01-部隊
何とか一週間かけずに投稿できました。
白峰明人二等怪尉──先日のアルナギンゴ戦の戦績により昇進──は、目の前に並ぶ男女を静かに見つめる。
彼の前には、今後正式な部隊となり、彼の部下となる数人の男女が整列していた。
「本日付を持ちまして、正式に白峰二尉の部下となりましたアンジェリーナ・ブラウン二等怪曹です。主な役割は作戦時の周辺状況の監視確認です」
「同じく、ベアトリス・ブラウン二等怪曹。私は白峰二尉と『騎士』のコンディションの監視担当です」
左右に並んだ同じ顔が敬礼しながら発言する。
彼女たちはシルヴィアと共に招聘された魔術師で、シルヴィアの弟子でもある。
見た目からも判るように彼女たちは双子で、赤毛を背中まで伸ばしたのが姉のアンジェリーナ、ベリーショートで眼鏡を愛用しているのが妹のベアトリスである。
彼女たちは正式には自衛官ではなく、シルヴィア同様二等怪曹待遇で招聘されている。
「同じく、緑川正太郎怪士長であります! 自分は『魔像機』用の輸送ヘリのパイロットとして配属されたであります!」
双子の横に並んだ体格の良い、三十前後の男性が張りのある声を上げる。
180cm近い長身とがっしりと鍛え上げられた身体。短く刈り込んだ髪と、見るからにベテラン自衛官といった風貌の男性。
だが、彼の前に立つ明人は、その男性の一言が気になった。
「『魔像機』の輸送ヘリ?」
若干首を傾げる明人の問いに応えたのは、前に立つ緑川怪士長ではなく、明人の横にいたシルヴィアだった。
「現在製作中の『魔像機』専用の輸送ヘリよ。アルナギンゴ以後、怪獣の襲撃は二件あったけど、その際に判明した『魔像機』の欠点の一つに、展開速度の遅さが挙げられたの。その欠点を補うために専用の輸送ヘリが設計開発され、近日中に完成の見込みよ」
現在、『魔像機』は怪獣自衛隊城ヶ崎基地に配備された『騎士』しかない。そのため、怪獣が出現し応援要請の都度『騎士』は城ヶ崎基地から目的地へと赴くわけだが、目的に到達するまでの速度が問題としてあがったのだ。
なんせ『騎士』は巨大である。だが、その巨体を目的地まで運ぶ手段がなかったのだ。
過去の二件では、『騎士』を一旦巨大な輸送船に載せ目的地付近まで輸送、そこからは陸路を歩くしかなかった。そのため、『騎士』が目的地に到着する頃には、既に怪獣はどこからともなく現れた銀のドラゴンと白いグリフォンに倒された後だった。
その問題解決のため、城ヶ崎基地より直接『騎士』を空輸するための専用輸送ヘリの開発が着手されたのだ。
「そうか。『騎士』が少し小さくなったのは、その問題もあってですか」
「Exaxtly!」
明人の推測に、シルヴィアはにっこりと微笑む。
アルナギンゴ戦で大破された『騎士』。その後、シルヴァアの手により改修され、現在では『騎士Mrk.Ⅱ』ともいうべきものに生まれ変わっていた。
改修前は四角張った印象が強かった全体は、丸みを帯びた滑らかなフォルムに変更。全長も30m弱だった回収前と比べて、20m少々とダウンサイジングされた。これはプロトタイプの40mに比べると、実に約半分のサイズとなっている。
もちろん、前回のアルナギンゴ戦で確認された怪獣が用いる魔術に対しても対策が施され、全身を覆う装甲には強度強化と耐魔術の施術が施された。加えて左手に装備する楯は耐火魔術と耐魔術が施術された二種類が用意された。楯については、今後も様々な種類の対抗魔術が施されたものが用意される事になる。
そしてダウンサイジングされた理由は、やはり輸送速度を上昇させるためと、将来的に二号機以降が製造される際のコストダウンも兼ねている。
「とは言え、20m少々の『騎士』をすっぽり収納するような巨大なヘリはコスト的に無理みたいでね。ヘリの下に『騎士』を宙釣りにした形での輸送になるわ。正直、最初はSFアニメみたいな専用の空中輸送艦でも作ろうと思っていたんだけど……」
「やっぱりコストが許さなかったってわけですか……」
確かに『魔像機』を造ったように、魔術を組み込めば巨大な空中輸送艦も造れなくはないだろう。
だが明人は、空中輸送艦の建造が立ち消えたことにそっと胸をなで下ろした。
