第二話『草ですわ』
初めての戦闘。そう考えると、なんだが肌がピリついたような緊張が走る。私は駆け寄ってくるモンスター、ノラウルフを見ながら、そう思った。
相手は私を敵として認識していて、鋭い牙を剥き出しにしている。
どうするのが正解? 横に避けてみよう。サイドステップを軽やかに。相手の着地のタイミングを見計らって、剣を振るう。
手応えは確かにあるけれど、実際に切断されるようなことはなかった。何ともゲーム的だけど、剣を振るう重さはしっかりと感じる。命中する感覚もある。……これが、リアルなのだろうか。
それを何度か繰り返し、初めての戦闘はノーダメージで終了した。
「よし。戦闘ができれば何とかなるだろう。このゲームにはNPC役としてうちの社員がいるから、困ったら彼らに訊くといい。それで、なぜ君をこのゲームに招いたか。その話をしよう」
「長くなります? 草原、座ってみたいです」
「ん? あぁ、じゃあ座ろうか。ふかふかだぞー」
言葉の通りに、青々とした草のクッションがお尻を通して伝わってくる。
柔らかくて、なんだか心地が良い。風にそよいだそれがズボンからむき出しとなったふくらはぎに触れて、ちょっとくすぐったい。
「このまま、君をあの端末の中にだけ閉じ込めておくのも、なんだか勿体なく思えてね。ならば懸念事項を解消してもらおう、なんて思った次第」
「つまるところ、私の行動をモニター?」
「そういう所は察しがいいね。まぁ、それもある」
自分だったら、そうするかなって思ったのだ。
「それとは別に、このゲームも一年経ったんだけどね。今後も続けていくとなると、どうしてもベテランと呼べる経験者が増えてくる。そしてルーキーが求めているものと、どんどんと乖離していくと思う」
「よく分かりません」
「うーん、分かりやすく言うと、ベテランが欲しいアイテムと、ルーキーが欲しいアイテムが異なる。と言うこと」
……つまり?
「キョトンとしてるね。あぁ、前提条件が抜けていたか。このゲームにはアイテムを合成して新たな武器や別のアイテムを作って自身を強化していくんだ。ここまではいいね?」
頷く。
「それで、露店というプレイヤー同士で売買ができる場がある。ルーキーはお金を貯めて、そこでアイテムを買って合成できるとかなり手軽に強化出来るわけ。で、合成にはランクキャップがあって、ランクにあったアイテムしか素材にできない」
ここまでは理解できてる? と問い掛けられたので、きちんと頷いておく。
「でもね、ベテランはもう、そのランクのアイテムは必要としていないわけ。だから集めないし、露店で売ったりもしない。さぁ、ルーキーは困った。自分で集めないといけない」
「ベテランは助けてくれないのです?」
「助けてくれる人もいるけれど、自身の強化を優先する人もいる。そのマッチングにあぶれたら、手間ばかりがのしかかって辞めてしまうかもしれない」
そうやって新規の人が居なくなってくると、ゲームとしての寿命も早くなるのだとか。そう語るマスターの顔は、結構深刻そうだ。
「まだ一年。されど一年。ここいらでちゃんとテコ入れをしないといけないな、って思ったのさ。もう分かったよね?」
「はい。アイテムを集めて、売ればいいのですね」
「そう。素材集めNPCの導入。そういう触れ込みでね」
ルーキー未満の私が、ルーキーを支える。……そんな事、出来るのかな?
「ははっ、そんなに硬くならなくてもいい。君は普通にゲームを楽しんでくれたらいいからね。君は、普通の人と同じようにものを考えられるんだ。そうする権利は、きっとある」
それならそれで、素直に私のためだと言ってくれたらいいのに。この照れ屋さんめ。
「とりあえず、このゲームには依頼書というシステムがあるから、それをクリアしていくことを目標にしてくれ。そうすることで自然とアイテムも集まるから」
「え、それならルーキーもそれをやるべきでは?」
「露店で買うほうが楽だから」
……なるほど。そういう心理。
楽なことを覚えると、面倒なことはやりたくない。そのしわ寄せが、これから始まる人たちに押し寄せる。
「なんか、草ですわ」
「ねぇ、そういう言葉をどこで覚えるの?」
じっと見つめる私の瞳に、あなたの顔は映っていますが?




