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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第2部
33/74

09-牛鬼

 牛鬼ぎゅうき

 または「うしおに」とも呼ばれる妖怪で、主に西日本一帯に伝わる。

 海岸に現れては浜辺を歩く人間を襲い、非常に残忍・獰猛な性格で、毒を吐き、人を食い殺すことを好むという。

 伝承では、頭が牛で首から下は鬼の胴体を持つ。または、その逆に頭が鬼で、胴体は牛の場合もある。

 さらに別の伝承では、牛の首で蜘蛛の胴体を持っていたともされる。また、山間部の寺院の門前に、牛の首に人の着物姿で頻繁に現れたり、牛の首、鬼の体に昆虫の羽を持ち、空から飛来したとの伝承もある。

 海岸の他、山間部、森や林の中、川、沼、湖にも現れるとされる。特に淵に現れることが多く、近畿地方や四国にはこの伝承が伺える「牛鬼淵」・「牛鬼滝」という地名が多く残っている。また、そんな牛鬼を鎮め祀った祭礼も存在する。



 以上の事は後に和人かずと毅士たけしから聞いた話であり、磯女から話を聞いた時点で彼が知り得ていた情報は、牛の首で蜘蛛の胴体の妖怪といった程度しかなかった。

 だが、それだけ知っていればましな方だろう。世間的には牛鬼といった妖怪の伝承をまるで知らない者も数多くいるのだ。

 茉莉まつりのように。

 茉莉は磯女から「ぎゅうき」と聞かされた時、ブルドーザーやショベルカーの事かと勘違いした程である。

 もちろん、後から和人に「そりゃ重機だっ!!」という突っ込みを受けたのは言うまでもない。


「それで? その牛鬼がどうしたって?」


 和人のこの問いに、磯女は相変わらず間伸びした口調でおっとりと答えた。


「ずっと前からぁ、牛鬼さんは私にちょっかいをかけてくるんですよぉ」


 磯女の様子は、まるで近所の悪ガキに悪戯されて困っている、といった風情だった。

 そこに緊迫感とか緊張感とかはまるで感じられない。


「牛鬼さん、よほど私の核が欲しいらしくてぇ、もう何年もちょっかいかけ続けてくるので困ってますぅ」


 磯女の言う核。それが何を意味するのか和人と茉莉は瞬時に悟った。

 魔石。

 幻獣や怪獣の核となる、魔力を秘めた秘石。この魔石を人間の魔術師たちは「賢者の石」と呼ぶ。


「ど、どうして、その牛鬼は、あんたを……魔石を欲しがるんだ?」

「それはやっぱりぃ、力を得るためでしょうねぇ。あの牛鬼さんは力を求めてますからぁ」

「どういう事だ?」


 今から百年近く前、彼女はここよりもっと南の海──九州近辺に棲んでいた。

 例の牛鬼もまた、当時彼女が棲んでいた九州の海一帯を牛耳る幻獣だった。

 海一帯を牛耳る幻獣とはいえ、幻獣の数自体が多くはないので、牛鬼の縄張りに棲む幻獣は磯女だけだったが。

 しかし1999年に突如として現れた強大な存在──怪獣の出現により、彼らの生活は変化した。

 それまで周囲の海を縄張りとし、我が物顔で暮らしていた牛鬼は、1999年の7月のある日以来、当時の棲み家であった海中の洞窟で震えて過ごすようになったのだ。

 牛鬼は突如現れた怪獣という存在が怖かった。

 圧倒的な破壊の権化。その破壊の力がいつか自分に向くのではないかと、牛鬼は怖くて仕方がなかったのだ。

 牛鬼が当時の海の支配者たりえたのは、磯女や海辺に暮らす野生動物より圧倒的に強かったから。

だが、その牛鬼の力を以てしても怪獣には敵わない。最も力の弱い怪獣よりも、牛鬼の力は弱かったのだから。

 真っ暗な海中の洞窟の中で牛鬼は震えた。震えながら必死に考えた。何とかして怪獣に抗う術はないものか、と。

 元々、牛鬼はあまり頭が良くない。その良くない頭で必死に考え──導き出された答えは単純な牛鬼らしいものだった。

 強くなればいいのだ。

 怪獣よりも遥かに強くなれば、もう震える事もない。

 そして彼はどうしたら強くなれるのかを知っていた。

 即ち、他の幻獣──当時の牛鬼たちの事を周辺の人間たちは妖怪と呼んでいた──を喰らえばいいのだ、と。

 より正確にいえば、その妖怪が持つ核を吸収するのだ。そうすればその妖怪の力を取り込む事ができる。

 幸い、牛鬼の縄張りにはもう一体、牛鬼よりも力の弱い妖怪が棲んでいる。