ただでさえ、巨大ロボットというSFじみたものが存在するのに、この上さらに巨大空中輸送艦などというトンデモ兵器が現れては、自衛隊のアイデンティティはどうにかなってしまう。
今更かもしれないが、はっきりと言おう。自衛隊は軍隊ではないのだ。
世間は一般的にいうところの夏休みに突入した。
そのため、普段は学校へ行っている昼の白峰家に、和人の姿があるため、茉莉とミツキはご機嫌だ。
居間の足の低いテーブルで夏休みの課題を仕上げている和人の左右に、茉莉とミツキはちゃっかりと陣取ってじっと和人の様子を眺めている。
そして見た目は一心不乱に課題に取り組んでいる和人だが、心の中ではそれどころではなかった。
今は夏。皆薄着になる季節である。当然、茉莉やミツキも例外ではないのだ。
服の数がめっきり少なかった茉莉も、最近ではそれなりに数が揃いつつあるようで、日ごとに違う服を着ている。この家に来たばかりの頃は、何日も同じ服ばかり着ていたものだったが。
そしてミツキも。
以前の彼女は魔力で編み上げた自前の服を着ていたが、ここのところはすっかり人間のファッションというものに興味が湧いたようで、シルヴィアのファッション雑誌を眺めている姿がよく見かけられる。
そして実際に様々な服や下着を買い込んできては、嬉しそうにあれこれ着ているようだ。
おかげで最近の白峰家の洗濯物は、白だのピンクだのブルーだのストライプだの紫だの黒だの紐だのと、とてもカラフルだ。特に下着の類が。
家主でもある白峰兄弟がいない場所では、日夜この家に住む女性陣がやれ『主の好みそうな下着は面積の少ないものかのぉ』とか『ボクはやっぱり和人は清純路線が好みだと思うな』とか、『あら、ひょっとして同じ兄弟なら明人くんもかしら?』といった秘密会議が繰り広げられていたりする。
そして、これら茉莉やミツキの服の代金を出しているのはシルヴィアであった。
どうやら彼女はかなりの資産家のようで、彼女が白峰家に転がり込むまで住んでいた例のマンションだが、実はあの一棟全部が彼女所有の不動産であり、現在は一般向けの賃貸マンションとして解放されている。
ちなみに、シルヴィアの弟子でもあるアンジェリーナとベアトリスだが、彼女たち姉妹も現在このマンションにて暮らしている。
両隣に座る二人の少女たちを無視して、和人は一心不乱に夏の課題に取りかかる。
そうでなくては持たないのだ。特に理性が。
暑い季節。しかも居候先とはいえ自宅の中となれば、誰だって薄着になろうというもの。
だからといって、二人ともノースリーブにショートパンツのみとは如何なものだろう?
身を乗り出すように和人の様子を窺う茉莉とミツキ。
屈んだ胸元からはミツキの豊かな胸の双丘の三分の二は覗けてしまう。というより、辛うじてオフホワイトのブラによって胸の先端だけが隠れているような状態だ。
対して茉莉はといえば、こちらはミツキほど豊かではないが、それでも淡いブルーのブラは殆どまる見えだし、形の良いしなやかな両の足は95%以上が丸出し。
だから和人は課題に取り組む。崩れ掛ける理性を総動員して。
そうしないと、きっと彼はこの二人から逃げられなくなるから。色んな意味で。
もっとも、そうなるのも悪くないかもな、と最近思ったりもするのだが。
「は? 合宿?」
本日の務めを終え、帰宅した明人とシルヴィアが夕食を食べながら不意に明日から合宿に行くと言い出したのだ。
「合宿っていうより親睦会かな、正確には。ほら、兄ちゃん明日から三日間の夏期休暇の予定だったろ? その三日を利用して、新たな部隊の仲間でな」
「今後一緒に戦って行くメンバーなんだから、親睦を深めなきゃね?」
明人を中心にした新たな部隊が、怪獣自衛隊城ヶ崎基地で結成されたのは和人たちも聞いていた。
具体的な部隊の仕組みとしては、部隊の隊長兼事実上の実動部隊員である明人と、その明人を様々な形で後方支援する者たちで組んだ部隊らしい。
もちろん、シルヴィアもオブザーバーとして部隊に参加している。
「それでどこで合宿するんだ?」
「それがね、隣の県の海沿いに倒産寸前のリゾートホテルがあってね、以前そこを買収して改修工事をしていたんだけど、それが数日前に終わったの。だから、新ホテルのオープンセレモニーも兼ねてそのホテルで合宿しようかな、っと思って」
