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リモートマン  作者: 笹舟
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ノイズ

 私は夜が嫌いでない。昔はもっと怖れていたように思う。

 夜は段階的に深まり、飽和し、やがては自分の存在を極小にする。その甘い安寧。

 暗闇の音がする。遠くで金属片を引っ掻くかのような耳障りな音。寒くはないが、膝が震える。いつも同じだ。

 青い暗闇の中、四体の人影が橙色に浮かび上がって見える。原色の絵の具をそのまま塗ったくったような、サーモの超自然的な対照。

 男性型が三体、女性型が一体。ピントを絞れば、規則的な心臓の脈動すら見える。

 簡単だ。あの赤く踊る対象へ十字を合わせれば、そしてほんの少し人差し指を曲げればよい。ヒュンと一瞬、少しの風が頬を叩くだろう。次の瞬間、もうあの赤は動いていない。

 私は隊員が持ち場に着いたのを確認した。この作戦には四人を呼んでいる。ポイント上位のプレーヤーにとっては楽すぎるくらいのミッションだろう。風は殆んどない。微かに木の葉が揺れるのみ。

 四人が照準を合わせるのを確認して、私はゆっくりと(銃器)を構え直す。そして襟元へカウントを呟く。

「2」

聞こえるのは自らの声のみ。

「1...ファイア」

発射音は四発に聞こえない。

獣のような叫び声が上がる。生々しい、断末魔の声。

間髪入れず、数十発が肉を貫く音。声が長く叫び続けたように感じたのも一瞬。

「やった。俺が二人分ポイントもらい!」

「あ、オレの獲物だったのに、ずりぃな、ったく」

 明るい声が静寂を破る。暗闇に浮かぶ嬉しそうな橙の顔。私は起こる苛立ちを意識的に抑える。

「一発目を外したのはお前か?」

さっきまで動いていた人型の残骸を確認しながら尋ねる。サーモグラフィーの暖色が薄くなり、それに応じて錆びの匂いが濃くなっていく。

「すんません、調整ミスっちゃって。撃ち残したやつ、隊長がトドメ、撃ってくれるんじゃなかったんすか?」

「馬鹿、ケイさんはもうポイントいらねえんだって」

暗闇の中、少年達の顔が笑う。口が広がったところだけ青く映る。

 その無邪気さに私は内心で怒り、それを浅い呼吸で誤魔化す。

 仕方がない。彼らにとってこれは単なる面白いゲームに過ぎないのだ。私とは違う。

 瞑目し、深く息を吐く。

「サンプルが採れない。以後、気をつけてくれ。本日はそれぞれ指定の地点にて一旦ログアウト・ポイント処理をすること。そうしないと取得のポイントは無効となる。」

 私は努めて淡々と指示する。マニュアル通りの文面。平坦な声。この台詞はいったい何度目だろう。

 四機は死んで残り、四人は無自覚な軽い足取りで去ってゆく。

かさ、と微かな葉擦れの音。振り返ると闇の中、抹消済み個体の処理班が早くも仕事を始めているのが見える。

 コムのダイヤルを捻る。

「ケイより本部へ報告。コントロール障害の4体を回収。サンプリング不可。プレーヤーは解散済み。RM収容後ログアウト予定。」

 月が雲間から覗く。収容地点までは2キロもない。

「了解。ログアウト後、指令へ連絡のこと」

 歩き始めた頃、コムからくぐもった声が返ってくる。


 ゲームでないのなら――

 私にとってこれは何だろう?


 戦闘器の内部は暑い。

 約五メートル四方の箱形の密閉空間の中、内部は数多くの計器で埋め尽くされている。ファンは稼働しており、定期的に内部の空気を調整はしているが、プレーヤーにとっては気休めに過ぎない。限られた動作ではあるが、プレーヤーはこの中で話し、走り、そして目標を殺す。慣れないうちは外で運動するよりも体力を消耗するくらいだ。もっとも慣れれば半分くらいの体力で、リモートマンの持つ数倍の運動能力を体現できるのだが。

 冬見景梧は汗だくになって制御室の扉を開き、巨大な機器群の間をふらふらと歩く。

 シャワールームに人影は無く、貸し切り状態だった。この時間に戦闘器に入るのは、景梧の特殊な任務の他には無い。あるとすれば殊勝な学生の自主トレだが、このレベル5の極秘区画に学生は立ち入り出来ない。

 景梧は背に貼りつく戦闘用スーツを無理やり引きはがし、裏返しのまま脱ぎ捨てる。

 戦闘の後はいつも体が重く感じられる。この操縦酔いを軍学校では冗談めかして現実の重みと呼ぶ。始めのうち降りた後はひたすら嘔吐し、ろくに歩けもしなかった。

 景梧はデジタル表示の給湯温度を44度にまで上げ、熱すぎる湯で汗を流す。これが現実へ戻る最善の方法だ。背中から腰、腰から膝、足先へと徐々に感覚が戻る。足踏みすると、足の裏の感覚が戻ってくるのが分かる。仕上げに浴びる冷水がほてった体に心地よい。


