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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第1部
24/74

23-明日

 今回で『怪獣咆哮』の第1部は完結です。ここまで読んでいただいてありがとうございます。


 第2部以降も引き続きよろしくお願いします。


 和人がミツキと契約を交わしてから2週間が過ぎた。

 アルナギンゴとの戦闘は港湾部で行われたため、城ヶ崎の街には殆ど被害はなかった。

 交戦地帯の港湾部では、怪獣自衛隊城ヶ崎基地の施設も含め一部に僅かな被害が出たのみだったが、怪獣自衛隊が満を持して送り出した新兵器、『魔像機』は大破してしまった。


「表面装甲は現在の物理打撃重視の施術じゃだめね。対魔術も考慮しないと……」


 現在シルヴィアは『騎士』の修復と改良に大忙しだった。今後の大きな課題は今回の大破の原因である対魔術の防御力強化である。

 しかし『魔像機』の有効性は十分に実証された。そのため『騎士』の二号機以降の開発も重なり、彼女の多忙は更に増大していた。

 そんなシルヴィアだが、暇を見付けては現在の住処としてしまった白峰家にちょくちょく帰ってくる。

 勿論、その目的は言わずもがなで──


「はい、明人くん☆ あーん♪」


 シルヴィアはスプーンで掬ったご飯を、左手を包帯で固定している明人の口元に笑顔で突き付けた。


「あ、あの、いや、ですから、そ、その、シルヴィアさん、自分、右利きで、その、怪我は左手だから食事に不便はありませんから、その……」


「あら、だめよぉ? 怪我人は大人しくしていないと。治るものも治らないわよ?」

「いや、ですから……って、おい、和人! そんな生暖かい目で見てないで何とかしてくれっ!!」

「ごめん、兄ちゃん。俺には無理」

「ボクもー。ごめんね、明人さん」


 明人の救援要請をすっぱりと拒否する和人と茉莉は、目の前で展開される光景を無視して食事に専念する。


「あと数日我慢するがよい、兄者殿。そうすればお主の左手も完治しよう」


 アルナギンゴの火焔を楯で受けたため、魔像機と直接リンクしてその熱の影響を直に受けた明人の左手はかなり酷い火傷を負った。

 彼の左手を診察した医師は即座に左手の切断を決断したのだが、その左手に治療を施したのはミツキであった。

 治癒の魔術は極めて高度な魔術である。シルヴィアも初歩の治癒魔法なら使えたが、明人の左手を完治させるような上位の治癒魔術の施術は不可能だった。

 しかし幻獣は魔力さえあれば自己修復できる。それは治癒魔術ではないが効果は同じだ。

 そして幻獣はその自己修復能力を、契約者にのみ発動する事が可能なのだ。

 だがミツキは、その治癒能力を契約者でもない他者に対して使用できた。

 彼女が言うには、以前ならそのようなことはできなかったが、和人という契約者を得ることでミツキの能力もまた上昇しているからだそうだ。

 尤もそれは、幻獣王たるミツキだからこそであって、ベリルには不可能なことであったが。

 明人の左手は切断せずに済んだ訳だが、それでも完治に至るには一ヶ月程安静にしなければならなかった。故に現在明人は自宅療養中である。

 そんな明人を、甲斐甲斐しく世話しているのがシルヴィアという訳だった。

 勿論彼女の狙いは好感度のアップである。因みにこの作戦を入れ知恵したのは実は茉莉だったり。

 現在白峰家の居候女性陣は、共に連携して白峰兄弟に気に入ってもらおうと鋭意努力中なのである。


「薄情過ぎないかこんちくしょう! 兄ちゃん、情けなくって涙出てくらあっ!!」


 兄の恨み言を弟はスルー。

 和人は明人とシルヴィアはお似合いだと思う。いや、兄には勿体ないぐらいシルヴィアは美人で、優しくて、頭が良くて、そしてばいんばいんなのだから。身の回りの整頓が不得手なことはこの際度外視する。内心では将来シルヴィアを義姉と呼ぶ決心もしていた。

