02-少女
『アルカンシェ』を投稿したついでに『怪獣咆哮』も投稿します。
和人と毅士の2人は、シェルターに避難する途中こっそり抜け出して、海に向かってバイクを走らせていた。
本来、和人たちの通う高校はバイク通学を禁止していたのだが、怪獣が現れた際の緊急移動手段としてバイクを校内に置いておく事は許されていた。
そのため、以前はバイクの免許の取得に否定的だった学校側だが、最近ではバイクの免許取得に肯定的となった。
そんな訳で和人も毅士も、中型自動二輪免許をしっかりと取得している。
2人が今乗っているバイクも、毅士が学校に置いておいたSUZUKIスカイウェブ250である。
主だった道路は警察や自衛隊により、海方向からの避難用として交通規制されているだろう。そんな道路を海方向に逆走でもしようものなら、あっという間に止められるに決っている。
だから2人は裏道を選んで海を目指していた。この街で生まれ育った2人にとって、裏道は自分の家の庭のようなものだった。
「今度の怪獣はどんな奴だと思う?」
リアシートに座る和人は、バイクを運転している毅士にそう問いかける。
「確か、1年半前に現れたのは10メートルに満たない小型だったな。果たして今回はどのような奴が現われるやら。しかし、怪獣が現れることを期待しているとは、俺たちは不謹慎もいいところだな」
「あははは。全くだ。兄ちゃんに何て言おう」
2人はヘルメットに仕込んだ通信機を通して会話をしていた。自衛隊員である和人の兄、明人の同僚の整備班員が、廃棄処分となる旧式の通信機を改造して造ってくれたものである。
廃棄処分の旧型とはいえ元々軍用として開発されたものであり、和人たちには充分実用に足りる。
2人はそんな事を話しながらも、どんな怪獣が現れるのかわくわくしながら裏道を走り抜けて行った。
元々は小さな漁村でしかなったここ、S県城ヶ崎市。
だが、近隣の都市のベッドタウンとして発展し、田舎ではないが都市でもないといった規模の街にまで成長した。
だが最近では、城ヶ崎市はまた違う姿を見せている。
一号怪獣ベルゼラーが初めて人類の前に姿を現し、そして斃された日より僅か数日。ここ城ヶ崎市にまたも怪獣が出現した。
城ヶ崎に現れた怪獣はベルゼラーのような直立歩行型ではなく、シーラカンスによく似た魚に八本の脚を生やしたような姿をした怪獣だった。大きさもベルゼラーより遥かに小さく、20メートルにも満たない中型に分類されるサイズであった。
この魚型怪獣、後にシーラカンスに似ているからという理由で『シーランス』というひねりも何もない呼称を与えられる怪獣は、瞬く間に城ヶ崎市の漁港を壊滅させた。
そして漁港を蹂躙したシーランスは、都市部に向かって移動を始めた。
シーランスは口から溶解性の泡を吐き出して建築物を溶かし、逃げ惑う人間を長い舌で捕えては咀嚼していった。
怪獣上陸から約1時間、ようやく近隣の基地より自衛隊の先発隊が到着し、シーランスと交戦を開始。
中型のシーランスには、大型のベルゼラーのようにミサイルクラスの兵器でなくても通用した。
さすがに9ミリや45口径程度では効果はなかったが、12.7ミリクラスの重機関銃でも通用したのが幸いであった。
その後、遅れて到着した戦車隊の戦車砲の斉射によりシーランスは斃されるのだが、上陸から斃されるまでの2時間弱で、城ヶ崎市は漁港部壊滅、都市部も3分の1が破壊されるという被害を被った。
「やれやれ。まさか、いきなり怪獣と遭遇するとはね」
呆れ口調で少女は呟いた。
彼女は街を一望できる岬の上から荒れ狂う海を眺めていた。この岬に来る途中、関係者以外立ち入り禁止という看板があったが、少女はそんな事には頓着していなかった。
「まだ住む所も決ってないのになぁ……本当にボクってついてないよ」
「そんな事言ってもやるのだろう? 茉莉?」
その声に、茉莉と呼ばれた少女は大きく頷いた。
今、この岬には少女の姿しかない。
少女以外にこの岬にあるものといえば、少女の物と思われる大きめのスポーツバッグが一つ、彼女の足元置かれているぐらい。それなのに声は確かに二種類存在した。
一つは少女自身の声。その身に宿る若さを含んだ張りのある声。
年齢は15、6歳ぐらいだろうか。艶やかな黒髪は肩甲骨辺りまで伸ばされ、先端にやや癖が見受けられた。その髪が岬を吹き抜ける風に靡いている。
真っ直ぐに海を見詰めるその瞳は、強い意志を秘めて黒曜石のように陽の光を受けて輝いている。
