10-小島
「それじゃあ今、和人とミツキは、その磯女に同行して牛鬼の元へ向かっているのか?」
磯女の洞窟を抜け出した和人たちは二手に別れた。
和人とミツキは、磯女に案内されて牛鬼の元へ。そして茉莉は心配しているであろう明人たちに、一連の説明をするためにホテルへ。
「はい、明人さん。和人は取りあえず話をしに行くだけだって言ってました。相手も幻獣である以上、話して話せない相手ではないだろう、って」
「ふむ。聞けば、その牛鬼とやらは最小の怪獣よりも遥かに弱いとか。ミツキが一緒である以上、心配はないかと思いますが」
茉莉の言葉を、毅士がフォローする。
だが、それでも明人の顔は顰められたまま。いくらミツキが一緒とはいえ、やはり和人が心配なのだろう。
そんな明人の様子に軽く呆れながら、シルヴィアはつつーっと茉莉の傍によると小声で囁く。
「それで? 和人くんとは何か進展あった? 二人っきりだったのでしょう?」
「えっ!? そ、それは……そ、その……」
真っ赤になって俯く茉莉。シルヴィアは茉莉のその態度から、何かしらあった事を鋭く見抜く。
「そう。しっかり何かあったのね。良かったじゃない」
ぱちりとウィンクを飛ばすシルヴィア。彼女のからかいと祝福の合わさったその行為に、茉莉の顔色は更に赤くなる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、茉莉くん……な、何があったんだ? 和人との間に一体何が……」
「な、何がって……ぼ、ボクの口からはちょっと……い、言えない……よぉ……」
茉莉はもじもじと身体をくねらせる。
一方、明人はというと、茉莉の態度から彼女と弟の間に確かに何かあったのだと悟った。
「か……和人ぉ……。に、兄ちゃんは……兄ちゃんはぁ……おまえをそんなふしだらに育てた覚えはないぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! 兄ちゃん、情けなくって涙が出てくらぁっ!!」
泣き叫ぶ明人。そんな彼を置いてきぼりにして、シルヴィアやブラウン姉妹たちは茉莉へと祝福の言葉を浴びせかけ、そして茉莉は周囲からの祝福に、嬉しそうにしながらも相変わらずもじもじと照れ入っている。
俄に混沌と化した部屋の中、唯一冷静な毅士は、この場にいない友の事を思いながら、そっと溜め息を吐きながら呟いた。
「和人……できれば、もうしばらく帰ってこない方が良さそうだぞ……」
さて、その和人といえば、ミツキと共に磯女に案内されて沖合いの小島にいた。
この近辺は海流が複雑で、漁船もあまり近づかない海域であり、幻獣が隠れ棲むにはうってつけの場所であった。
ちなみに、和人とミツキは『海竜形態』を使用してこの小島に至った。
「ここに牛鬼がいるのか?」
島に点在する浜の一つに上陸した和人は、目の前に広がる鬱蒼とした森を眺めつつ呟いた。
「うむ。間違いあるまい。この森の奥から──より正確に言わば、その地下から魔力を感じるな」
主である少年の横に並び立ちながら、ミツキは目を細めるようにして森の奥を注視する。
「気をつけてくださいねぇ。ここはもう牛鬼さんの縄張りですからぁ」
和人とミツキの背後から、相変わらずのんびりとした口調の磯女が注意を促す。
「ああ、判っているよ。取りあえず、このまま進めばいいんだ────」
和人は背後の磯女に振り返りながら確認しようとして──突然、振り返るのを止めた。
なぜなら、今の磯女の格好に問題がありまくりだったからだ。
現在、磯女は和人から借りたTシャツを着たままだ。それはいいのだが、この小島に来る時、彼女はTシャツを来たまま海中を泳いでここまで来た。
そのため海水に濡れた和人のTシャツは、その下のはち切れんばかりの二つの乳房にぴたりと張り付き、おまけに半ば透けて見えてしまっているのだ。
