10-闖入
壊れた窓から覗く満月を背後に背負い、真っ直ぐに自分に向けられている瞳は朱金。
入り込んだ風が、月光に輝く銀の髪をゆらりゆらりと揺する。
細いながらもメリハリのある白い身体にぴったりと張り着いているのは、夜空よりも尚黒い服。
和人は、目の前に突如現れた幻想的な光景に思わず見を奪われた。
「ようやく見付けたぞ、主よ」
そして銀鈴の如き声が耳朶をくすぐる。その声に和人の意志は現実に引き戻された。
「お、お前は……昼間の……」
「然り。主が止まれと命じるからその言葉に従って止まったものの、いつまで経っても主はあの場所に帰ってこぬではないか。あれから我は、あちこち探し廻ったのだぞ? そしてようやく主の魔力波動を探り当てて、こうして罷り越したという訳だ」
銀の少女は、腰に手を当ててえっへんとばかりに胸を張る。
どうやらこの少女、律義にも和人の言いつけをずっと守っていたらしい。
「か……和人……? この少女はおまえの知り合いか……?」
「し、知り合いっていうか、今日ちょっとばかりすれ違った程度だけど……」
「どうせおまえのことだから、困っていた彼女を助けたか何かだろうが、もう少し相手を選べ。困っている人全てが善人ではないのだ。特に電波系はタチが悪いと聞くぞ」
意味不明な言動のこの銀の少女を、毅士は電波を受信している輩と判断したらしい。いや、誰でも同様な判断をするだろうが。
「む? 貴様は何者だ?」
この時になって、ようやく少女は毅士の存在に気付いたようだった。
「察するに、ここは主の塒であろう? このような時間に己の塒にこのような者を連れ込むとは……はっ! まさか主は衆道かっ!?」
何やら一人で捲くし立てる少女をよそに、和人は隣で自分と同じように座り込んでいる毅士に問う。
「なあ毅士、衆道って何だ?」
「衆道とはだな、一言で言えば男色の事だ」
男色と聞いて、和人の顔は一瞬で赤く染まる。
「ば、馬鹿野郎、俺と毅士はそんなんじゃねえっ!! 勘違いすんなっ!!」
銀の少女にくってかかる和人。丁度その時だった。部屋のドアを開けて明人が飛び込んで来たのは。
「今の音は何だ和人っ!? 何かあったのかっ!?」
そして明人は見る。和人の部屋、彼のベッドの上に立っている銀の少女を。
明人が飛び込んで来てすぐに、再びどたどたと足音が響いた。
「ねえ和人! 今の音は何? 何かあったの?」
明人と同じような事を言いながら次に現れたのは茉莉だった。茉莉もまた、銀の少女の姿を認めて動きを止める。
「か……和人……キミって奴は……ボクという奥さんがありながら、出会った初日に別の女の子を部屋に引っ張り込むなんて……しかもこの状況、もしかして毅士くんも一緒の3Pっ!?」
「3P違うっ!! 3P言うなっ!! 勝手な想像を膨らませるんじゃねえっ!!」
和人が茉莉の言葉を否定した時、更にシルヴィアまで部屋に飛び込んで来た。
「何なの、この異様な魔力はっ!? 一体何事なのっ!?」
最後に飛び込んで来たシルヴィアに全員の視線が集まる。そして明人、和人、毅士がぼんっという音と共に瞬時に真っ赤に茹で上がった。
「シルヴィアさんっ!! は、裸、裸っ!! どうしてそんな格好なのっ!?」
慌てて茉莉が指摘する。シルヴィアは布面積の異様に小さい黒のショーツ一枚きりというあられもない格好で、和人の部屋に現れたのだ。
「きゃ、きゃああああぁぁぁっ!! ご、ごめんなさいっ!! 寝間着代わりの服を探している時に、急に魔術を使わなくても判るほどの魔力を感じたものだから慌てて……」
先程は明人を誘惑するためにわざと肌を晒していたシルヴィアだが、こういった予想外に肌を晒すのはやっぱり恥ずかしいらしい。
