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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第1部
17/74

16-騎士

 明人は『騎士ナイト』を海岸線まで移動させた。

 一昨日初めて魔像機に乗った時のような不安定感は、今日の明人にはまるでない。

 たった2日とはいえ、シルヴィアの指導の下で魔力を扱う修行を行った成果である。そしてたった2日で成果を現した明人の才能でもあった。

 明人の前方、海岸からほんの少しの地点で細長い身体の怪獣がこちらを見詰めている。もしかするとこの『騎士』が何なのかを見定めているのかもしれない。


『白峰三尉。相手は水中に適合した個体だと思われるわ。水際はこちらが不利よ。何とか陸上へ誘い込みなさい』

「了解っ!!」


 魔道パスを通じて伝わるシルヴィアの声に明人は返事を返すと、右腕に内蔵されたガトリングガンをポップアップさせ、その銃口を怪獣へと向ける。

 甲高い回転音と共に、ガトリングガンから無数の銃弾が吐き出される。

 魔術によって威力を高められた30ミリ口径の銃弾は、容易に怪獣の身体を貫いた。

 己の身体を貫く無数の鉛の塊に、怪獣は痛みと怒りで身体を大きくうねらせながら自分を傷付けた真紅の巨人に向けて突進する。

 だが、この怪獣は魚型であり、水中でこそ高速で移動できるものの、陸に揚がってしまってはその動きは格段に鈍かった。

 その動きの鈍くなった怪獣の突進を、真紅の巨人は難なく回避する。

 そしてすれ違いざまに、右手に持った巨大な剣を一閃。

 剣は魚型の怪獣の身体を大きく切り裂き、辺りにどす黒い怪獣の血が撒き散らされた。



「あのロボットみたいなのに、明人さんが乗ってるの?」

「ああ。あれが自衛隊の新兵器って奴だろう。だったらあれに乗っているのは兄ちゃんだと思う。そんなことをシルヴィアさんが言ってただろ?」


 そういやそんなことも聞いた気がするなと、茉莉は裸でうずくまったまま考えていた。

 その茉莉の肩に、和人は自分の制服のシャツを脱いでかけてやる。


「兄ちゃんたちがああやって頑張っているんだ。何もおまえが戦うことなんてないだろ? それに兄ちゃんの方が優勢みたいだしな」


 茉莉は和人のシャツに袖を通し、ボタンを全てはめるとようやく立ち上がる。茉莉にはちょっと大きめの和人のシャツは、茉莉の身体を覆い隠すのに充分だった。


「でもボク、決めたんだ。怪獣と戦うって」


 強い意志を瞳に秘めて茉莉は告げる。


「それでももう少し待ってみたらどうだ? 少なくとも兄ちゃんがピンチになってからでもいいだろ? ここからならすぐにあそこまで行けるんだから」


 茉莉にそう言うと、和人は再び幻獣の少女の方へと向き直る。


「それより、さっき言った契約すると怪獣の目標とされなくなるってどういうことだ?」

「簡単なことだ。我らは自分以外の幻獣との契約者は敏感に感じ取ることができる。我がそこの小娘を契約者だと見抜いたようにな」


 言われてみれば一昨日、確かにこの少女は茉莉を契約者だと瞬時に見抜いていたことを和人は思い出した。


「契約者の傍らには常に幻獣がいる。そして契約者の魔力が高ければ高い程、契約を交わした幻獣の力もまた大きいもの。そのことはあ奴らも本能的に悟るであろう」


 つまり、幻獣の力が大きければ自分が傷付くリスクも高くなるということを、怪獣たちも判っているのだ、と少女は言う。


「そして我は幻獣の中でも幻獣王と呼ばれる存在。そんな我に挑むような愚かな眷族はそうそうおらぬわ」

「ねえ、本当なのベリル?」


 少女の言葉を聞いて、茉莉は自分のパートナーに尋ねた。


「確かにあの少女は幻獣王だ。全幻獣の中でも三体しか存在せぬと言われる幻獣王。その内の一体だ」

「あ、あの娘って、そんなに強力な幻獣だったの……?」


 ベリルの説明を聞いた茉莉は、改めて畏怖の念の籠った視線で少女を見る。

 幻獣の少女は、そんな茉莉の視線など気にも留めずに和人を真っ正面から見据える。


「改めて問おうぞ、主よ。主は我と契約を交わすや否や?」


 少女はそう言いながらその白い繊手を和人へと差し出した。



 怪獣自衛隊城ヶ崎基地の指揮室には、張り詰めていながらも、どこか安堵したような空気が流れていた。


「魔像機、パラメータに異常は見受けられません」

「白峰三尉の魔力も安定しています」


 オペレーターたちが次々に報告する事柄を聞きながら、権藤は怪獣と交戦中の『騎士』から目を離さずにいた。


「どうやらウナギンゴ程度の小型が相手なら、『魔像機』の方が圧倒的に優位に立てるようですな、カーナー博士」

「そ、そうですわね、司令」


 シルヴィアは生返事を返しながら別の事を考えていた。


(こ、今度はウナギンゴなのね……)


