02-親睦
「幽霊?」
部屋へ戻って来た明人が、待っていた和人にそう説明した。
「ああ、浜辺の東の方の岩場に洞窟があるらしいんだが、その中に幽霊がでるってのがこの辺りの土地に昔から伝わっているらしい。だから近づかない方がいいと町役場の人が言っていたんだ」
それは先程行われたこのホテルのリニューアル・セレモニーの席での事。
リニューアル・セレモニーと言っても、都会とは呼べないような地方での事、集まったのはホテルの関連業者、即ち、食材やアメニティその他の消耗品を納入する企業や、この土地の役場の役人など。
ホテル側の参加者は、ホテルの支配人やその数名の部下、そしてオーナーであるシルヴィア。なぜか明人までシルヴィアのパートナーとして参加させれたりしたが。
その際、集まった人たちにシルヴィアが、明人を婚約者として紹介したりして明人を大いに慌てさせたりした一面もあったり。
最近、徐々に外堀が埋められてやしないか、と危機感を募らせる明人であった。
本日、このホテルに泊まっているのは白峰一行のみ。
なぜならこのホテルの営業開始は来週からで、現在では営業されていないのだ。
それでもオーナーの家族──シルヴィア主張──や知人が泊まるとあって、ホテルのスタッフは万全の態勢で彼らを受け入れた。
とはいえ、その人数は必要最低限である。泊まる人間が十人にも満たないので、何十人ものスタッフは必要ないのだ。
特に厨房のスタッフには今回殆ど参加してもらっていない。食材は白峰一行が持ち込み、調理も自分たちで行うと予め通達してあったからだが、それでもスタッフの賄い分の最低限の人たちに参加してもらっている。
どうやらシルヴィアは彼女の持つ様々な伝を使って優秀なスタッフを集めたらしい。
このホテルに到着し、スタッフの仕事振りを見た毅士は、きっとこのホテル経営は成功するだろうと予測する。
必要なところには惜しみなく資金を注ぎ込む。もちろん、無駄に注ぎ込むことは浪費以外のなにものでもないが、必要なところの投資を惜しまないのは、経営者としては正しい姿だろう。
きっとこれがシルヴィアが言っていた、「資産が資産を産む」という事なんだろうと、毅士はいたく感心した。
さて、そんなセレモニーから帰ってきた明人が、ホテルの客室で待っていた和人に告げたのが先程の言葉だった。
どうやらこの付近に、昔から幽霊が出るという噂の洞窟があるらしい。
和人は明日にでも行って見ようと思い、毅士の意見を聞こうと彼へと振り返る。だが、毅士は新たに兄の部下になったという緑川という大柄な男性と話しているところだった。
「なあ、少年。君はどっちを選ぶ?」
「は? 何のことですか、緑川さん?」
「決っているだろう! どちらの女性を選ぶか、という事だよ!」
どびしっ! とばかりに毅士に指を突き付け、熱血風味に宣言する緑川。
「つまりだな! 君はアンジーちゃんかベッキーちゃんのどちらを選ぶのか、と聞いているんだ!」
「ちなみに、緑川さんはどちらを選ぶのですか?」
「決まっている! アンジーちゃんだっ!!」
「ほう。理由を聞いてもいいですか?」
「決まっている! アンジーちゃんの方が胸が小さいからだっ!!」
緑川はどどーんと背後に荒波でも背負いそうな勢いでカミングアウトした。
どうやらこの大柄な男性は、胸の小さな女性がお好みらしい。
「本当言うと一番の好みは茉莉ちゃんなんだが、彼女は隊長の弟くんの恋人らしいじゃないか」
更にこの三十過ぎの男性は、かなり年下の女性がストライクらしい。それも、自分の半分の年齢でもOKときた。