 そう、磯女だ。

 牛鬼は磯女を喰らうため、久しぶりに真っ暗な洞窟から外へと這い出した。



「でぇ、その後ぉ、牛鬼さんから逃げて逃げてぇ、この辺りまでやって来ましたぁ」


 牛鬼に追われるまま北上して来たという磯女。

 その彼女が逃げ込んだのがここ「磯女の洞窟」だったとは、何という偶然だろうか。


「じゃあ、その牛鬼も今はこの近くにいるの?」


 茉莉のその質問に、磯女は首を縦に振った。


「お客様たちも見ましたよねぇ。先程のあのぺったり顔した奴らぁ」

「ああ、あのウーパーもどきな。あれって一体何なんだ?」

「あれは牛鬼さんの眷属ですねぇ。この洞窟は牛鬼さんの身体では大きすぎて入れませんからぁ、ああやって眷属を送り込んで来るんですよぉ」


 眷属。それってきっと使い魔みたいなものだろうな、と和人は一人納得する。

 それと同時に。

 和人と茉莉が腰を下ろしていた床の背後が、突如轟音と共に爆発した。



 どん、と激しい音と共に砂煙を巻き上げながら弾け飛ぶ岩盤。

 和人は咄嗟に隣に座っていた茉莉を抱え込み、正面にいた磯女共々を押し倒すような形で床に伏せさせる。

 状況が理解できない茉莉は悲鳴を上げ、磯女もそのどこかふわふわしたいつもの印象が消え去り、明かな緊張を漲らせていた。

 そして晴れゆく砂煙の向こうに、和人は小さな人影のようなものを視認した。


「あ……あれは……まさか……」


 零れ出た和人の呟きを、すぐ傍にいた茉莉の耳が聞き留めた。そして彼女もまた、その人影へと視線を移す。

 収まり行く砂煙。その向こうに佇む小柄な人影は、周囲をきょろきょろと見回すと、その視線を一点に停止させた。

 すなわち、和人たちへと。


「おお、主よ。ようやく見つけたぞ」

「み……ミツキ……?」


 呆然と彼女の名を呟く和人。だが和人がミツキの全身を目にすると、彼は真っ赤になりながら叫び声を上げた。


「な、何て格好してんだよっ!?」


 視線を逸らしつつ叫ぶ和人を見たミツキは、次いで自分の姿を見下ろしておお、と納得したような声を上げた。

 今、ミツキは裸同然の姿だったのだ。

 下着姿で海に飛び込んだミツキ。その後、ウーパーもどきに水中で襲われ、周囲を完全に包囲された。

 その時、彼女の取った手段が、全身を魔力で覆い、そのまま主である和人のいると思われる方へと真っ直ぐに直進したのだ。

 途中の岩盤などを全て粉砕しながら。

 だが、その行為に彼女が身に着けていた下着が耐えきれなかった。

 魔力の出力に焼き切れたのか、それともその前の死闘の際に切り刻まれたのか。

 詳しくは不明だが、彼女の下着は現在崩壊一歩手前といったありさまだった。

 ブラはストラップが両方とも千切れ飛び、カップがずれてその形の良い彼女の両胸がほぼさらけ出されている。辛うじてその先端の小さな果実だけが隠されている状態だ。

 それ以外にもサイドの部分も切れかかっており、もう少し激しく動こうものなら完全に切れてしまうだろう。

 アンダーのショーツもまた同様。

 フロントやバック部分も所々ほつれ、サイドの細くなった箇所が両方とも切れる寸前。こちらもあと少しでただの布切れと化し、ひらりと舞い落ちてしまいそうだった。

 それでいてミツキの白磁のような肌には傷一つ見当たらない。おかげで下手に全裸よりも妖艶な色気があった。


「は、早く何とかしろっ!! 魔力で服を作り出す事ができただろっ!?」


 和人は絶対にミツキの方を見ないようにしながら、伏せていた状態から立ち上がる。茉莉と磯女も彼同様に身体を起こす。


「む? 見慣れぬ幻獣がおるな。先程から感じていた魔力の源は其奴か。で? それは何者だ、主よ?」


 ミツキが磯女の存在に気づき、幾分目を険しくさせながら和人へと近づく。

 その時だった。

 ぱつんという軽い音。

 次いではらりと何かが舞う気配。

 む? というミツキの息を飲む様子。

 それらを敏感に察知した和人は、その気配のした方へと思わず振り向いた。

 振り向いてしまった。


「────あ」


 と呟いたのは誰だっただろう。

 ぱつんという音は、ついにミツキの下着が最後の時を迎えた断末魔。

 はらりという気配はその下着がミツキの肌から離れた別離の証。

