17-爆鳴
「『騎士』胸部大破っ!! 被害甚大っ!!」
「『騎士』の出力、10%以下にまで落ち込んでいますっ!! もうまともに動くことは不可能ですっ!!」
「そ……そんな……」
シルヴィアの顔色は蒼白だった。戦局は先程まで『騎士』が圧倒的に優勢だった。それがほんの僅かなことでひっくり返されてしまった。
これが怪獣。
常識などいとも簡単に覆すもの。
相手は超常の存在、どのようなことだってありの相手。
判っていた筈だ。それなのに『魔像機』を、自分の技術を過信して油断してしまった。
シルヴィアの膝はがくがくと震え、今にも崩れ落ちそうだ。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、彼女の代わりに権藤の叫び声がオペーレーターに飛ぶ。
「白峰三尉は無事かっ!? 大至急確認しろっ!!」
「現在『騎士』からの信号の大部分が途絶していますっ!! パイロットの安否は不明ですっ!!」
権藤はオペレーターの返答に舌打ちをひとつすると、直ちに次の司令を下す。
「待機中の戦車隊、並びに戦闘ヘリ隊を展開させろっ!! 奴を『騎士』に近づけさせるなっ!!」
そして権藤は全ての命令を下すと、相変わらず隣で棒立ちのシルヴィアに向き直って右手を閃かせた。
指揮室に乾いた音が響き渡る。
シルヴィアは突如痛みの走った頬を押さえながら、目の前に立つ権藤を呆然と見詰めた。
「惚けてる暇はありませんぞカーナー博士。白峰はまだ生きているかもしれんのです!」
権藤の言葉に、シルヴィアの瞳に正気が戻る。
「そ、そうでした。白峰三尉が生きているなら、何としても救助しなくては。結婚する前から未亡人にはなりたくありませんもの」
シルヴィアは冗談を一つ飛ばすと、必死に状況を把握しようとするオペレーターたちに声をかける。
「『魔像機』からの信号、まだ回復しない?」
「まだだめです! さっきから何度もパスを再結しようとしていますが……」
「そちらは私がやるわ。あなたたちは怪獣の動向に注意していて」
シルヴィアはそう指示をだすと、隣の権藤に悪戯っぽい目を向ける。
「申し訳ありませんが、司令。しばらくこちらを見ないでいただけますか? 夫となる人物以外に肌を晒す気はありませんの」
明人あたりが聞いたら即座に「嘘付けっ!! もう和人たちに見せただろっ!!」とつっこみそうな台詞を吐くと、シルヴィアはその場で服を脱ぎ出した。
以前シルヴィアが明人にも説明した事だが、魔力は身体の表面から放射される。身体の露出面積が大きい程放射される魔力も増え、大量の魔力を必要とする大魔術の行使が可能となる。
シルヴィアは下着以外の服を全て脱ぎ捨てた。彼女程の一流の魔術師が半裸で取り行う魔術となれば、当然複雑で難易度の高い施術だろう。
背筋を伸ばして目を閉じて精神を統一させると、シルヴィアは単音節の言葉を紡いだ。
その言葉に反応し、彼女の足元に複雑な幾何学模様が浮び上がる。
シルヴィアを中心に巨大な魔方陣が展開され、その巨大な魔方陣を補助するかのように小型の魔方陣が、巨大な魔方陣の周囲に幾つも描き出される。
魔方陣はそれぞれがばらばらに回転していたが、徐々に回転が統一されていき、今では全ての魔方陣が同じ速度でシルヴィアを中心に回転していた。
陣の内部に無形の力が渦巻く。その力の奔流に肩で切り揃えられたシルヴィアの髪が巻き上げられる。
そして魔方陣内部の力が最高潮に達した時、シルヴィアの意識は肉体を離れ海辺で横たわった真紅の騎士の下へと飛んだ。
ウナギンゴは目の前に倒れ伏した真紅の巨人を見下ろしていた。
自分に幾つもの傷をつけた巨人。その巨人もこの有り様だ。
ウナギンゴは巨人に止めを刺そうと、一際巨大な水の柱を作り出す。その柱がゆっくりと回転を始め、真っ直ぐだった柱がぐにゃりと曲がってその先端が巨人へと向けられる。
巨大な槍と化した水柱を振り下ろそうとした時、ウナギンゴは膨大な魔力が脹れ上がるのを感じた。
ウナギンゴは魔力を感じた方へと首を回らす。そして怪獣の目に飛び込んできたのは、碧に輝く光球が真っ直ぐに自分目がけて突っ込んで来るところだった。
怪獣は巨人に向けていた水の槍の矛先を碧の光球へと変更する。そして間髪入れず槍を射出した。
打ち出された槍は真っ直ぐに碧の光球へと飛ぶ。だが槍が光球に突き刺さるより早く、光球は自ら弾け飛ぶ。
中から現れたのは全長40メートル近い巨大な怪鳥。茉莉と融合したグリフォンだ。
グリフォンは迫り来る水槍を難なくひらりと躱した。
(相手は小型とはいえ、今見た通り魔術を行使するタイプだ。油断するな茉莉)
(うん、判ってる。でも明人さんから怪獣を引き剥がさないと)
グリフォンは挑発するように怪獣の近くをひらりひらりと飛び回る。そんなグリフォンにウナギンゴはしきりに水槍を放つが、機動性に優れるグリフォンはそれを余裕で躱し続ける。
そしてグリフォンに挑発されたウナギンゴは、徐々に倒れている巨人から離れていった。
(そろそろいいわよね、ベリル?)
