22-流星
大地を揺るがす巨大な振動と大音響。それは少し離れた怪獣自衛隊の基地にも及んだ。
その指揮室の中で権藤とシルヴィア以下、室内にいた者たちは倒れないように何かに必死にしがみついていた。
やがて揺れが治まると、今度は権藤の声が響く。
「状況確認急げっ!! 怪獣はどうなったっ!?」
権藤の指示に、オペレーターたちが慌ただしく動き出し、やがて状況を知らせる報が届き出した。
「海の中を沖へと移動する物体を確認! どうやら怪獣と思われます!」
「あ、あの攻撃を食らって生きていたというのか……?」
権藤は改めて怪獣という存在が常軌を逸していることを肌で感じた。
だがオペレーターの報告はそれだけではなかった。
「海中を移動する物体は2つ! 2つありますっ!!」
アルナギンゴは確かに生きていたが、首から下の左半分を失っていた。
怪獣の巨体の半分を吹き飛ばした竜人の一撃に感心すべきか、身体の半分を失ってもこうやって活動している怪獣の驚異的な生命力を驚くべきか。
竜人の一撃はアルナギンゴの身体の半分を吹き飛ばしたが、その際に残った半身も大きく飛ばされた。そして落下した先が幸運なことにも海だったのだ。
海に墜ちたアルナギンゴは、慌てて沖を目指して逃げ出した。
自分ではあの銀の竜には勝てないと、アルナギンゴの高い知能はそう判断した。
勝てないのら逃げればいい。何も餌となる人間がいるのはここだけではないのだから。
あの銀の竜はおそらく水中に適応していまい。ならばここまで来ればもう大丈夫だろうと、海中をよたよたと泳ぐアルナギンゴが安堵した時。
この時になってようやくアルナギンゴは気付いた。自分に迫ってくる巨大な魔力に。
まさか、あの銀の竜が追って来たというのか? アルナギンゴは信じられなかった。
確かにあの銀の竜は強い。しかしそれは陸上や空中での話であり、そんなことはあの竜自身がよく知っていることだろう。
魔力が迫る方向を振り向いたアルナギンゴの目に、確かに銀の竜の姿が映った。
だがそれは竜形態でも人形態でもない、新たな銀竜の姿。
その身体は蛇のように細長く、手足もなかった。その代わりに、体側には一対の鰭があった。背中には頭部からずらりと背鰭が並び、尾鰭へと繋がっていた。
(名付けて海竜形態ってとこだな、こいつは)
(もはや、我は何も言わぬわ……)
和人はまたもや、水中に適した形態に己の身体を再構成したのだ。
海竜の泳ぐ速度は、アルナギンゴより遥かに速い。もしアルナギンゴが完全な状態でいたとしても、その速度は海竜には及ばなかったであろう。
その速度を生かしてあっという間に距離を詰めた海竜は、そのままアルナギンゴの喉笛に食らいつき、そのままアルナギンゴを水中で引きずり回す。
振り回されながらもアルナギンゴは周囲の水を操って反撃を試みるが、海竜形態でも鱗に魔力障壁は付与されているようで、アルナギンゴの放つ魔術は全て無効化された。
身体を半分失った今のアルナギンゴには火焔を吐く事もできない。
何故だっ!? アルナギンゴは声にならない声で叫ぶ。何故自分が負けるのか? 2つの魔石を持つ強大な筈の自分が。
怒りに狂うアルナギンゴは、2つの魔石を併せても銀竜の圧倒的な力に遠く及ばないという、単純な結論に達する事ができなかった。
一に一を足しても百には及ばない。たったそれだけのことが。
(なあ、ミツキ?)
(何だ、主よ?)
