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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第2部
29/74

05-洞窟


「うがっ!! 痛てえぇっ!!」


 突如鼻に襲いかかった激痛に、和人かずとは意識を取り戻して上半身を起こした。

 だが、眼を開けた筈なのに何も見えない。まさか何らかの理由で失明したのか、と和人の心に恐怖心が湧きあがる。

 そして再び痛み。今度は右手の小指だった。

 和人の心の恐怖は更に大きくなる。

 自分は何も見えないのに、周りには何かが潜んでいて自分に攻撃を仕掛けてくる。このような情況で平静でいられるわけがない。

 上半身を起こした状態で無意識のうちに後ずさる。その時、何気なく着いた左手の下で、かちりと小さな音と共に一条の光が煌めいた。


「────え?」


 一瞬だが光が見えた事で、和人の恐怖心が少し和らぐ。そして今まで何も見えなかったのは、別に失明したわけではなく単に周囲が真っ暗だったからだと悟る。

 和人はゆっくりと先程光った辺りに手を伸ばす。この時になって、ようやく自分のいる場所がごつごつとした岩場である事にも気づいた。

 やがて恐る恐る伸ばした手の先に、明らかに岩とは異なる質感のものが触れた。

 慎重にそれが何かを指先で確かめる。大きさは直径3センチほど、厚みは1センチほどの平べったい円形。その円形の片面には、更に小さな円形の何か。その何かに触れると、先程と同じく一瞬だけ光が走った。

 和人はそれが何か思い当たった。それは彼が念のためにとポケットに入れておいた、小さなLEDライトのキーホルダー。どうやらポケットから零れ落ちていたようだ。

 キーホルダーを拾い上げ、ライトのスイッチを押す和人。

 小さくも明るい光に照らされ、和人はようやく周囲の様子を知る事ができた。

 今彼がいるのは直径5メートルほどの円形空間で、あちこちに岩と塩溜まりがあった。

 そして光の中を横切る小さな影。和人は慌ててライトを動かしてその影の正体を探る。


「…………何だ、蟹かよ……」


 どうやら先程和人を攻撃したのは、ここに住み着いている小さな蟹だったようだ。

 ほっと安堵し、先程挟まれた指をライトで照らして確認しようとした和人は、この時になってようやく重大な事に気づいた。いや、気づかされた。


「……どうして俺、素っ裸なんだ……?」


 そう。

 何故か和人は全裸だった。



「……潮が満ちて来たな……」


 毅士たけしの一言に、明人あきととシルヴィアはそれぞれ足元に眼をやる。

 確かに彼の言葉通り、先程は全くなかった海水が、今では彼らのくるぶしを浸す程まで水位が上がっていた。

 和人と茉莉まつりが不意に何者かに拉致されて約一時間。干潮時を狙ってこの『磯女の洞窟』にやって来た明人たちだったが、一時間の時間経過に水位は徐々に上がって来ていた。


