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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第2部
36/74

12-顛末


「それで? その牛鬼(ぎゅうき)磯女(いそおんな)はどうなった?」


 毅士(たけし)の言葉に、和人(かずと)は肩を竦めながら苦笑する。


「前に棲んでいた九州の海に帰るってさ。二人揃って早速旅立って行ったよ」


 今朝方の事を思い出した和人は、ホテルの部屋の椅子に深々と腰を下ろした。

 和人とミツキがホテルに帰り着いたのは今朝方の事。

 帰った直後に彼らを心配していた兄の明人(あきと)から散々お説教をくらい、ようやく先程解放されたところだった。

 そしてくだんの牛鬼と磯女はといえば。

 彼らの確執が双方の誤解だった事が判り、元々棲んでいた九州の海に帰る事になったのだった。



「え? 怪我ッスか? 別に怪我なんてしてないッスよ?」


 突然のミツキの質問に、牛鬼がきょとんとした顔で答えた。


「では、貴様のその尋常でない(・・・・・)魔力の減り方(・・・・・・)はどう説明する? 以前の貴様はもっと魔力を保有していたであろう?」


 ミツキの眼がすぅと細められる。彼女から溢れ出る無形の圧力に、牛鬼が数歩後ずさった。


「そ、それがその……俺にもよく判らんのですわ。ここ最近、どういうわけかどんどん魔力が抜けていくみたいで……」

「なに?」


 細められていたミツキの眼が、やや見開かれる。

 そしてミツキは、しばらく考えた後でちょいちょいと牛鬼を手招きした。


「何ッスか、姐さん?」


 恐る恐るといった体でミツキに近寄った牛鬼に対し、ミツキはにっこりと微笑んで見せた。

 その笑顔に、逆に牛鬼の表情が凍りつく。


「……あ、姐さん?」

「この──」


 この時ミツキの背後にいた和人は見た。

 ミツキの白く華奢な掌が、ぎゅむっと鈍い音と共に強く握り込まれるのを。


「──愚か者があああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 叫びと共に繰り出される右拳。光の如き──いや、実際に光を纏ったそれは、凄まじい爆裂音と共に牛鬼の頭部に叩き込まれた。

