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怪獣咆哮  作者: ムク文鳥
第1部
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13-噂話

 アルマジロンの出現から2日が経過した。

 怪獣自衛隊の活躍により、アルマジロンは上陸直後に撃退された──実際に撃退したのは茉莉だが──ため、今回は怪獣による被害は少なかった。

 そのため街は既に怪獣の出現など忘れてしまったかのように、いつも通りの平穏な姿を見せていた。


──白峰家を除けば。


 明人と和人の周囲だけは、街の平穏など嘘のように慌ただしく、騒々しかった。

 今まで兄弟二人きりだった白峰家。そこにいきなり三人もの女性が加わったものだから、ご近所の噂にならないはずがない。

 勿論その女性とは茉莉と幻獣の少女、そして何故かシルヴィアまでもがちゃっかりと住み着いていた。

 スタイル抜群で、大人の女性の魅力溢れる知的な異国美女。

 いつも明るく、太陽のような暖かな笑顔を振りまく元気少女。

 そして銀髪に朱金の瞳という、ミステリアスな雰囲気漂う神秘的な少女。

 そりゃあもう、最近のおばちゃんたちの井戸端会議の議題は、白峰家の女性たちの事で持ち切りだった。

 どうやら知的な異国の女性は兄の明人くんの婚約者らしい。

 元気な女の子は弟の和人くんと既に入籍済みみたいだ。

 神秘的な少女は和人くんの事をご主人様と呼んでいた

 ……などなど、噂は絶えることがなかった。

 それでも決して悪い噂ではないのは、噂をしているほとんどが白峰兄弟を昔から知っている人たちであることと、明人や和人の人柄にシルヴィアの礼儀正しさ、茉莉の人懐っこさなどによるものだろう。

 幻獣の少女に至っては、その古風な物言いがどこぞの旧家の姫のようだと逆に好評だった。まさかこの少女が怪獣の眷族であるなど、誰が想像するだろう。

 そして今、茉莉の姿は商店街にあった。

 本日は土曜日。和人たちの通う高校は土曜授業を導入していて、午前中だけだが授業があった。もうすぐ帰ってくる和人に昼食を用意するため、茉莉は必要な食材を商店街まで買いに来たのだ。

 ちなみに茉莉は、親戚の家に預けられていた時に家事を押しつけられたりしていたので、一通りの家事は難なくこなせた。中でも料理は、明人と和人を唸らせるに充分な腕前だった。

 茉莉の料理の腕を知った時、和人の内でぴんぴろりんと軽快な音楽と共に、彼女の好感度が3ポイント上昇したのは誰にも知られてはならない秘密だ。


「ねえ、おじさん! このモヤシ一袋幾ら?」

「おや、この辺じゃ見掛けない顔だねえ?」

「うん。ボク、わけあって白峰さんところに居候してるんだ」

「ああ、噂は聞いてるよ。そうかい、お嬢ちゃんが和人くんの奥さんになるって娘さんか」


 茉莉たちの噂は、商店街にまでも広まっていた。

 元より都市と呼べる程でもないこの城ヶ崎の街は、今だに昔ながらの地域密着型の店舗が多い。勿論この街にも大型のスーパー等もあるが、どちらかというとこの商店街に足を運ぶ住民の方が多かった。