「? どうかなさいましたかぁ、和人さぁん?」
「い、いや、何でもない」
真っ赤になりながらぶんぶんと頭を振る和人。しばらく必死に九九をぼそぼそと唱えて気持ちを落ち着けると、改めて隣のミツキに向き直った。
「それで、このまま進むのはいいとして、どこを目指せばいいんだ?」
「どこを目指すも何も、それを決めるのは主であろう? 我は契約者である主に付き従うだけよ」
ミツキにそう突き放された和人は、磯女へと──首から下は見ないように注意しつつ──振り返る。
「どこかにぃ、牛鬼さんが使っている出入り口があると思いますぅ。そこからならぁ、牛鬼さんの所まで行ける筈ですよぉ」
余りにも漠然としたアドバイスだった。
その大雑把すぎる方針に眩暈を覚えながらも、和人はミツキと磯女を引き連れて森の中へ分け入っていった。
草木をかき分けながら、和人たちは進む。
時折思い出したたかのように例のウーパーもどきたちが襲ってくるが、所詮はミツキの敵ではなく、すんなりと撃退しながら牛鬼のいる場所を目指す。
「方角はこちらで間違いないな?」
和人が確認のため、背後のミツキへと振り返る。
丁度その時、ミツキは飛びかかって来たウーパーもどきを、まるで蚊でも追い払うように片手で打ち払ったところだった。
「うむ、間違いない。その先から魔力を感じる」
べちゃりと潰れたウーパーもどきには目もくれず、ミツキは淡々と答える。
そうやって時折襲い来るウーパーもどきたちを撃退しながら森を進む和人たちの前に、不意に開けた空間が現れた。
といっても、そこは木々の途切れた広場になっているのではなく、まるで富士の風穴のように地面にぽっかりと開いた竪穴だった。
「────この中か?」
「ああ。そのようだな」
何が、とは問わない。それでいてしっかりと意思が通じ合う和人とミツキ。
「問題はどうやって降りるか、だが……」
竪穴はほぼ垂直。深さはざっと15メートル程。
壁に所々でっぱりや岩などがあるが、命綱もなしにフリークライミング──今回は登るのではなく降りるのだが──するような技術は和人にはない。
「……他に方法はない、か」
観念したように呟くと、和人は磯女へと振り向いた。
ぶらぶら。ぶらぶら。
ぶらぶらと揺れる身体を意識しつつ、和人はぼんやりと上を眺める。
そこには楕円形に切り取ったような青空。
今、和人は以前のように、磯女の尻尾にぐるぐる巻きにされて、竪穴の壁をゆっくりと下っているところだった。
一方のミツキはといえば、壁に小さな出っ張りを足場にして、身軽にぴょんぴょんと跳びながら底へと降りて行く。
最初はミツキが和人を抱き抱えて降りると主張したのだが、ミツキに抱き抱えられた自分を想像した和人は、気恥ずかしくて猛然とそれを拒否した。
結局こうしてぶらぶらと揺れながら下っている。
ミツキは和人に拒否された事が面白くないようで、むすっとしたままさっさと下へと降りてしまった。
やがて磯女が穴の底に到着し、和人は解放された。
既に穴の底で待っていたミツキに目を向けると、彼女は厳しい表情で一方を見詰めている。
「どうかしたのか?」
ミツキの横に並び、彼女が見詰めている方へと視線を向けると、そこには人一人が立って歩ける程の幅と高さの横穴があたった。
「この奥に牛鬼が……?」
「ああ。それは間違いない。だが……」
相変わらず厳しい表情のまま、ミツキはぼそりと零す。
「この尋常じゃない魔力は一体……?」
『怪獣咆哮』何とか更新しました。
と言っても、いつもよりちょっと短いのですが。そこはひとつ、大目に見てやってください。
次回か次次回辺りで第2部は終了になるかと。その後、最終章ともいうべき第3章に続きます。
完結まではまだまだ遠そうですが、できればそれまでお付き合いいただければ幸いです。
今後ともよろしくお願いします。