第一話 Lv.1 食用牛の絶望
ここは、自然豊かな北海道、富良野〜。
酪農経営を家族で、営んでいた主人公 海道 緑24歳 将来この牧場を継ぐため、日々奮闘していた。
彼は、ゲームとは無縁の人種であった。
ある日、瀕死の重傷を負う。
目覚めると、牛になっていた。
世界有数のオンラインゲーム
RPG「マジックソルジャー」の世界だった。
富良野の初夏。抜けるような青空の下
海道 緑(24歳)は牧草地の境界にある防風林を歩いていた。腰のベルトには、使い古された
「ベアスプレー」のホルダーが揺れている。
北海道の山際に生きる者にとって、それはお守りではなく、シートベルトと同じ「最低限の備え」だった。
「……また出たか」
緑は、地面に残された巨大な足跡を見つめた。
泥に深く刻まれた爪跡。
そこには、役場が調査用に設置した自動撮影カメラのデータと照合された、管理番号『F-52』の影がちらつく。通称「耳欠け」。人間を恐れない、もっとも厄介な個体だ。
「モォ……」
林の奥で、はぐれた仔牛の怯えた声がした。
「今行く、待ってろ!」
緑はクマ避けの鈴を鳴らし、声を張り上げながら藪をかき分けた。本来ならここで引き返すべきだった。だが、自分が継ぐべき牧場の、大切な「家族」を見捨てる選択肢は彼にはなかった。
沈黙。
鈴の音が止んだ瞬間、森の空気が凍りついた。
視界の端で、巨大な「黒い山」が動いた。時速50キロを超える突進。緑が腰のスプレーに手をかけるより早く、図太い黒の影が彼をなぎ倒した。
「ガ、ッ……!」
鋭利な鉤爪が、厚手の作業着を
紙のように切り裂く。
脇腹に焼けるような熱さが走り
続いて、骨が砕ける嫌な音が鼓膜の奥で響いた。
F-52。その耳が欠けた醜悪な顔が、緑の視界を埋め尽くす。獣特有の、鼻をつく腐肉の臭い。
意識が、急速に遠のいていく。
(……クソ。親父、ごめん。夕方の搾乳……頼む……)
次に彼が感じたのは、病院のICU特有の、無機質な機械音だった。
「ピッ……ピッ……ピッ……」
肺に挿入された管が、強制的に空気を送り込む。
全身を焼き尽くす激痛。家族のすすり泣く声が
まるで水底から聞いているように遠く
ぼやけていた。
そして、その音さえも止まった。
深い、深い、真白な世界。
――のはずだった。
「……ん?」
鼻腔をくすぐったのは、消毒液の匂いではない。
もっと青臭く、それでいてどこか「甘い」、不思議な草の匂い。
目を開けようとするが、まぶたが異様に重い。
ようやく開いた視界は、妙に横に広く、地面が近かった。
「(……ここは、どこだ? 病院じゃないのか?)」
声を出そうとした瞬間、自分の喉から漏れたのは聞き慣れた、しかし自分から発せられるはずのない音だった。
「モォォォォォォーーーー……」
自分の手が、黒い蹄に変わっている。
緑は、自分が富良野の放牧地ではなく
見たこともない巨大な樹林が自生する森の中に
一頭の「牛」として立っていることに気づいた。
川面に映る自分を見つめ、緑は愕然とした。
そこには、かつて富良野で愛情を注いで育てていた牛たちと同じ、黒毛の巨体があった。
しかし、決定的な違いが視界の頭に出できた。
種族:野生の牛(食用)
称号:なし
Level:1
【パラメーター】
HP:90 / 90
攻撃力:5
防御力:7
素早さ:4
魔力:0
かしこさ:-2
【スキル】
・叫ぶ(ただ大声を出すだけ。効果はない)
「(……食用? かしこさ、マイナス2……!?)」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
作者の「転生したら牛だった!」プロジェクト(?)へようこそ。
舞台は北海道・富良野。私自身、あの広大な大地と、そこに生きる酪農家の皆さんの力強さが大好きです。だからこそ、主人公の緑君には「クマ避けスプレー」というガチの装備を持たせたのですが……相手が悪すぎました。管理番号『F-52』、恐るべし。
せっかく転生したのに、チート能力どころか「かしこさ:-2」と「食用」という、あまりにもあんまりな仕打ち。執筆している私自身も「モゥ〜どうしたらいいんだ」と彼に同情を禁じ得ません。
もし面白いと思っていただけたら、評価やブクマで応援していただけると、緑の「かしこさ」が0に上がるかもしれません。