着ているものは、着古したデニムのジャケットと同色のスラックス。ジャケットの下は黒のトレーナーという活動的なもの。そんな活動的なファッションが、この少女にはよく似合っていた。
そしてもう一つの声。その低い声には高い知性と冷静な性格を思わせる響きが含まれていた。
声の質から男性のものだと思われるが、その声の主と思われる姿は茉莉と呼ばれた少女の周囲にはない。
いやもう一つ。確かに姿は、ある。
それは少女の肩。その小さな肩に、鳥のような生物の姿があった。
「聞くまでもないでしょ、ベリル。それがボクの決意なんだから」
少女は肩に止まった鳥のような生き物に語りかける。
「そうであったな。怪獣を倒す。それが茉莉の誓いであったな」
ベリルと呼ばれた鳥のような生物が、先程と同じ低い声で少女に応えた。
そう。少女と会話していたのは、この妙な生き物だった。
「そういう事。怪獣が姿を現したら──行くわよ」
「心得た」
妙な生き物とそう言葉を交わした少女は、一度周囲を見回して誰もいない事を確認すると、何故かその場でいきなり服を脱ぎ始めた。
裏道を走り続けてきた和人と毅士は、一度も咎められる事なく海の近くまで来ていた。
「そう言えば和人。お前はあの噂を聞いたか?」
バイクを運転しながら、毅士が不意に和人に尋ねた。
「噂? どんな噂の事だ?」
「何でも、人間の味方の怪獣が現れたのだそうだ」
毅士の言う噂。それは2ヶ月程まえの事だった。ここ城ヶ崎市よりさほど遠くないある街に、突然地中から怪獣が出現した。
地中から現れた土竜によく似た怪獣が、今まさに街を蹂躙しようとしたその瞬間、空から一匹の鳥に似た怪獣が飛来した。
土竜型は20メートル程の中型。対して鳥型は40メートル近くもある大型だった。
「ああ、その話ならニュースで見たぞ。鳥型が土竜型を掴んで飛び去ったんだろ? アナウンサーは鳥が土竜を獲物と思って襲ったんじゃないかって言ってたな」
毅士の話を聞いて、和人は記憶を掘り起こしながらそう答える。
「その通りなのだが、今まで怪獣同士が諍いを起こしたという話なぞ聞いた事がない。だから怪獣と戦う人間の味方をする怪獣が現れたのでは、という噂になったようだな」
「ふーん。でもさ、それって単に怪獣と怪獣が喧嘩しただけじゃないのか?」
「確かにその通りかもしれん。怪獣同士だって喧嘩することもあろうからな。まあ、あくまで噂にすぎんよ。人間の味方をする怪獣など想像もできん」
「それもそうだな……って、おい毅士っ!! あそこっ!!」
突如叫んだ和人の指差す方向、そこには、人気のない裏道をとぼとぼと泣きながら歩く、5、6歳ぐらいの男の子がいた。
「どうやら逃げ遅れたか、保護者とはぐれたかだな」
「どうする毅士?」
「……致し方あるまい。まさかあの子をこのまま見捨てる訳にもいかん」
毅士がバイクと停止させると、和人が飛び降りて男の子に駆け寄る。
「どうした? 迷子になっちまったのか?」
和人はしゃがみ込んで男の子に話しかける。泣きながら話してくれた事によると、やはり避難の途中で親とはぐれて迷子になったらしい。
「よーし、もう大丈夫だからな。俺たちがシェルターまで送ってやるから」
そう言って男の子の頭をやや乱暴になでると、和人は立ち上がって毅士を見やる。
「恨みっこなしの一回勝負だぜ?」
「よかろう。受けて立つ」
その言葉と同時に、毅士は拳を握って和人に向かって突き出す。
対して和人は開いたままの掌を、同様に毅士に向けて勢いよく放つ。
「よぉぉぉっしっ!!」
「ふ……不覚……っ!!」
毅士のグーに対して和人のパー。何の事はない、単なるジャンケンである。
「それでは毅士クン、この子を無事送り届けてくれたまえ」
「不本意だが承知した。それよりも和人、写真を撮るのを忘れるな? 後から写真と合わせて委細を聞かせてもらうぞ!」
そう言い残すと、毅士はバイクのリアシートに男の子を乗せ、渋々ながらUターンして近くのシェルターに向かった。
「さて、と」
遠ざかる毅士のバイクの排気音を聞きながら、和人はこれからどうするか考える。
「そうだなぁ。どこか海がよく見える場所は……」
少し考えて和人は、ここからさほど遠くない所に絶好の場所がある事を思い出した。
「あそこからなら間違いなくよく見えるな。よっし!」
そう一言呟くと和人は、現われるであろう怪獣がよく見える場所──海に突き出した岬を目指して駆け出した。
作中に自衛隊の装備について少々出て来ますが、自分、自衛隊についてはあまり詳しくありません。もし詳しいがおられましたら、色々と指摘して頂けると幸いです。
今後ともよろしくお願いします。