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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第3部
37/74

01-獣王


 獣が吼える。

 くろくて巨大な獣が吼える。

 獣の目の前に対峙する、獣と同等の巨大な存在に対して威嚇と怒りを込めて。




 ここは獣の「王国」。赤道付近に存在する、人間たちには知られていない絶海の孤島。

 数百年前、自然と魔力に溢れたこの孤島を気に入った玄い獣は、ここを自分の縄張りとしてその存在を閉ざした。

 島全体を獣の力で覆い隠したここは、他者から認識できない所謂「隠れ里」なのだ。

 結果、この島は人間たちにも知られる事なく、地図にも記載されていない幻の島となった。

 そんな「王国」に君臨して数百年。ここを訪れるモノは、獣と同等の力を備えた二体の盟友のみ。

 しかし、盟友の訪れも百年に一度あるかないか。獣はずっと自分だけで「王国」に存在していた。

 だがある日突然、そんな「王国」に侵入者が現れた。




 侵入者は、島を覆う獣の力を強引に潜り抜け、獣の「王国」であるこの島に降り立った。

 いや、降り立ったという表現は間違いだ。なぜなら、侵入者は海からやって来たのだから。

 突如「王国」に上陸した侵入者。その存在はすぐに獣に知れた。

 ここは獣の「王国」。数百年に渡りこの「王国」に君臨した獣は、木々の一本一本、浜辺の貝殻や小石一つひとつまでも正確に知覚できる。

 そして侵入者の存在を感知した獣は、その巨大な玄い身体を露にして侵入者を見据える。

 周囲の森の木々よりも高い体高は優に20m近くにも及び、その体長は実に50mをも超える。

 全体的な印象は狼のそれ。だが、頭部にはまるで王冠のように八本の巨大な角が並ぶ。

 狼よりも太く逞しい四肢は力に溢れ、その先端には剣呑な鉤爪。

 そして紅玉ルビーのような輝きを放つ双眸。

 一見しただけでは柔らかそうな玄い体毛は、その実鋼以上の硬度を持ち、外敵の攻撃を容易に阻む。

 そして何より、その巨体から発せられる目に見えない圧力。それを見る事ができる者がいれば、それが獣が保有する膨大な魔力が漏れ出しているのだと気づくだろう。


「──何者だ? 我が領地に断りもなく入り込んだのは?」


 朗々と大気を響かせる獣の声。もし、この場に英語圏の人間がいたのなら、獣が発した言葉が流暢な英語だったことに驚いただろう。

 その獣の言葉に対して、侵入者は無言を貫く。

 直立歩行する40メートルを超えた巨体。脚は太く短く、尻尾は長い。

 脚同様太短い腕には鋭い爪。大きく開かれた口には何本もの牙がぞろりと並ぶ。

 そして背中には背びれの如く並んだ無数の刺。

 硬そうだが実は柔軟性に富んだ表皮。

 赤茶色の身体の中で、そこだけは白く爛々と輝く双眸。

 目の前の侵入者とその眷属を総称して、人間たちが怪変異性かいへんいせい巨大獣きょだいじゅう、略して怪獣かいじゅうと呼んでいる事を獣は知らない。

 だがそんな事を知らなくても、目の前の侵入者が敵意に満ちた視線を向けてくる。それだけで獣には十分だった。


「我は貴様を外敵と認めたぞ!」


 再び吼える玄い獣。

 その咆哮は大気を震わせ、攻撃的な意思を孕みながら驚異的な速度で侵入者──怪獣──へと押し寄せる。

 獣は咆哮だけで衝撃波を発生させたのだ。

 その衝撃波を真っ正面から浴びた怪獣は、大きく吹き飛ばされて海に落下して巨大な水柱を築き上げる。

 海に倒れ込んだ怪獣を追い、獣もまた自ら海へとその巨体を踊らせる。

 再度吹き上がる巨大な水柱。

 海中で怪獣を目視した獣は、その喉笛に鋭い牙を深々と埋め込んだ。




 吹き上がる二つの水柱を足元に見下ろして。

 一人の青年が無機質な光を瞳に宿しながら呟く。


「まずは一つ目……獣魔石(じゅうませき)