 衝撃は床の岩盤をも叩き割り、牛鬼の身体を半分ほどめり込ませた。


「貴様は自分で自分の使い魔もコントロールできておらんのかっ!! この愚か者めがっ!!」

「え、つ、使い魔……ッスか?」


 顔を歪に変型させ、涙目になりながらもそう聞き返す牛鬼。

 それがまた、ミツキの怒りの導火線に火を付ける事になるのだが。


「貴様という奴は……馬鹿だ、愚かだと思っておったが、これ程とは……」

 この時ミツキの背後にいた和人は見た。

 ミツキの小さく華奢なその身体を、どす黒いオーラのようなものが取り巻くのを。

 きっとあれが怒りの色に染まった魔力なんだろうなー、と明人は他人事のようにそれを見ていた。

 実際、ほぼ他人事なのだが。


「貴様は自分の能力も正確に把握しておらんのかっ!? このうすら馬鹿! ぼけら蜘蛛! 能なし牛助があああああぁぁぁぁぁっ!!」


 ずどどどどどどっと轟音を発しながら連続して牛鬼の身体に突き刺さるミツキの両の拳。

 先程岩盤にめり込んだ牛鬼の身体は、今度は逆に拳に突かれて宙に浮きあがり、そのまま落下する事も許されずに舞い上がり続ける。

 そしてとどめとばかりに叩き込まれる、上から叩きつけるようなミツキの回し蹴り。

 その蹴りをまともに喰らった牛鬼は、再び岩盤と熱い抱擁を交わす事になった。



「つまり、どういう事なんだ?」


 一方的な暴力の嵐──ミツキいわく、あくまでも躾に過ぎない──が過ぎ去った後、和人はミツキに説明を求めた。

 そしてミツキは、床でぴくぴくと八本の蜘蛛の脚を痙攣させている牛鬼を一瞥すると、己の主に振り返る。


「この阿呆は自分の力を制御する事ができず、暴走させておったのよ」

「暴走? ……あ、それってもしかして、あのウーパーもどきの事か?」

「そうだ。こやつは力を制御するどころか、新たに目覚めた力がある事さえ気づかずにおったようでな」


 ミツキいわく、幻獣は年を経ると共に力が増し、新たな力が宿るものらしい。

 だが時として、様々な条件が重なった時、短時間で力を増す事があるという。

 普通は力の段階が一つ進むのに100年から150年はかかる。

 しかし、条件次第ではそれが10年から20年程にまで短縮される場合があるのだ。


「我らがいるこの場所……ここは魔術師どもの言う魔力の流れるルート、いわゆる龍脈に程近い場所のようでな。その他にも様々な条件が偶然重なったため、この馬鹿蜘蛛は短時間で新たな力を得たようなのだ」

「それがあのウーパーもどき……使い魔ってわけか」


 短時間で力に目覚めてしまった牛鬼は、自分が新たな力を得た事に気づかなかった。

 そして無意識のうちにその力を行使し、周囲に無数の使い魔を放ち始めた。

 それでも牛鬼は、自分の魔力がなぜか抜けていく程度にしか思っていなかったらしい。

 必要最低限の魔力で次々と生み出される使い魔たち。生み出された使い魔たちは、明確な命令も与えられずに辺りを徘徊するばかり。

 やがて使い魔たちは「飢え」を感じ始める。

 力の発動に気づいていない牛鬼は、使い魔たちに追加の魔力を与えるようなこともなく。

 そして「飢えた」使い魔たちは、自分たちで魔力を求め出す。

 それが魔力を宿した磯女であり、ミツキであり、和人であり、茉莉まつりであったのだ。


「え? じゃあ、牛鬼が磯女を求めていたってのは……」

「確かにこやつは磯女を求めてはおったようだがな。それは別の意味で求めておったに過ぎん。全く、この色ボケ蜘蛛は……」


 ミツキにじろりと睨まれた牛鬼は、でへへへと照れたように笑いながら脚の一本で器用に頭を掻く。


「い、いやね、旦那。俺は昔からこの磯女ちゃんに惚れてましてねぇ。是非、俺の嫁になって欲しいと思っていたんですわ。でも、磯女ちゃんは俺が迫ると逃げてばかりで……で、逃げたり追いかけたりしているうちに、この辺りまで来ちまったって寸法で」

「それじゃあ、怪獣を恐れて震えていたとか、力を求めて魔石を得ようとしたとか、久しぶりに棲み家の洞窟から這い出したってくだりは──?」

「あ、あのぉー、それはぁ……」


 不思議そうに呟く和人に、困ったような顔をした磯女が応えた。


「すみませぇん……その辺りはぁ私の想像──というかぁ、創作だったんですけどぉ。どうやらぁ、全然違ったみたいですねぇ」


 手を合わせて必死にごめんなさいを繰り返す磯女。そんな彼女を呆然と見ていた和人は途轍もない疲労感を感じてそのばでがっくりと跪いた。



「──それが一連の事件の顛末か」


 和人から事の子細を聞かされた毅士は、どこか呆れたような口調でそう告げた。

 あれだけ大騒ぎした顛末が、結局ただの痴情のもつれだったのだ。呆れるのも無理はない。


「磯女と同じ上半身が人間の女性で下半身が蛇身の濡れ女という妖怪がいる。この濡れ女と磯女は同じ妖怪であるとか違う妖怪であるとか諸説あるが、濡れ女はその腕に赤ん坊を抱いていると言われていてな、ある地方ではその赤ん坊の父親が牛鬼であるという説もあるそうだ。一連の話を聞いてそれを思い出したよ」