それとも、明人以外に見られた事が羞恥を刺激したのだろうか。
何はともかく、ここでもまたうっかりをしっかりと発動させたシルヴィアは、腕でその豊満な胸を隠しながら後ろを向いて座り込んだ。
その時、彼女が唯一身に付けていた衣服の後ろ部分が和人たちの目に晒された。
「ひ、紐? 紐だよっ!? シルヴィアさんのお尻のところ、紐しかないよぉっ!?」
はっきり言って紐だった。紐しかなかった。
「いやあああぁぁぁぁんっ!!」
紐を指摘されたシルヴィアは、両手でお尻を隠しながら慌てて部屋から飛び出して行った。
そんな和人たちを、呆然と見詰めていた銀の少女がぽつりと呟いた。
「ふむ……あのような者がいるのなら、主は衆道という訳ではなさそうよの」
再び一同は居間に集まった。勿論、闖入者である銀の少女も一緒だ。
警察だいや消防だと一通り騒いだ後、これ以上騒ぐと近所迷惑という毅士の提案の元、一同は再び居間に集まってこの銀の少女から話を聞く事になった。
ちなみに、銀の少女が壊した和人の部屋の窓は、シルヴィアが修復の魔術であっという間に元通りにした。
「それで? 単刀直入に尋ねるが、君は何者だ?」
「我は主……和人様の半身よ」
明人の問いに応じた少女の答えは、当の少女以外には意味不明のものだった。
「どういう意味だよ、それ? 昼間も訳判んねえこと言ってたけどさ。俺たちにも判るように説明してくれないか?」
「確かに主の言う通りかもしれぬな。我らの理を知らぬ者たちには意味を成さん言葉であったか。だが、我の言葉の意味を正しく解しておる者もおるがの」
少女のその一言に、一同の眼はシルヴィア──ちゃんと服を着てこの場にいる──に向けられる。
「え、ええ? わ、私じゃないわよ? この娘の言っている意味、私にも判んないし」
「その通り。その魔術師の女ではないぞ」
「ど、どうして私が魔術師だと判ったのっ!?」
「我らからみれば、魔術師かどうかなどすぐに判ることよ。何より先程お主自身が裸で現れた時、魔力がどうこう叫んでいたではないか。そのようなことを口にするのは魔術師くらいであろうが。お主、魔術師の割には抜けてはおらぬか?」
直球でうっかりを指摘されたシルヴィアは、何も言い返せなかった。
「それよりも、先程我が言うたのはそこの小娘のことよ。のう、小娘。貴様は承知しておろう? 我ら幻獣の理を」
静かにそう告げる銀の少女。その少女の視線は茉莉に向けられていた。そして一同の視線もまた、茉莉へと向けられる。
「……キミ、ベリルと同じ幻獣なんだね?」
和人が初めて見るような真剣な表情で、茉莉は銀の少女の言葉に応えた。
「げ、幻獣? お、おい茉莉、おまえ何を言ってるんだよ?」
「……ボクはね、幻獣の契約者なの」
「幻獣の……契約者……?」
契約者。確かに茉莉は自分が契約者だと言っていた。だが幻獣の契約者とは一体? 和人の頭の中で疑問が渦を巻く。
その和人の疑問に応えるように、銀の少女が言葉を続ける。
「然様、遥かなる悠久の昔より、伝承と伝説の中に存在せしもの。それが我ら幻獣よ」
「しかも貴殿は、幻獣の中でも最高位……幻獣王と呼ばれる存在だ」
銀の少女の言葉に応じるように、白峰家の居間に誰のものでもない声が響いた。
「お、おい和人……今の声……」
「お、俺じゃないぞ、兄ちゃん」
謎の声に驚いて、辺りをきょろきょろと見回す白峰兄弟。
「ここだ。明人殿、和人殿。今の声は私だ」
明人と和人が、いや、毅士もシルヴィアも銀の少女も、声のした方──茉莉の方へと振り向く。
