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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第2部
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11-再会

 見つけた横穴を和人かずとたちは進む。

 先頭はミツキ。その次に和人、磯女の順だ。

 横穴内は暗かったが、ミツキが作り出した明りがあるので、視界に不自由はない。

 そしてその先頭を行くミツキの表情が、この横穴を見つけてからずっと厳しいままである事が和人は気になっていた。


「……なあ、ミツキ?」


 呼びかけてみるも返答はない。これはミツキには極めて珍しい事だった。

 普段の彼女は、和人が呼びかければいつもすぐに振り返って、嬉しそうに返事をするのに。


「……この先に牛鬼ぎゅうきはいるんだよな?」

「…………ああ」


 ようやくあった返答も実に素っ気ない。

 だが、その理由が何となく和人には察しがついていた。

 口数少なく、厳しい表情のミツキ。それはきっとこの奥にいるであろう牛鬼に対する緊張感から来るものなのだろう、と。


(ミツキほどの幻獣をこれだけ緊張させるなんて……牛鬼とは一体どんな奴なんだ?)


 事前に磯女から聞いた話によると、牛鬼は確かに強いがそれでも怪獣に比べると遥かに劣っていると言っていた。

 ならば、なぜミツキはこんなに緊張している?

 それが和人には疑問だった。

 だが疑問が晴れる事なく。和人たちは横穴の終点に辿り着いた。

 そして和人は見た。横穴の行き着いた先で、黒い何かがわだかまっているのを。



 その黒い何かが、和人たちに気づいたようでもそりと身震いした。

 ぎろりとこちらに向けられる黄色く輝く眼。

 ぐわっと広げられた口からは鋭い牙と炎のように真っ赤な舌が覗き。

 八本ある蜘蛛の脚の先には槍のように尖った爪。

 そして頭部には光を受けて鈍く光っているのは牛のような二本の角。


「……こ、こいつが牛鬼……か……」


 蜘蛛の身体に牛の頭を持つ幻獣──日本では妖怪と呼んだ方が的確かも知れない──牛鬼。

 その異容に、一瞬息を飲む和人。

 だが、次に和人の口から零れ出た言葉は。


「──────小っさ」


 だった。

 牛鬼の体長はおよそ2.5メートル。体高が2メートル弱。体重もおそらく150kgはないと思われる。

 これが普通の野生動物ならば驚異的な大きさと言っていいだろう。だが、これまで何十メートルもある怪獣や幻獣を見て来た和人からすれば、さほど大きな存在だとはどうしても思えなかった。

 そして、その牛鬼はといえば。


「うひょおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!! 磯女ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! 会いたかったよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 和人たちの中に磯女の姿を見つけた途端、和人やミツキの事は全く眼もくれずに、まるでどこぞの怪盗の孫のようにぴょーんと飛び上がると、そのまま磯女目がけて一気に落下する。

 突然の事に対応できず、立ち尽くしたままの和人。

 慌てて迎撃体制を取ろうとする磯女。

 そんな彼ら目がけて落下する牛鬼。だが、その身体が不意に空中で止まった。


「────へ?」


 空中で急停止した牛鬼の身体。これには牛鬼自身も驚いたらしく、その理由を求めてきょろきょろと周囲を見回す。

 そして牛鬼の眼は捉えた。自らの身体──正確には脚の一本を──を片手で支えている一人の銀の髪の少女を。


「うひょっ!! こっちにも美少女がっ!!」


 牛鬼は嬉しそうな声を上げると、八本の蜘蛛脚の内の一本をミツキに向かって伸ばした。

 その脚先は、明かにミツキの豊かな双丘に向かっている。

 しかし、脚先がミツキの身体に触れる事はなく。

 なぜなら脚が彼女の身体に触れる直前、ミツキの残された手が伸びてきた脚を素早く掴んだからだ。

 にっこりと、牛鬼に向かって実にイイ笑顔を浮かべるミツキ。

 その笑顔を見た牛鬼の顔色が、途端にすーっと青くなる。

 尤も、牛の顔色が実際に変わるわけがないのだが、和人には牛鬼の顔色が確かに青くなったように見えた。


「……ひょ、ひょっとして……あなたは……あ、姐さん……っスか?」

「気づくのが遅いわっ!! この阿呆がっ!!」


 ミツキは、未だに宙に浮いたままだった牛鬼の身体を、そのまま思いっ切り地面に叩きつけた。



 それからしばらく。

 牛鬼は、それはもう見事な土下座を披露していた。

 蜘蛛の土下座。ちょっと想像し辛いものがあるかも知れないが、それはどう見ても土下座だったのだから仕方がない。

 銀の髪を溢れ出る魔力にふわふわとたなびかせ、仁王立ちで腕を組み、朱金の瞳でじっとりと睨みつけているミツキの前で土下座する牛鬼。

 八本ある脚をきちんと整え、ぺたんと岩肌に胴体を密着。そしてへこへこと上下する牛の頭。


「すんません、すんません。まさか、姐さんだったとはつゆ知らず……失礼な事しでかしてしまって、本当にすんません。どうか、どうか……命だけはお助けください……っ!!」

