 次回の更新は年が明けてからになる予定です。

 では、来年も引き続きよろしくお願いします。

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