表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第1部
21/74

20-竜王


 全身を焼く炎を消すために、アルナギンゴは海に飛び込んだ。

 全身の炎が消えた事を確認し、再び陸に揚がったアルナギンゴは、倒れている巨人とグリフォンに怒りの視線を向けた。

 もう許さない。一度ならず二度三度と自分に痛手を負わせた奴ら。

 嬲りものになどせず一気に止めを刺してやる。

 再び火焔を吐こうとするアルナギンゴ。

 倒れている巨人とグリフォンに死の鉄槌を下そうとした瞬間、アルナギンゴはそれを感じた。

 何という膨大な魔力。倒れているグリフォンも大きな魔力を宿しているが、それを遥かに上回る。勿論自分よりも大きな魔力だ。

 その魔力がどんどん近付いて来る。その魔力の方へと目を向ければ、もの凄いスピードで飛来する銀の光。

 そしてそれは銀の光の中から現れた。

 シャープな三角形を描く頭部。二本の角を戴き、ぞろりと生え揃った牙は凶器そのもの。だがその朱金の瞳には確かな知性が感じられる。

 細長い首から続く胴体は丸みを帯びて盛り上がり、背には蝙蝠のような巨大な翼。強靭で長い尾は鞭のようにしなやかにゆらゆらと揺れている。

 四肢は太短いが力強く、その先に備わった爪は鋼鉄をも切り裂く鋭さを秘めている。

 そう。

 それは西洋でドラゴンと呼ばれる幻想の生物。全長50メートルを超えるアルナギンゴに引けを取らない巨大な勇姿。

 銀の鱗に覆われた美しいその姿は、神々しささえを感じさせた。


(我が名はミツキ! 数多の幻獣の頂点たる三柱の幻獣王の一柱、竜魔石を担うもの! 我こそ竜王! 竜王ミツキ!)


 その声は魔力を持たないものには単なる咆哮にしか過ぎない。だが、魔力を有する者には、それは確かな言葉として感じられた。

 その言葉通り、今ここに幻獣の王たる竜王が降臨したのだ。



 それまで棒立ちだったシルヴィアの身体が、不意にがくりと崩れた。


「カーナー博士っ!?」


 隣に立っていた権藤が倒れるシルヴィアの身体を慌てて支える。その時権藤は気付いた。シルヴィアの身体が燃えるように熱を持っている事に。そしてその瞳に意志が宿っている事にも。


