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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第2部
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06-暗闇

 一旦、ホテルへと戻った明人あきとたちは、残っていたブラウン姉妹に事の一連を伝えた。


「──どうやら、この一件には確実に幻獣が関係していますね」

「ええ。私もそう思うわ」

「ですが、怪獣──という線は考えられませんか、シルヴィア師?」


 今回の一件に幻獣が絡んでいると結論づけた毅士とシルヴィアに対し、ブラウン姉妹は怪獣の関連も視野に入れるべきではと提案する。

 だが、その案は師匠であるシルヴィアに否定される。


「今回の件──緑川みどりかわ怪士長の誘拐や、和人かずとくんたちの拉致に、怪獣は関与していないでしょうね」

「その根拠は?」


 全く迷う素振りもなく断言するシルヴィアに、アンジェリーナは確認の意味も含めて尋ねる。


「怪獣には知能と呼ぶべきものがない。怪獣にあるのは本能だけよ。だから怪獣が人を攫うという行為をするとは思えない。それが根拠ね」

「ですが、知能に関してはアルナギンゴの例もありますが?」

「──────────あ」


 ベアトリスの的確な突っ込みに、ぽかんとした顔を隠そうともしないシルヴィア。どうやらここでも彼女のうっかりが炸裂したようだ。

 確かに大半の怪獣には本能のみである。だが、中にはアルナギンゴのように魔術を操る怪獣も存在し、そのような怪獣は知能を有しているというのが最近になって明かになった。


「だが、今回に限っては怪獣の関与はないと考えていいと思います。確かに知能を有する怪獣も存在しますが、怪獣に人を攫う必要性があるとは思えません。怪獣が人間を必要とするのは、その第一の目的が捕食ですからね。それなら攫わずともその場で捕食してしまえばいい」


 緑川が生きたまま連れ去られたのはシルヴィアが魔術で確認しているし、和人と茉莉に関しても、彼らと契約している幻獣たちの証言から無事でいる事は明らかだ。

 だから毅士は、和人たちが連れ攫われたのだが捕食目的ではないと言いたいのだ。

 そして毅士の意見に、その幻獣であるベリルもまた同意した。


「毅士殿の言う通りだろう。あの場にいた中でわざわざ茉莉と和人殿を標的にしたのは、おそらく二人の魔力が高かったからだ。あの二人の魔力は明人殿やシルヴィア殿よりも高いからな。だが、懸念がないわけでもない」

「懸念……?」

「あの二人は契約者だ。そしてあの洞窟に潜む魔獣がその事に気付かぬはずがない」


 心配そうな明人に、ベリルは重々しく告げる。


「最悪、あの二人は殺されるかもしれない」



 真っ暗な洞窟の通路をほぼ塞ぐように存在する岩。

 その岩のこっちと向こうで、和人と茉莉は互いの持つ情報を交換しあっていた。

 なぜ二人が岩の両側にいるのかといえば、例え真っ暗な中でも二人とも裸でいるため、傍にいるのが恥ずかしかったからだ。


「じゃあ、闇雲に歩いているうちに、ここに来ちまったってわけか?」

「うん……。眼が醒めたら辺りが真っ暗で……もしかして急に失明したんじゃないかって焦ったよ」


 茉莉まつりの話を聞くに、どうやら彼女も和人が目覚めた所と同じ場所で意識を取り戻したようだ。

 そして偶然蹴飛ばした石が他の石にぶつかり、その時飛び散った火花で自分が失明したのではなく、真っ暗な中にいるのだと気付いたと言う。

 そして近くに和人がいる事に気付かず、手探りで歩いているうちにこの通路に入り込み、やがてこの岩にぶつかったところで物音がしたので、そのまま岩陰に隠れていたとの事だった。


「あー、きっとその物音ってのは俺が歩いた時に立てた音じゃないか? どうやら茉莉が気付いてから、それほど時間をおかずに俺も気付いたんだな」

「うん。ボクもそう思う。でもあの時はそれが判らなくって、怖くなってここにしゃがみ込んでいたんだ」


 茉莉の取った行動は本来誉められた行為ではない。あの場合、下手に動くよりも同じ場所でじっとしているべきだった。そうすれば遠からず目覚めた和人とすぐに合流できたであろう。

