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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第1部
20/74

19-契約

「茉莉いいいいいぃぃっっ!!」


 和人は落下するグリフォンを見て叫んだ。

 和人が見詰める中、グリフォンは大地に激突する。そしてそれを追うようにアルナギンゴもまた、グリフォンから少し離れた場所に着地した。

 それを見た和人は、隣に静かに立つ幻獣の少女へと振り返る。


「一つ聞きたい。どうしておまえたち幻獣は、そんなに契約にこだわるんだ?」

「言うたであろ? 契約を交わすことこそ、幻獣が存在する意味。それこそが全てであると」

「じゃあ聞き方を変える。契約を交わすと幻獣はどうなる? 契約者は?」

「契約者と契約を交わした幻獣は『安らかなる満ち足りた眠り』を得ることができるのだ」


 幻獣には本来寿命というものがなく、病気に罹ることもない。そんな幻獣が迎える死には2つの種類がある。

 1つは戦いの中で命を落とす事。とはいえ、核ともいうべき魔石さえ残っていれば幻獣はいつか復活するので、厳密な意味での死ではないが。

 そしてもう1つが『安らかなる満ち足りた眠り』だ。

 幻獣が契約者と結ばれた場合、契約者が命を落とすと幻獣もまた死を迎える。

 契約者が天寿を全うして死を迎えた時、幻獣もまた安らかに満たされながら永遠の眠りにつく。

 これが『安らかなる満ち足りた眠り』と呼ばれるものであり、全ての幻獣は『安らかなる満ち足りた眠り』を得ることこそ、最大の至福であると考える。

「我ら幻獣はその最大の至福を得るがため、契約者を求めるのだ」


「そ……そんなことのために……」

「『そんなこと』ではないのだろうな」


 和人の呟きに毅士が口を挟む。


「以前幻獣と人間とでは価値観が違うと聞いた。人間には大した事ではないかもしれないが、幻獣にとっては重大なことなのだろう」

「然り。人間の主観で考えてはならんぞ」


 人間と幻獣はまるで違う存在であると、和人はようやく理解できたような気がした。


「さて、幻獣と契約した契約者の方だが──」


 和人が人間と幻獣について考えている間も、少女の説明は続いていた。


「契約者の方には特に変化はない。敢えて言うならば、一部の幻獣から嫌われる位かの」

「幻獣から嫌われるだって?」

「何、簡単に言うてしまえば嫉妬よ。自分には得られない契約者。だが契約者がいるということは契約を交わした幻獣もいるということ。契約を交わし得た幻獣とその契約者が羨ましいのよ」


 幻獣の少女の説明を聞き終えると、和人は瞼を閉じた。そしてその瞳が再び開かれた時、そこにははっきりとした決意があった。


「和人……おまえ……」


 驚く毅士に小さく頷くと、和人は幻獣の少女に向かってはっきりと告げた。


「俺は……俺はおまえと契約したい」



 衝撃がグリフォンの体内を突き抜ける。

 大地に墜ちたグリフォンに、アルナギンゴは止めを刺さなかった。

 アルナギンゴはその強靭な前脚で、グリフォンを痛めつけていく。

 あっさりと殺してしまっては、自分の怒りは収まらない。だから生かさず殺さず痛めつける。ウナギンゴを吸収して知能までも上昇したアルナギンゴは、手加減するということを理解していた。

 アルナギンゴの攻撃に対して、グリフォンはされるがままだった。

 空中での水の弾丸の着弾、落下した衝撃、そしてアルナギンゴの猛攻。辛うじて意識はあるものの、身体は思うように動いてくれなかった。

 仮に動いたとしても、グリフォンにはアルナギンゴに反撃する術はない。そのことを茉莉とベリルも理解していた。


(このままでは拙い。ここは一端引くべきだ茉莉)

(で……でも……そんなことしたら明人さんが……っ!!)