 だが問題もある。


「はい、和人。和人もあーん♪」


 それがこれだ。茉莉が悪戯っぽく微笑みながら、シルヴィアの行動を真似るのだ。

 茉莉は箸で南瓜の煮物を和人に差し出す。勿論この煮物は彼女の自信作。そしてその際、左手を受けるように添えるのも忘れない。中々ツボを突いた仕草であった。


「やめろ、馬鹿。俺はあんなバカップルになる気はないぞ」

「ば、バカップルとは何だ、バカップルとは!」

「あら、いやん。でもこれで明人くんの唯一の身内公認ね。きゃっ☆」

「し、シルヴィアさんっ!! そこで一人で身悶えしないで下さいっ!!」


 再び騒ぎ出す兄と義姉(暫定)にやれやれと肩を竦めた時、和人は茉莉が自分をじっと見ている事に気付いた。


「どうしたんだよ? 俺の顔に何か付いてるか?」

「ううん、そうじゃなくて。和人さっき、バカップルになる気はないって言ったよね?」

「? ああ、そう言ったけど?」

「じゃあさ、じゃあ……普通のカップルになら、なってもいいってことだよね?」


 和人は口の中に入っていたものを吹き出した。ぶはーっと盛大に。


「な、なななな、何言い出すんだよ、おまえっ!?」

「えへへ。だってそういうことだよねー?」

「ち、ちちちち、違、そ、そんなこと言ってねえぇぇぇぇっ!!」


 そして始まった弟と義妹(予定)のいつもの応酬に、明人は思わず苦笑を零す。

 とまあ、この様に白峰家は概ね平和だった。



 その日の夜、和人は屋根の上で夜空を眺めていた。

 2週間前、ミツキが現れた夜が満月だったので、今日はほとんど月は見えない。その代わりにたくさんの星の光が、和人の目には映っていた。

 そんな夜空を見上げていた和人の傍らに、静かに茉莉が立った。


「ここにいたんだ?」

「ああ」

「考え事?」

「ああ」


 そう言ったきり茉莉は何も言わないまま、ただ黙って和人が口を開くのを待っていた。

 どれくらいの時間が経ったか。やがて和人がぼそりと言葉を紡いだ。


「──この前、権藤さんに言われたことを考えてた」


 怪獣自衛隊城ヶ崎基地の司令官である権藤が、白峰家を訪れたのは数日前の事だった。

 表向きは自宅療養中の明人を、権藤が経過を知るために尋ねたことになっている。

 だが権藤の目的はもちろん、明人の見舞いなどではない。

 その場に居合わせたのは和人と茉莉に其々の幻獣であるミツキとベリル、それに明人とシルヴィアに何故か毅士も呼ばれた。

 権藤の来訪の目的は和人と茉莉、それに毅士の三人に怪獣自衛隊に強力して欲しいというものだった。


「和人くんと茉莉くんは無論、それぞれの幻獣の力を期待してのことだ。毅士くんには知識面で是非強力して欲しいと、カーナー博士より要請があってね。君の怪獣に関する知識とこれまで独学で研究してきた成果は、一介の高校生とは思えぬものがあると彼女も感心していたよ」


 毅士はここ数日、頻繁に白峰家に訪れてはシルヴィアと怪獣に関する意見を交換していた。それがシルヴィアの関心を引いたらしい。


「何も今ここで返答が欲しいとは言わない。よく考えてくれたまえ」


 そして、いい応えを期待しているよと言い残し、その日の権藤は白峰家を後にした。

 それからずっと和人は考えていたのだ。


「俺は個人が手にするには、あまりにも巨大過ぎる力を手に入れた。俺はこの力を何かの役に立てたい」

「じゃあ和人は……」

「ああ。権藤さんの要請を受け入れるつもりだ」


 全ての人が救えるなんて思わない。だが自分の手の届く範囲だけでも、自分の力が及ぶ限りの人々を救いたい。

 それは和人がずっと思い描いていた事なのだから。


「元々兄ちゃんみたいに、怪獣自衛隊に入って怪獣と戦うつもりだったからな。ちょっとばかり予定が早まっただけさ」

「そっか。じゃあボクも和人を手伝うよ。和人と一緒に戦う」

「お、おい、茉莉は──」


 無理する必要ない、と続けようとした和人。だがその言葉は、彼をじっと見詰める茉莉の視線の前に霧散した。

 茉莉の瞳に宿るは決意。決して変わる事も、変える事もできない不動の思い。


「和人が戦うのなら、ボクも一緒に戦う。それに元々ボクは怪獣と戦うのはボクが決めたことだしね。皆を守るというのが和人の決意なら、和人を守ることがボクの新しい決意だよ」

「ならば僕も協力しよう。当然僕の役割は知識面でのサポートだな」


 二人の耳に第三の声が響く。その声の主はもちろん毅士だ。


「おう、毅士。来てたのか」

「こんな時間に少々恐縮だがお邪魔させてもらった。製作した怪獣のレポートをシルヴィアさんに提出したかったのでな。それよりも、やはり和人は戦う事を決意したか」


 毅士には和人がそう決意する事は想像がついていた。和人との付き合いは長い。それぐらいのことは容易に思い至るというものだ。だから毅士はこの話を聞いた早々から、怪獣自衛隊に協力するつもりでいた。