 だが、和人はそれも仕方のない事だと思う。

 自分は偶然LEDライトを見つけられたので、彼女よりも冷静に行動できたが、もし茉莉と同じような状況であれば、きっと和人も手探りで歩き回っていただろう。

 まあ、何はともあれ、こうして合流できたのだからよしとするべきだ、と一人心の中で判断する。


「でもどうしてだろ?」

「何がだ?」

「どうして、ボクたちをそ、その……は、裸にしたのかなって思って……」


 確かにそれは和人も疑問だった。

 相手が何者かは知らないが、自分たちに怪我を負わせる事なく拉致した以上、何らかの用があるのは明らかだ。

 だが、果たしてそれと今二人が裸でいるのとどのような関係があるのだろうか。

 それだけはどう考えて和人には判らない。


(──普通、裸にする目的は性的な……)


 その考えに至った瞬間、和人の脳裏に先程の光景が甦る。

 淡いLEDライトの中に浮かび上がった茉莉の裸身。確かに胸の起伏は乏しいが、だからといって彼女の身体にまったく魅力を感じないわけではない。

 年上のシルヴィアやミツキ──見かけはともかく、ミツキの年齢は1000を超えている──とは違った、同年代の少女の裸身。

 それはシルヴィアやミツキとはまた、違う意味で和人には魅力的に見えた。

 もちろん、和人が茉莉の裸を眼にしたのは今回が初めてではない。それどころか、初めて出会った時に彼女は全裸だったのだから。

 それから一緒に暮らすようになって。やはり一緒に暮らしている以上、ちらちらと茉莉の肌を眼にする機会はあった。

 茉莉も意図的に肌を晒しているわけではない──と、和人は思いたい──が、やはり一つ屋根の下で暮らしている以上、何かとそれを眼にする事が多々あるのだ。

 何かを拾う際に屈んだ時に見えてしまう胸元。振り返った際に翻ったスカートから覗く太股。風呂上がりに髪をタオルで纏めている時のうなじなど。和人が思わずどきりとさせられる光景は結構よくあるのだ。