「へえ。もしかすると、その説の元があの磯女と牛鬼だったりしてな」


 「嫁になってくれえええええ」と磯女を追いかけ回す牛鬼。

 もし、その姿を見た者がいたとするなら。

 その者が磯女と牛鬼が夫婦であると勘違いし、そこからそのような説が生まれたのではないだろうか。


「だとしたら、ちょっと面白いよね」

「へえ。幻獣──妖精や精霊……この国で言えば妖怪も伴侶を求めるのねぇ」


 関心する茉莉と、何やら意味ありげな視線を明人に向けるシルヴィア。

 そしてその視線を受けて慌てて目を泳がせる明人と、そんな二人を微笑ましく見詰めるブラウン姉妹。


「魔術師の女の言う通り。我ら幻獣も伴侶を求める事がある」

「どこの国にも、妖精や妖魔を伴侶とした童話や伝承があるものだろう」


 幻獣であるミツキとベリルが、シルヴィアの意見を認めるように続けた。

 彼らの言う通り、洋の東西を問わず、妖怪や妖精と──正体を知っているかいないかは別にして──人間が結ばれる物語は数多い。

 それらはもしかしたら、契約者を得た幻獣や、人恋しさから人里に現れた幻獣がモデルとなっているのかもしれない。




 一連の説明が終わり、ようやく落ち着きを見せたホテルの一室。

 旅程も今日までで、明日は家へと帰る予定である。

 結局、旅行らしい事は何もなかったが、それでも思い出だけは確かに残った。

 良いか悪いかはともかくとして。

 そんな最後の夜。全員が集まったホテルの一室で、不意に明人が思い出したように告げた。


「なあ、和人?」

「な、なんだ、兄ちゃん?」


 不意に兄に呼ばれて思わずぎくりとする和人。その顔には、もうお説教はたくさんだと明確に書かれていた。


「それで、緑川さんはどうした?」


 その一言に、それまで賑やかだった一室が凍りついた。


「やべえええええええええっ!! すっかり忘れてたっ!! そういう大事な事はもっと早く言えよ、兄ちゃんっ!!」

「そんな事言ったって、兄ちゃんだって忘れていたんだよっ!!」


 なにげに身も蓋もないことを言う明人。


「シルヴィア師っ!!」

「緑川怪士長の居場所判りませんかっ!?」

「ちょっと待ってっ…………………判ったわっ!!」


 ブラウン姉妹にせっつかれ、シルヴィアは魔術で緑川の居場所を突き止めた。


「緑川怪士長はまだあの洞窟……磯女の洞窟にいるみたい……!」


「よしっ!! 行くぞ、ミツキっ!!」

「了解だ、主よ」

「ボクたちも行くよ、ベリルっ!!」

「心得た、茉莉」


 それぞれの幻獣を従えて、和人と茉莉が部屋を飛び出す。

 しばらく後、ホテルの部屋の窓から海へと向かう銀とみどりの光が見えた。

 二人に続いて部屋を飛び出して行く明人たちの背中を見詰めながら、毅士はぽつりと呟いた。


「やれやれ。結局最後まで慌ただしいままか」


 そして毅士も明人たちの後を追って部屋を出る。

 もちろん、しっかり者の彼は部屋の錠を持ち出すのを忘れるような事もなく、鍵をきちんとホテルのロビーに預けてから、友人たちの後を追うのだった。



『怪獣咆哮』ようやくの更新。


 ただでさえ進みが遅いのに、仕事の慌ただしさも重なってこんなに遅くなってしまいました。

 申し訳ありません。


 これにて第2部は終了。続いて第3部へと突入します。

 ですが、先程も告げたように、最近仕事が忙しくなりまして、時間がなかなか取れない情況です。

 よって、第3部の開始は12月以降となりそうです。


 今後も長い目でお付き合いください。よろしくお願いします。

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