 そして、もうこの人のネーミングセンスには期待しないでおこうと心に決めた。

 そんなシルヴィアの内心の落胆など気付く訳もなく、権藤は正式にあの怪獣をウナギンゴと呼称すると通達したのだった。



「行ける! 行けるぞっ!!」


 明人は『騎士』のコクピットで一人喝采を上げていた。

 この『魔像機』のパワーは予想以上で、目の前の怪獣がまるで相手にならない程だ。

 勿論それは相手が小型であることと、ウナギンゴにとって不利な陸上に揚がってしまったということもあるだろう。

 それでも、シルヴィアの造ったこの『魔像機』が怪獣に通用する事は証明できただろう。

 明人は改めて目の前のウナギンゴに集中する。現在ウナギンゴは陸上でその細長い身体をぐたりと横たえ、頭部だけを持ち上げてじっと『騎士』を睨みつけていた。

 ウナギンゴの身体は『騎士』の剣で切り裂かれ、ガトリングガンで孔だらけだ。普通の生き物ならとっくにその命を終えているだろうが、さすがは怪獣、並みの生命力ではない。

 更に和人は巧みに『騎士』を操って、本来のフィールドである海とウナギンゴを隔てることに成功していた。つまり『騎士』を常に海とウナギンゴの間に移動させることで、ウナギンゴを海に戻れないようにしているのだ。


「あの辺りは白峰三尉の戦闘センスの良さね。大したものだわ」


 シルヴィアは指揮室のモニターを見詰めながら、『騎士』の巧みな間合いの取り方に感心していた。


「ああ見えて白峰三尉に剣道で勝てる者は、この基地にはおらんからな」


 明人が剣道に強い理由、それは先天的な空間把握能力によるものだった。

 空間把握、つまり間合いの取り方が絶妙に上手いのだ。相手の剣が届かないぎりぎりを見極めて常にその間合いを保ち、相手の剣を躱した瞬間に自分の剣を相手に叩き込む。それが明人の剣道の必勝パターンだ。

 その必勝パターンは今、ウナギンゴ相手にも作用していた。ウナギンゴの突進を躱し、その際に生まれた隙をついて剣を振るう。正に明人の必勝パターンだった。

 このまま行けば遠からず『魔像機』は怪獣相手に勝利を納めるだろう。そしてそれは、人類にとって確かな希望の光となる。

 誰もがそう思った時だった。ウナギンゴが誰も想像もしないような行動に出たのは。



「う……嘘だろ……?」


 その光景を少し離れた岬から見ていた和人は、自分の目が信じられなかった。

 ウナギンゴが空を舞った。

 言葉にすればそれだけだ。だが、その事実は皆のど肝を抜くのに充分な光景だった。

 長い身体を横たえていたウナギンゴが、突如蛇のようにとぐろを巻いたかと思ったら、まるで縮めた発条を伸ばしたかのように空高くジャンプしたのだ。

 高々と空を舞ったウナギンゴは、『騎士』の頭上を飛び越えてそのまま海の中へと落下した。



「し、しまったっ!?」


 まさかウナギンゴにあれ程の跳躍力があるとは思いもしなかった明人は、その反応を僅かに遅れさせた。

 そしてほんの瞬寸、無防備になった『騎士』にウナギンゴは己を傷付けられた怒りを込めて反撃する。

 ウナギンゴの周囲の海から水柱のようなものが数本立ち上がる。その水柱はぎりぎりと回転を始めると、まるで水のドリルのように旋回しながら、ようやくこちらを向いた『騎士』に襲いかかった。

 次々と『騎士』に直撃する水の槍。その槍は『魔像機』の装甲を貫くのに充分な威力を持っていた。


「そ、そんなっ!? あれは水系魔術じゃないっ!?」


 その光景を見ていたシルヴィアが叫ぶ。

 『魔像機』の装甲には物理衝撃に耐えるような魔術は施してあるが、対魔術用の施術は施していない。

 まさか怪獣が魔術を使うとは思いもしなかったからだ。

 シルヴィアは幻獣の少女の言葉を思い出す。怪獣とは魔石、つまり賢者の石と他の生物との融合である。

 ならば賢者の石を核に持ち、魔術的な存在である怪獣が魔術を使ったとて別段不思議な事ではない。

 改めて考えればその通りなのだが、シルヴィアはその可能性をうっかりと失念していた。

 シルヴィアは自分のうっかりをこれ程呪ったことはない。寄りにもよって、このような致命的な場面でうっかりが露呈するとは。

 だが今更そんな事を悔いても始まらない。今は現状でできる事をしなくては。


「白峰三尉はっ!? 無事なのっ!?」


 シルヴィアは魔像機と明人の状況をモニターしているオペレーターたちに、叫ぶように尋ねた。


「白峰三尉の生体パターンに異常は見られませんっ!! 無事ですっ!!」

「魔像機は胸部、腹部、右上腕部、左右大腿部の装甲に異常っ!! 部分的に装甲に孔が開けられました!! ですが内部まではさほど被害は及んでいない模様で、出力の低下は10%程度です!!」