「ここでこうしていても仕方ないわね……」


 そう呟くシルヴィアの視線の先には大きな塩溜まり。いや、これは単に塩溜まりではなく、洞窟の通路が水中に没していると考えるべきだろう。

 和人たちが拉致され、慌てて後を追って『磯女の洞窟』に足を踏み入れた明人たち。だが、『磯女の洞窟』は、30メートル程進むとそこで行き止まりになっていた。

 いや、正確には洞窟は下方へと伸びており、その洞窟全体が水没していて明人たちはこれ以上進めなくなっていたのだ。


「ここは一度戻って態勢を立て直すべきね」

「で、ですが、それでは和人と茉莉くんが……っ!!」

「あなたの気持ちは判るわ。だけど、ここでこうして突っ立っていたって始まらないのも事実よ」


 シルヴィアの言葉に明人は黙り込む。彼だってシルヴィアの言葉が正しいのは理解しているのだ。

 シルヴィアから視線を逸らしぐっと黙り込む明人に、それまでじっと海水を注視していたミツキが振り返った。


「兄者殿たちは一度戻るがよい。ここから先は我が一人であるじを探しに行く」


 そう言うとミツキは明人たちが見つめる中、何の躊躇いもなく身に付けているものを脱ぎ捨てて下着姿になる。


「ど、どうするつもりなんだミツキ?」


 慌ててミツキの裸身から視線を逸らし、若干顔を赤く染めた明人が問う。


「我は幻獣よ。この程度の海水、潜り抜けるのは造作もない。故にここから先は我一人で行く。それに我と主は繋がっておる。漠然とだが、主がどこにいるのか判るしの」

「そ、それじゃあ、和人は無事なんだなっ!?」


 思わずミツキに視線を戻し──慌てて再び視線を逸らした明人は、弟が無事だと判り安堵の息を吐いた。


「ああ。我には判る。主は無事だ。お主にも判っておるのだろう?」


 そう問うたミツキの視線の先にはベリル。


「もちろん、私にも茉莉が無事だと判るとも。だが、私ではこの先には行けそうもないがな」


 鳥型の幻獣であるベリルは、水に入る事ができない。それ故か、彼の言葉には若干悔しそうな響きが込められていた。


「なに、主を助けるついでだ。あの小娘も助けてやるさ」


 不敵に笑ったミツキは明人たちが見詰める中、するりとそのしなやかな肢体を暗い海水へと潜り込ませた。



「……潮が満ちて来たな……」


 期せずして、和人は親友と同じ台詞を吐いた。

 今、和人がいる岩に閉ざされた空間にも、徐々に海水が浸水してきていた。

 和人が意識を取り戻してから体感時間で約30分。体感時間なのでもちろん誤差はあるだろうが、干潮を過ぎて徐々に潮が満ちて来ているようだ。

 この30分で和人は、今自分がいる空間を大体調べ終えていた。

 直径5メートルほどのこの空間から伸びる通路は二つ。一つは今もじわじわと水位が増してきている水没した海中の通路。

 和人は謎の触手のようなものに巻き付かれ、強引に洞窟の奥へと引っ張られた後、自分が水中に引きずり込まれて意識を手放したのを覚えていた。

 そこから察するに、自分はその水没した通路を通ってこの空間に連れ込まれたのだろう。

 そしてもう一つの通路はこの空間から上方へと伸びているようだった。

 壁にこびり付いたフジツボの位置から、このまま水位が上がり続ければこの空間がほぼ水没するのは明白。ならば和人の取る選択肢は一つのみ。


「こっちの通路を進むしかないか……」


 和人は通路の前まで進み、その奥をライトで照らしてみる。通路はそれなりの幅と高さがあり、和人が普通に立って歩いても問題なさそうだ。

 そして彼の持つ小さなLEDライトでは、その通路の奥を見渡すことが不可能な程、先に続いているようだった。

 更に裸でいるという事実が和人を不安にさせる。得体の知れない場所で裸でいるという事がどれだけ不安な気持ちにさせられるのかを、和人は嫌という程味わっていた。

 海中の通路がどれだけ続いているか判らない以上、和人が進むべき道はもう一つの通路のみと言っていい。

 自分がそこを通ってここに連れられて来た以上、それ程長い通路ではないだろうが、手持ちの小型ライト一つで海中の通路を泳ぐのはいくら何でも危険過ぎる。

 それにこの小型ライトは防水されたものではない。幸い今は無事に使えているが、水中でもきちんと使えるかどうか判ったものでもない。

 以上の事から、やはり和人の下した決断は残された通路を進むというものだった。