 その青年は美しい容姿の西洋人の青年だった。

 プラチナ・ブロンドの髪にアイス・ブルーの瞳。

 肌は抜けるように白いが、そこに病的なか弱さは微塵も見られない。

 街中を歩けば、おそらく誰もが振り返るであろう程の美貌の青年。

 その青年は何も支えるもののない空中に立ち、じっと眼下の海原を見下ろしていた。

 だが、じっと海を見下ろすその視線に、一切の感情らしきものは感じられない。


「……もうすぐ君は僕のものだ。獣王(じゅうおう)


 そして一人零す呟きにもやはり感情の起伏は何も宿らず、ただ淡々と青年は告げた。




 深々と怪獣の喉笛を抉る獣の牙。

 獣はそのままがちんとあぎとを閉じて怪獣の喉の肉を毟り取る。

 途端、周りの蒼い海水が紅く染まる。

 そして喉笛を食い破られた事により、結果的に獣から逃れる事ができた怪獣は、逞しい四肢を必死にばたつかせて陸を目指す。

 対して、獣は敢えてそれを見逃した。

 獣にとっても、やはり本来のフィールドは陸である。怪獣が陸に揚がるというのなら好都合なのだ。

 獣──数多あまたの幻獣たちから獣王と呼ばれ、崇められる存在──は、ゆっくりと陸を目指す。

 そして獣王が陸へと姿を現した時、怪獣は既に待ち構えていた。

 その姿を見て、獣王の眉間にほんの僅かだかが皺が寄る。

 なぜなら、先程獣王が食い破った怪獣の喉が、既に再生し終えている事に気づいたからだ。


「──異様なまでの再生力よ……だが、それだけでこの獣王に勝てると思うな!」


 獣王が言葉を吐いた途端、その玄い巨体が滲むようにかき消えた。

 いきなり消えた獣王を探して首を左右に振る怪獣の背後。そこに消えた時と同じように玄い獣が姿を見せる。

 怪獣が振り向くより早く、獣王はがら空きの怪獣の背中にその鋭い爪をふるう。

 今度は空中に紅い花が咲く。

 その瞳に怒りを宿らせて、怪獣は背後を振り向く。だが、そこに玄い獣の姿は既にない。

 そして再び背中に衝撃。

 獣王のその速度は、怪獣が目で追う事さえできない領域に突入していた。

 その後も獣王はその速度を最大限に活かし、何度も怪獣の死角からその爪を牙を怪獣の巨体に突き立てる。

 だが。

 何度爪をふるおうが、何度牙を突き刺そうが、怪獣の傷は見る間に塞がってゆく。


「まさか、これ程の再生力とは……」


 さすがの獣王も、怪獣の異常なまでの再生力に辟易とした風である。


「しかし、一瞬でその全てを消し去ってしまえば、いかな再生力といえども無からの復活まではできまい」


 呟いた獣王は、それまで目まぐるしく動いていたその動きを止めた。

 当然、怪獣にしてみれば反撃の好機の筈なのだが、怪獣はじっと獣王を見据えたまま動こうとはしなかった。

 いや、動けなかった。

 獣王の全身に漲る膨大な魔力。その魔力を間近で敏感に感じ取った怪獣は、その魔力の波動に呑まれて動けなかったのだ。

 所謂、「蛇に睨まれた蛙」の状態である。

 そして獣王の全身を取り巻いていた魔力は徐々に一か所に集積していく。

 獣王が大きく開いたその顎へと。

 集積された魔力が最大限に達した時、世界が震えた。

 おん、という小さな音。

 獣王の顎から発せられたその小さな音は、空気を媒介に触れる物質を激しく揺さぶり、一瞬で細かく細かく砕いていく。

 これこそが獣王の最大の攻撃手段『粉砕咆哮』である。

 獣王の前方に密生していた木々なども巻き込み、標的である怪獣を確実に粉砕する驚異の破壊の槌。

 事実、獣王の前方は放射線状に大きく大地が抉られ、遠くに見られた山もその形が変わってしまっている。

 その破壊の槌が通り過ぎた後には何も存在していない。もちろん、怪獣もその例外ではなかった。


「やはり跡形もなく吹き飛ばせば再生もかなわぬか──む?」


 この時、獣王が感じたのは小さな小さな波動。

 先程獣王の『粉砕咆哮』が通り過ぎた場所のとある一点。その何もない筈の空中から滲み出るように沸き上がる小さな波動。

 獣王にはその波動の正体がすぐに知れた。魔力である。


「なん……だと……?」


 呆然と魔力の滲み出る一点を見据える獣王。