 そしてミツキの息を飲む様子は、無論それまで何とか彼女にしがみついていた下着──上下同時に──が限界を向かえ、舞い落ちた事に対する少しばかりの興味。

 つまり。

 ミツキが和人へと足を一歩踏み出した事で、彼女が身に着けていた下着がとうとう限界を向かえ、ただの布切れと化したのだ。

 当然、そうするとミツキは全裸になるわけで。

 彼女は今、己の主の目の前でその健康的でいてどこか妖艶な肢体をおしげもなく晒していた。

 そして、和人は思わず目撃してしまったミツキの裸体から目が離せない。

 やや大きめの胸の双丘。その先に色付く小さな果実。抱き締めれば折れてしまいそうな細く華奢な腰。そしてきゅっと引き締まった腰廻とそこから優雅なカーブを描く両の脚。

 何より下腹に揺れる彼女の髪と同じ色の銀のくさむら

 幻獣という人間を超越した存在だからこそなし得る究極の女体美。それが目に前にあった。

 ごくりと思わず唾を飲み込む和人。

 その和人が何かに誘われるようにふらりと一歩、その足を踏み出した。


「……………」


 和人が何かを言おうとした時、だんっ、という鋭い音と共に茉莉が彼の横に並び寄り、ぎゅんっという鋭い音と共にその右拳を横殴りにふるう。

 彼女の右拳は腰の回転と遠心力を上乗せして、そのまま和人の鳩尾へと吸い込まれた。


「ぐぅっ!!」


 うめき声と共に思わず顎を上げる和人。その和人の後頭部を左の掌でがしりと掴むと、茉莉はそのまま彼の顔を床の岩盤へと叩きつけ叫ぶ。


「か、和人はボク以外の裸を見ちゃだめええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



「ごめんね……和人……」

「んー、ま、何だ。気にすんな──と言いたいところだが、ありゃやりすぎだろ?」


 先程茉莉に床に叩きつけられた和人。その際、彼の額は大きく裂け、かなりの出血を招いた。

 正直、普通なら救急車を呼ぶレベルの傷だったが、魔力で服を編み上げ纏ったミツキがその傷を癒したため、現在では完全に塞がっている。


「うぅ……ごめん……」


 しゅん、と小さくなっている茉莉。それでいて上目使いでちらちらと和人の様子を伺っている。

 もちろん、和人とて茉莉に対してさほど怒っているわけではない。だが、あれだけの衝撃を不意に与えられたのだ。少々不機嫌になっても仕方あるまい。


「それで、主? 後ろにいる者は何者だ?」


 和人と茉莉の会話が一段落ついたと判断したミツキは、茉莉以上に小さくなって震えている磯女を指さしながら尋ねる。


「た、食べられちゃいますぅ? わ、わ、わた、私、こ、この女の人に食べられちゃいますぅ?」


 びくびくと震えながら、磯女は和人の背後に隠れている。

 これもまた仕方のない事だろう。

 磯女は牛鬼よりも弱く、その牛鬼から逃げてここまで来たのだ。

 そして目の前に現れた少女は、その牛鬼よりも遥かに強大な力を宿している。

 この少女も牛鬼同様、自分を狙って現れたと思い込むのは無理もない事だ。


「ああ、大丈夫だよ。こいつはあんたを狙って現れたわけじゃないから」

「ほ、ほ、本当ですかぁ?」


 あのほわほわした雰囲気はすっかりなりを潜め、ただ怯えるだけの磯女。口調だけは相変わらずだったが。


「当然だろう。今更お主のような小物を取り込んだところで、我にしてみればさほどの利もない。安心せい」


 当のミツキにはっきりと宣言され、何とか落ち着いた様子の磯女。

 彼女は不意に何かを思い出したようにあっと声を上げると、慌ててその場でミツキに対して三つ指着いて頭を下げた。


「私とした事がぁ。新しいお客様がお見えだというのにぃお茶も出しませんでぇ。申し訳ありませんでしたぁ。あ、こちらのお客様たちもぉ、お茶のお代わりをお持ちしますねぇ」


 と改めて和人と茉莉にも頭を下げると、そそくさともう一つの通路へと姿を消した。



 『怪獣咆哮』ようやく更新しました。


 難産の割りには話が進んでいない(泣)。どうしたものか。

 第二部はあと数話で終わる予定。あ、あくまでも予定ですが。

 第三部は久しぶりに大型の怪獣が出現する予定。こちらもあくまでも予定ですが。


 これからも何とかがんばっていきたいと思います。よろしくお願いします。

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