「戻られたのですな、博士?」


 その言葉に弱々しくシルヴィアは頷く。


「大至急医療班を呼べっ!!」

「だ、大丈夫ですわ、司令。それよりももうしばらくあちらを向いていて下さいませんか?」

 そう言われてシルヴィアが下着姿である事を思い出した権藤は、失礼と一言呟くと、着ていた制服の上着を彼女の肩にかけてから背中を向けた。


「それで博士。説明して頂けますかな?」


 権藤の視線は再び、先程現れたドラゴンへと向けられている。


「あれが例の幻獣の少女の本当の姿なのでしょう……そして和人くんは彼女と契約を交わした……」


 シルヴィアは自らの身体に弱めの冷却呪を施して自身の熱を処理しながら、権藤と同じようにドラゴンを見詰めながら言った。


「そして今の言葉……魔力の波動に乗せて放たれた一種の念話のようなものだと推測されますが、その言葉によると、あれは幻獣の中でも特別な存在のようです」

「言葉……? 私には何も聞こえなかったが……」

「ええ。空気の振動による音ではなく魔力の波動ですから、魔力がなくては聞こえないのでしょう」

「なるほど……私にはよく判らんが、そういうものとしておきますか。それで、あのドラゴンは敵ではないのですな?」

「司令の仰しゃる通り、あのドラゴンは敵ではありません。それどころか、もしかすると人類の守護神となるかもしれませんよ?」

「ほほう、守護神ですか。確かにあの姿は頼もしい限りですからな」


 権藤の視線の先には銀のドラゴン。

 美しく、それでいて力強く。

 幻想的でいて、なおかつ威風堂々。

 畏怖と同時に、穏やかさを内包させる。

 おそらく他にもドラゴンの姿をした幻獣はいるだろが、これほどの存在感を感じさせるものは目の前のドラゴンだけであろう。

 まさに王。幻獣王。

 その言葉に偽りはないとシルヴィアは心の底からそう感じた。

 そして同時に思う。このドラゴンがもしも人類に牙を向けたなら。

 人類にこのドラゴンに対抗する術はないだろう。自分が作り上げた『魔像機』でさえ、この存在の前では玩具に等しい。

 だが、そのようなことにはならないとシルヴィアは確信している。

 あの少年。ドラゴンの主となったであろうあのお人好しで真っ直ぐな少年なら、人知を超えた力を得ても決して暗黒面に飲み込まれることはあるまい。

 仮に暗黒に飲み込まれそうになったならば、自分や彼の兄がぶん殴ってでも引っ張り戻せばいいだけのことだ。


(だから後のことは任せたわよ、和人くん)


 シルヴィアは最後に心の中でそう付け加えると、後は黙って状況を見詰めるのだった。



(あ、あれが……あれが和人とあの娘の融合した姿……。それにさっき聞こえた言葉……竜魔石とか竜王って何の事?)


 茉莉はそのドラゴンから途轍もない力を感じた。おそらくそれは、竜魔石とか竜王とかに関係するのだろう。


(幻獣王は三体存在すると言ったな)

(うん。さっき聞いたね)

(その3体とは、獣王、鳳王、そして竜王。その中でも竜王は最も強力な幻獣王だという。そしてそれぞれの幻獣王が持つ魔石は他の魔石とは区別され、各々の王の名を冠した名称が与えられている。竜王の持つ魔石こそ、竜魔石と呼ばれるのだ)


 ようやく茉莉は、目の前のドラゴンが如何に特別な存在であるのか理解した。

 そしてそのような存在と契約した和人。その和人の抱える途方もない魔力が、ベリルと融合している今の茉莉には手に取るように感じられた。


(うん。さすがはボクの亭主だね。でも……)


 茉莉が心配するのは、和人が幻獣の力に酔ってしまった時。

 自分もかつて、幻獣の力を意味もなく使おうとした経験がある。


(心配するな茉莉。和人殿ならそのようなことは有り得まい。彼の周囲には良い人物が揃っている。仮にそうなったとしても、その時は我らがいるではないか?)

(そうだね。亭主の過ちは妻が正せばいいんだよね)

(さあ、よく見ていろ。幻獣王のその力を)


 ベリルに言われるまでもなく、茉莉はその一部始終を目に焼きつけるつもりだった。



 和人は今、淡い銀の光に包まれた無限に広がる空間に浮かんで──あくまでも和人の主観で──いた。


(ど……どこだ、ここは……?)


 周囲を見回すが何もない。右にも左にも上にも下にも何もなかった。


(慌てるな主。ここは我の体内のようなもの)


 和人の耳に、最近聞き慣れ始めた声が響く。


(ミツキか? どこにいるんだ?)

(言うたであろ? ここは我の体内のようなものだと。我は主の傍におるぞ)


 その言葉と同時に、和人の目の前にミツキが姿を現した。


(どうやらこうして姿を形作った方が主には解り易いようよの。それよりも主、見えておるか?)


 ミツキの質問の意味は和人にはすぐに判った。目の前に広がるのは無限の空間だが、それとは別に、まるで脳に直接投影されるかのように別の映像を認識できたからだ。

 目の前に怪獣がいる。兄を、茉莉を打ち倒した巨大な怪獣が。そしてその怪獣からははっきりと敵意が伝わってきた。


(ああ、判る。どうやらあちらさんもその気らしいな)

(なに、安心するがいい。我がいる以上負けはあり得ない。我と共にあるのは勝利と栄光のみ。──来るぞ、主っ!!)