「仕方ない……行くか……。本当はこういう場合、下手に移動しないのが鉄則なんだけどな……」


 誰に告げるでもなく呟いた和人は、そろそろと行き先の判らない通路を進み始めた。



 和人が立ち去ってしばらく。

 それまで彼がいた円形の空間の、水中に没していた通路の水面が不意にゆらゆらと揺れた。

 やがて揺れる水面を破って、海中から何かがずるりと這い出して来る。

 完全な闇に閉ざされた空間に這い出して来た『それ』。『それ』は身体中をぬめぬめとした鱗で覆われていて、鋭い角の生えた頭をぐるりと周囲を見回すように巡らせた。

 和人が立ち去ってから時間が経過した事で、大人の膝上ぐらいまでの水位の海水が空間の半分程を侵していた。

 『それ』はそこに何もないのを確認したのか、そのままずるずると海中から這い出ると、先程和人が進んだ通路を鱗に覆われた四肢でひたひたと進んで行った。



 緩やかな登りとなっている通路をゆっくりと歩く和人。小さなLEDライトで得られる視界は極めて狭く、1メートル程先を小さく照らすのみ。

 加えて通路はあちこちが石や岩でごつごつとしており、裸足の和人は怪我をしないように尚更ゆっくり歩を進める必要があった。

 そうやって進むことしばらく。不意に和人の耳に、かつん、という硬質な音が響いた。


「──な、何だ……っ?」


 和人は音のした方にライトを向けるが、小さなライトではその正体を確かめるには至らない。

 意を決した和人は、ゆっくりと音のした方へと足を運ぶ。

 やがてライトが照らす小さな円形の中に、通路を塞ぐような大きな岩が浮び上がった。

 だが通路の横の壁と岩の間に若干の隙間があり、辛うじて先へと進む事はできそうだった。

 和人は身体を横にして、壁や岩に肌を擦らないように注意しながらその隙間を抜ける。

 そうやって隙間を何とか抜けた瞬間、再び小さな音が和人に耳に飛び込んだ。

 今度聞こえた音は先程のような硬質なものではなく、まるで息を飲み込んだかのようなもの。


(な、何かいるのか……?)


 慌ててライトを向ける和人。そのライトの明かりの中に、思いもしないものが浮び上がった。

 いや、思いもしない、というのは間違いだ。これまで頭のどこかではずっとその事を考えていたのだから。

 和人がここにこうしている以上、彼女もまた無事でどこかにいる可能性は高かった。

 そして今、小さな明かりに照らされているのは、彼が予想した通りの姿の彼女。

 通路を塞ぐようにしていた岩の影で、膝を抱えてしゃがみ込んでいたのは間違いなく茉莉だった。


「──茉莉……?」

「え……和人……?」


 和人の声に、茉莉が顔を上げる。そしてその顔がぼんっという音が聞こえそうな勢いで真っ赤に染まる。


「────?」


 一瞬不思議そうな顔をする和人。だが、自分が今どんな姿でいるのかに思い至り、彼もまた茉莉同様全身が染まる程赤くなった。

 今、彼は身体を横向きにして、岩と壁との隙間を潜り抜けたところだった。

 背中を壁側に、身体の前を岩側にして。

 そして茉莉は和人とは反対側の岩と壁の影にしゃがんでいたのだ。

 つまり。

 茉莉からすれば、自分の方を向いた和人の姿が、小さな明かりの中朧げに見えていた。

 そう。今の和人はオープンフロント状態。茉莉からはその全てが見えていたのだ。

 そして茉莉もまた。

 自分の名を呼ぶ和人の声に、茉莉は思わず立ち上がってしまった。

 立ち上がってしまったのだ。自分を照らす小さな光の中で。もちろん、茉莉も和人同様全裸だった。

 互いに互いの全てを見てしまった二人は、淡い光が照らす中、悲鳴を上げる事さえ忘れて呆然と互いを見詰め合っていた。


 互いの全てをじっくりと。




 『怪獣咆哮』更新。


 ここまでは何とか順調に週一回のペースで更新できています。が、いつまでこのペースが続くやら……。


 何か『辺境令嬢』とか『魔獣使い』の方が書きやすくて、ついついそっちを書いてしまうので『怪獣咆哮』が遅れるという悪循環……。いや、何とか『怪獣咆哮』も書いていますよ? ええ。


 そんなわけでこれからも頑張って書いていきますので、今後もよろしくお願いします。

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