第三話『街がいるか?』
ネット検索をした知識で言うと、街への入り口に何かがある、という感覚が私にはない。
例えば高速道路には料金所というものがあるのだけれど、下道を通れば街から街へと知らず知らずに移動している。
強いて言えば、ここから〇〇市、〇〇県、等といった看板があるくらいだろうか。
だからこそ、街にたどり着いた私を出迎えてくれたゲートのようなもの。それが何を意味するのかが分からなかった。
石畳が敷かれ、綺麗に整備された道が、草原を切り開くようにして彼方へと伸びている。それと街との境目に、それはあった。
「こちらフレーク。これから敵基地に侵入する」
「案内所の前で何やってんの?」
ちょっと巫山戯てみたところ、小屋のようなものの窓から顔を出す女性に怪訝そうに見つめられた。
東屋に壁を取付けたようなものだろうか。屋根までに達する壁ではなくて、その大半は窓のようになっている。道に沿うようにして、両側にあった。
「私の名前はフレーク。餡蜜です」
「隠密ね。ついでにフレークっていう名前はもじりに捻りがないよ」
そう面と向かって突っ込まれると、私のマスターから学んだギャグセンスが悲鳴を上げるのだけど。
「それより、君がアンティちゃんでしょ? 坂田部長から聞いてる」
「どの部長?」
「あー、どこの部長も坂田か。おまけに課長も社長も坂田」
「アホみたいに坂田だらけ」
「……え、そういう知識って何処から得てるの?」
マスターって、外面はいいのかな?
「それより、どんな事を聞いてます?」
「とびっきり可愛い」
照れる。
「色々とサポートしてあげて欲しいとは聞いているから、気になることがあったらなんでも訊いて」
「ミッシングリンクについて」
「あなたの進化のほうがミッシングリンクだわ」
なるほど、そういう意見もあるのか。私は自分のことがいまいち分かっていないから、進化した先のようなものと捉えられる助言は、ちょっとありがたい。
これぞまさに、ひょっとしたら独楽。……もとい、瓢箪から駒。
「今度は真面目に。私はこれから、どうしたらいいです?」
「自由にしていいよ。プレイヤーのみんなにも、そういう風に告知されているから。こんなアイテムを集めてほしい、なんて言われるかもしれないけど、適当に相槌を打っておけばいいかな」
「売り言葉に買い言葉、ですね」
「それは相槌ではない」
売っておけ、って聞こえたから。
「街には入って良いんです?」
「良いよ。このまま草原に戻って戦闘してきてもいいし。案内は必要?」
「んー、とりあえずさすらってみます」
「そう。なら、最終的には北の方の広場にある掲示板には行っておいてね。そこで依頼書を見られるから」
「ラジャー」
敬礼をして、街に入る。通りの両側は市場のような活気を見せていて、眺めているだけでも楽しい。
そう言えば、このゲームのNPCはすべて社員だと言っていた。では、食材を売っていたり、料理を売っていたり、怪しげなく三角フラスコに入った液体を売ったりしている人たちは、果たして社員なのかどうか。
私は、来た道を戻った。
「食べ物とか売っているのは、社員さん?」
「いんや、プレイヤー。基本的に街は解放されていて、建っている家や店舗は買ってくれれば自由にしていい感じ。そこで商売をするのも自由」
なるほど。
案内所を後にして、市場のような活気を抜ける。そこから道は三方向に分かれている。右にゆけば、飲食街だろうか。その様な看板が顔をのぞかせている。
左にいけば桜の並木道が見える。ウォーキングコースだろうか。公園でもありそうな雰囲気だ。
最後に、直進。こちらは住宅街のようになっていて、奥のほうには城が見える。
迷った末に、私は人力車の後をついて行くことにした。観光地を巡るようなものなのだから、後ろをついていけば観光ができるのだろうと踏んだのだ。
「こちらフレーク。追跡中だ」
……突っ込みが居ないと、寂しいと学んだ。
人力車は桜並木を抜けて、右の方へと湾曲していく。左手に公園が見えた。庭園のようなものではなく、遊具などがある街の公園といった趣。
遊んでいる子供は当然居ないのだけど、これからの行動を計画しているのだろうか。数人のグループが数組、遊具で遊びながら話をしている。
その中の一人と目が合ったので、軽く頭を下げてみた。手を振ってくれたので、振り返す。
「卵が高騰しているから、集めておいてね!」
それはゲームの話? あまりにもリアリティのある話に、私はちょっと混乱した。
人力車はそのまま進む。この街はどうやら、円形をしているらしかった。中央には城。市場のような場所は南側。つまり、私はあっさりと北の広場へと辿り着いたのである。
広場は花壇で囲まれていて、一部には売店が設置されている。中央に噴水があって、コインを投げている人もチラホラと見える。
私も投げてみたいけれど、生憎手持ちがない。収入を得たら、真っ先にコインを投げてみることにしよう。それが何になるか分からないことにお金を使う。イコール収入がある。それが私の認識だ。
「お兄さん。ソフトクリーム頂戴」
「はいよー。銅貨二枚ね」
「……サポートしてくれるって、聞いた」
「……まぁ、おやつは三百円までって言うしな」
呆気ない交渉を経て、運よく運営の管轄であった売店でソフトクリームを入手した。
初めての食事、と言ってもいいのだろうか。断食の後には水分から取ったほうがいいと言うし、赤子の食事だってミルクだ。それがクリームになってはいけないという道理はないと信じたい。
まぁ、言ってしまえばこれはゲームなのだし、そう気にすることもないとは思う。けれど、私にとっては、これは、初めてのリアルなのだ。
この感情は、人にはあまり分かってもらえないかもしれない。けれど、こうして触れられて、それを口に運べる。産まれてから経験し得なかったこと。
舌先に、甘さが広がった。
「美味しい?」
「……うん。美味しい」
これを食べるために、私はお仕事を頑張ろうと決めた。
「そうだ、なんで噴水にコインを投げ入れるの?」
「あぁ、運試しだな。コインを入れると、確率でイルカがジャンプするんだよ。そうすると、その日限りでアイテムの獲得率が少し上昇する」
「へぇ、なんでイルカ?」
「この街が、上から見ると丸まったイルカみたいな形をしているから。開発部長、イルカが好きなんだろ?」
……いいえ、好きなのは格闘ゲームです。ま、これは黙っておこうか。