 アルナギンゴは、突如現れたドラゴンに怒り狂っていた。

 まただ。また邪魔された。せっかく巨人とグリフォンに止めを刺そうとしたのに。

 だからアルナギンゴは、この怒りを目の前のドラゴンにぶつけることにした。

 アルナギンゴの周囲に幾つもの水の球が出現する。その水の球の幾つかが、先程グリフォンを撃ち墜としたような水の弾丸となってドラゴンへと襲いかかる。

 ドラゴンはそられの弾丸を避けようと身体を動かす。だがその動きはぎくしゃくとしていて鈍重なものだった。


(どうした主っ!? 動きが鈍いぞっ!?)

(な、何だこれ? 思ったように身体が動かないぞっ!?)

(むう……姿形が人間とは違うからか……)


 ドラゴンの身体の構造は人間とはまるで異なる。和人が無意識に身体を動かそうとしても、そのギャップで身体が上手く動いてくれないのだ。


(拙いっ!! 直撃を食らうっ!?)

(心配ないっ!! 障壁展開っ!!)


 水の弾丸が直撃する瞬間、ドラゴンの周囲に光の障壁が出現する。水の弾丸はその障壁に阻まれて無力な魔力と化して消滅した。


(どうだ、主? 何とか身体は動かせそうか?)

(そ、それが、どうにも勝手が解らなくて……特に尻尾や翼なんてどうやって動かすんだよ?)


 ドラゴンの身体は翼や尻尾でバランスを取っている部分が多い。だが人間には当然尻尾や翼はない。だから本来ある筈のない尻尾や翼を動かすという事が、和人には上手く理解できないのだ。

 尻尾や翼が上手く動かせないという事は、身体も当然上手く動いてくれないという事に繋がる。


(主が魔術を展開できれば、身体の制御は我が行うのだが……だからといって今魔術の行使を放棄すれば、先程の水の弾丸に打ち抜かれよう……)


 勿論徐々に慣れていくだろうが、今すぐは無理そうだ。

 実は茉莉も、グリフォンの身体を上手く扱えるようになるまで結構な時間を要した。

 そんなドラゴンの動きを見て、アルナギンゴは拍子抜けしていた。

 何だこいつは。図体と魔力はでかいがまるで動けないではないか。これなら恐れることはない。水の弾丸で徐々に弱めて、最後は火焔で止めを刺せばいい。

 勢いづいたアルナギンゴは、更に水の弾丸を放ち続ける。

 無数の弾丸は全て障壁で遮られるが、まともに動けないのではいずれ弾丸の雨に飲み込まれるだろう。

 いかに強大な力を有していても、それを扱えなければ意味はないのだ。


(くぅ……ど、どうしたら……)

(焦るな主! 竜王たる我が展開する障壁ぞ。この程度の魔術、幾らでも防いでみせよう。だから主は身体を動かすことに専念せい!)

(そうは言うけどよっ!! 何なんだよこの動かしづらい身体はっ!? 魔力でできていて仮初めだか知らないが……って、仮初め?)

 和人はふと閃いた。ミツキは言っていたではないか。幻獣の身体は仮初めの器であると。それならば──

 ドラゴンの身体が再び銀の光に包まれる。


(あ、主っ!? 一体何をするつもりだっ!?)


 ミツキは戸惑う。和人がしようとしていることが判ったからだ。和人は今、身体を再構成しようとしているのだ。

 このような時に攻撃を受ければ、いかに竜王たるミツキでも無事では済まない。だからミツキは展開した障壁を強化しようとした。


(な、何っ!? 魔術の制御が効かぬだとっ!?)


 今現在展開されている障壁のコントロールがミツキの手から離れていた。勿論こんなことが可能なのはミツキの主である和人のみ。


(主っ!? お主は本当に何を考えているのだっ!?)


 ミツキの悲痛な叫びが、彼女と和人しかいない空間に響き渡った。

 今日の分を投稿します。


 取り敢えずの区切りまであと2、3話といったところ。


 それ以後ももちろんがんばりますので、引き続きよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