「ホ……ホテルを……買収……? 改修工事……? オープンセレモニー?」
「え? って事は何? シルヴィアさんがそのそのホテルのオーナーって事?」
「す……すごーいっ!! すごいね、シルヴィアさんっ!! ホテルのオーナーなんてかっこいいっ!!」
無邪気に喜ぶ茉莉とは対照的に、白峰兄弟は何やらぼそぼそと話し合う。
「なあ、兄ちゃん。シルヴィアさんって、ひょっとしてかなりの金持ち?」
「どうもそうらしい。何でも『魔術を研究するにはまず資金集めから』というのが彼女の師匠の口癖だったらしい。だからいつの間にかあれこれ資産が貯まり、今では資産が資産を産んでいる状態とか何とか言ってたな」
へえ、そうしたら兄ちゃん逆玉かぁ、と感心する弟に、どこか納得の行かない顔の兄。
「話は判ったよ、兄ちゃん。合宿ったって、仕事の延長みないなもんだろ? 折角の休みなのに大変だな。こっちはちゃんと俺たちでやるから心配すんな。最近は俺一人じゃないしな」
「……だから心配なんじゃないか……」
「何か言ったか、兄ちゃん?」
「……何でもないよ……」
明人とて、和人の事は信用している。兄であり保護者である自分がいないからといって、二人の少女たちと如何わしい行為をするとは思えない。
思えないが、それでも和人は高校生男子。女の子とのあんな事やこんな事に興味一杯の年頃なのである。
まかり間違って、もしくは何となくそういう雰囲気になって……など、その場の状況に流されないとも限らない。
それでも、相手があの少女たちなら別に構わなくもないかな、と明人は思う。
茉莉は明るくてよく気の利く少女だし、ミツキは何だかんだ言っても和人には従順だ。
そこまで考えて、明人はふと疑問に思った。
(そういや、人間と幻獣との間に子供ってできるのか?)
もし人間と幻獣の間に子供ができないのなら。それなら別に和人とミツキが何しようが構わないわけで。
いや、保護者としては、一人の少女と一時的な感情でそのような事は……と倫理的な考えもあったりなかったり。
兄心は複雑だよなあ……と、明人は一人腕を組んでそんな事を考えていた。
そんな明人の思いも知らず、彼の横に座っていたシルヴィアが、不意に何やら笑みを浮かべた。
そりゃあもう、私、いい事考えちゃった。えへ。と口で語らずともその眼が全て語っているような笑みを。
「そうだわ。和人くんたちも一緒に来ない? もちろん、毅士くんも誘って」
「え? いいの? 俺たちも行って?」
「ホントにっ!? わ、わわわ、ボ、ボク、ホテルに泊まるのって初めてっ!!」
「ほほぅ。面白そうじゃのぉ、魔術師の女よ」
和人たちが喜びの声を上げる中、シルヴィアはいいよね、と今更明人に確認を取る。
明人とて、こんなに喜んでいる和人たちに来るな、とは言えないわけで。
考えてみれば、両親が他界して以来、明人も和人を旅行になど連れて行った覚えがない。
今回の合宿は元々休暇だし、合宿といっても親睦会のようなもの。この際だから家族旅行もいいか、と明人も思い至る。
「よし、こうなった家族で旅行といくか!」
鶴の一言に歓声を上げる和人たち。
そんな一方で、茉莉は明人の「家族で旅行」という言葉に、ぐっと胸に込み上げてくるものを堪えるのに必死だった。
思えばまだ両親が生きていた頃、両親と共に旅行に行った記憶が朧げながらある。
だが、いつ、どこに行ったのかまでは覚えていない。
だから。
茉莉にとって、新たに得た家族での初めての旅行。
もちろん、本当の両親とは違う家族だけど。それでも家族だと思える人たちと一緒に行く旅行。
茉莉は和人たちに気づかれないように、そっと涙を拭う。もちろん、それは悲しみからくるものではなくて。
そんな茉莉の様子を、彼女の肩にとまっているベリルだけがそっと窺っていた。
いたんだ、ベリル。
何とか完成したので投稿。
ふう、一週間どころか三日もかからなかったぜ。
でも、次がいつになるのかは断言できません。
このペースがいつまで続くのかも明言できかねます。
こんな感じで更新していきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いします。
※ところで、自衛官にも夏期休暇ってあるよね? 国会議員にだってあるぐらいだしね?