(何かこう、必殺技みたいなものってあるか? ずがーんと派手にぶちかませる奴)
(無論だ。我は竜王ぞ。当然ド派手なのがあるわ)
何が当然かよく判らなかったが、ともかく和人の心は決まった。
海竜はアルナギンゴを咥えたまま海面を目指して浮上し、勢いを殺すことなく海面から空中へとその身を踊らせた。
飛び出した瞬間に三度ドラゴン形態になった銀竜は、そのまま上空へと舞い上がる。
そして適当な高度に達すると、ドラゴンは加えていたアルナギンゴを解放する。
勿論今のアルナギンゴに空を飛ぶ力はない。そのまま海へと落下するアルナギンゴに、空中で留まったドラゴンはその巨大な顎を開くと、ドラゴンの前方に六つの光り輝く円輪が現れた。
一つはドラゴンの開かれた顎のすぐ前に。そこから少し離れて正五角形を描くように五つの光り輝く円輪が配置される。
ドラゴンの開かれた顎の奥には、煌々と輝く光の塊。
(行くぞ主っ!!)
(よっっっしゃああああぁぁぁぁっ!! ぶっちかませええええぇぇぇぇぇっっ!!)
煌とドラゴンの顎より迸る光の帯。
光はすぐ前方に展開された、一つの円輪に吸い込まれて行く。円輪に吸い込まれた光は、一拍後に五つの円輪より更に光を増した奔流となって溢れ出る。
一旦は散開した五条の光の奔流は、再び標的目指して収束する。
標的──アルナギンゴに天より五つの彗星が降り注ぐ。
鮮烈な光の奔流──。
光と光が互いに相乗しあい、その輝きを更に押し高める。
強烈な破壊の光──。
その光は飲み込んだものを無に帰す、圧倒的なまでの膨大な魔力を宿して。
その熾烈な光の中で、アルナギンゴは自身の身体が単なる魔力に分解され、拡散していくのを感じた。そしてそう感じる意識さえもが、徐々に希薄になっていくのを同時に感じていた。
光の奔流が収まった時、そこには巨大な怪獣の姿はなく、二つの小さな光を放つ宝石のようなものが浮かんでいるのみだった。
(あれは……?)
(あれこそが魔石よ。我らの本体だ)
ドラゴンは翼を打つと、空に浮かぶ二つの魔石を器用に口に咥えた。
(どうするんだこの魔石?)
(この魔石もあと数百年もすれば自我に目覚め、新たな幻獣となる。それまでどこかで静かに眠りにつかせてやろうと思うての)
(そうだな)
魔石が怪獣となったのが人間のせいならば、この魔石自体には何の罪もない。和人はミツキの意見に同感した。
(なあミツキ)
(ん?)
(早く帰ろうぜ。きっとみんな待ってる。兄ちゃんや茉莉も心配だしな)
そう言って笑う和人にミツキは一つ頷くと、城ヶ崎の街を目指して翼を翻した。
天空より降り注いだ五つの彗星は、遠く離れた怪獣自衛隊城ヶ崎基地からでも確認された。
「どうやら終わったようですね」
「そのようですな。ところでカーナー博士、身体の方は大丈夫ですかな?」
改めて衣服を身に着けたシルヴィアに、権藤は微笑みながら尋ねた。
「ご心配には及びませんわ。肉体の方には魔道パスを通じて熱が流れ込んだだけですから。精神面には少々負荷がかかってしまいましたが、大事には至っていません。それよりグリフォンと白峰三尉の方は?」
「先程入った連絡によると、白峰三尉の生存は確認された。しかし全身各所に火傷が認められている。まあ、こちらは大した事はないそうだが、左腕が酷いらしい。下手をすると切断しなくてはならないそうだ……」
権藤の言葉にシルヴィアは一瞬眉を顰めるも、すぐに表情を取り繕う。
「そうですか……あの熱量の中でそれだけで済んだのは僥倖と言えるでしょうね……」
「グリフォンの方は、救助隊が駆けつけた時には既に姿がなかったそうだよ」
