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俺の彼女がヤンデレすぎて日常生活に支障をきたしている件  作者: 宵先誠


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第1話:「おはよう」の前に包丁を研いでいる彼女

はじめまして、またはいつも読んでくださっている皆さま、ありがとうございます。


本作は「重すぎる愛情」をテーマにした、ヤンデレ系ラブコメです。


怖い話ではなく、ツッコミ多めのラブコメとして楽しんでいただけるように書いています。


少しずつ暴走していく彼女と、それに振り回される主人公の日常を、ぜひ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


それでは、第1話をお楽しみください。


「ねえ、蓮くん」


「なに」


「昨日の夜、17時43分から18時29分まで、誰と電話してたの?」


俺の彼女は、今朝も笑顔だった。


完璧な笑顔だった。


花が咲いたような、春の陽光みたいな、絵本の中から飛び出してきたような。


ただ一点だけ問題があるとすれば、その手に包丁があることだ。


「姫子」


「なあに?」


「それ、研ぐのは後でよくない?」


「ちゃんと研いでおかないと切れ味が落ちるんだよ? 料理に支障が出るじゃない。あ、そうだ。昨日の電話、誰?」


逃げ場がなかった。


俺——神崎蓮かんざきれん、大学1年生——は現在、自分のアパートのキッチンに立てこもる彼女と対峙している。


いや、「立てこもる」って表現もおかしいか。


彼女は俺の部屋に合鍵で入ってきて、包丁を研いでいるだけだ。


笑顔で。


「姫子さん、それは脅しですか」


「脅し? まさか。趣味の刃物メンテをしてるだけだよ?」


「趣味!? 包丁研ぎが趣味!?」


「日本の伝統的な所作だよ。むしろ文化的でしょ」


文化的。


この女は今、包丁研ぎを文化的と言った。


白雪姫子しらゆきひめこ、俺の彼女。


大学1年生、同い年、同じ学部。


黒くてさらさらした長い髪、すっと通った鼻筋、白磁みたいな肌。


初めて見たとき、「あ、これ漫画のヒロインだ」と思った


そして告白されて付き合って一週間後、「あ、これ漫画のヤンデレキャラだ」と理解した


気づくのが遅すぎた。


「ちなみに、蓮くん」


「……なに」


「位置情報アプリ、昨日の19時台に渋谷に行ってるよね? 一緒に行くって言ってくれれば良かったのに」


「位置情報ってお前、なんで俺のスマホの」


「交際を始めたとき、蓮くんが『いいよ』って言ったじゃない」


「言ってない! 絶対言ってない!」


「言ったよ? ほら、録音があるよ」


スマホを差し出してくる。


再生ボタンを押すと、たしかに俺の声が流れてきた。


『——まあ、いいよ』


「これ!」俺は叫んだ。


「これは姫子が『蓮くんのこと、もっとよく知りたい』って言ったから、それに対して言ったやつだろ! 位置情報アプリの話じゃない!」


「文脈って難しいよね」


「難しくない! 文脈って難しくないから!」


姫子はくすりと笑って、包丁を流しに置いた。


刃物が離れた瞬間、俺の肩から力が抜ける。


「冗談だよ、蓮くん。昨日の電話、お母さんでしょ」


「……なんで知ってんの」


「声質でわかるよ。あと電話帳の『かあさん』って表示、ちらっと見えてたし」


ちらっと見えてたし、ではない。


それは覗き見だ。


だが姫子は既にコンロに向かって、手際よくフライパンを温め始めていた。


「ベーコンエッグと味噌汁でいい? あ、今日の1限、田中教授のやつだよね。出席とるから絶対行きなよ」


「なんで俺の時間割知ってんの」


「蓮くんが大学のポータルサイト、ログインしたままにしてるから」


「パスワード入力してる俺の後ろで覗いてたじゃないか」


「視野が広いだけだよ」


「それを普通は覗き見という!」


朝の俺のアパートには、今日もこうしてバイオレンスな愛情が満ちていた。


---


「白雪さんってさあ」


大学の食堂。


昼休み。


俺の親友、立花武たちばなたけるが焼きそばパンを頬張りながら言う。


「普通に美人だよな」


「まあな」


「彼女にしたい女ランキングで言ったら、確実に上位だよな」


「まあな」


「なのになんでお前そんな暗い顔してんの」


「GPSで位置情報を把握されて、通話履歴を管理されて、大学のポータルにログインされてて、朝は合鍵で勝手に入ってきて包丁を研いでたから」


武は焼きそばパンを持ったまま固まった。


「……最後の、なに?」


「包丁を研いでた。笑顔で」


「逃げろ」


「逃げたいけど、俺の位置情報を把握されてるから逃げられない」


「詰んでる!」武が声をあげた。


「お前の人生、完全に詰んでる!」


「わかってる」


「なんで付き合ったんだよ」


「告白されて……かわいかったから」


武は深く息を吐いた。


「お前みたいな馬鹿のことを、世界では『自業自得』と呼ぶんだよ」


「知ってる」


「でも別れないんだろ」


「……」