 そしてそこに、第4の声がした。


「やれやれ。守るだの協力するだの、そのようなものは不要よ。我が主、和人様には最強の幻獣にして竜王たるこの我、ミツキがついておるのだ。これからの主の歩む先に、勝利はあっても敗北は存在せぬ」


 声と共にミツキは姿を現わす。


「安心召されよ、主。我と共にある限り、主の未来には栄光あるのみぞ」


 えっへん、とばかりに両拳を腰に当てて胸を張るミツキ。シルヴィア程ではないものの、茉莉以上はある胸がふわりと揺れる。


「ちょっと待ちなさいよ、ミツキっ!! 和人をサポートするのは妻であるボクの役目なのっ!!」

「笑止。そのような些細な胸で主が満足すると思うてか? 主は明らかにナイチチ派ではなくアルチチ派ぞ? その点、我ならば幾らでも身体を変えて対応可能よ。ちなみに言うておくが、普段のこのサイズは別段身体を変化させておる訳ではなく、これが我のナチュラルサイズ。この時点で既に貴様の負けよの、小娘」


 ふふんと勝利の笑みを口元に浮かべ、両手で自身の胸を掬い上げるようにして見せつけるミツキ。


「むきいいぃぃぃっ!! 胸は関係ないでしょっ!? 大切なのは愛情よ、愛情っ!!」

「何を言う! 身体の相性は大切なのだぞ! よいか? そもそも男と女とは──」

「何よっ!! ボクだって──」

「あー、おまえらー。夜も遅いんだから近所迷惑になるから止めとけー。それよりも一体何の話をしてるのかなー」


 和人は変な方向にヒートアップして口論を続ける二人に、おざなりに一言声をかける。


「大変だな、相変わらず」

「苦労しておるな、和人殿」


 そんな和人に毅士といつの間にかいたベリルが、ぽむと和人の両肩に手と爪をかけて同情の視線を向けた。

 まあ、やっぱり、白峰家は平和なのだった。



 突如、携帯していた小型無線機がアラートを告げる。

 学校帰り、のんびりと歩いていた和人は慌てて小型無線機を耳に当てた。

 この無線機は外見こそ普通の携帯電話のようだが、実際は怪獣自衛隊から与えられた軍仕様のものだ。その無線機から聞こえてくる権藤の声に、和人は了解の意を告げると家に向かって走り出した。

 和人たちが怪獣自衛隊に協力していることは、自衛隊内部でも一部の人間しか知らない最重要機密である。だから怪獣自衛隊から協力要請がある場合は、権藤から直接二人の元に連絡が届く。

 それでもここ最近、怪獣と戦うドラゴンとグリフォンの事は、マスコミを始め各方面で色んな憶測が飛び交っていた。

 だが、そのドラゴンとグリフォンの正体が、10代の少年と少女だとは誰も思いもしないようだ。

 そして家に向かう途中で、やはり同じように走ってきた茉莉と出会う。


「権藤さんからの無線は聞いたかっ!? この近辺じゃないけど怪獣が現れたらしいっ!! 怪獣自衛隊に出動要請があったそうだっ!!」

「うん、ボクも聞いたっ!! 明人さんとシルヴィアさんは、『騎士』と一緒に既に現場に向かったってっ!!」


 二人は互いに頷き合うと、その半身ともいうべき幻獣の名を呼ぶ。


「ミツキっ!!」


 その声に応じて、ミツキが和人の前にふわりと空から舞い降りる。


「我は何時でも主の御前に」


 ミツキが、その銀の髪を掻き上げながら不敵に笑う。


「ベリルっ!!」


 その呼びかけに応えて、小さな身体が茉莉の横に姿を現す。


「私は何時でも茉莉の力となろう」


 姿を現したベリルは、茉莉の肩にちょこんと止まった。


「行くぞっ!!」

「うんっ!!」


 和人と茉莉は、声を掛け合うと一緒に駆け出した。そして人目のない路地裏に飛び込むと、互いの幻獣と融合する。

 辺りに銀と碧の光が満ちる。

 銀と碧の光は、空高く舞い上がりそのまま大空を翔け抜ける。

 やがてその光の中からドラゴンとグリフォンが姿を現す。

 2体の巨大な幻獣は、その力を必要とする人々の元へと力強く羽ばたいた。


 本日の投稿。


 以上を持ちまして、『怪獣咆哮』第1部は終了です。

 第2部以降ももちろん続ける予定ですが、以前説明した通り、今後は毎日の更新ではなく不定期の更新となりそうです。

 最低でも一週間に一回の更新を目指してがんばるつもりです。もちろん、早く仕上がればその都度投稿します。気長にお付き合い願えれば幸いです。


 それでは、ここまで読んでいただいた全ての方へ感謝をこめて。

 ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

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