こちらは多少なりとも回復した茉莉とベリルが、早々にその場を離れたからだろうとシルヴィアは推測した。
「では、司令。私はこれで失礼します」
シルヴィアは権藤にそう言い残すと、指揮室の出入り口を目指す。
「博士はどちらに?」
そう尋ねる権藤の口元が笑っている。これから彼女が向かう先を判っていて、敢えて尋ねているのだ。
「傷付いた夫を優しく介抱するのは妻の役割でしてよ?」
振り返ったシルヴィは、ぱちりとウィンクを飛して指揮室を後にした。
「──ずるいっ!!」
例の岬の林の中から茉莉の声が響いた。
茉莉は融合の際に消えてしまわないように、予め服を脱いで林の中に隠していた。
その服を着ながら、林の外で待っている和人と毅士──正確には和人だけに──文句を言い続けていた。
「どうして和人は幻獣と融合しても服がなくならないのっ!? それってずるくないっ!? ねえっ!?」
「そんなこと言われてもなぁ……」
困り果てた和人は毅士を見るが、毅士もお手上げとばかりに肩を竦めた。
「それは魔力の扱い方の差よの」
そんな和人を助けるように言葉を挟んだのはミツキだ。
「ベリルは自我に目覚めてから100年程のまだまだ若い幻獣だ。自我に目覚めて1000年以上経つ我とでは、魔力の扱い方に差が出るのも道理であろ?」
「それじゃあ、ベリルも魔力の扱い方が上手くなれば、服が消えることもなくなるの?」
「然り。じゃがそれにはあと数十年はかかろうがな」
「それじゃあ意味ないじゃんっ!!」
その後もぶーぶーと文句を言い続ける茉莉に苦笑しながら、和人は毅士に尋ねる。
「そういや毅士は怪我とかしてないか?」
「ああ、僕なら大丈夫だ。あの怪獣の水のノコギリみたいなのが岬を斬り飛ばした時に、振動で転びはしたが別に怪我などはない。尤も──」
これだけはこの様だがな、と割れた眼鏡をポケットから取り出して和人に見せた。
転んだ弾みで眼鏡が飛ばされて、落ちた時にレンズが割れたらしい。
「茉莉の方は大丈夫か? 随分攻撃を食らったみたいだけど」
次に和人は林の中の茉莉に声をかけた。
「うん。骨が数本折れちゃったけど、それはもうベリルのお陰で治りかけて、あまり痛まないし。そのせいでベリルはボクの中から出てこれないけれどね」
茉莉の言葉通り、ベリルは自身の魔力で茉莉の体内から茉莉の怪我を癒している真っ最中だった。
「契約者は幻獣の魔力で傷が治るって本当だったんだ」
「何だ主よ? 我の言葉を信じていなかったのか?」
「そういう訳じゃないけど、何となくぴんとこなくてさ」
「やれやれ。これから主には我ら幻獣の事を徹底的に教え込まねばならぬの。幻獣の、いや幻獣王の契約者ともあろう者が、幻獣について無知ではちと情けない」
ミツキのその言葉に和人が顔を顰めた時、林の中から茉莉が出て来た。
「よっし! それじゃあ帰ろうぜ!」
和人は一同を見回すと、そう言って皆を促した。
帰ろう。その言葉を聞いた時、茉莉の胸に何か温かいものが湧き上がった。
茉莉はこれまで何度もベリルと共に怪獣と戦った。
だが帰る家というものを持たない彼女は、戦いの後そのままふらりとその土地を離れることが殆どだった。
だから和人が「帰ろう」と言ってくれた時、茉莉は嬉しかったのだ。帰る場所があること、帰ろうと言ってくれる人がいることが。
「うんっ!! 帰ろうっ!!」
茉莉は満面の笑顔で、和人の腕にしっかりとしがみ付くと元気に答えた。
本日の投稿です。
次の話で一応の一区切りとなります。
今後ともよろしくお願い致します。