(ああ。これだけ距離を取れば大丈夫だろう)
(じゃあ反撃開始と行きますか!)
茉莉のその決意と同時に、グリフォンの周囲を流れる風に異変が生じた。
ウナギンゴが水の魔術を使えるように、グリフォンは雷系と風系の魔術を使う事ができる。
グリフォンは風で刃を作り出しウナギンゴ目がけて放つ。
この風の刃はグリフォン最強の雷弾程の威力はないが、魔術の飛翔速度が高く命中させ易い魔術である。
アルマジロンのような硬い装甲の怪獣には余り効果のない魔術だが、ウナギンゴのように比較的身体の柔らかい怪獣には効果的な魔術でもある。
迫り来る風の刃を、ウナギンゴは水の槍で迎撃する。しかし風の刃の速度に水の槍は追いつかない。風の刃は水の槍を掻い潜り、ウナギンゴへと殺到する。
『騎士』の剣で付けられた傷以上の傷を、風の刃はウナギンゴの身体へと刻みつける。
水の槍での迎撃を諦めたウナギンゴは、前面に水のスクリーンを展開した。
だがこれはグリフォンも予測していた。だからグリフォンは予め用意しておいた手段を行使する。
グリフォンの周囲に黒と白の二つの球体が出現する。黒と白の球体はそれぞれ、ウナギンゴが展開する水のスクリーンの左右の端へと向かって飛ぶ。
グリフォンから2つの球体が放たれたのを見たウナギンゴ。
その球体が水のスクリーンの左右へと飛んだ時、ウナギンゴは、2つの球体がスクリーンを迂回して自分へと向かってくるのだろうと推測した。
実はウナギンゴの知能は、怪獣の中でも郡を抜いて高いレベルにあった。
これは幻獣の少女やベリルさえ知らぬ事実だったが、魔術を行使する怪獣の中には人間並みの高い知能を持つものが稀に存在するのだ。
だからウナギンゴはスクリーンを咄嗟に変化させた。前方だけに展開するのではなく、前後左右上面の全てを覆う半球型の防御膜へと。例え球体が如何なる力を秘めていようが、これで自分に害を与える事はできないとウナギンゴはそうほくそ笑んだ。
ウナギンゴの思惑はともかく、黒と白の球体は左右に別れてそれぞれの位置で水の防御膜に触れると、白い球体から黒い球体へと電流を流し始めた。
陽極である白い球体から陰極である黒い球体へ。水の防御膜の中を電流が走り抜ける。
勿論電流は水の防御膜の中を流れるので、防御膜に接していないウナギンゴには何の影響もない。
だが水の中を電流が流れる事で、防御膜を構成する水に変化が起き始めた。
水の中を電流が流れる事で水は電気分解を起こす。
いや、正確には電気分解が起きるために電流は水中を流れるのだ。そして分解された水は陽極に酸素が、陰極に水素が集められる。
防護膜で閉じられた空間の中で、集めた酸素と水素をベリルが風を操って適度な濃度に混合する。この混合濃度を正確に把握できる者がいたら、その割合が水素と酸素の体積比が正確に2対1であることに驚いたであろう。
そして水素と酸素が混合された時、黒と白の球体は小さく爆発した。
球体自体の爆発は極めて小さいものだった。しかし、その爆発は水素と酸素の混合気体に引火する。
水素と酸素の混合気体は、水素爆鳴気と呼ばれる現象を引き起こして激しい爆発へと変化し、水の防御膜ごとウナギンゴを飲み込んだ。
シルヴィアの意識体は倒れている『騎士』に辿り着いた。そしてそのまま『騎士』の内部に侵入する。
(これは……機械部分は何とか稼働するわ。深刻なのは魔道パスの方ね)
先程のウナギンゴの水の槍の衝撃は装甲に施した強化呪詛により、そのほとんどが無効化されていた。
実際に水の槍が『騎士』の胸部を貫通したのはほんの僅かなもの。だが、問題はその際に機体中を突き抜けた魔力の方だった。
『騎士』の胸部を貫いた魔力は、『騎士』の内部の魔道パスをずたずたにしていたのだ。