 魔力はどんどんとその量を増し、溢れ出た魔力は徐々に凝り固まって一つの形を形成していく。


「ば……馬鹿な……」


 呟いた獣王が見詰める中、魔力はやがて一つの存在となる。

 それは間違いなく、先程『粉砕咆哮』で消し飛ばした筈のあの怪獣だった。




 足元で。

 玄い獣王が呆然と湧き出した怪獣を見詰めるのを、青年は空から見下ろしていた。


「獣王。今、君が感じているのは倒せない敵に対する「絶望」か? それとも敵を倒す事ができない自分に対する「失望」か?」


 青年は眼下でじりじりと後ずさる獣王を見ながら、相変わらず感情の篭もらない声で呟く。


「だが、すぐにそんな思いは感じなくなる」


 そう言いながら青年は右手の人差し指で獣王を指し示す。

 そして、その人差し指の先端から、一条の白い光が迸ったのは次の瞬間だった。




 知らず、目の前の怪獣から距離を取るようにじりじりと後ずさる獣王。

 そしてその事に気づいた獣王は愕然とした。


 この幻獣王の一体である獣王が敵を前に後ずさるとは!


 獣王の胸中を占めているのは、「絶望」でもなければ「失望」でもなかった。

 今、獣王が感じているのは自分自身に対する「怒り」。

 これまで、いかなる敵と対峙しても決して後に退く事のなかった獣王。

 その自分が、敵を前にして無意識に後退している。その事実が獣王の矜持を激しく傷つけた。

 がちがちと牙を打ち鳴らし、がりがりと牙で大地に溝を刻む。

 激しい怒りが内側から獣王を焼く。その怒りに駆られて獣王が怪獣へと再び飛びかかろうとした時、上空から落下した一条の白光が獣王の身体を貫いた。

 白光は狙い違わず獣王の核とも言うべき魔石──獣魔石を正確に貫く。

 幻獣の身体を形作るのは魔力。その魔力を制御しているのは、幻獣の心臓とも核とも呼べる魔石である。

 その魔石を白光に貫かれた獣王の身体は、その姿を維持する事ができなくなり、霧が晴れるように徐々にその姿を薄くしていき、やがて完全に消え失せた。

 後に残ったのは、大人の拳程の大きさの黒い水晶のような鉱石が一つ。

 これこそが、幻獣王の一体である獣王の魔石、獣魔石である。

 上空からゆっくりと降下してきた青年は、足元に落ちていた獣魔石を拾い上げると、それを太陽の光に翳すようにしてしげしげと眺める。


「いくら幻獣王とはいえ、大技を使用して魔力が著しく減少した直後、そして感情の暴走による魔力の制御の低下。これらの結果、攻撃力、防御力が普段の半分以下の先程のような状態なら、僕程度の力しかなくても十分幻獣王を倒すことができる」


 青年は翳していた獣魔石を大切そうにポケットに落とし込むと、背後で静かに控えるようにしていた怪獣へと向き直る。


「これで獣魔石は僕のものになった。残るは二つ、鳳魔石ほうませき竜魔石りゅうませきだ」


 青年は怪獣を見上げると、ほんの少しだけ首を傾げた。


「──いくら単なる駒とはいえ、呼称がないのは不便だな……よし、ここは人間に倣って彼らが名付けた名で呼ぶ事にしようか」


 青年の声には相変わらず感情による震えがない。ただ淡々と現実だけを紡いでいくのみ。


「確か……そうだ、人間たちはおまえの事をベルゼラーと呼んでいたな」


 ベルゼラー。それは人類の前に始めて現れた第一号怪獣の名。

 もしもこの場に一号怪獣の出現に居合わせた者がいたなら、この怪獣の姿を見た途端その時の恐怖をまざまざと甦らせていただろう。

 なぜなら、青年の背後で忠犬のように静かに佇んでいる怪獣こそ、まぎれもなく第一号怪獣ベルゼラーと同じ姿をしていたのだから。


「行くぞ、ベルゼラー。人類を滅ぼすために残る二つの幻獣王の魔石を手に入れるんだ」



 『怪獣咆哮』ようやく更新できました。


 第2部の終了から随分と間が空いてしまいましたが、ようやく最終章である第3部に突入したしました。

 今後もなかなか更新できないかもしれませんが、気長にお付き合いいただけると幸いです。

 これからもよろしくお願いします。

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