そして茉莉の肩の上に、純白の羽毛に包まれた猛禽の上半身と、獅子の下半身を合わせ持つ奇妙な存在が出現していた。
「待たせたな茉莉。傷の方はもう完全に癒えたぞ」
「ありがと、ベリル」
「う……嘘……グ、リフォ……ン……? し、しかも喋ってる……」
「ま、まさかこいつ……今日現れた鳥型の怪獣……?」
その存在にシルヴィアと明人が絶句する。二人だけではなく、和人と毅士もまた目を見開いている。
「紹介するね。この子が、私の契約相手。グリフォンのベリルよ」
「以後、私の事はベリルと呼んで貰いたい」
驚く四人を前にして、平然とベリルと紹介する茉莉。
「お、おい、茉莉! これはどういう事だよっ!? このベリルって奴は何なんだっ!? 怪獣じゃないのかっ!?」
「失礼なこと言わないで。ベリルは怪獣じゃなくて幻獣。さっきからそう言ってるでしょ?」
「先程から会話に度々出てくる幻獣とは何なのだ? 怪獣とは違う存在なのか? 茉莉くん、もし知っているのなら説明して貰えまいか?」
毅士のその質問に応えたのは、茉莉ではなく銀の──幻獣の少女だった。
「お主ら人間が怪獣と呼ぶ存在と、我ら幻獣とは本質は同じよ。共に魔石を核として存在する」
「魔石? 聞いたことないわね」
聞き慣れない単語に、シルヴィアが思わず口を挟む。
「いや、お主たち魔術師は魔石を知っている筈だ。ただ、魔石という言葉を使用していないだけに過ぎぬ」
「名前が違うだけで同じ物ってこと?」
そうは言っても、魔石とやらが何と同じなのかシルヴィアには検討もつかない。せめて現物を見れば判るかもしれないのだが。
そうやって考え込むシルヴィアに、当の幻獣の少女は呆れたような目を向ける。
「お主、魔術師のくせに察しが悪過やせぬか? お主たち魔術師が「賢者の石」と呼ぶものこそ、魔石そのものよ」
「け、賢者の石ですってっ!?」
「賢者の石だってっ!?」
思わず叫び声を上げるシルヴィアと明人。明人も賢者の石がどんなものかはシルヴィアから聞かされていた。『魔像機』の心臓部となる極めて稀少な魔力鉱石。
しかし、賢者の石を知らない和人と毅士、そして茉莉はきょとんとした顔をしていた。
「なあ、茉莉。賢者の石って何だ?」
「ボク、知らないよ」
「知らないのかよっ!! おまえも幻獣とやらの契約者って奴なんだろ? そのベリルって奴から聞いた事ないのか?」
「だって、別に知らなくても困らないし。ね、ベリル?」
「そういえば、茉莉に魔石の事を説明していなかったな」
「いいのかよ、それで?」
茉莉と小さなグリフォンの遣り取りに呆れた和人は、次に知識面では自分を遥かに凌駕する毅士に尋ねた。
「僕が知っている賢者の石とは、中世ヨーロッパにおいて錬金術で卑金属を金に換える際、その触媒として用いられた霊薬のことだ。他にも、不老不死の霊薬だとか、錬金術自体がこの賢者の石を造り出すための技術だったという説もあるらしい」
すらすらと蘊蓄を垂れる博識な友人に、和人と茉莉は感心の視線を向ける。
「だが、僕の知っている賢者の石とは別物のようだな」
毅士は明人とシルヴィア、そして幻獣の少女の様子を窺いながらそう付け加えた。
「毅士くんの言う通りよ。私たちの言っている賢者の石とは、実在する魔道鉱石のことで膨大な魔力を生み出す力を秘めてるの」
「じゃあその賢者の石と、怪獣だか幻獣だかとどう繋がるんですか?」
「そこまでは私にも判らない。でも──」
和人の質問に首を振ったシルヴィアだが、彼女の視線はまっすぐに銀の少女に向けられている。
「彼女はそれを知っている筈よ」
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