 そして茉莉もまた、この活気のある商店街を気に入っていた。

 このような商店街では、交渉次第では値切ることも可能である。これがスーパーでは値切りを持ちかけることさえ困難だ。だから茉莉はこういった商店街が好きだった。

 その後も何店かの商店を廻り、先程の店と同じような遣り取りを繰り返しながらも必要な食材を揃えた茉莉は、その食材を両手に抱えて楽しそうに白峰家へと戻って行った。



「おや、主ではないか」


 学校からの帰り道、和人は不意に声をかけられた。和人を主と呼ぶ声の主は勿論、幻獣の少女である。

 和人は声の主の姿を探して周囲を見回すが、少女の姿は何処にも見当たらなかった。


「ここだ、ここ。上だ、主よ」


 声に従って見上げれば、幻獣の少女が街灯の先端部分にちょこんと座っていた。


「お、おい、危ないぞ! 落ちたらどうするつもりだよ!? それより誰かに見られたらどう言い訳するんだっ!?」

「それなら心配無用ぞ。我の姿は人間には見えぬ。姿を眩ます術をかけておる故」


 そう答えると少女はふわりと身を踊らせ、軽やかに和人の前に舞い降りた。


「人間には見えない……って、俺には見えてるぞ?」


「それこそが主が我の契約者という証よ。この程度の目眩しでは、契約者たる主には通用せぬ」


 どんな理屈か今一つ理解できなかった和人。目の前の少女もそれを察したようだ。

「難しく考える必要はない。主は主人で我はしもべ。この関係は天地がひっくり返っても変わらぬ。そう思うだけでいい。難しいことはあの魔術師の女にでも任せておけ」


 と、にっこりと微笑みながら言われて、そういうものかと和人も納得する。


「して、今日は何処へ行っておったのだ? そういえば昨日も昼間はおらなんだな?」


 こくん、と首を傾げて尋ねる少女。


「学校だよ、学校。学生は昼間学校へ行くもんだ。今日は土曜日だから半日だけどな」

「おお、学校。聞いたことはあるが行ったことはないのぉ。主よ、今度我も連れて行け」

「だ、駄目に決まってるだろ? 学校は関係者以外立ち入り禁止だ」

「我は主の半身ぞ? その我が無関係でなぞあるものか。主が行くなら我も行くが道理」

「どんな道理だ、それはっ!?」


 と、歩きながら馬鹿な会話を交わす二人。そんな自分たちをご近所のおばちゃん連中が、微笑ましそうに見詰めている事に和人は気づいた。


「なあ、おまえの姿って見えてるのか? さっきは見えないって言ってたけど……」

「無論だ。目眩しはとうに解除した。でなければ主は一人で何かと会話する、怪しい奴と思われるであろうが?」


 言われてみればその通りである。もし少女の姿が見えなければ、どのような噂が立つか知れたものではない。噂というものの恐さを、和人は最近身に染みて知ったばかりなのだ。


「そ、それより、さっきはあんな所で何してたんだ?」


 幻獣の少女が気を回してくれたことに内心で感謝しつつ、それでいてそのことを悟られないように和人話題の転換を試みる。


「ああ、海を見ていた。あそこからだと、丁度海が良く見える」


 少女は足を止めて、再び海の方角へとその朱金の瞳を向けた。


「海? 何だってそんなものを見てたんだ? もしかして海が珍しいのか?」

「別段海は珍しくもないがの。ただ──」

「あ、和人だ! おーい、和人ーっ!!」


 幻獣の少女が何か言いかけた時、彼らの背後から茉莉が駆け寄って来た。


「和人は学校帰り? って、どうしてこの娘が和人と一緒にいるのっ!?」

「ふ、異なことを申すの、小娘。幻獣とその契約者は一心同体、常に一緒におるものよ。お主とてそうであろ? のう、ベリル?」


 少女の言葉に反応するように、茉莉の肩の上にベリルの姿が滲むように現われる。どうやら今まで姿を消していたらしい。


「如何にも貴殿の言う通りだ幻獣王殿。だが貴殿はまだ正式に和人殿と契約を交わした訳ではあるまい? ならば常に一緒にいる必要はないのではないか?」

「そ、そうそう! ベリルの言う通り! だからどうして和人と一緒だったの?」


 パートナーからの掩護射撃を得て、茉莉は再び問う。


「偶然だよ、偶然。さっき偶然出会ったんだ。それだけさ」


 二人に任せておくと話がややこしくなると思った和人は、簡潔に事実のみを告げる。


「そういう茉莉は買物の帰りか?」


 和人は両手一杯に抱えられた買物袋を見ながら、茉莉に問い返す。


「うん、そうだよ。お昼ご飯の買い出し。帰ったらすぐ準備するから、ちょっと待ってね」

「ああ、慌てなくていいぞ。これまでは帰ってから自分で作ってたからな。少しぐらい遅れるのは慣れてる」

「うむ。我も小娘の作る料理は認めてやろう。主の作る料理も美味いが、小娘のはそれを上回る。ベリルもそう思うであろう?」

「自我に目覚めて百余年、私も茉莉以上に美味い料理は知らんよ。尤も、料理を食べる機会なぞ、ほとんどなかったが」

「ほぅ、お主、百年ばかりで契約者と巡り合うたか。なんとも幸運なことよのぅ。我なぞ1000年以上は待ったのだぞ」


 ぱたぱたと羽ばたきながら、幻獣の少女と肩を並べるベリル。周りの人がベリルに気付かないところを見ると、ベリルか少女のどちらかが先程の様な目眩しの術をかけたのだろう。

 何やら熱心に食事について語り合う一人と一体──二体と数えるべきか?──の後ろを歩く和人と茉莉。

 和人は隣を歩く茉莉が抱える荷物に、その時改めて気付いた。そして和人は何も言わずに、茉莉の荷物の内の幾つかを引き取る。


「え? 和人?」


 するりと荷物を奪われた茉莉は、思わず目をぱちくりさせて和人を見る。


「重いだろうが。こういうものは手分けするもんだ。変な遠慮すんなよな」


 和人はそれだけ言うと、後は黙って先を行く幻獣たちの後を追う。

 きっとこういうところが、毅士くんの言うお人好しだってところなんだな、と茉莉は心の中で納得する。そして同時に、茉莉の心の中に温かい何かがじわりと広がった。

 だから茉莉は和人の背中にっこりと微笑みかけると、急いで先を行く和人たちを追いかけた。



 重苦しい雰囲気が部屋中に漂う。


「うむ……まさかそのような事情があったとはな……」


 部屋の中央に置かれたソファに腰を下ろし、腕を組みながらふぅと重々しい溜め息を吐いたのは怪獣自衛隊城ヶ崎基地の司令官である権藤重夫だった。

 権藤は今、司令官の執務室でシルヴィアと明人から、幻獣と怪獣の関係、そして先日現われたグリフォンの正体などを聞かされたのだ。中でも権藤を驚かせたのは、怪獣の出現の原因が人間にあった事だった。


