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第八話『温かい』

 温泉街――イカワミ温泉は、幾つかのホテルと旅館が建ち並ぶ場所だった。それぞれに特色があり、何を楽しみたいかでどこに泊まるかを選べる楽しさがあるのだろう。


 例えば、射的やレトロゲームなどのゲームコーナーが自慢の旅館。露天風呂や打たせ湯など、数多くの形態が自慢の旅館。料理が自慢でら目移りしそうな小鉢を店先にディスプレイしている旅館。


 ホテルにしても和洋中の様々な料理が楽しめるバイキングだったり、映画館が併設されていたり。水族館や動物園だってあるらしい。


 まさに温泉テーマパーク。街並みを眺めながら散策するだけでも、何とも言えない満足感がある。


「所々に木が生えてるだろ? 今は現実世界で冬だから寂しげな木も多いけど、春になれば桜が咲いて、秋になれば紅葉が広がる」

「冬……でも、寒くないです」

「メニューから設定できる」


 教えてもらいながら操作をすると、身も凍るという言葉を体験できた。けれど、源泉の流れに沿うようにして道ができているせいか、所々から湧いて出てくる湯気が温かくて気持ちがいい。


 でも寒い。

 湯気が温かい。


 充分に堪能すると機能を切って、私達は散策を再開した。


「温泉まんじゅう、食べるか? 温泉に来たらこれは外せないよなぁ」


 頷くと、買ったものを手渡される。蒸したてなのか、手に伝わる温度が心地良い。


 一口齧ると、甘さが広がる。滑らかな餡としっとりとした皮が口の中で混ざり合い、喉に流し込むまでもがなんだか楽しい。


「……美味しい」

「良かった。今度、機会があったら色んなまんじゅうを食べ歩こうか」

「……そうやって、ナンパをしたの?」

「……結構、無意識」


 結構、勘違いされやすい人なのかも。


 街の散策も一通り堪能し、私達はこの温泉街の中でも殊更テーマパークのイメージが近い、とあるホテルへと足を踏み入れた。


「いらっしゃいませ~。温泉リゾート、スーパースパスパークスパイススペクタルへようこそ」


 スパの濁流が鬱陶しい。あと、最後も頑張ってよ。


「ここのカレーは美味しいぞー」


 と、ナタクは言う。


 けれど、別にカレーが目的でここを訪れたわけではない。何を隠そう、このホテルの温泉は、まるでアトラクションのようなもので構成されているのである。


 流れる温泉プール。波が出る温泉プール。巨大で迫力のあるスライダーがあったり、洞窟みたいな温泉もあったり。


 さらにはボートに乗ることもできるし、まるでアマゾンに入り込んだような温泉を探検することも出来る。


「水着の着方は分かる?」


 受付の女性が尋ねてきた。


「分からない」

「メニューを開いて、衣装の項目をタップして。そこで、目的にあった衣装を身につけることができるの」

「ドレスもある」

「貴族のパーティーに潜入することも出来るのよ。ね、ナタク」

「あのイベント、俺は好きじゃないけどな」


 ……ここに連れてきたのは、そういう理由なのね。


「なんだその目は。いや、違うぞ。別に紹介がしたくてここに来たんじゃない。そう、混浴が出来るのがここだけだったんだ」

「あら、あなたは女の子の水着姿が見たかったの?」

「いや、そうじゃなくてだな」

「ショックだわー。旦那が若い女の子と職場に遊びに来るなんてショックだわー」

「誰がどういう意図で起こすシチュエーションだよ!?」


 朗らかに笑っている女性と、慌てたように言葉を紡いでいくナタク。その会話のテンポは、サチのものとは違う。もっと気安くて、遠慮がなくて……。


 なんだか、それが心地良いように思えて。


「……ふぅ。ようやく笑ってもらえたか」

「アンティは部長と、こんなふうに話したりはしなかったのかな? まぁ、しなかったよね。あのクールな部長さんだもの、簡単な言葉でグッと刺さるようなことを言うんじゃないかしら? こんなのとは違って」

「こんなのってなんだよ、こんなのって」

「二人の女性を天秤にかけようとしたロクデナシ」

「あれは、本当に済まなかったって思ってるからさ。もう蒸し返すのは勘弁だ。俺、ジェラートでも買ってくるから!」


 そう言って、逃げるように去っていくナタク。サチはもう気にする様子のなさそうだけれど、彼は彼なりに気にしているところがあるらしい。


「あいつ、結構律儀なのよ? それでいて軽いから見ていて飽きないし」

「マスターも、適当なことばかり言っているから見ていて飽きません」

「へぇ、どんな?」

「パンを二つ買うと下ネタだって」

「……え、実はあの人が一番教育に良くない?」


 これはちょっとした意趣返し。あの時来てくれたのなら、ちゃんと擦り合わせてあげたんだから!

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