第七話『魔法の言葉?』
玄関の扉が、優しくノックされる。隣に座っていたサチが声をかけると、覗き込むようにしてナタクの顔が現れた。
「ログインしてみたら、急に親愛度がマイナスになっていたから何があったのかと思えば」
「家の前で騒いだ奴がいたみたい。導入に当たってちゃんと規約を追加したってのにさぁ。さっそくのBANだ」
クッションに顔を埋める私の頭を、ぽんぽんと優しく撫でてくれる。
……マスターは、来てくれなかった。
開発のトップとして忙しいのは分かる。メニューから確認できるメールから、連絡が来たのは嬉しかった。
でも、でも。
「この子のこと、任せて良い? 私が、私達がずっと構っていたら、このゲームに連れてきた意味がなくなっちゃうと思うから」
「はぁ、荷が重くもあるが、やるしかないか」
「そういう言い方をしないの」
肩が落ちたのを、見抜かれてしまったか。
些細な言葉でも敏感に、悪いように捉えてしまっているのかもしれない。自分のそうした心の動きが、自分でもよく分からない。心――これは、心なのだろうか。
自分のことが、よく分からない。
「悪い。ま、こういう時は普段と変わりないことをしてみるのも手だ。イカワミ温泉に行くつもりだったんだろ? 行ってみよう」
「乗合馬車は――ちょっとハードルが高いかな? 徒歩だと時間がかかるけど大丈夫?」
「せっかくの可愛い子ちゃんとのウォーキングだ。喜ばないやつなんているかよ」
……それは、どういう意味の言葉なのだろう。
もしも、それが褒められているということなら、素直に喜ぶべきなのだろう。でも、どこかで別の真意を探ろうとしてしまっている。今まで、そんな事を考えたことなんてなかったのに。
これは、見極めようとしている? 自分にとってどんな影響を与える人なのかを。
「一つ、聞いていいですか?」
顔を上げて、ナタクを見つめる。
「なんだ?」
「……ソフトクリームが、食べたいです。あなたは買ってくれますか?」
自分の中で、一つの基準が誕生した。
街から伸びる道は、石畳を使って綺麗に整備されている。行き交う場所から砂ぼこりが舞うこともなく、徒歩で移動をする人も、安心して旅を行うことが出来そうだ。
ソフトクリームに砂ぼこりのトッピングなんて、最悪以上の言葉では言い表せられないから。
「美味しいかい?」
「うん」
どうせなら、全種類買ってやる。そう豪語した彼は、本当に売店で売っていたソフトクリームを全種類買ってくれた。
ミルク、チョコレート、そのミックス。ストロベリーにマンゴーに、抹茶にヨーグルト。指折り数えたら両手では足りないほど。
そこまで求めていたわけではないのだけど、きっと、彼なりに好意を見せてくれたのだろう。だから、私はそれに応えたい。
「頑張って、強くなります」
「そんなことはどーでもいいよ。こう言った育成要素は、急いだら急いだ分だけゲームの寿命を縮めるからな」
「そうなの?」
「知らんけど。……この言葉、覚えておくと良いことがあるぞ」
本当に? と訊けば、返ってくる言葉は変わらず、知らんけど。なるほど、確かに便利そうだ。
温泉街――イカワミ温泉までは、徒歩で四時間はかかるらしい。
ソフトクリームを買うついでに幾つかの依頼を受けてきていたから、モンスターを見かければそれを倒して、依頼クリアの糧にする。
剣を振るうのにも慣れてきたけれど、何事も経験だとプレゼントしてもらった槍は、どうにも使いにくい。穂先が震えて安定しないと言うか……。
「うーん、ステータスがもろに影響を与えてんのかな? 俺らの場合はこれはゲームだけど、アンティにとっては現実にも等しい」
「パラメーターを上げれば、ムキムキになるの?」
「流石に見た目は変わらないと思うけど……、いや、そう言えばレベルアップと共に成長するなんて話もあったな」
「ボン・キュッ・ボンに?」
「お、ちょっと調子が戻ってきたか?」
……そう言われると、少し捻くれた反応をしてしまいたくなる。
そっぽを向けば、ほっぺたを指で突かれる。はたき落とせば、頭を撫でられる。
「嫌な思い、した?」
「分からない。なんか、分からなくて怖かった」
「そっか。まぁ、ここはポジティブに行こう。怖い思いをさせてくるような人には近付かない。あと、ものを買ってあげるからと言われても、安易について行かない」
「駄目なの?」
変な人がいるからな、と教えられた。自分から強請るのも駄目なのだろうか。よく分からないけれど、でも、……買ってもらうのは、ある種の答え合わせにはなるだろう。
「ソフトクリーム、風呂上がりに食べる用に取っておけよ。あの街、ジェラートしかないから」
「ジェラート? ソフトクリームとは違うの?」
「違う。……知らんけど」
でた、魔法の言葉。




