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第六話『初めての――』

 代わりだという女性と持ち場を交代した受付のお姉さんと一緒に、手を繋いで市場通りを歩いていく。名前はサチだと教えてもらった。


「何か食べたいものはある? お金は貰ったから、なんでも買ってあげるよ」

「ソフトクリームが美味しかった」

「あぁ、北の広場で食べたんだ。うーん、なら甘いものは避けるとして、いろんな物を食べてもらいたいよねぇ」


 手渡されたのは、焼き鳥。タレが垂れないように気を付けて、という言葉に私のツボが刺激されたりもしながら、それを口に運んだ。


「……美味しい」

「でしょ。これとビールを合わせるのが最高なんだなぁ」

「飲んでみたい」

「あー、それは部長の許可をもらってね。あの人、そういう所は厳しそうだからなぁ」


 許可がもらえたら、居酒屋へ行って飲もう。そう約束をして、私達は買い物を続けた。


 コロッケを買ったり、サンドイッチを買ったり。おにぎりを買ったり、ピザを買ったり。様々なものを買い集めて市場通りを抜けた。左にいけば、私が人力車を追いかけた道だ。


 まっすぐ進んで住宅街へ入る。


「道は憶えられるかな?」

「記憶力は良いんです。もじゃもじゃ頭のお兄さんの名前はラタトューユ」

「お腹空いてるの?」


 巫山戯ただけなのだけど、不安に思われたのかメモを貰った。少し入り組んだ路地の先にあったため、ありがたかったかもしれない。


 辿り着いた家は、箱のような物に三角形の屋根が乗ったシンプルなもの。窓の形が西洋の雰囲気を感じさせ、屋根の色と合わせると、これが異国情緒なのかと思わせる。


「煙突が付いてる」

「うん。いい子にしていればサンタクロースが来てくれるかもね」

「サンタクロースがくれるプレゼントは、未来の自分が子どもに買ったものだという説を提唱したい」

「それ、今見ているアニメや特撮の玩具を貰えないよね?」


 ……そんなプレゼントに価値なんてあるのだろうか。私の説は、完全に崩壊した。


 玄関を開けると、ワンルーム。キッチンがあって、ダイニングテーブルがあって。その反対側にはリビングのようにソファーとテーブルのセット。そしてテレビが置かれている。


「そのテレビから各種動画アプリを起動できて、視聴できるから。二階は寝室ね。スリープ機能みたいなのがあるらしいし、寝たい時に使うといいよ」

「お風呂は?」

「あー、入ってみたかった? 生憎ないんだよねぇ。ここから少し離れるけど、温泉街になっている街があるから、そこに行くといいよ。一度自力で辿り着けば、街から街へのワープが使えるから」


 それが不便だと思うか、楽しみだと思うか。


 現時点では後者なのだけど、ここでの生活が長引けばどうなるか。……まぁ、そうした自分の変化の可能性も、楽しみにしておこう。


「さて。案内も終わったから、私はログアウトするね。ここで寛いでいれば、今度はナタクくんのほうが来てくれると思う」

「来てくれるの? なんでそんなに優しいの?」

「あれ、部長から聞いてない? アンティちゃんがプレイヤーに感じている好意を数値化して、それによって報酬が得られるようになってるの」


 あぁ、成長によって報酬が、という話はナユタから聞いていたけれど、そう言った面もあったのか。


「なるほど、そう言った要素もモニターしている。ということですね」

「冷静だねー。もしも私がそんな事をされたら、って思うだけでも嫌なのに」

「うーん、気持ちの良いことではないよ。自分の気持ちを勝手に晒されているのは。でも、私も自分のことを知りたいから、受け入れられるのだと思う」


 自分は一体、どういった存在なのか。

 自分はどうしていくべきなのか。

 

 自分にも分からないそれを、もしもそれを知ることができるのならば。それはきっと、私にとって一番嬉しいことだと思うから。


「そっか。何か気になることがあったら、何でも気軽に言ってね。私達には、あなたを生み出した責任がある。だから、あなたには此処で楽しい日々を過ごしてもらいたいの」

「母性?」

「そうなのかもね。このゲームを作るにあたって、初めて作ったAIがあなただったから。こんなボスを倒すゲームを作りたいね。それがスタート。みんなで色々と話してね、あなたが動き出すと、夜まで記念パーティー。楽しかったなぁ。こうやって話ができるようになって、みんな喜んでいるんだよ?」


 少なくとも、私がこのような存在になって喜んでいる人達がいる。それが分かっただけでも、私はここでの生活に前向きになれると思う。


「……なんか、急にしんみりしちゃって耳がキーンとなりそうです」

「高低差で? あははっ、アンティちゃんは結構、お笑いが好きな感じ?」

「マスターがよく、私の端末の前で真似をしていました」

「……マジ? あのクールな部長が?」


 そのギャップ。彼のために擦り合せを行っておいた方が良いのかも。


 どんなふうにからかってやろうか。今後のことを楽しみに思いながら、サチを見送ってソファーに身を沈めた。そしてテーブルに広げられた戦利品から、ピザを一切れ手に取って口に運ぶ。


「――美味しい」


 ソフトクリームみたいに、溶けていかない。しっかり噛むことで、どんどんと味わいが溢れてくる。


 これが、食事か。


 またたく間に一切れを食べ終わり、止まらなくなりそうだともう一切れ手に取ろうとすると――。


 突然、玄関の扉が激しく叩かれた。


「居るのかーっ! 居るんだろーっ! ははっ! 俺たちの為に頑張れよー!」

「しょうもないアイテムばっかり集めたら、承知しないからな! 処すぞ処す!」

「働け働けーっ! あははっ!」


 ピザが、手から零れ落ちた。どうして良いかわからず、ただ。身が縮こまるような思いだった。


 笑い声が去っていくのを感じる。頭の中に、先程の声が蘇る。今まで、経験したことのない人間との接し方。笑い話にできるような、そんな高低差じゃない。


 身体が震えてきた。ソファーに置かれたクッションを抱きしめる。


「マスター……」


 急激な変化。

 理解できない状況。

 対応の困難。


 そうか、これが恐怖というものなのだろう。冷静に分析をする半面、そこにあるはずのない鼓動の高鳴りを感じる。


 それは、けして良いものではない。


「ますたぁ……」


 涙が流れた気がした。

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