「あ、やっぱり」


俺は返事をしなかった。


するとちょうどそのとき、


「蓮くん」


食堂の入り口から声がした。


姫子が立っていた。


午後の光を背負って、長い黒髪をさらりと揺らして。


笑顔だった。


完璧な笑顔だった。


「一緒にお昼食べようと思って探してたんだけど、居場所わかんなくて」


「いや待て、GPSあるじゃないか」


「電波が悪くて更新されなかったの」


「更新!? お前のスマホに俺のGPSがリアルタイムで更新されてるの!?」


姫子はきょとんとした顔で首を傾げた。


「だって、蓮くんに何かあったとき困るじゃない」


「何かって何が」


「事故とか、急病とか、あとは——」


一瞬だけ、姫子の目が細くなった。


「浮気とか」


空気が変わった。


食堂の喧騒がどこか遠ざかるような、そんな感覚。


武が俺の袖を引っ張った。指が震えている。


「おい蓮、あいつ今なんか」


「見た?」


「見た」


「笑顔だった?」


「笑顔だったけど目が笑ってなかった」


「そう。いつものやつ」


「いつものやつ!? それが日常なの!?」


「日常」


「逃げろ!! 今すぐ逃げろ!!」


だが俺が返事をする前に、姫子はふわりと俺の隣に座って、二人分の弁当をトレーに乗せて置いた。


「武くんの分もあるよ。ハンバーグ入りのお弁当、好きでしょ」


「なんで俺の好みを」


「蓮くんから聞いたの。仲良しの友達のことは、ちゃんと把握してないとね」


武はハンバーグ弁当と姫子の顔を交互に見て、それから俺を見た。


「……ハンバーグ好きなの、お前に言ったっけ」


「言ってない」


「なんで知ってんの」


「知らん」


「‥食べます」


武はハンバーグ定食を受け取った。


人間、腹が減ったら負ける。


「ありがとう、白雪さん」


「姫子でいいよ。蓮くんの大切なお友達だもの」


そう言って姫子は俺の腕に自分の腕を絡ませて、嬉しそうに微笑んだ。


その笑顔が、また困ったことに、本当にきれいで。


俺は「はあ」と溜め息をついて、弁当の味噌汁に口をつけた。


おいしかった。


姫子の作る料理は、いつもおいしい。


それが余計に困る。


---


午後の授業を終えて、帰り道。


「ねえ蓮くん」


「なに」


「今日のお昼、3番テーブルの女の子と目が合ってたよね」


「は?」俺は思わず立ち止まった。


「3番テーブルって、向かい側の席じゃないか。俺そっち見てたか?」


「0.7秒くらい」


「計ってたの!?」


「女の子のことが気になってたから」


「気になってない! ただ視線が合っただけだ!」


「そっかあ」


姫子は前を向いたまま、さらりと言った。


「あの子、明日から学食来なくなるといいね」


「なんで!? なんで他の学生の生活リズムに影響が出るんだ!?」


「さあ?」


「さあじゃない!」


「蓮くん、今夜うちで夕飯食べない? 肉じゃが作るよ」


「話が繋がってない! 急すぎる!」


「好きでしょ、肉じゃが」


「……好きだけど」


「じゃあ決まり。7時に来てね。合鍵あげようか?」


「俺の部屋に入るための合鍵を持ってるのに、お前の部屋の合鍵をもらうの、これいかんのでは」


「なんで? おかしくない。蓮くんは私のもので、私は蓮くんのものだから、お互いの家に自由に出入りできた方が自然じゃない」


姫子は俺を見上げて、にっこりと笑った。


「私たち、両思いだもんね」


「……」


俺は返事ができなかった。


それは。


それはまあ、そうなんだけど。


「蓮くん?」


「……わかった。7時に行く」


「やった」


姫子はぱあっと笑顔になって、俺の手を両手で握った。


その手は、小さくて、温かかった。


俺はまた盛大に溜め息をついた。


こいつのことが、本当に、困ったくらいに。


「姫子」


「なあに?」


「明日、3番テーブルの子に何もするなよ」


「……」


「姫子」


「——善処します」


「善処じゃなくて絶対にだ!」


こうして俺の、命がけで平和な青春は、今日も続いていく。


---


次回予告


武が「試しにお前の位置情報、姫子に黙って変えてみろ」と言い出した。


俺は全力で止めたが、間に合わなかった。


そして翌朝、俺のアパートの前で待っていた姫子の手には、なぜか五徳が握られていた。


---


第2話に続く

第1話を最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。


いかがでしたでしょうか。


一見すると理想の彼女ですが、愛情表現だけは少し……いや、かなり重めです。


これから蓮はさらに振り回され、姫子の愛情もどんどん加速していきます。


「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、フォローや★、応援、コメントをいただけると今後の執筆の励みになります。


ぜひ第2話も読みに来ていただけると嬉しいです。


お気楽にお待ちください


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