「それで司令……白峰三尉の弟である和人くんや、先程話した茉莉ちゃんのことですが……」

「そのことは私が上手く処理しよう。この事実を上に伝えようものなら、下手をすると二人は抹殺されかねん。いや、実験動物にしようと考える愚か者も現われるかもしれんな」

「ですが、そのことで司令のお立場が悪くなったりはしませんか?」

「心配するな白峰三尉。私は幻獣だの契約者だのといった御伽話は信じていないのだ。ましてやその当事者が君たちの身内だなんて話は聞いたこともない。知らない以上、どうしようもなかろう?」


 そう言ってにやりと笑う権藤。彼は和人や茉莉の身の安全のため、何も『聞かなかった』ことにするつもりのようだ。


「申し訳ありません、司令」

「君が謝る事ではないよ、白峰三尉。しかし、本心を言わせて貰えば、怪獣を打倒するために幻獣の力は是非借りたい」

「それはつまり、彼らに秘密裏に協力して貰いたい、ということでしょうか?」

「あくまでも、彼らの自由意志を尊重しての話だがね。ところでカーナー博士。その少女の姿の幻獣の契約者は、白峰三尉の弟でなければ絶対に駄目なのかね?」


 権藤は組んでいた腕を解き、やや声を落として尋ねる。


「はい。本人が言うところによりますと、幻獣の契約者となれる者は唯一人、それも特定の人物だけだそうです」


 シルヴィアは幻獣の少女の言葉を思い出した。

 幻獣は契約者を求め続ける。そして幻獣の契約者となれるのは、一体につき定められた一人のみ。だから幻獣は契約者と出会うまで、数百年以上の年月を待ち続けるのだという。


「ですから、彼女の契約者と成り得るのは和人くんだけです。もし和人くんに断わられたら、あの少女は未来永劫契約者を得る事はできないとのことです」

「そうか……もし可能なら、私がその少女と契約しても構わなかったのだがな……」

「自分は幻獣の力に頼るのは反対です。いくら相手が怪獣だとはいえ、これは国防問題です。国防問題に民間人を頼っては、我々自衛隊が存在する意味がありません。それに我々には『魔像機ゴーレム』があります。あれなら大型怪獣にだって対抗できるはずです。何も司令自らが幻獣と契約してまで怪獣と対峙せずとも、我々は充分戦えます。そのためにカーナー博士の指導の下、自分は訓練を重ねております」


 明人は和人や茉莉を危険に晒すような真似だけは絶対に避けたかった。


「確かに白峰三尉の言う通り、国防に民間人の力を当てにするようでは、自衛隊が存在する意味がない。だが、正直に言って、『魔像機』の実力は未知数だ。実戦の洗礼を浴びていない兵器など未完成に過ぎん」


 権藤の言葉が重く響く。確かに『騎士ナイト』は実戦投入用『魔像機』の第一号機だが、いまだ実戦の経験はなく、実質は実験機というべき機体である。

 兵器というもは実戦を繰り返し、露呈した問題点を順に潰していき、初めて実用的なものになるものなのだ。

 そういう意味で『魔像機』が完成するのは、まだまだ先の事である。


「それに白峰三尉が弟たちや、私の身の安全を憂いてくれるのもよく判る。だがおそらく、その茉莉という少女は怪獣が現われれば再び戦うだろう」


 権藤のその言葉に明人もシルヴィアも頷くしかない。鳥型の大型怪獣が各地で他の怪獣と戦ったという報告は、公にこそされていないものの、怪獣自衛隊にはこれまでに幾つも入ってきている。

 これからも怪獣が現われれば、茉莉はきっと戦うだろう。権藤も明人もシルヴィアもそう考えていた。


「ならば我々怪獣自衛隊と連携した方が、茉莉という少女の負担が少しは減ると私は思うのだがね」

「判りました。茉莉ちゃんには一度話してみます」

「シル……カーナー博士っ!?」

「白峰三尉が和人くんや茉莉ちゃんを、危険な目に合わせたくないのは判るわ。でも、私たちがいくら反対してところで茉莉ちゃんがベリルの力を持ち出したら、私たちでは止めることはできない。それなら初めから協力体制を整えた方が、彼女の安全に繋がるというものではなくて?」


 シルヴィアの言葉には、明人も納得せざるを得なかった。


「判りました。ですが、これだけは約束して下さい。絶対にあいつらには強制しないこと。あくまでもあいつらの意志で選ばせること。これだけは自分はどうしても譲れませんから」

「承知した」


 明人の提案に権藤は頷く。


「それではこの話はここまでにしょう。で、話が変わる訳なんだが……いつだね?」


 権藤のその問いに、明人は何の事か解らずに思わずぽかんとした顔で権藤を見詰め返した。


 本日の投稿分です。物語はこの一連の話の中盤へ到達しました。


 それから、今週末はなんとか投稿できそうな気配です。


 今後ともよろしくお願いします。

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