 怪獣の敵意が自分に向けられている間は、明人が乗る『騎士』が狙われることはないだろう。

 そしてその間に、怪獣自衛隊が明人を救出してくれるだろうと茉莉は考えていた。

 あともう少し。もう少しだけ怪獣を自分に引き付けておかなくてはならない。


(シルヴィアさんお願い……明人さんを早く助けて……)


 茉莉は和人に明人を頼むと言われたのだから。それだけを心の支えに茉莉は、襲い来る衝撃に必死に耐え続ける。



 契約したい。その言葉に幻獣の少女の顔は歓喜に彩られた。


「おお。とうとう……とうとう我にも契約の時が訪れた……」

「それでどうすればいい? どうすればおまえと契約できる?」


 喜びに震える少女に、和人はどこか不安そうな表情で問う。ひょっとすると何か複雑な儀式のようなものが必要になるのだろうか。それとも何らかの苦痛が伴うのか。未知の行為に対する不安は隠す事ができなかった。


「我に名を与えよ。さすれば契約は結ばれる」


 だが少女から返ってきた答えは、拍子抜けするようなものだった。


「名……って、名前? それだけ?」


 そういえばこいつの名前って聞いたことなかったな、とこの場に至ってようやく思い出した和人。


「名とは最も短く、それでいて最も強力なしゅ。万物は名を与えられて初めて個を得る」


 名前を持つことで、万物は固有の形と特徴と特性を得る。例えば『ナイフ』と名付けられたものは、『ナイフ』としての形状と大体の大きさ、そして刃物という特徴を得る。

 同じぐらいの大きさと形の刃物でも『包丁』と名付けられれば、その特性は違ってくる。


「今の我に名はない。契約者により名を与えられて初めて、我は我として固着する。我の身体は仮初めの器と言うたな? 我の身体は不安定なのだ。名を与えられて初めて我の身体も安定する。さあ、我に名を与えよ。さすれば我は主のものとなり、いかなる命にも従おう」


 少女はその場で片膝を着き、静かに頭を垂れる。その姿はまるで、主君より叙勲を受ける騎士のようだ、と傍らで見ていた毅士は思った。

 名を与えよ、といきなり言われても戸惑うばかりの和人。今まで誰かの名前を考えたことなど、一度もなかったのだから無理もない。ましてやこの状況では。

 あれやこれやと今まで聞いた事のある名前を頭の中でひっくり返していた和人の脳裏に、初めてこの少女が白峰家に現れた時の状況が甦った。

 白々と輝く銀の月。その月を背景に、その月の光が集まったかのような銀髪を揺らして立つ少女。美しい月と美しい少女は、まるで一対の存在のように和人の目には映った。


「……ミツキ……」


 ぽつりと和人の口から零れた言葉。


「ミツキ。美しい月という意味でミツキ。どうだろう、ミツキという名前は?」


 和人と毅士の目の前、幻獣の少女の身体が淡い燐光を放ち始める。その燐光が徐々に強くなり、一際強烈な光の奔流となって弾けた後、そこにはそれまでと同じ姿で、それでいてまるで違う存在となった少女がいた。