意識を拡散させて『騎士』の状態をスキャンしたシルヴィアは、そのままコクピットへと散った意識を集中させる。
幸い水の槍は僅かにコクピットを逸れていて、コクピット自体は無事のようだった。
明人はシートの上で気を失っていた。ざっと見たところ、頭部からの出血が見られるが、さほど酷い出血という訳でもなさそうだ。
『明人くん! 大丈夫なの? 返事をして!』
シルヴィアは意識を失っている明人の精神に、直接語りかけて軽い刺激を与える。
「う……ううぅ……」
そしてその刺激で明人は意識を取り戻した。
意識を取り戻した明人が目を開けると、目の前に半透明のシルヴィアがいた。
「し、シルヴィアさんっ!? ど、どど、どうしたんですかその姿はっ!?」
『今あなたが見ている私は意識体よ。意識のみを飛ばしてここにいるの。肉体の方は基地の指揮室にあるわ』
シルヴィアの説明を聞いた明人は、幽体離脱みたいなものかと理解した。
「そ、それで状況はどうなりましたかっ!?」
「ウナギンゴなら茉莉ちゃん……いえ、グリフォンが引き付けてくれているわ」
「茉莉ちゃんがっ!? くっ、シルヴィアさん! 『騎士』は動かせないんですかっ!?」
「『騎士』は魔道パスがずたずたによ。動かすことはまず無理ね」
「そんなっ!! 茉莉ちゃんだけを戦わせる訳にはいきませんっ!! 何とか『騎士』を動かす方法はないんですかっ!?」
「うっ!!」
「し、シルヴィアさんっ!? どうかしましたかっ!?」
明人の剣幕に、シルヴィアの意識体が一瞬ゆらりと揺れる。
「大丈夫よ。肉体という鎧を持たない今の私は強い感情の影響を受け易いの」
「あ……すいません……俺は自分の都合ばかりで……」
「いいのよ。それより、『騎士』を動かす方法はないこともないわ」
「ほ、本当ですかっ!?」
「本当よ。でもそれはかなり危険な方法。それでいて動かせるはほんの僅かでしかない。それでもいい?」
真剣な表情で問うシルヴィアに、明人も真剣な顔で頷いた。
先程の大爆発の余波は、少し離れた和人のいる場所にも届いた。
幻獣の少女が展開した防御壁でその余波から守られた和人。その和人の下に、別行動で茉莉を探していた毅士が駆けつけてきた。
「和人っ!!」
「毅士! おまえは怪我はないか?」
和人は毅士の方を振り向きながら問う。
「ああ、僕は大丈夫だ。茉莉くんは……戦っているのだな」
「ああ」
爆発の余波を避けて上空に避難したのだろう、大空をゆっくりと舞っているグリフォンに再び視線を戻して和人は答えた。
「だが先程の爆発はかなり大きかった。あれではいくら怪獣とはいえ無事では済むまい」
その毅士の言葉を、和人は上の空で聞いていた。
和人は無力な自分が悔しかった。明人は自衛隊の新兵器で戦っている。シルヴィアもまた、和人からは見えないがおそらく見えない所で彼女なりに戦っているだろう。
そして茉莉。茉莉も幻獣と融合して直接怪獣と戦っている。
だが自分はこうして見ているだけ。それが和人は悔しかったのだ。
知らず和人の拳は握り締められていた。その拳が白くなる程に強く、強く。
そして同時に気付いていた。自分には怪獣と戦う術があるということに。
明人のように。茉莉のように。直接怪獣と戦う術が今の和人にはあるのだ。
和人の視線は、大空のグリフォンから傍らの少女へと向けられた。
本日の投稿。
昨日、活動報告の方に書き込みましたが、『怪獣咆哮』はあと6話ほどで一区切りとなる予定です。
連載そのものは続けるつもりですが、これまでのように毎日更新はできなくなりそうです。ですが、なんとか頑張って一週間に一回は更新するつもりです。
今後ともお付き合いいただければ幸いです。
なにとぞ、よろしくお願い致します。