「我にあのような狼藉を働いておいて、命乞いだと……? くくく、矮小な小物の分際で笑わせるでないわっ!!」


 相変わらずとってもイイ笑顔のまま告げるミツキ。

 その身体から先程までとは比にならない程の魔力が吹き出し、間近にいた牛鬼がひっくり返る。

 少し離れたところにいた和人でさえ、その圧力に飛ばされないようにしっかりと下肢を踏ん張っている。

 そして和人の隣にいた磯女もまた、その長い尾を長くくねらせて床との接地面積を増やし、こちらも飛ばされまいと必死だった。


「な、なあ、ミツキ?」

「なんだ、主よ?」


 くるりと振り向いた彼女は、いつも和人に見せている笑顔で。

 同じ笑顔なのにどうしてこんなに違うかなと思いつつ、和人は疑問だった事をミツキに尋ねる。


「その牛鬼……もしかして、知り合いか?」

「知り合いというよりは腐れ縁といったところだな。こやつはな、我が以前にこの国に来た時……今からちょうど百年程前か? その時に我にちょっかいをかけてきたのだ」


 かつてミツキは、契約者を求めて世界中を彷徨っていたという。

 そんなミツキが偶然日本を訪れていた時、ある日一体の幻獣がいきなり彼女目がけて飛びかかって来た。しかも「俺の嫁になってくれぇぇぇぇ」と叫びながら。

 突然の事にミツキは、その幻獣を思わず半殺しにしてしまった。

 以来、ミツキが日本を離れるまで、その幻獣はずっと彼女に付きまとっていたそうだ。

 その幻獣こそが、今目の前でへこへこと土下座している牛鬼なのである。

 その話を聞いた和人は、まじまじと牛鬼を見詰めるとはふぅと呆れたような溜め息を吐いた。


「何だ小僧? この俺様に対して何とも無礼な奴だな。頭から齧っちまうぞ?」


 和人に対してむぅぅんと凄んで見せる牛鬼。だが、先程の土下座を見た後ではまるで迫力を感じない。

 そんな牛鬼の頭をミツキがげいんと拳で叩き、牛鬼は地面と再びキスをする。


「無礼はどっちだ、愚か者。和人様は我が主たる契約者ぞ」


 ミツキの言葉に、牛鬼は慌てて頭を上げて改めて和人を見詰めた。


「へ? 姐さんの契約者……って、い、いやですね、旦那。それならそうと早く仰ってくださいよぉ」


 へこへこ。

 これが人間なら揉み手でもしそうな勢いで下手に出る牛鬼。

 どうやらこの牛鬼、強い者には弱く、弱い者には強いタイプらしい。



「なあ、ミツキ」


 疲れたような和人の声。ような、ではなく、実際に和人は途轍もない疲労感を感じていた。

 想像していた牛鬼と、実際の牛鬼のギャップ。

 それは和人から多くの物を奪い取っていた。主に精神的な何かを。

 強者に対してはどこまでも下へ下へと潜っていく牛鬼の性格は、本来なら卑屈に感じるものなのだろう。

 しかし、どこか憎みきれない何かがあるこの牛鬼には、それほどの嫌悪感は沸かなかった。

 きっとこの辺りが、何だかんだ言いながらもミツキが牛鬼の息の根を止めない理由なのかもしれない。


「どうしてさっきはあれ程緊張してたんだよ?」


 ここにいる牛鬼が旧知の存在であるなら、事前にそれと気づかないミツキではない筈だ。

 だからこそ、和人には先程の緊迫したミツキの様子が理解できない。


「ん? あれは別に緊張していたわけではないぞ。確かに気になる事はあるが……」


 ミツキの視線は、相変わらず愛想笑いを浮かべている──牛の愛想笑いとは何ともシュールな──牛鬼に定められたまま微動だにしない。


「おい、蜘蛛」

「な、なんスか、姐さん?」


 ミツキは牛鬼を「蜘蛛」と呼んだ。

 幻獣は個体を表す定められた名を持たない。

 幻獣の個体を表す名は、契約者から初めて与えられるものだからだ。

 ミツキも和人からこの名を与えられるまで、他の幻獣たちからは「竜王」と呼称されていた。

 ミツキが呼んだ「蜘蛛」という呼称も、単に見た目から彼女がそう呼んでいるだけのものなのだろう。


「お主、どこか傷を負ってはおらんか? それも我らの核──魔石に及ぶような傷を」



 『怪獣咆哮』更新しました。


 や、また一週間かかってしまいました。しかも、今回も微妙に短いし。

 しかも、前回と同じような引きで終わっている。うむ、ちと考えないと不味いね、これは。

 予定通り進むなら、次回で第二部は終了します。もちろん、予定外の出来事で伸びるという可能性は捨てきれませんが。


 こんないい加減な奴ですが、見捨てずにお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いします。

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