 オペレーターの報告を聞いて、シルヴィアはほっと安堵の溜め息を吐く。


『自分は大丈夫ですっ!! まだやれますっ!!』


 丁度その時、明人からの通信が入る。水の槍をくらった衝撃でしばらく意識が定まらなかったが、ようやく回復したようだ。


「『騎士』の装甲では魔術は防ぎきれないわ。ウナギンゴの魔術には充分注意してっ!! 不用意に近付いてはだめよっ!!」

「了解っ!!」



 真紅の巨人が窮地に追い込まれたのは、和人と茉莉にも理解できた。


「ボク、行くよ。このままだと明人さんが危ない」


 和人と茉莉は正面から見詰め合う。そして茉莉の瞳を見た和人は、彼女を思い止まらせる事は不可能だと察した。


「判った……兄ちゃんを頼む」

「うん! 任せて! じゃあ、ちょっとむこう向いててくれる?」


 茉莉は和人から借りていたシャツを脱ぐと、背中を向けている彼の肩にそのシャツをかける。


「茉莉?」

「だ、だめっ!! こっち向いたら絶対にだめだからねっ!?」


 思わず振り返りそうになった和人に、そう言い残して茉莉は走り出す。その彼女の後ろをベリルが付き従うように飛ぶ。

 ベリルが茉莉に追いついた瞬間、茉莉の身体が碧色に輝く。碧の光玉と化した茉莉とベリルは、そのまま高速で空を駆ける。怪獣と戦う真紅の騎士の下へと。



 明人は再びガトリングガンをウナギンゴに向けて放つ。

 だが、一秒間に数十発も吐き出された弾丸は、ウナギンゴが展開した水のスクリーンのようなものにことごとく遮られた。


「もうガトリングは効かないのかっ!? ったく、余計な学習なんかしやがって……っ!!」


 愚痴を零す明人だが、ガトリングガンが封じられたとなると、『騎士』に残された武装は右手の剣しかない。

 シルヴィアの話では『魔像機』用の手持ち火器も開発中との事だが、今現在ないものをどうこう言っても始まらない。


(こうなりゃ、奴の懐に飛び込むしか……)


 魔術とはいえ、必ず命中するというものでもない。機体を捌いて躱し、剣で弾き、楯で受け止める。そうすればウナギンゴに剣が届く距離まで踏み込めるはずだ。

 乾坤一擲。のるかそるか。

 明人は覚悟を決め、『騎士』を波打ち際で待ち構えるウナギンゴ目指して走らせる。

 地響きを立てて疾走する真紅の騎士に、ウナギンゴは6本の先程と同じ水の槍を打ち込む。

 1本目、2本目の水の槍は機体を最小限の動きでやり過ごす。

 3本目、4本目、5本目の槍は楯で受け止めた。だが、そのせいで楯には細かい亀裂が無数に走ることとなった。次に楯で受け止めたら、おそらく楯は完全に破壊されるだろう。

 6本目は剣で弾き飛ばした。だがこれで水の槍はお終いだ。そして『騎士』はその剣が届くまであと数歩の距離にまで迫っていた。

 『騎士』は更にその数歩を踏み込み、剣で水の槍を弾き飛ばした際に振り抜いた腕を、そのままウナギンゴ目がけて再び振り抜く。


──勝ったっ!!


 明人は確信した。この間合い、踏み込み、剣を振るタイミング。これで躱される筈がない。そして明人には、『騎士』の剣が固い何かを切り裂く感触が伝わってきた。

 しかし次の瞬間、『魔像機』のモニター越しに明人は信じられない光景を目にする。

 確かに『騎士』の剣は半ばまでそれを断ち斬っていた。だがそれはウナギンゴの身体ではなく。

 先程ウナギンゴがガトリングガンを防いだ時に展開した水のスクリーン。

 そのスクリーンが今度はウナギンゴと『騎士』の剣の間に展開されていた。『騎士』の剣が半ばまで断ち斬ったのは、この水のスクリーンだったのだ。


「な……んだと……っ!?」


 思わず呆然とする明人。そして『騎士』の剣を受け止めた水のスクリーンが不意に消失する。

 不意の事でバランスを崩す『騎士』。明人は慌てて魔像機の態勢を整えようとするが、その数瞬が致命的だった。

 バランスを崩して無防備となった真紅の騎士の胸を、ウナギンゴが放った水の槍が貫いたのは刹那の後だった。


 本日の投稿。


 最近、お気に入り登録してくださった方がありました。ありがとうございます。

 アクセスもお気に入り登録も徐々に増えております。

 これらは全てここに来ていただいている皆様のお陰です。感謝致します。


 今後もよろしくお願いします。

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