「あのミツキっていう娘も悪くはないが、俺は所謂「ロリババア」は好みじゃないんだ。カーナー博士は隊長の婚約者だし、そうすると残りはブラウン姉妹だろう?」
ミツキは確かに古風な口調で喋るが、別に「ロリ」に分類されるような容姿はしていないよな、と和人は思った。
対して、シルヴィアさんは別に婚約者じゃない! と声を大にして明人は叫んだが、残念ながら熱弁をふるう緑川の耳には届かないようだ。
「そうなると、姉妹のどちらかを君と俺とでお持ち帰りって事だろ? なら、君はどちらを選ぶのかな、と思ってな。あ、万が一好みが重なるようなら、ここは年長者に敬意を表して譲るのが筋だぞ?」
「ちょ、ちょっと待て、緑川怪士長!」
何やら只ならぬ方向へと進む話に、思わず明人は口を挟んだ。
「お持ち帰りとか何とか、高校生にする話じゃないだろう!」
「お言葉ではありますが、隊長」
どうやら、今度は聞こえたらしい。
「今回の旅行は親睦を深めるのが目的であります!」
「そ、そうだな」
「ならば、ここはやはり男女間の親睦を深める事に集中すべきだと愚考するであります!」
びしっ! と敬礼を決めながら実にイイ笑顔で答える怪士長。
「ですから、隊長はカーナー博士としっぽり親睦を深めてください! その間、本官はアンジェリーナ二曹とずっぽり親睦を深めるであります!」
びしっ! と親指を立てながら実にイイ笑顔でのたまう年上の部下。
「では、君たち! 早速それぞれ、親睦を深めに行こうじゃないか! くぅっはあああああっ!! 滾ってきたあああああああああぁぁぁぁっ!!」
叫び声と共に部屋を飛び出す緑川。そんな彼の後ろ姿を明人たちは呆然と見送る。
「な、なあ、和人に毅士……ひょっとして緑川さん、俺がいない間に酒でも飲んでいたのか?」
「いや……そんな筈はないですけど……」
「うん……俺も緑川さんが酒飲んでるところ見てないぞ」
和人たちの言葉に間違いはないだろう。緑川からは一切酒の匂いがしなかった。それはつまり、彼は今、素面であるということだ。
「ちょ、ちょっと待て……素面でアレ……なのか……?」
あんな調子な奴が部下で大丈夫なのか? と、思わず頭痛を感じる明人であった。
一方その頃、女性陣はといえば。
「大きいのぉ……」
「うん……大きいね……」
「主のとは段違いよの……」
「うん……和人のとは段違いだね……」
目の前の大きな「ソレ」を、茉莉とミツキは呆然と眺める。
「やっぱり……大きいのは……気持ちいいわね……あぁぁ……」
「そうですね……シルヴィア師……大きいのは……いいですね……ぅん……」
「私も……そう思います……ぁふ……」
シルヴィアたち師弟も、すっかり大きな「ソレ」に浸り切り、どこか官能的な声を零す。
「やはり大きな風呂はいいのぉ……主の家の風呂も悪くないが、やはり、こう、開放的で広々としたものは、何とも言えぬ爽快感があるのぉ」
「うん……ボク的には、毎日お風呂に入れるんだから文句を言えるような立場じゃないけど……やっぱり、日本人なら露天風呂だよねぇ」
茉莉とミツキは、髪が湯に濡れないように纏め上げながら、広々とした湯船に手足を伸ばして露天風呂を堪能していた。
「明人くんが観光ホテルに露天風呂は絶対に欠かせないって言っていたけど……本当ね。確かにこの景色を眺めながらのお風呂って最高だわ」
今回シルヴィアが買い取ったホテルは海岸沿いに建っており、すぐ目の前には白い砂浜が拡がった綺麗なビーチが拡がっていた。しかもこのビーチはホテルの所有物であり、所謂プライベートビーチになっている。
ホテルの宿泊客なら誰でも利用でき、このホテルの夏場の目玉の一つでもあった。
そしてもう一つの目玉がこの露天風呂だ。