 その茉莉が今、岩を挟んだ向こう側に全裸でいる。

 その事を改めて意識した時、和人の心臓の鼓動はテンポが一気に倍になったかのように荒れ狂う。

 きっと今、自分の顔は真っ赤になっているだろう。と、和人の冷静な部分がそう感じていた。


「……どうしたの、和人? 急に黙り込んじゃったけど?」

「あ! い、いや、何でもない! ちょ、ちょっと考え事してただけだ」


 不意に近くで響いた茉莉の声に、思考の海から浮上した和人は慌てて答える。

 だから和人は気付いていなかった。茉莉の声が近くで響いたという点に。

 そして和人がその事に違和感を感じた時、彼のいるすぐ傍でかつんという石が転がる音がした。

 反射的に和人はLEDライトを音の方へ向ける。

 一条の小さな光が走り、彼のすぐ傍に白く輝く何かを一瞬浮かび上がらせる。


「え……」


 思わず零れ出た呟きと同じに、ライトを持った彼の手も止まる。

 だが、白く輝く何かはライトの光の中を素早く横切り、そのまま和人へと飛び込んで来る。


「……茉莉……?」


 不意に腕の中に飛び込んで来た柔らかな感触。そして同じに香る、最近すっかり嗅ぎ慣れてしまったどこか甘い体臭。

 今、自分の腕の中にいるのは間違いなく茉莉であると和人は確信した。



「ど、どういう事だっ!? どうして二人が殺されるんだっ!?」

「落ち着きなさい明人くん!」


 掴みかからん勢いでベリルに詰め寄る明人を、シルヴィアの一括が諌めた。


「何も二人が殺されると決まったわけじゃないわ」

「そ、そうでした……すまんな、ベリル」

「いや、気にしなくても構わないさ、明人殿。あなたの気持ちはよく判る」


 そう言われて明人は思い至る。幻獣にとって契約者は我が身に等しいという事を。

 きっとベリルも、自分が和人を心配するように茉莉を心配しているのだろう。


「私と茉莉は繋がっている。だから判るのだ。彼女は無事だ。そして茉莉が無事である以上、和人殿もまた無事である公算が高い。だが……」


 小さな頭をくりっと傾げて、ベリルは不思議そうに告げる。


「先程からなぜか……茉莉が極度に緊張しているのを感じるのだ」

「それは危険を感じているからではないの?」

「いや、そのように切迫したようなものではなく……緊張と同時に極度の高ぶり……即ち興奮もしているようなのだ」


 ベリルの言葉に、シルヴィアを始め全員が首を傾げる。

 だが、ベアトリスが思わずといった感じでぽつりと呟いた。


「洞窟の中……暗闇……若い男女が二人っきり……」


 顔を朱に染め、一人何やら悦にいったようににやにや笑みを浮かべて身悶えするベアトリス。

 そんな彼女に生暖かい眼差しを送る一行の中、明人だけ顔色を変えていた。


「は、早まるな和人ぉっ!! 早まってはいかああああああんっ!! おまえたちにはまだ早いっ!! 色々と早いっ!! 自分を大切にしろおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!! 高校生らしい節度ある付き合いを──────っ!!」


 最後の方は既に言葉にならない明人の叫びが、虚しくホテルの部屋に響いたのだった。



「……ねえ、昨日ボクが言った事、覚えている……?」

「き、昨日……?」


 腕の中の柔らかな感触に、和人の心拍数は更に跳ね上がる。


「……うん。昨日ボクたちが緑川さんを探しに行って……緑川さんをボクが担ぎ上げた時……」


 和人の記憶が甦る。あの時、不意に覚醒した緑川が、茉莉の胸を掴みあげたのだ。


「……あの時、ボク、言ったよね? 誰かに胸を触られるの、初めてだって……」

「あ、ああ……確かにそう言っていたな……」

「あれは事故みたいなものだったけど……それでも初めてで……ちょっとショックだったんだ……そ、それで……お、思ったんだ……」


 腕の中の茉莉。その彼女の体温が不意に上昇したように和人は感じた。


「……あんな形で触られるぐらいなら……もっと前に和人に触って貰えば良かったな……って……」

「あ、ああ……え、えええええええっ!? ちょ、ちょっと、おまえ、何言って……っ!?」


 慌てふためく和人をよそに、茉莉は更に言葉を続ける。

 そして先程和人が感じた茉莉の体温の上昇は更に高まっていた。


「……だから……ボクの色んな『初めて』……和人にあげる……ね? も、貰ってくれるか……な?」


 そして茉莉は、まずは、と呟いて和人の腕の中で身じろぎする。

 次の瞬間、和人は自分の唇に暖かく甘い何かが触れるのを感じた。


「……えへへ。ボクの……ボクの初めてのキス……だよ? 今度こそ、正真正銘、初めてを和人にあげられた……ね?」


 更に早くなる和人の心臓の鼓動。そして自分の心臓以外の激しい鼓動を、和人は腕の中の少女からも感じられた。

 茉莉がぐっと和人に体重をかける。

 自分の胸に茉莉の柔らかい何かが押し当てられている事に、和人は軽いパニックを起こしながらも確かに気付いた。


「もっと……もっと、ボクの『初めて』……貰って……ね? ボクは和人に……貰って欲しいんだ……」


 和人の頭の中は真っ白になり、何も考えられなくなった。



 『怪獣咆哮』更新しました。


 前回から少々間が空いてしまい申し訳ありませんでした。

 なかなか話が進まず、試行錯誤しているうちに時間が……。

 あと、ついつい書きやすい『辺境令嬢』とか『魔獣使い』の方を書いてしまうというのもありまして。ええ。


 今後もがんばりたいと思いますので、お付き合いよろしくお願いします。

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