 十分後、景梧は新しい軍服を着用して戦闘器のある第三区画を後にした。第三区画と第四区画は渡り廊下で結ばれている。渡り廊下は零下に冷え込む外気温と殆ど変わらない。景梧の銀髪から微かに湯気が立つ。

「ふ、冬見一尉」

 比較的暖かい第四区画に入ったところで、陸士より声をかけられる。見慣れない顔だった。配属したてだろうか?女性でも短髪が多いが、彼女はセミロングの髪を後ろで一つに束ねている。表情を目まぐるしく変える瞳が、小動物のような印象を景梧に与えた。

「なに?」

見やると、敬礼したまま固まる。

「あ、坂原三等陸士と申します!が、頑張って下さい」

敬礼したまま、頭を下げる。

「ああ、ありがとう。お疲れさま」

 恐らく新人研修に付き物の夜警の最中だったのだろう。

 面倒なので敬礼もおざなりにそのまま踝を返す。景梧の容姿はその銀髪と相まってどうしても目立つ。この時期よく声をかけられるのを当人は憂鬱に感じていた。


 あまり機嫌がよくないようだ、と景梧は自らに自己診断を下した。

 そう、あまり気は乗らないが指令へ連絡しなければならない。総指令であり叔父にもあたる黒月とは、昨晩も話したばかりだった。近頃は出来るだけ顔を合わせないようにしており、それは向こうも感じているはずだった。

 軍の機密通信は、第四区画の最深区画の一つで行う。通信室に行くには、両眼の生体認証のドアと声紋認証のドア、セキュリティカードとPWを入力するゲートの先にある。殆どの者はその存在すら知らない。


 景梧は自分のログインナンバーを通話機に打ち込み、指令の番号をダイヤルする。

「指令本部」

声が聞こえてから、ヘッドセットを付ける。

「こちら冬見一尉、指令をお願いします」

「あれ、景梧?久し振りじゃない?」

予期せぬ耳慣れた声。緊張が解ける。

「詩草?なんでここに?」

「なんでって情報部が司令部の受付をしてちゃいけないわけ?」

冬見詩草は景梧の双子の姉。彼女も元はリモートマンに乗っていたが、重篤な事故の後、現在は情報部へと所属を変えている。

「黒月さんは?」

景梧と詩草との間では、「黒月指令」は「黒月さん」に替わる。

「いるよ、ちょっと待ってね。回すから」

 保留音を聞きながら、景梧は詩草ともっと話せばよかったと軽い後悔を覚えた。バイクを十五分もとばせば会えるが、なかなかその機会が無い。今度どこかで久し振りに話そうかとぼんやり考える。


「景梧か」

低く抑えた声が聞こえる。景梧は背筋が伸びるのを感じる。黒月が低い声の時にいい話だったことは一度もない。

「はい。こちら冬見一尉、作戦S03567完了いたしました。」

暫らくの沈黙の後、ああ、と気のない返事が離れたところで聞こえた。

「何か、問題でも発生しましたか?」

「明日一四時、RM第九研究部、第四課、第一分室へ出頭してくれ」

今度は早口な、しかし低いままの声。

「九四ですか。脳波スキャンの目的を教えて頂けますか?」

景梧も努めて落ち着いた声で返す。該当区画は脳波を用いたRM操縦の先端的研究に用いられる区画だった。

「お前には隠していても無駄だろう。今隠れて聞いている、君のお姉さんみたいな者もいるしな」

え、と景梧が反応する前に「すみません、バレてましたか」と詩草の声が挟まる。分からない訳がないだろう、と黒月の苦笑いの気配。どうやら詩草はこのセッションに自らの端末を割り込ませたままらしい。

「昨日から本日にかけてのリモート時に」

ますます聞き取りづらくなる。

「お前のリモートマンにノイズが検出された。その調査だ」

予想していなかったわけではないが、心臓の近くが冷たくなるのを感じた。

「セルマの時のように?」

「セルマの時のように」

 非常口の蛍光灯が明滅している。薄暗い中を反射して液晶に浮かび上がる。

 景梧は何かを話そうと口を開いたが、言葉は出なかった。何を言えばいい?

「明日の作戦は通常通り決行。容易なミッションだが十分留意するように。」

セルマの時のように?次のリモートマンは、自分にとって誰になる?

「どうした、景梧。大丈夫か」

景梧はようやく、「了解」と答えた。

書き続けられるかどうか、いまいち自信がありません。

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