ホテルの屋上に設置されたこの露天風呂は、周囲にこのホテルよりも背の高い建築物がない事もあり、必要最低限の目隠ししか設置されていない。
露天風呂からは眼下に広がる広大な海原が一望でき、特に西側は綺麗な夕陽が入浴しながら眺められる。
残念な事に、シルヴィアたちが入浴した時には既に陽が落ちてしまっていたが、それでも残照に照らされた朱と群青が混じり合った空と海は実に神秘的であった。
やがて完全に陽が落ち、周囲が闇に沈み込む。
各所に設置された明かりがぼんやりと露天風呂を照らす中、末莉は周囲をつぶさに観察していた。
シルヴィアのど迫力のボディライン。その減り張りの効いたプロポーションは、同性である茉莉から見ても実に魅力的だ。
そして彼女の弟子であるベアトリス。普段はベリーショートの髪型と眼鏡を愛用しているため、どこか物静かな知的な女性といったイメージの彼女だが、今、眼鏡を外して湯船につかり、ほんのりと全身を朱に染めたその姿は、何とも艶めかしい色気があった。
そしてこのベアトリスも師匠であるシルヴィアには劣るものの、中々見事な胸の持ち主だった。そりゃあもう、思わず茉莉が歯ぎしりしたくなるほど。
そして、茉莉にとってはライバルともいえるミツキ。シルヴィアやベアトリスに比べれば劣るものの、彼女の胸もまた豊かに実っている。
(くぅっ! 彼我の戦力差がここまで大きいとは……っ!!)
茉莉はこっそりと自分の胸を見下ろして、思わず拳を握り締めた。
彼女の見たところ、和人は胸の大きな女性が好みのようだった。
普段一緒に暮らしている以上、それを痛感させられる場面に多々出くわしているから間違いないだろう。
何気なくシルヴィアが立ったり座ったりする際、ゆさりと揺れる胸を凝視していたり、服の胸元から除くミツキの深い谷間をそれとなくじっと見つめていたり。
本人は気づかれないようにしているのだろうが、端から見ればモロバレである。
まあ、和人とて健康な男子高校生だ。目の前に異性の魅力的な肢体があれば眼で追ってもしかたあるまい。
その程度の分別は茉莉にもある。そしてそれを許す度量も。
だけど、その視線の向かう先が自分ではないというのは気に入らない。
今度こっそりとシルヴィアかベアトリス──ミツキには絶対に言えない──に、胸の大きくなる秘訣があれば聞いてみようと茉莉がこっそりと決心した時、不意に彼女の肩に手がかかった。
「ひ────っ!!」
驚いて振り向いた先。そこにはどこか暗い瞳をしたアンジェリーナの姿。
「判ります。判りますよ、マツリちゃん」
「あ……アンジー……さん……?」
「私だって、胸を大きくしたいんですっ!! 生まれた時から一緒で、食べるものの好みも一緒なのに、ベッキーばっかり胸が大きくなって……どうして? どうしてなんですかっ!? DNA的には私とベッキーは同じ筈なのに、どうしてこうも差が──っ!!」
悔し涙を流すアンジェリーナ。その胸へと茉莉が視線を向ければ、実になだらかな彼女の胸部が目に入った。
下手をすれば、五歳年下であるはずの茉莉よりもなだからな彼女の胸。
そんなアンジェリーナが、がばっと茉莉の手をとりぐいっと迫る。
「頑張りましょう、マツリちゃん! いつかきっとベッキーたちを見返してやりましょう!」
「は……はい、アンジーさん! ボクも頑張ります!」
こうして、茉莉とアンジェリーナの同盟が締結された。
ちなみに、そんな二人を残りの三人は、実に不思議そうな顔をして眺めていたという。
しょせん、ある者にはない者の悩みは判りはしないという事だろう。
本日の投稿。
唐突に話は露天風呂へ。
ええ、行きたいんですよ、温泉。
それはともかく、今後もよろしくお願いします。