 ミツキ。その言葉が呪となって少女を縛る。この時初めて、幻獣の少女はミツキという存在になったのだ。


「契約は成された。我、ミツキは主、和人様の永遠の僕となることをここに宣言しよう。さあ主よ、如何様な命でも下すがよい」


 立ち上がって真っ直ぐに自分を見詰める少女──ミツキに、和人は一つの命を下す。


「俺に力を。兄ちゃんや茉莉、他の皆を守れる力をくれ」

「御意」


 ミツキは和人の命に力強く応えると、二人は銀の光に包まれた。



 もういいだろう。アルナギンゴは満足げに大地に横たわるグリフォンを見下ろした。

 散々痛めつけてやったことで、アルナギンゴの怒りも収まった。後は止めを刺すだけだ。

 アルナギンゴはゆっくりと後退してグリフォンから距離を取る。

 充分な距離を取ったところで、アルナギンゴはその巨大な口をグリフォンに向けて開く。その口の奥には、ちらちらと輝く赤い光が見え隠れしている。

 アルナギンゴは自分の持つ、最大最高出力の火焔でグリフォンに止めを刺すつもりでいた。この火焔なら一瞬でグリフォンを蒸発させることも可能だろう。

 そして放たれる燃え盛る死神の腕。

 真っ赤な光と熱の奔流は、真っ直ぐにグリフォンに向かって伸びる。今のグリフォンにこの火焔を躱すだけの体力はない。

 だが火焔とグリフォンの間に飛び込んだ影があった。

 火焔に勝るとも劣らない真紅のその影は、手にした楯を襲い来る火焔に向けて突き出した。

 火焔が楯にぶつかり、楯が一瞬のうちに真っ赤に染まる。

 そのようなもので自分の火焔が防げる筈がない。アルナギンゴはそう思った。火焔は楯ごと飛び込んできた真紅の巨人をも燃やし尽くすだろう。


「くっ……おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」


 火焔を遮るように飛び出した『騎士』のコクピットで、『騎士』と直接リンクした明人は強烈な熱に耐えていた。特に楯を持った左腕は燃えるように熱い。


「ぐぅぅ……だ、大丈夫ですか……シルヴィアさん……っ!?」

『わ、私は大丈夫……それより……もう少しの辛抱……よ……っ!! あれが発動すれば……っ!!』


 明人と『騎士』を繋ぐバイパスの役割を果たしているシルヴィアも、明人と同じ苦痛を味わっていた。

 シルヴィアのいうあれとは、『騎士』の楯に施された魔術。

 『騎士』の楯には二つの術式が施してあった。

 一つは耐火。火焔を吐く怪獣が多いことから施された術式で、今現在アルナギンゴの超高温の火焔に楯が耐えているのは、勿論この魔術のお陰だった。

 そしてもう一つの術式。それこそがシルヴィアの期待するもの。

 その術式は反炎。文字通り炎を跳ね返すという魔術だ。

 だが2つの術式は耐火の方が優先されていた。そのため反炎が発動するには、楯が炎を受け止めてから数秒のタイムラグが必要だったのだ。

 だが炎を受け止めている楯の耐久度は、先程ウナギンゴの水の槍を受けて限界ぎりぎり。楯が砕けるのが先か、反炎が発動するのが先か。

 数秒が数時間にも感じられる中、『騎士』の持つ楯が甲高い音と共に砕け散った。



 アルナギンゴは苛立っていた。

 どうしてだ? どうして巨人の楯は自分の火焔を受け続けていられるのだ? あのような楯など、瞬く間に溶かすだけの熱量が自分の火焔にはある筈なのに。

 だからアルナギンゴは更に火焔の出力を上げた。そのせいかは判らなかったが、とうとう巨人の楯が砕け散った。

 アルナギンゴはその光景を満足げに眺めていた。

 当然だ。自分の火焔があのような楯で防げる筈もない。しかしアルナギンゴは気付かなかった。楯が砕け散る直前、楯のもう一つの能力が発動していたことに。

 不意にアルナギンゴを灼熱感が襲った。

 その余りの熱量に、アルナギンゴは苦しみの咆哮を上げた。


「やっ……たのか……?」


 反射された火焔で全身を焼かれながら咆哮するアルナギンゴを見て、明人はふうと大きく息を吐く。

 まさにぎりぎり。あと数瞬楯が壊れるのが早かったら、炎に焼かれていたのは間違いなく自分の方だろう。

 だが明人もそこまでだった。激しい熱に耐えたことで体力と気力を限界まで削られた。そしてそれは明人と『騎士』を繋ぐシルヴィアも同じ。

 先程からシルヴィアを何度呼んでも返答がない。

 最悪の事態には至っていないことを願いつつ、崩れ落ちるように倒れる『騎士』と共に、明人の意識も暗黒に飲み込まれていった。


 本日の投稿分。


 拙作「怪獣咆哮」に毎日起こしいだだいている方が20名ほどいらっしゃいます。

 その他の方も含めると、30名前後の方が毎日拙作を読んでくださっているようです。

 本当に感謝致します。

 ご意見、ご要望などありましたらお知らせください。可能な限り作品に反映させていただきたいと思います。


 今後ともよろしくお願いいたします。

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